1.当たるか八卦
「どーもー野曽木さん、最近調子はいかがですかー?」
「……まぁ、ボチボチってとこよ、マスター」
今蓮が訪れているのは、オカルトショップ”
踊り子めいた肌を大きく露出している服とフェイスベール、長いブロンドヘアーを携えた、この店の名を持つ店主であるルージュがにこやかな笑顔で蓮を迎えた。
「その割には浮かない顔ですねー。そのような難しい顔をしていては運気も逃げてしまいますよー?……しかしもう安心!こちらの開運のブレスレットさえあれば、良くない流れもたちまちに良くなること間違い無しです♪」
「……そのブレスレットを買ったら一億円とか拾えたりしない?」
「効果には個人差がございます♪」
迎えた時の笑顔は一切崩さないままに、蓮の無茶な問いを遠回しに店主は否定する。蓮にしてもさすがにそんな事はそう起こらない――絶対に無いとは限らないのがこの稼業の恐ろしい所ではあるが――とわかってはいるので、この一連のやり取りはただの雑談代わりに過ぎない。
店に並べられている新しく入荷された商品と、商品の手前に平然とつけられた何十万円という自信に溢れた値札を細目で眺め、なんとも言えない気持ちになりながら、蓮は他の話題を切り出す。
「マスターの方こそ最近どうなの?何か胡散臭いヤマだとか、曰く付きのブツが裏に流れたとか、そういう話って聞かない?」
「んー、事件はともかく、
「……ってことは、特にナシかしら」
「残念ながらー」
ルージュは自ら集めた曰く付きの魔術品を並べて店を構える程の
ルージュ本人も魔術やそれに関わる物事に対して造詣が深く、これらの情報に対する真偽も信用出来る。そういう事情もあり、仕事の際に必要な品を揃える時以外にも、蓮はよく店主に会いにこの店へ訪れていた。
とはいえ、何も買わずに店を後にするというのも気が引けるので、大抵は店に並ぶ商品――最低でも二十万円近くするような曰くのあるアクセサリーなど――を買うことになるので、財布が薄い時には頻繁に訪れる訳にもいかない。
単なる情報料として考えるなら、店主自体の情報の正確さもあって出費としては悪くない。が、今回のように店主自体から情報が得られない場合にも、「話が聞けないなら帰るわ」とただ店を後にするのも些か与える印象が悪いので、結局は何かしら買い物はする必要がある。
……別に何か買わなかったからと言ってその後ルージュと険悪になるわけではないだろうし、これは蓮にとっての見栄のような物なのだが。
「……はぁ、やっぱり事件なんて見つけようと思って見つけられるものじゃないわねぇ」
「お疲れのようですねー。それでは気分転換に、こういったことはいかがでしょうか?」
目を瞑って小さく息を落とす蓮へ言葉をかけると、ルージュは占い用の水晶を置いているテーブルの端にタロットカードの山を置いた。
ルージュの本業は魔術品の蒐集及び売買ではあるが、副業として占いも取り扱っている。とはいえ、この店で取り扱う魔術品による売上の事もあり、客からの要望があればする程度でそれほど本腰を入れている様子はない。
どちらかと言えば、自身の格好も含めて店内の妖しげな空気をより強調する為のポーズとしての意味合いが強いのだろう。かといってただの見せかけという事もなく、彼女の占いはちゃんとしたもので、ピンからキリまでいる占い師の中でも蓮が信頼を置ける、確かな”占術師”でもある。
「タロット占い、かしら」
「行き詰まった時にこそ、こういった外部からのアプローチに頼るのも良いかと。困った時の神頼み――というわけでもありませんが。何かしらのヒントになるかもしれませんよー?」
「……」
実際問題、蓮も現状には行き詰まった感じを覚えていた。なんとか最近の事件の収入によって直近の利子問題や、武装・物品不足は概ね解消されたと言っていい。
ただ、蓮の抱える問題の大元である借金の返済に関してはまだまだで、その膨大な額を削る事もままならない状況だ。結局の所、この借金を無くさない限りは蓮を取り巻く苦悩は絶えないわけで、少しずつでも返済を進めていかなければならない。
