がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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3.薄幸と発航

「へぇ~……君たちが、新しい”お手伝いさん”?」

「……ハイ」

「……そうです」

 

 蓮に仕事の話が降ってから三日後の深夜二時、某港の発着場にて。蓮とユーリヤ・ミハイロフスカヤ――政次郎の話にあった「シスター」であり、蓮の仕事仲間の退魔師(エクソシスト)である――は、中年太りと乏しい頭髪が特徴的な初老の男性と会っていた。

 今回の潜入にあたり、蓮とユーリヤは政次郎の手回しにより、偽ったプロフィールで雇用希望を社長に飛ばしていた。先日逮捕されたこの船の人身取引者――隠密部隊が身柄を抑えている為、現状は逮捕されているとは公表されていない――の「オススメ」として、社長に直接雇用されるように仕掛けたのである。

 来歴の偽装は完璧で、協力者もボロを出す事は無かったのだが……元々、この船の従業員は社長の好みの女性を集められており、最終的に雇用するかどうかは船が到着し、社長自らが二人と会ってから、と言われたのだ。

 

「ぅう~ん……いいねぇ実にいぃ……顔立ちも、スタイルも、写真以上に見えるねぇ~!」

「……ど、どうも……」

「……お褒めいただき、ありがとう、ございます」

 

 そしていざ会ってみて、今に至る。目の前の中年――社長は、舐め回す様に視線を上下に動かし、蓮たちの横に回り込んで体つきを眺める、と肉欲に染まった動きで見定めている。

 今の蓮たちはいつもの服装――動きやすいボンテージ服と対魔用の修道服――ではなく、最低限の私服でここにいる。蓮はゆったりとしたニット服にいつもよりは気持ち長めのミニスカート、ユーリヤはジャケットとワンピース服、といった風に。

 これは社長からの要望であり、曰く”かっちりとした服より普段着の時の方が人となりは現れる”といった建前で、私服姿で来るように言われていた。……しかし。

 

(何が”人となりを見る”よ……どう考えても、このスケベオヤジの趣味じゃないっ……!)

 

 いやらしい目つきで体の起伏を確認し、足をゆっくりと下から眺めている目の前の社長の様子から、人となりを確認する気などは少しも感じられない。あるのは単なる下衆な肉欲と、服の下に対する勝手な想像だ。

 横目でユーリヤを見れば、口を閉ざして顔を赤らめている。これから雇用してくれる相手に対して文句が言えるわけもなく、今はただ好き勝手に見られる羞恥に耐え忍ぶしか無い。

 そうして見る蓮もまた、目の前の中年の歪んだ目つきと口元に対し、嫌悪感を抱きながらも何も出来ず、羞恥心に顔を染めていた。

 

「ぅおぉっとぉ、いけないいけない。あんまりにも君たちが綺麗だからつい、ねぇ?悪く思わないでくれよぉ?はっはっは!」

「……いえ、気にしてませんから」

「……私も、大丈夫、ですので」

「んぅ~いいねぇ!実にいい!恥じらいもある、それでいて反抗する気もちゃんと抑えてる!”オススメ”なだけはあるねぇ、まるで生娘のようだ!」

(悪かったわね……!)

 

 実際、蓮は身売り寸前の身だが、まだ”そう”いう事にはなっていない。そうならないように動いているし、そうならない為にここにいる。しかし、そういう事を他人に指摘されるのは気恥ずかしい。

 

「それで、蓮花ちゃんとリーシャちゃん、だったね?ちゃんとあの人から聞いてると思うけど、この船で聞いた事・やった事、ぜぇんぶ口外しないでね。あ、脅しとかじゃなくて、君たちの身の安全の為だからさぁ?はっはっは!」

「……ハイ、わかってます」

「……聞いてきました、から」

 

