がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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8.その刹那を止める

「――ち、また距離が空いたか」

 

 降り注いだ弾丸が当たるより前にハンドルを切っていた政次郎が、再びバイクを前へ向けて逃げ続ける車の姿を見据える。

 撃たれる事はこの道へ合流した時点から予測がついていた為に、先んじて回避するように動く事が出来たが、弾丸をかわす為に軌道を曲げてしまった事でそれまでの速度と体勢は崩されて、詰まりかけていた両者の差は再び開いていた。

 

「ッ、どうするのコレ!この速度の上、今みたいに撃たれてたらこっちから撃ち返すなんて無理よ!?」

「お前の能力はダメなのか」

「毒を生み出したら風で流されるし、車の場所へ直接発生させても走ってるからすぐ範囲外に逃げられるわ!」

「ちっ、肝心な時に使えん」

「小声でもしっかり聞こえてるからね政次郎くん!」

 

 バイクの速度を上げて距離を詰めようとするも、矢継ぎ早に前方の車から銃弾が発せられ、その機先を制される。政次郎は撃たれる前にバイクの軌道にフェイントを入れつつ、蛇行してなんとかやり過ごすが、そうしてバイクを前に向けない時間が増える毎に距離は離されてしまう。

 それを繰り返す内に、この道路に出てから車を視認した時から倍以上の差をつけられた。ここに来てそれまで続けざまにされていた銃撃は一旦の収まりを見せる。距離が開いた事であちらも狙いをつけにくくなったのに加え、放った銃弾の再装填をしているのだろう。

 どれだけの弾を所持しているのかは知らないが、追いすがりながら弾切れまでかわし続けるというのは非現実的な案だ。

 近付かなければどうしようもないこちらに対し、あちらは確実に当てられる距離までこちらが近付くのを待ち構えて撃てば、いずれ当たる。牽制などで無駄弾を使う必要が無いのは、むしろ追われている側の方だ。

 

「……このままイタチごっこをしていても埒が明かん。野曽木、散々耳元でがなり立てて邪魔をした分、今ここで何か案を出せ。こちらも考える」

「いや私が叫ぶ羽目になったのはそっちの命知らずの運転のせいでしょ!」

「文句をつけるのはそれで死んでからにしろ。……さすがにこの速度では、僕が運転しながら片手で撃って当てるのは無理だな。お前が何とかしろ、バラストの真似はここまでだ」

「ちゃんとナビしたじゃない!追いついたの私のおかげでしょ!」

「追いつくだけなら時間をかければ僕だけでも問題無かった」

「こ、この顔面セメント忍者……!」

 

 下手に距離を詰めれば再び銃撃が飛んでくる危険性がある為、作戦を考える時間を取るべく政次郎はあえて空いた距離を無理に詰めようとせずに、車間距離を維持するようバイクを走らせる。

 蓮達は空いた余裕と時間を半分軽口に割きつつも、もう半分で前方の車に追いつく、あるいは止める案を考え続ける。ただ、有効策は中々思いつかない。

 これが後ろにいるのがユーリヤであれば、と政次郎はつい仮定的に考えてしまう。

 

「野曽木が知識だけではなく身を守る魔術も使えていればな……」

「思った事はなんとなくわかるけどしょうがないでしょ!人には向き不向きがあるの!私の問題じゃないの!」

「呪術が使えるならあの車の行く先を一瞬呪えたりしないのか」

「簡単に言うけど、運命操作はどんなに規模が小さくても高度な術なの!私の呪術は毒を媒介に傷の治りを遅くしたり、出血を激しくしたりするのが限界よ!」

「…………」

「沈黙してても言いたいことわかるからね!?」

 

 ユーリヤの使える魔術には、傷や不調を治すものだけではなく、矢や銃弾の軌道を逸らし身を守る魔術もある。

 致命的な弾丸のみをかわしながら強引に差を詰めれるのならば、その隙にこちらから撃ち返す事も可能なのだが、と無い魔術(もの)ねだりをしてしまう頭を律して、考えを追い出す。

 蓮にしてもこういう状況で有効な魔術はいくつか頭に浮かぶが、そのどれもが蓮が使うことの出来ないものや、いざ使用するにも適した魔術品の助けや事前の儀式が必要なものばかりだった。