そこで何が出来るかと言えば、自分の使える情報網を駆使し、金になりそうな仕事になりそうな事件を探す事――結局はいつも通りの事しか蓮には出来ない。政次郎を通しての仕事の依頼を待つだけでは金も足りず、安定も無い。探せる範囲のことであれば、自分の仕事は自力で見つけるしかないのである。
だが、いざ気合を入れてハイ仕事が見つかりました、というのであればこの稼業で誰も困る事は無い。例によって蓮の情報網にそれらしい事件は引っかからないまま、以前の依頼からは時間だけが過ぎているのが現実であり、現状だ。
蓮の所持金は少しずつ利子の返済により削られ、たまに会う蜜柑からは遠回しに返済について言及されつつ、「まとまった金はまだか」という無言の重圧を受ける羽目になっている。
……そこらの魔術師や化物を相手にするより、最近の蜜柑と会う方が余程怖いくらいだった。
「そうね、マスターの占いなら信用出来るし。それじゃ、頼もうかしら」
「それでは一回一万円になります♪」
「……マスター、一回分にしてはちょっと高くないかしら」
「ユウジョウ価格ですよー」
少々腑に落ちない価格設定に少し顔を
「毎度ありがとうございます♪それでは、力入れてやらせていただきますよー」
「ホント頼むわね。今の私の一万円って結構バカにできない出費なんだから」
金を受け取ったルージュは部屋の隅から椅子を二脚持ってきて、それらをタロットカードが置かれているテーブルの両側に置き、さあさどうぞと一言添えて椅子を引き、座るよう蓮に勧めた。
蓮は椅子を手に取り、席に着く。それを確認したルージュが逆側の椅子に座り、タロットカードの山から上の二十枚ほどのみを抜き取り、残った束はテーブルの上に乗っていた水晶と共に商品の棚へ除けて置かれた。
「大アルカナのみかしら」
「細かいのは見ても結果が分かり辛いでしょうしねー。
「スリーカードでいいわよ、本格的な相談って訳でもないから。……七枚引きで悪いカードばかりだったらそれこそちょっと落ち込んじゃうし」
「質問の内容はどうされます?」
「ざっくりと全体的な運勢でもいいんだけど……そうね、”次の仕事はいつ見つかるか”でお願い」
「わかりましたー♪」
タロット占いには多くの
個人的には「借金返済はいつ終わるのか」という内容で細かく占って欲しい気持ちもあるが、なまじ占いに信頼性があるばかり、悪い結果が出ればそれだけで少々気持ちが滅入る事になる。ルージュの笑顔で「一ヶ月以内に都合つかなくなってそこからは転落待ったなしです♪」とか言われれば、ちょっと立ち直れないかもしれない。
「――……」
そんな事を蓮が考えている間に、ルージュはそれまで顔に浮かべていた表情を無くし、両手を正面に置きながら目を閉じて集中し始めていた。
数多くバリエーションのある占術だが、どれにしても必ずしも術者の集中が必要とされる。一切の感情を挟まずに道具を取り扱い、無我の状態で世界と向き合って、人智の外の何かに触れる。魔術にも似た、正しい”占術”を行う為には、凪のような精神と結果を引き出す確かな集中がいる……らしい。蓮の知る占いの知識は又聞きの話でしかないが。
外界の音すら聞こえてこない、この空間のみが隔離された様な錯覚すら覚えさせる数十秒の静寂の後、ルージュが静かに目を開いて大アルカナのタロットカードの束を右手で持ち、左手で静かに上からカードを数枚ずつ引き抜きつつ移していく。
それを丁寧に三回ほど行った後、今度はテーブルの上へカードを広げて、円を描くようにそれらをかき混ぜていく。伏せられたカードの向きは混ぜる過程で何度も変えられていき、ニ十秒ほど混ぜ続けた所でカードを手元に寄せ、テーブルにシャッフルを終えたカードを横に立て、再び一つの束になる様に指で直していく。
その後、山札の上から六枚抜いて一枚のカードを表にしてテーブルに置き、同じことを二度行った末に三つのタロットの絵柄が横に並んで置かれた。
