がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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9.過ぎ去りし物

 政次郎がバイクで車へと向かっている途中、車がその場から少し後退し、ハンドルを切ろうとしているのが見えた。

 蓮の毒によってタイヤの表面を溶かされた車は、正常な速度で走れる状態にはない。が、動かすこと自体は可能といった感じで、向こうは何が起こったのか理解してないまでも、道半ばのこの状況で車を捨てるという選択はまず有り得なかった。

 なんとか体勢を立て直して再び走らせようとする車へ、政次郎は左手で拳銃を取り出し、ほぼ静止している車のタイヤへ向けて三度発砲した。

 不安定な体勢ゆえに一発は外したものの、残りの二発が車の右前輪を射抜き、破裂音が夜の道路に響き渡る。圧縮空気がタイヤから解き放たれた力で車体は跳ね、動きは制された。

 

「車より十メートル地点に横向きに停める、備えろ」

「またぁ!?」

 

 蓮の愚痴を聞き流し、車を横切った所で政次郎は再びバイクのブレーキを駆使し、車体を横滑りさせながら勢いを殺していく。先程よりは速度が出ていなかった事と、さっきの今で同じ事が繰り返された為に、蓮も今度はしっかりと衝撃に備えて口を噛むような事は無かった。

 車の後方へ横にする形で政次郎はバイクを停めると、すかさず政次郎は背に強くしがみ付いている蓮の腕を強引にひっぺがし、矢が放たれたような速さで車へと駆けていった。

 

「くそ、ンだ一体!」

「撃たれたのか!?許さねえぞあのバイク野郎――」

 

 後部座席の扉が開き、銃を持った男達が状況の確認に出てくる。政次郎はすかさず右側から出てきた男の銃を持つ腕へ向けて、自身の拳銃の引き金を引く。弾丸の直撃により男の腕からは血が舞い、保持する力を失った銃は道路へ落ちた。

 銃弾の命中を見て政次郎は拳銃を捨てつつ、後部座席の左側から出てきた男へ向けて走る。男がこちらの発砲に反応してこちらに銃を向ける頃には、政次郎は一足で届く距離にいた。

 

「シッ!」

 

 走りながら政次郎が右手で抜刀し、そのまま相手の腕を斜めに斬り上げる。銃の引き金を引くよりも先に腕を斬りつけられた男は刀の勢いにより腕を跳ね除けられ、手放された銃もその方向へと飛んだ。

 刀を振り抜いた所で政次郎は刃の向きはそのままに、柄の端に左手を伸ばして右手を逆の方向へ一瞬で持ち変える。その状態のまま刀の勢いを返して、刀の背で相手の喉側面を強打した。

 

「ごッ――」

 

 峰とはいえ急所を殴打され、男は刀の打ち込まれた勢いのままに吹き飛ばされて気絶する。

 それを手応えだけで確認した政次郎は、続けて車の前部座席へ視線を向ける。助手席に乗った男が、後部座席の開け放たれた窓越しにこちらへサブマシンガンを向けていた。

 

「チ」

 

 政次郎がその場で体勢を低くすると同時に、車の内側から多数の弾丸が飛来した。車体を使い死角に体を潜めて、その体勢のまま政次郎は続けて撃ち続けられる銃弾の嵐をやり過ごす。

 それが過ぎると今度は助手席の窓が銃で撃ち割られ、そこから銃身と手のみが現れて政次郎のいる位置へと向けられる。引き金が引かれるより先に、政次郎は刀で銃身を下から突き上げて狙いを逸らした。

 あらぬ方向へと向けられた銃口が火を噴き、政次郎から見て斜め後ろにある街灯へとに銃弾が放たれる。政次郎の代わりに撃たれ破壊された街灯は、淡く光を照らし返しながら近くの道路へと残骸となってぱらぱらと散らされていく。

 その間に政次郎は突いた刀身を左へ少し引き、サブマシンガンを持った男の手の甲をシャープに斬った。

 

「ッてぇ!」

 