 ”蓮花”と”リーシャ”は、今回の任務にあたり二人が考えた偽名だ。元の名前を大きく変えない程度にしておく事で、お互いに呼び名を間違えない様にする為の処置である。

 社長に提出された偽造文書(りれきしょ)では”蓮花”はいい所の令嬢であったが、自殺した親が抱えた多額の借金を肩代わりした、という設定になっている。”リーシャ”の筋書きも似たりよったりだ。……親が遠洋漁業に行った所は変わらなかったが。

 

「いやーほんと助かったよぉ。うちの船、最近なんだか従業員が少し減っちゃっててさぁー。元々その場限り、って子も多いんだけど……皆、どうしちゃったのかなぁ。給料足りなかったのかなぁ」

 

 この客船は不定期運行の為、運行が一周終わるごとにそれまでの日給が即金で支払われる様になっているらしい。参考の為に政次郎に蓮が聞いた所、日給で数万円、働きによっては臨時ボーナスもアリ。食事も客船内で賄いが振る舞われ、船内の客に気に入られれば重役と同じ豪華料理を口にする機会もあるらしい。

 その時、蓮は必ずかの豪華料理を口にしなければならぬと決意した。蓮には貯金が無い。蓮は金の関わることに対しては人一倍に敏感にならざるを得なかった。

 ……というのは半分冗談にしても、不定期である事を除けばそんな高待遇を自ら捨てる者はいないだろう、と真剣に悩んでいる社長を見て思う。同時に、社長は客船の中で何が起こっているか把握する気がない、という事もわかった。

 

(金で解決しようとする、その場凌ぎの考え。結局の所、”残念に思う”というだけで、致命的な問題になるまではどうするか考える事もしない、って感じね)

 

 掃除屋の目で、悩む”フリ”をする社長を見定める。本当に困り、問題を根本的に改善する気があるのなら、原因の究明は必須だ。原因を突き止めないままの対処療法でその場その場を補修していても、本来の傷口から新たな血が流れ続けるだけ。

 政次郎は金持ちの道楽と評していたが、道楽にそれほど細かく気を使う必要も無い、ということなのだろう。行方不明者と、その家族の事は”道楽”である以上、思考の隅に置く必要もない。

 

(……とはいえ、それがこの社長を長生きさせてるのかもね)

 

 ただ、今回の事象は未確認だが、超常絡みである可能性は高い。もしもこの社長が消えた従業員の行方を細かく捜していれば、良くて失踪、悪ければ洗脳されて外面のみが人間のまま、中身がまるで別物に変えられる、などという事もある。

 この社長が有能であればそもそもこんな形での潜入など出来まい。そういう意味では、この社長の無能さには蓮も社長自身も助けられている。複雑な気分だ。

 

「んじゃあ今から軽くお手伝いについて君たちの指導役から説明があるからぁ、船に乗ったらすぐ近くにいるタキシード姿のイケメンについていってねぇ」

(イケメンて)

(イケメンですか)

 

 人を指し示すには随分変な表現だが、まぁタキシード姿の男性などそう見紛う事は無いだろう。わかりやすいというのは助かる。

 

「はっはっは、いやぁこれからの夜が楽しみだなぁ!二人がうちの制服に着込んで目の前に現れる時がもう待ちきれないよ、はっはっは!」

((絶対ろくでもない制服着せられる))

 

 個人的に集めたカジノの女従業員、という時点で嫌な予感は止まらなかったが、この社長の態度を見てその予感は既に確信に変わっている。二人の作り笑いもいい加減ひきつってきた。

 乗船すればより事態が悪化するかもしれない――いやするのだろう――が、今はとにかくこの社長の目の前から去りたい一心の二人は、愛想笑いを浮かべながら「また後で」と心外極まる言葉により社長と別れ、乗船した。

 

「……新入りの方々ですね。蓮花さんとリーシャさんで宜しいでしょうか」

「あ、はい。蓮花です」

「リーシャと申します。貴方が、社長のおっしゃっていた……」

「指導役です。リーダーとでもお呼びください。名前は明かせませんので」

 

 乗船して蓮たちを迎えたのは、鋭い切れ目が印象的な、タキシードの似合う青年だった。確かにイケメンと言われるだけの顔立ちをしている。

 

