がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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7.風を突き抜けて

「目立つ外傷は無いな。これならばすぐに使える」

「使える、って……キーが刺さってる訳でも無いでしょ」

 

 政次郎がガレージ内に放置されていた流線型のカウルを備えた大型バイクへ近付いて、全体を一瞥する。タイヤやエンジンに傷が入っていないそれは、エンジンさえかかればそのまま足として使える状態だった。

 ただ、バイクとその周囲を蓮が見る限りは肝心のエンジンを動かす為のキーが見当たらない。エンジンに挿しっぱなしという杜撰(ずさん)な事も、バイク近くの地面に落ちているという幸運な事も無かった。これでは動かすことは出来ない。

 そう蓮が思っていると、政次郎は自らの外套の内側をごそごそと手探り、外へ出された手の指先には二つの細い物が握られていた。

 

「……ボールペン、と針金?」

 

 何故ボールペンを、と蓮が思う間に政次郎がボールペンの先のパーツを取り外し外側をひねると、先端からペン先ではなく金属製の細長い芯がすっと伸びた。その金属芯は目を引くことに、先まで平べったく潰されていた。

 政次郎はボールペンを逆に捻り、金属芯を伸びたままに固定する。次に、取り出した針金を垂直に曲げて、取り出した二つをバイクのエンジンにある鍵穴に差し込んだ。

 金属芯は差し込んだ状態で左手で固定しつつ、政次郎は鍵穴へ入れた針金を微かに動かしつつ奥へと入れていく。最奥まで差し込んで少し動かすと、そのまま政次郎は金属芯を右へ回した。同時に、エンジンがキーを入れて回された時と同様に、音を鳴らしながら振動を始める。

 

「これで動く」

「えぇ……」

「お前……」

 

 一切の迷いも淀みも無く行われた政次郎のピッキングを目の前にして、蓮と十三は呆れの視線を向けた。ピッキング一式をいつでも持ち歩いているのかとか、えらく行動が手慣れているとか、躊躇とか無いのかとか、言いたい事はいくらでもあったが、その全てが頭の中でまぜこぜになり口が固まって言葉には出来なかった。

 

「そんな目をしている時間は無いぞ、このまますぐに追う。野曽木、後ろに乗れ」

「え、私?」

「伊達はその肥大した筋肉の分重い、速度が落ちる。さらに言えば曲がる時にバランスが取り辛い、邪魔だ」

「肥大って酷くねぇ!?これでもちゃんと体絞ってんぞ!」

「お前のウエイト事情など知るか」

 

 政次郎が低く唸り続けるバイクに跨り、後部の空いたスペースへ蓮を呼ぶ。何よりも速度が求められる今、重量の問題は無視出来ない。重量が軽ければ速く・動きやすくなり、重ければ遅く・動きにくくなる。

 全身が筋肉の塊とも言える十三は重量という点で言えば、この状況で追跡するには適していなかった。また、政次郎が蓮を後部に乗せる理由はそれだけではない。

 

「野曽木、この周辺の地図と他隠伏地点の候補は頭に入っているな」

「当然でしょ」

「ならば相手のルートを見て予測(ナビゲート)しろ。それとお前の能力なら、掴まったままでも手を使わずに攻撃出来るだろう」

「……なるほどね」

「伊達、お前はシスターと真魚の援護に行け。表の銃声はまだ聞こえる、さっさと片付けたら車に乗ってついて来い。こちらの場所はその時野曽木に電話で聞け」

「承知」

 

 この時点になっても、入口付近からは銃声は続いて響いている。ユーリヤ達の状況が膠着状態になっていると予想した政次郎は、その手の状況に手慣れた十三をそちらへ向かわせたかった。

 銃撃戦で手間取っていたとしても、そこへ十三が加われば間違いなくその膠着は打開される。政次郎の提案に二人が納得・同意した所で、蓮はすぐさまバイクの後ろへ飛び乗ってシートに腰を落とし、政次郎の肩へ両手を乗せた。

 

「撒かれんじゃねえぞ政次郎」

「あれだけ煩い車だ、まず見失わん。距離はそれなりにあるが、まだ追いつける」

「十三さん、ユーリヤ達の事も心配だから早く行ってあげて!こっちはなんとかするわ!」

 

 政次郎がスロットルを何度か捻り、エンジンを強く吹かせる。それを話の終わりの合図として、十三は銃を片手にガレージを飛び出していき、ユーリヤ達がまだ応戦しているだろう入口の方向へと走っていった。