 サブマシンガンが手から離れ、地面に落ちる手前で政次郎は左足でそれを道路へ向け蹴飛ばす。相手が武器を失ったと見て政次郎は立ち上がり、刀を顔の前に水平に構えて剣先を助手席へと向けて構える。

 

「ッ」

 

 政次郎が息を止める。助手席にいる男は左手に、運転席にいる男が両手で拳銃を構え、同時にこちらへ銃口を向けている。位置的に、一度に二人を斬りつける方法は無い。

 助手席の男の襟首を掴んで盾にするか?いや、その前に助手席の男からの発砲を防ぐ事が出来ない。

 

「政次郎くん、助手席!」

「!」

 

 声が政次郎の耳へ届き、反射的に助手席にいる男の左腕を刀で突き刺す。それと同時に、黒い霧が後部座席の窓から高速で飛び込んで来て、運転席にいる男の体を覆った。

 助手席の男は悲鳴を上げてその手から拳銃を取り落とし、運転席の男は白目を剥いて倒れ込む。政次郎は刀を突き刺した男へ注意を払ったまま、ちらりと片目で右側を見る。

 そこには黒い霧を従わせて片手を車へ伸ばし、政次郎が最初に腕を撃った男の意識を奪いつつ、こちらを見ながらにやにやと何か言いたげに笑っている蓮の姿があった。

 

「ふふん、政次郎くん。何か私に言うべき事、無いかしら?」

「……動き出しが遅かったな。停めてからここまで何秒だと思っている」

「そうじゃないでしょーが!ほら、”あ”から始まって”う”で終わるヤツよ!」

「ある程度はマシな働きだったが、それだけだろう」

「よーし後で覚えてなさいよね」

 

 ”素直に感謝の一言も言えないのかこの野郎は”と、蓮の政次郎に対する怒りのボルテージがまた上がった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 意識のある男達を全員眠らせ、蓮がこの場で負わせた男達の傷を簡単に止血し、政次郎が車内を漁っている所で、遅れて十三達の乗った車がその場へ到着した。

 黒い車の真後ろへ停まった直後、車の助手席の扉が開き、そこからユーリヤが出てふらふらと倒れるように膝をつく。ぎょっとして蓮がその横顔を見れば、ユーリヤの顔からは血の色が抜け、表情は引き攣っていた。

 

「……し、死ぬかとっ、思いました……」

「まぁまぁ楽しかったよね」

 

 続けて後部座席から真魚が出て来るが、その表情は対照的に明るい。と言っても真魚が無表情なのは変わらず、あくまでいつもより心なしか眉や目の開き方が微妙に違うというだけで、ハッキリと明るいとは言い切れないのだが。

 最後に運転席から十三が、ばつが悪そうに後頭部を手で掻きながら出てきた。

 

「いやーわりーわりー。まぁでもほら、何回かフェンスに軽く当たっただけで済んで良かったわ、うん」

「おじさん。車の横、さっきので凹んでるよ」

「……えっ、マジ?そんな強く当たってた?全然わかんなかった」

「か、神に召される事を本気で覚悟しましたよ……」

 

 そんな十三達の様子を蓮が見ていると、男達の乗っていた車のハザードランプが点き、中を一通り見終えた政次郎が出て来る。そのまま政次郎は十三へ声をかけた。

 

「伊達か、丁度いい。ハザードランプを点けてこの車に軽く接触させろ。通行車が通りがかったなら”接触事故が起きた”と見せられる」

「了解。警察が来たらどうすんだ?」

「上へ連絡を取って黙らせるだけだ。疑念を持つ一般人より、役所仕事をこなしてくれる組織の方が与し易い」

「ったく、お上が後ろにいるヤツは怖いねぇ」

「それより伊達、その車の修理代はお前持ちだぞ」

「……うげ」

 

 政次郎とのやり取りを渋い顔で終え、運転席へ戻った十三は乗ってきた車のハザードランプを点けると、そのままゆっくりと前進して黒い車へ軽く添える程度に接触する。

 それが終わると政次郎は助手席で眠っている男を担ぎ、車外へ引っ張り出す。それを見た蓮は何事かと訝しんだ。

 