「仕事については着替えてから説明します。更衣室はこちらです、荷物もそちらにお置き下さい」

 

 時間が惜しいのか、社長と違い手短に顔合わせを済ませ、”リーダー”はキャリーバッグを引いた蓮たちを更衣室へ案内する。

 本来、”異界”――異形な者が棲まい、現実が変容した地――にも訪れる蓮たちは、十分な武装と医療品を持ち運び仕事に臨む。だが、今回の仕事は従業員として潜入する為、蓮愛用のショットガンや、ユーリヤの神の鉄槌(スレッジハンマー)などの大型の武器は勿論の事、医療品も多くは持ち込めない。

 拳銃ならば着替えを入れたバッグの底にでも仕込めるのだが、バッグ内の検査でもあればそれだけで潜入が終了する以上、不要なリスクは背負えない。結局二人は文字通りのほぼ身一つで潜入する事となった。

 必要な時は別口で潜入した政次郎から予備の銃を借りる、という事も出来る為、余程の緊急事態でも無ければ問題無いだろう。それに、蓮にもユーリヤにも武器に頼らず自衛する異能(ちから)はある。

 

(……と言っても、やはり銃が無いのは少し落ち着かないわね)

 

 と言っても、頼れる相棒(あいじゅう)が手元に無いのは先の読めない怪異絡みの事件では心細さを感じる。ここに潜入する前。政次郎にショットガンやアサルトライフルなどの最大火力(いつもの)も持ち込めないか、と蓮が頼んだ所。

 

『却下だ。潜入に支障が出る』

 

 と、”何をわかりきった事を”と言うような無表情と共にコンマ二秒で切り返された。既に人気の無い異界にいつもの五人で突入する時ならば、各々が重武装した上で医療品・弾薬もそれぞれが分担して持っていけるが、今回は内二人が未出動、内二人が空手である。政次郎一人で背負いきれる武装・弾薬にも限りがある。

 最初は『現状の規模から言って大事にはなりにくいだろうし、そもそもお前に過剰な武装(そんなおもちゃ)は必要無いだろう』と言って、蓮の分の拳銃まで持ち込もうとすらしなかった。蓮の異能は素手でもなんら関係が無く使えるもので、銃よりも強力である事は仲間内では周知の上である。

 しかし、ある程度の集中できる状況でなければ味方も識別せずに巻き込む危険性も孕んでいるし、緊急時にはまどろっこしい。引き金を引くだけで暴力が音速を超え、ある程度の障害を排除できる銃というのは随一の存在であり、欠かせないものだ。

 

「……蓮花さん」

「ん、何?リーシャ」

 

 リーダーに先導され、更衣室へ歩いている最中にユーリヤが小さく話しかけてくる。

 

「嫌な感じがします。……微かですが、魔術的な残滓が残っている、ような」

「……本当に?」

「ええ。……本当に僅かなもので、どれぐらいの規模かはわかりませんが」

「当たりね」

 

 退魔機関のエクソシストであるユーリヤは、魔術的な感知能力――主に異界の神々の呪術や霊的存在に対してだが、それ以外にも精通している――は際立って高い。

 こと魔術知識に限定すれば蓮より僅かに劣るが、こと感知・察知という点においては仕事仲間内でもトップクラスであり、その精度は蓮の知る中の他を寄せ付けない。蓮が感じられない事象でも、彼女ならば感じられる。ユーリヤが感知したならば、この船は”当たり”だ。

 

「……これから、長い夜になりそうね」

 

 出港を手短に告げる船内アナウンスが聞こえる中、汽笛すら鳴らさず、客船は街の僅かな光からも離れて夜に消えていく。出港を周囲に感じさせない船の静けさが、夜に潜む不安を煽り立てた。

 




常に状態異常:砂漠のバナージ でどう書けばいいのかわからないです
まわりまわってーさぁー今ぁー(ベッド上でゴロゴロ

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