 蓮個人が出来る事はあくまで毒を生んで操るまでであり、それを起点として扱う呪術も怪物や霊体に傷を負わせる為の物が殆どだ。毒が届かなければそもそも効果は現れず、この状況で車をどうこうする術を蓮は持ち合わせていない。

 

「伊達に先回りをさせるか……無理だな、距離がありすぎる。仮に先回り出来たとして、途中で進路変更された時のロスが激しい」

「そもそももう隠れ家は近付いてきてる、このまま追い続ければ間違いなく素通りされるわ!そうなったらどこまで逃げるか、見当がつかなくなる!」

 

 別方面からこちらを追ってきている十三達の手を借りるには、先程の電話が来た時に発進したと考えると、ここまでの彼我の距離は開きすぎている。先回りをする時間も無く、また想定外の事態が一つ起きてしまえば無為となる。

 なんとしてでも蓮と政次郎が、この場で前方で走り続ける車に追いついて止めるしか無い状況だった。

 

「近付いた時の斉射が最大の問題だな。こちらから牽制を撃ち返すなりで止められればいいんだが……」

「――止める?」

 

 政次郎が何気なく、最初に蓮が無理と言った案を蒸し返す。その言葉の中に含まれる単語に、蓮が反応を見せた。

 確かにこの状況で脅威なのは、あちらから発砲される銃のみだ。それをこちらからの反撃や、蓮の能力で止める事は確かに出来ない。だが――

 

「……思いついたわ!政次郎くん耳貸して!」

「言われずともこの体勢だとお前の声は勝手に耳に入る」

「体勢については言わないでよ折角意識しない様にしてるんだから!」

「お前は何を言っているんだ」

 

 体勢について言及され、忘れようとしていた政次郎に対する蓮の現状の姿勢を再認識し、蓮は少し赤面する。目を強く瞑って心の中で思考を振り払い、今第一に自分が考えるべきこの状況への対抗策を頭に浮かべ直す。

 政次郎の耳元で蓮が自身の発案の要点をまとめ、伝える。それを聞いた政次郎はその案について少し考えた後、蓮へ答えた。

 

「……成程、上手く行けば追いつけるな。問題は仕掛けるポイントと、車を止める手段だ。どうする、追いついた瞬間に撃つのか?」

「動きながらタイヤに銃を当てるのはちょっと不安があるわね。ただ、追い抜いて風上に立てれば、毒が使えるわ」

「毒……運転手を止めるのか?だがあの速度で運転手を麻痺させれば、大事故になりかねんぞ。奴らが宝石を持っているのなら、車と一緒に紛失してしまう」

「毒ったって、なんでもかんでも生き物にかけるものって訳じゃないわよ」

 

 そう言って蓮は自信ありげに片方の口の端を少し上げる。政次郎からは蓮の表情は見えていないが、その口調から蓮が何かしらの考えを持っており、そこに自信を抱いている事は察する事が出来た。

 

「……肝心な所をぼかすな。まぁいい、これでしくじった時にはこちらの後処理の分だけ報酬を引いてやるだけだ」

「ちょっとやめてそれマジでやめて。船舶事件の後のは結構反省してるから、今度からちゃんとするから」

「今それを証明するんだな。……仕掛けるのは、速度を落とさざるを得ない大きなコーナーだ。一気に距離を詰め、今言った案で奴らを追い抜く。適した場所はあるか」

「もうちょっとで海が見える道に出るわ、そこから少しすれば大きく左に曲がる道が来る筈よ」

「わかった、仕掛ける際にはカウントする。(いち)でやれ」

 

 蓮の提案を受けて、お互いに即興の作戦の打ち合わせを詰めていく。最低限の確認、質問、返事のみで構成される会話の中に、不要な疑念や反発は無い。こと仕事においては、二人はそれぞれの考えに余計な感情を挟まない程度には、お互いに信用を置いていた。

 

「チャンスは一度、しくじればバイクと共に蜂の巣だ。口だけじゃない事を祈るぞ」

「そっちこそ、タイミング間違えないでよね。政次郎くんの最初の一発が大事なんだから」

「お前に心配される筋合いは無い」

 