 今まさにバイクが発進する、といった時に蓮はふと気付いた。

 

「あ、そういえばヘルメット忘れてたわ。ごめん政次郎くん、ちょっとガレージの中探してくるから待っ――」

「いらん。さっさと出るぞ、時間が惜しい」

「え゛、ちょっ」

「それとしっかり掴まっていろ、落ちても拾わんぞ」

 

 ヘルメットを探そうと立とうとした蓮を言葉で制すると、政次郎は一切待たずに即座にバイクを発進させた。ガレージを出て車が逃げていった道へとハンドルを向けると、政次郎はスロットルを思いっきり回してエンジンの回転数を上げる。

 瞬間、車輪が地面を削り上げ、二人は前方へ跳んだ。

 

「ひきゃあぁあ゛ぁ゛ぁ゛――――」

 

 想定外の急速な加速を受けた体が恐怖を覚え、振り落とされないように蓮は政次郎の体へ咄嗟にしがみつく。あられもない悲鳴をその場に残しながら、蓮達の乗るバイクは道路の先の闇へと消えていった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「死ぬ!死ぬわ私!この速度でノーヘルは絶対死ぬ!政次郎くん今何キロ!?」

(やかま)しい、落ちなければ死なん。無駄話をやめてナビするか、次のコーナーで振り落とされるか、選べ」

「いーやーあー!!こんな所で死にたくなーいー!!」

 

 ガレージから出てから殺人的な速度で政次郎はバイクを走らせ続け、蓮は恐怖の余り喉が張り裂けんばかりに絶叫しつつ、体全体と細い腕にある力全てを使って政次郎の背に抱きついていた。

 対向車がいないのを良い事に、政次郎は尋常じゃない速度で道を走り、コーナーに突っ込む。足が道路につくのではないかと蓮が恐れる程に車体を傾け、ガードレールギリギリの所で曲がり終える。速度のロスを最小限に留めながら車体を戻して、政次郎は再びスロットルを回して速度を跳ね上げる。

 

「わぁー!ぎぃーゃぁ゛ーっ!落ち、落ちッ!わ゛ぁーっ!!」

 

 コーナーに入る度に蓮は死を覚悟して奇声を張り上げ、抜ける度に恐怖と抗議の声を上げる。もはや蓮には何一つ余裕は無く、自身がその体を政次郎へ目一杯押し付けている事にすら何も感じない。ただ、しがみついている力を緩めれば死ぬという確信のみが頭を支配していた。

 最も、政次郎はその柔らかな感触に対して何一つ思考を割かず、風を切る音や背後の蓮の絶叫の外、遠くから微かに響いてくる車のエンジン音と、時折甲高く鳴る地面のスキール音を拾う事に集中していたが。

 

「――近付いてきたな。あちらもいい加減こちらの追跡に気付いているだろう。いい加減慣れろ野曽木、煩くて敵わん」

「慣れる訳無いでしょ!政次郎くんこれでミスって死んだら天国でもっかい呪い殺すからね!?」

「お互い天国なぞ行ける柄か、馬鹿な夢想は寝てからにしろ。このまま足を引っ張るならその分報酬を差っ引くぞ」

「報酬ッ――」

 

 恐怖で軽く思考が現実から離れて浮いている所へ、政次郎が言った軽い一言が鉤爪の如く蓮の思考に引っかかる。その瞬間、想起した借金の残り金額が一瞬にして引力となり、思考を現実へと引き戻した。

 政次郎はやる男だ。蓮に関しては容赦無く、報酬の査定に”これまでの行い”という曖昧な要素を、極めて説得力ある金額に変え、そのままマイナスにしてくる。絶対にやる。っていうかやられた事ある。

 この話をしていた区間が丁度コーナーの無い真っ直ぐの道だった事が幸いし、それまで蓮の頭の中に充満していた恐怖は金銭的な不安により押しやられ、途端にクリアになった思考が今自分がやるべき事を見出す。

 

「――ッ、政次郎くん次の次、曲がらないで真っ直ぐ行って!」

「何?それだと相手から離れるぞ」

「多分相手の狙いはここから一番遠い隠れ家(ところ)に行く事!車なら無理だけどバイクなら突っ切れる道がこの先にある、そこで差を詰められる!上手く行けば追いつけるかもしれない!」

「……わかった」

 

 蓮から言われた通りに政次郎は車の通っただろう道をあえて無視し、直進していく。平静さを取り戻した蓮は政次郎の風を切る音に負けずに声を張り上げて、政次郎の耳元で的確に通るべき最短の道を示していく。