「――”
三枚の内、”月”のカードのみが逆さまになった状態で、蓮の前に並べられている。ルージュはふむふむと声を小さく漏らしながら、顎を指の腹で撫でつつもカードを見ながら思案げな表情を浮かべている。
「……どんなもんなの?」
「そーですねぇ、野曽木さんですからねぇ」
「え、何、私だとなんかダメな事あるの」
「いえいえ、そういう事ではなく」
先程の集中してカードと向き合っていた表情が嘘のように、いつものにこやかな笑顔を顔に戻したルージュが最初に表にした二枚を手に取り、カードの向きを逆にして蓮の手前に置いて見せた。
「ここまでの流れは確かに良くなかったみたいですね。過去を示すのは”停滞”を意味する”吊られた男”、蓮さんが悪いという事じゃなく、周囲の状況が一つどころに留まって動かないままだったんでしょうねー」
「フォローありがと、それで次のカードは?」
「現在を示すのは”月”の逆位置ですね。これは”予期せぬ変化”を意味するので、今に何かしらこの現状が変わる事が訪れることでしょう」
「へぇ、悪くないじゃない。最後のカードは?」
「未来を示している”塔”のカードですねー」
今の現状が変わるというのなら、それだけで吉報である。思ったよりは悪くない……というより、良い結果が出た事に少し満足感を覚えながら最後のカードの結果を蓮は聞いた。
「”失敗”、”トラブル”、”転落”――金運的には”破産”とか”貧困”とかの意味がありますねー」
「…………聞きたくない言葉のオンパレードなんだけど」
一気に気分がフォークボールの如く叩き落された。直前までの二枚の結果を踏まえて考えれば、”悪い方向への変化がその内訪れる”という事になる。
占いで悪い結果が出るのはこれだから嫌なんだと蓮は内心で落ち込み、自然と頭が下がる。
「確かにこのカードはほぼ悪い意味しか持っていないんですけど、野曽木さんの場合は吉報にもなり得ますのでなんとも言えないんですよねー」
「……吉報?どの辺りがよ」
「このカードには”災難”、”闘争”など、避けられない苦難が訪れるという意味合いが根本にあります。……つまる所、野曽木さんにとっての”お仕事”が来るのかもしれません。そういう関連の仕事というなら、野曽木さんとしては稼ぎ時でしょう?」
「……ははぁ、なるほど、ね」
確かに神話生物との遭遇や、それに関わる教団・魔術師との戦いともなれば疑いようも無い”災難”なのは間違いない。加えて死の危険が近ければ近いほど、それで得られる見返りは概ねの事態で比例して大きくなる。
少し落ち込んだ気持ちが持ち直される。思えばこんな稼業をやる以上、苦難と災難には慣れっこであるし、むしろ避けられない災難があるのであれば、その中からどれだけ得られる物があるかが肝要だ。
「……ありがとねマスター、確かに良い気分転換になったわ。いいわ、やってやろうじゃない。災難だろうが災厄だろうが、いつでもどこでもドンと来いって感じよ」
「はい、何かしら準備をする時は、ぜひぜひうちの店をご贔屓にー♪」
「言われなくても何かあったらそうさせてもらうわよ。また来るわね、マスター」
「はーい、またのお越しをー♪」
蓮は席を立ち、店の扉を開く。鈴の音の乾いた音が店内に響くのを聞きながら、蓮は”Rouge”を後にした。
「……相変わらず、野曽木さんは面白い道を行きますねー。これだけ見ていて飽きない人生というのも、羨ましい物です。はてさて、今度はどんな事が待ってるんでしょうね」
蓮が後にしてから少しして、店内に一人残されたルージュはそれまで蓮に向けていたにこやかな顔を顔から落とし、口元だけの微笑みを浮かべる。
最後に表にした”塔”のカードを右手で弄りながら、ルージュが独り言ちた。
六週間――言葉にすればわずか三文字だが、生きてみれば随分長い年月だったな
ということで書きたいネタも見つかったのでまたなんとか別の話を書いていきます。
ホイ!ユクゾー!(デッデッデデデデ カーン!)