「その男、どうするの?」

「こっちの車の中で尋問する。シスターは助手席で待機、真魚は不審な車両が近付いてこないか、外で見張りを頼む。伊達は念の為そっちの車の中の男達を見張っていろ、起きたら野曽木を恨め」

「ん」

「承知」

「余程の事が無い限り起きないわよ。尋問って、何を聞くつもり?」

「車内に宝石が無かった。それについて聞き出す」

「……何ですって?」

 

 十三が乗ってきた車の後部座席へ男を乗せ、同じく車へ乗り込んだ政次郎が小刀を抜いて男の喉元に添える。そして蓮に無言で目配せをした。

 それを受けて蓮も後部座席へ乗り込み政次郎の隣に座り、車の扉を閉める。その後、意識を覚醒させる為の毒を生み出し、座らされた男へ吸引させた。

 

「――カハッ!げほっ、ぐほっ……な、んだ……ッ!」

「動くな。質問に答えろ。逆らった瞬間、指が飛ぶと思え」

「テメッ、そう言われて”ハイそうですか”なんて言うヤクザが――」

 

 男が声を荒げた瞬間、政次郎は男の右腕を捻り上げ、そのまま小刀で人差し指の背を引き斬る。指は両断こそされなかったが、深く斬りつけられた傷からは血が噴き出した。

 

「っがぁぁっ!!」

「シスター、止血してくれ。……良かったな、いくら逆らっても指が無くなる事は無いぞ。その代わりと言ってはなんだが、逆らう度に斬り方を変えてやろう。その気になるまで痛みに飽きさせるつもりはないぞ」

「政次郎くん、なんか楽しんでない?」

「心外だな」

 

 助手席で振り返って政次郎達の様子を見ていたユーリヤが、急いで男の指を開いた刀傷へ治癒の魔術をかけると、傷はたちまちに塞がる。痛みだけを与える政次郎の手法を見て、蓮は正直ドン引きした。

 政次郎に脅された男は目の前の男の目が一切揺れない事と、実際に指の痛みが急速に引いて独りでに止血された事から、政次郎が本気である事を直観的に理解し、苦い顔で政次郎を睨みつけた。

 

「状況を理解してくれた所で、問おう。貴様らが数日前に強盗した宝石はどこにある。貴様らの隠れ家か、それとも誰かが握っているのか。五秒くれてやる」

「……ッ!あ、れは――ガ……!」

「……?」

 

 政次郎が男へ問いを投げかけると、男の表情が怯えや怒りとはまた違う変わり方をする。最初は政次郎に怯えて動かそうとしていた口が、急に開いたままの形で留まる。

 喉の奥から掠れた声をひねり出すように、しかししっかりとした発音にはならない。こちらに逆らって言葉を渋っているのとはまた異なるその様子に、政次郎が戸惑いを見せる。

 ヒューヒューと苦しげに喉を鳴らす男を見て、妙に思った政次郎は五秒を過ぎても握る小刀を留めた。

 

「……これは、”こっち”の管轄みたいね。政次郎くん、交代よ。そのまま抑えといて」

「チ、これだからこの手の事件は面倒なんだ」

 

 悪態を吐きながら政次郎は小刀を納める。そのまま男の背後に回り両腕を拘束して、男を蓮へと向ける。それを受けて、蓮が男の顔を覗き込むように自らの顔を寄せた。

 

「さぁて、それじゃ……ねぇ、あなた」

「カッ――な、んだよ、クソアマッ……!俺は、何も――」

「まぁまぁ落ち着いて。”ここにあなたの敵はいないわよ?”」

「――あ、あぁ……?」

「”だってこれは、夢なんだもの。そうでしょう?”」

「……ゆ、め……?」

 