 極端に曲がる道を選ばず、また信号や人気の無い道を選んだ為にバイクは速度を大きく落とさないまま進み続けて、次第に一度は離れてしまった車の音は再び近付いてきていた。

 

「このまま真っ直ぐ行けば大きい道に出るわ、相手はその道を使う気よ!……ん、着信?」

「伊達か。野曽木、出ろ」

「もしもし十三さん、そっちはどう!?」

『全員無事だ、今は外の連中片付けてようやっと車に戻った!今そっちどこだよ!』

 

 蓮の想定通りに車に近付いていた時に、スカートのポケットにしまってあるスマートフォンが振動する。すぐさま蓮が手に取れば、予想通り電話をかけてきた相手は十三だった。

 

「もうちょいで国道□号線に出て北へ向くとこ!」

『どこだよ地元じゃねーからわかんねーよ!目印とかねーの!?』

「第三候補の地点に行く道よ!真魚ちゃんにスマホのナビ使ってもらって!それでわかる!」

『あいあいさー』

「急なルート変更あったらその都度連絡する!切るわよ!」

『わかった、気ぃつけろよ!』

 

 蓮は向かってくる風に負けて流れないように声を張り上げ、通話先の十三や真魚へ必要な情報を要点を押さえ伝える。

 片手でしがみつき続けるには怖い速度で走っている最中の為、蓮は手短に通話を切り上げてスマートフォンを素早くポケットへと戻し、バランスを崩さない内に政次郎の体を再び両腕でホールドする。

 冷静な思考が戻った今になって、蓮は”この体勢ちょっと恥ずかしいんじゃないのか?”とか思ったが、こうでもしなければ振り落とされかねない。実際恥じらっている余裕がある状況でも無いので、頭に浮かんだ思考は一旦捨てる事にした。

 そうしている間にも突っ切ってきた道にも終わりが見え、突き当たった先にはここまでの道よりも一回り光量が多い街灯で照らされた一般道が目に入ってきた。

 

「右曲がって合流!三車線、幅一杯使って速度落とさないで!」

「了解」

 

 それまで走り抜けてきた一車線かそれ以下の幅の道から、政次郎の操るバイクが幅広な一般道へ飛び出して合流する。体を傾けてバイクの軌道を曲げつつ、エンジンの回転数のロスを抑えて道の端まで渡った所で体勢を斜めから前へと向け直す。

 曲がり終えた所で蓮達は前の道路へ目を向ける。およそ四十メートルほど先、そこにはガレージで蓮達の前から去っていった黒い車の後ろ姿があった。

 

「よし、追いついた!」

「ち、直線が長いな」

 

 ようやくテールランプが見えた事で、蓮は自身の目論見が上手く行ったと安堵したが、政次郎は道の先の形を見て舌打ちをする。深夜帯の為に車がろくに通っていないこの道路は、高速道路とも思えるほどにうねりが少なく、非常に見通しの良い場所だった。

 総重量の軽さに加えて、命すら投げ打ちかねない程の無茶な域まで速度を引き上げて疾走している分、速度的には蓮達の方が勝っている。ただ、政次郎はこの状況に嫌な予感を覚えていた。

 

「どうしたの、これならなんとか追いつけるんじゃ――」

「あっちは追われる側で、車だ。そして見通しのいい場所、これだけの状況が揃えば相手が次にしてくる事は決まっているだろう」

 

 そう政次郎が蓮へ話した直後に、前方の車に動きがあった。いや、車の挙動は変わっていない。車の後部座席の両側の窓が開いたのか、そこから何かの影がせり出していた。

 街灯の光の下を潜り、車から出た影が照らされる。それは窓から半身を乗り出した男二人が、蓮達へその手に握ったサブマシンガンを構えている姿だった。

 

「ッ政次郎くん!!」

 

 蓮が次に起こる光景を想起して叫ぶ。その瞬間、バイクへ向けて大量の発砲音と共に弾丸が乱れ飛んだ。

 




真魚「おじさんそこを右行ってその次左、そっから上上下下左右左右BAだよ」
十三「前から目ぇ離せねえんだから真面目にナビしてくれぇ!」
ユーリヤ「ひぃいぃやぁあぁあ」(ぐわんぐわん)

追いついて仕留める所まで行くつもりでしたが、ムリだったのでせめて早めに投稿します。
想定よりも喋ること多いせいで文字数増える!許せサスケ……

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