 必要な打ち合わせを終え、軽口を叩いている内に道路の横に並んでいた建物に遮られていた風景が開き、そこから明かり無く揺蕩う夜の海が見えた。

 政次郎が先を注視し、街灯の並びが先で大きく左に曲がっていくのを確認する。それを見て政次郎は再び速度を上げつつ、左手をハンドルから離して自身の外套の中へ伸ばす。素早く缶状の爆弾を手に取った政次郎は、口でピンを抜いて信管を着火する為のレバーごとその缶を握り締める。

 少しずつ車との距離を詰めていき、二つの影が尋常ではない速度で大きなコーナーへと近付いていく。タイミングを見計らい、政次郎は握っているレバーから手をずらし、解放されたレバーは上へ跳ね上がる。

 

「五、四、三」

 

 内部で着火した爆弾の側面を左手で握りながら、政次郎がカウントを始める。向こうはようやくコーナーを確認したのか、前を走る車のテールランプが強く発光し、その速度を少し留める。

 その間に政次郎は上げた速度を維持し続け、車間距離を縮めていく。コーナーの長さと角度をはっきりとその目で確認しつつ、バイクを少しずつ右へと寄せ、曲がる瞬間に備える。

 

「二」

 

 先を走る車がコーナーへ入り、速度を大きく落とす。距離は縮まっていき、最初に道路に合流した時とほぼ変わらないほどになっていた。

 曲がりながらも車はこちらを視認し、再び後部座席の窓が開く。それと同時に、政次郎は左前へ向けて可能な限り遠くに、左手に持っていた爆弾を投げつけた。

 

「一」

「!」

 

 窓から顔を出した男達が銃をこちらへ向け、政次郎のカウントが一を告げる。それと同時に蓮が能力を使い、毒を発生させた。事前に作っていた毒を自身の体へ巡らせつつ、触れている場所を通して政次郎の体へも同じ毒を注いでいく。

 お互いの体に回された毒は即座に効果を表し、二人の身体感覚の一部に変調をきたしていく。それを感じながら、二人は次に起こることへ備えて目を閉じた。

 瞬間、道路が一際眩い光に覆われた。

 

「がッ!?」

「っぐ、うるせ……ッ!」

 

 道路に投げ捨てられた缶が放つ燐光と轟音を、蓮達を射抜くべく狙いを定めていた男達が直に受ける。暗さに慣れていた眼は急激な光で眩ませられ、銃声すら凌ぐ炸裂音に本能的に体が竦む。

 高速で曲がる最中だった運転手も、ミラーが跳ね返す光や突然の音に一瞬気を取られ、不測の事態に備えてついブレーキを少し強めに踏んでしまう。車が止まることは無いが、速度は大きく落ちた。

 目に焼き付いた暗点の先を見れば、突然の光と音に対してまるで怯むことなく、とてつもない速度でコーナーを曲がりながらこちらへ近付いてくるバイクの姿があった。

 そんな馬鹿な。距離を考えればあちらの近くで炸裂した筈なのに、何故何事も無い様に運転出来る。

 

「――耳、戻したわよ政次郎くん!ぶち抜いて!」

「全く、一瞬とはいえ気分が悪い」

 

 閃光を防ぐために閉じていた目を開いた蓮は、すぐさま自身と政次郎の体に回していた、聴覚を麻痺させる毒を解毒する。

 一時的に止められていた耳の感覚が解毒と共に徐々に戻っていき、耳に感じるエンジンと風の音が少しずつ大きくなっていく。十分な感覚が戻ったのを感じつつ、政次郎は動きを鈍らせている車へ一気に肉薄していく。

 いかに閃光手榴弾とはいえ、車までの距離を考えればその影響は本来の物とは程遠い。相手がこちらの不意打ちから立ち直るより先に、左へ切り込む様に鋭角に曲がりながら車との距離を詰める。

 十五メートル、十メートル、五メートル。ブレーキを示す赤い光が消え、車が再び速度を上げようとする。だがもう遅い。距離、零メートル。

 

「やれ、野曽木!」

 