 蓮が幻覚物質を精製し、男の体へ徐々に注ぎ込んでいく。次第に男の意識は溶かされていき、それまで向けていた敵意は失われて理由の無い安心感が男の体を支配していく。

 思考の糸が緩み切った状態の男は、蓮から与えられた言葉をそのままに受け取っていく。蓮の毒が回り切った男の目尻は下がり、その目からは既に自身の意志を示す光が失われていた。

 

「ん、よし。それじゃあ、少しずつ思い出してみましょうか。……数日前、美術館から宝石を強奪した後、それからどうしたのかしら?」

「……あぁ……依頼者に渡す前、に……警察から隠れる為、組全員を一旦隠れ家へ逃し、て……」

「……依頼者?誰?」

「……ローブ被った変な男……知らねえヤツ、だ」

 

 思考を蓮の言葉で誘導して、男の当時の記憶を思い出させて口にさせていく。政次郎の尋問に対しての反応を見るに、この男は何らかの魔術で宝石についての事を誰かと話す事を封じられているか、あるいは部分的な精神支配を受けていると蓮は考えていた。

 完全に記憶を消されていたり、”すり変わり”をされているのならば、口に出せない様子を見せる理由にはならない。それならば、男に自主的に話させる気にする、あるいは独り言を()()()ればいいと考え、蓮は男を自白させる方針で情報を引き出そうとしていた。

 

「依頼内容はどんなだったかしら、思い出してみて」

「あの美術館に展示される……赤い宝石を奪って……前金で、一千万積んだトランク渡されて……渡せば、後日に成功報酬を渡す、って……言ってたな」

「宝石は今どこにあるの?」

「……昨日、俺が持っていって……あいつに指定された場所で……渡した、な」

「……やられたわね、一手遅れだわ」

 

 額に右拳を当て、蓮が苦い顔を浮かべる。この様子では組そのものはその”依頼者”に丁度いい手として使われただけで、ろくに情報は与えられていない。宝石は昨日の時点でその依頼者の手に渡ってしまっており、どこにもない。

 ”依頼者”が魔術師であるのは、この男の口止めの仕方から見ても間違いない。となれば、宝石が魔術品である事も自然と確定となる。ポンと大金を最初に出してまで確保しようとする辺り、その石の価値や使用法についても知っているのだろう。相当に厄介な状況だ。

 

「……政次郎君、引き上げましょう。宝石はここには無いわ、面倒事が起きる前にここから離れるわよ」

「ここまでやっておいて、”はい諦めます”などと殊勝な事を抜かす気か」

「誰もそんな事言ってないでしょ。あっちの車で寝てる奴も含めて、全員に根こそぎ知ってる情報を吐かせるわよ。ただ、この場で探しても無駄ならゆっくり時間をかけられる場所でやった方がいいわ」

「……わかった。伊達、撤退するぞ。野曽木はそっちの車に男をぶち込んで、男どもが起きない様に運転しろ。僕はこのバイクを回収する。真魚もこっちに戻れ」

 

 この男達の手に宝石が無い以上、この場に留まり続ける意味は無いとして蓮と政次郎は撤退の準備をし始めた。政次郎の声を受けて、車にいた男を見張っていた十三と、静寂を保ち続ける道路を外で眺めていた真魚が車へと戻って来る。

 最低限この場に残された痕跡を抹消する為に政次郎や十三が動く中、未だ毒が効いており朦朧としている男を見て、余した時間が勿体無く感じた蓮は一つの質問を投げた。

 

「ねえ、その依頼者、宝石を受け取った時に何か言ってなかったかしら」

「……何か……」

 

 蓮の質問を受けて、男はその時の記憶を呼び戻す為に一息置く。数秒ほどの沈黙の後、再び男の口が開かれる。

 

「『確かに、本物の”火の石”だ』とか……『あとは相応しい時と場所のみ』とか、言っていた」

「……”火の石”?」

 

 美術館の品目とは異なる名前を聞き、蓮の中での宝石への謎は深まった。

 




遅かったじゃないか……乗り換えは既に果たしたよ 宝石がな
もうちっとだけ続くんじゃ

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