 車の横に並び、そのまま追い抜いていく。追い抜く直前に蓮が能力を使い、毒を精製して風下の車へと流していく。狙いは車内へ侵入する為の窓ではなく、もっと下。

 時間にすれば一瞬の接近の後、そのままバイクは車の先を走っていく。距離が近ければ近い程、銃撃の危険性は高まる。速度差がついている内に、今度は逆にこちらが前に立って距離を一気に取ろうとする。

 政次郎がサイドミラーを覗けば、光と音から立ち直った後部座席の男達がこちらを見て、銃を向け直そうとしている。いつ撃たれてもかわせるように、ハンドルを逆方向へ曲げる心構えをする。

 

「ところで政次郎くん。トルエンって物質、知ってるかしら」

「知らん、興味が無い」

「そこは聞きなさいよぉ!……溶媒として有名な劇物でね、色んなものを溶かす媒体として扱われてるのよ。ペンキやシンナー、接着剤――」

 

 そんな時に、蓮が唐突に世間話をするような軽さで政次郎に関係の無い話を切り出す。政次郎は一切興味を示そうとしないが、意に介さず蓮は話を続ける。

 窓の外へ身を乗り出した男達は銃をこちらに向け狙いを定めている。距離が離れ切る前に当てるつもりなのだろう。実際まだ離れ切れていない今撃たれれば、避け切れるかは五分五分だ。撃たれるタイミングを見計らい、ギリギリまで狙いを引きつけるようハンドルを握る。

 

「――そして、ゴム全般」

 

 蓮が呟いた瞬間、後ろを走る車の挙動が揺れ、タイヤから地面を削る音が響いてくる。

 車は急激にコントロールを乱し、危険を感じた運転手がブレーキを強く踏む。勢いのまま危うくスリップしてしまいそうになるのを、強くホイールに押し付けられたブレーキパッドがタイヤと共に車の動きを抑え込み、車は後部を横へと滑らせながら道路の端へと近付いていく。

 ガツンと音を鳴らし、車体側面が道路端のガードレールにぶつかる。直前に強くブレーキが踏み込まれて勢いが殺されていた分、それほどの衝撃は無い。表面が僅かに溶けたタイヤは地面との激しい摩擦により、異臭を放ちながら白い煙を燻らせていた。

 

「ま、ざっとこんなものね」

「反転する、口を閉じろ」

「へ?」

 

 顔を後ろへ向けて車が止まった様子を確かめる蓮へ、政次郎が聞き流しそうになる程の警告を放つ。

 その瞬間、政次郎が前輪のブレーキを強くかけて、ギアを一気に落とす。ハンドルを切りながら左手のクラッチと足先のリアブレーキで後輪の速度を調節し、政次郎はバイクの後輪を滑らせた。

 

「うひぃえぁあぁ!?」

 

 体が前に吹っ飛ぶかと思う程に急速なGを感じながら、政次郎の操るバイクの車輪は甲高い音を立てながら急速に横を向いてアスファルトを削る。どういう事が起きるか予見出来なかった蓮は、政次郎の体へそれまで以上にしがみつく事で体が投げ出されるのを防ぐ。

 実時間の何倍にも引き伸ばされた恐怖が蓮を襲いながらも、次第にバイクの速度は失われる。勢いが止まる頃には、バイクは後ろへと向けられていた。

 それまで足元から鳴り響いていたスキール音に少々の耳鳴りを覚える間に、政次郎は止まったバイクを再び走らせる。

 

「ちょ、ちょっ!政次郎くんっ舌かんだ!」

「だから閉じろと言ったんだ」

「いきなりこうするとかわかる訳ないでしょー!」

「理解力不足だな。行くぞ、連中が立ち直る前にこのまま制圧する」

「あぁーもーっ!」

 

 一切蓮へ配慮を見せないまま、政次郎は未だに道路の端で静止したままの車へと近付いていった。

 




十三「うおぉぉぉ!ヤベエめっちゃブレる!これドリフトだろ!ドリフトしてる俺!」
真魚「おじさん、これはただのパワースライドだよ」
ユーリヤ「あぁぁ当たる当たりますフェンスにぃぃぃ!!」

スピンさせるほど強くは攻撃()してない!相手のタイヤを一瞬崩してやるだけだ!
悪く思うなよ!これくらい能力バトル(あっち)の世界では日常茶飯事だぜ!

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