「……十三さん、ユーリヤ。休憩する前に、この山荘一通り見ない?」
「あ?まぁ別に俺はいいけど、体大丈夫なのか?」
「ぶっちゃけ後遺症で立つのもしんどいわ。……けど、ちょっと気になる事があってね」
「先に探索するのであれば、回復しましょうか?」
山荘に入ってすぐ、蓮が二人へ探索を提案する。その顔は先程の戦闘で自身に用いた毒の反動による疲労が濃く浮かんでいる。
覚束無い足取りの蓮を見て、ユーリヤが心配して回復の提案をした。
「いや、ユーリヤは温存しといて。……一階は殆ど見たし、二階から行くわよ。十三さん、先お願い」
「ん?……了解」
蓮の提案に少し引っかかりを覚えつつも、十三は指示に従い二階への階段を先に登る。
殆ど終わったといっても、一階の探索は先程のムナガラーの出現によって中断されていた。事務室で見つけたノートパソコンの様に、犯人の痕跡が残った物が一階に残っている可能性は否めない。
探索する場所が残り少ないからこそ、一階の探索は全てに終わらせ、フロア全体の安全を確かめるのがセオリーだ。実際十三はそのつもりでいた。
だが、そういったセオリーや自身の疲労を無視してまで蓮は二階の探索を提案した。明らかに合理的では無い判断に引っかかる所こそあれど、蓮は何の考えもなく非合理的な事はしない、という信頼から反対はしなかった。
「……それで蓮さん、気になる事というのは?」
「ノートパソコンの中にあった内容は覚えてるわよね」
「俺は話しか聞こえてなかったけど、なんかロクでもねー内容が書いてあったんだろ?」
「子供たちを誘拐・監禁して暴行を加えたり、魔術の実験に使ってた記録よ」
二階への階段を登りながら、蓮が話す。
先行する十三は登った先をゆっくりと確認し、異常が無い事を確認して二人へハンドサインを送り、付いてくるように促した。
「……確かにロクでもねーけど、それがどうしたんだ?」
「あそこに書かれてあった記録には、複数人の子供を同時に監禁してたってあったわ。この山荘には相当数の子供が誘拐されて監禁されてた筈よ。だとしたら、監禁した複数の子供たちをどこで”管理”したかって話になるわ」
二階に上がると、ツンと鼻につく腐臭が増す。二階全体に染み付いたように漂う強烈な臭いに鼻を抑えたくなるが、銃を持つ手を離すわけにもいかない。
顔をしかめながらも、蓮は自らの話を続ける。
「――ッ、一階は探索した場所にはそういう形跡も無かったし、未探索の部屋は残りスペースを考えれば複数人の管理には向かない」
「ふんふん」
蓮の話を聞きながら、十三は二階の構造を眺めて確かめる。
一直線に続く狭い廊下の片側に扉がずらりと等間隔で並んでいる。最も近い扉に”203”と書かれてある事から、おそらくは全て客室だろうと推測した。
「あの記録にはそれぞれの子供に個別で番号が振ってあったわ。多分、子供たちは一箇所にまとめてじゃなく、個室に閉じ込めてそれぞれを観察してたんだと思う。そうなると一番考えられるのは――」
「ここみてーな客室ってワケか」
「そういう事。……それで、さっきのムナガラーなんだけど。あれの召喚には生贄がいるの」
「……生贄、ですか?」
話を聞きながらも十三は廊下を軽く歩き、全体を見渡す。右側は歩くとすぐに突き当たり、その角には廊下にあるのと同様の201番の客室の扉がある。
そこから階段から見て左側の奥へ行くごとに部屋番号は増えていき、見渡す限り八つほどの客室があるようだ。
「そ。召喚して喰われた術者とは別に、生きた人間が捧げられないとムナガラーは呼び出せない。……それが誘拐された子供だとしたら、他にも生きている子供がここにいる可能性があるわ」
「……!確かに、それは急いで確認しないといけませんね」
もしも”管理”されていた子供が生きているとすれば、術者や山荘の異常さから言って危険な状態である事は間違いない。蓮が無理を押して探索をしようとするのは、そういった理由からだった。
廊下に仕掛けが無い事と、部屋の数を見て二階のおおよその大きさを確認し終えて戻ってきた十三が、まずは右端の201番の扉から開けようとするが、鍵がかかっているようで開く事はない。
「……ちっ、当然か。今から鍵探すってのも手間だな。蓮、ブリーチング弾とか持ってねえの?」
「悪いけど持ってないわ……今度から買っとこうかしら」
「伊達さん、私がやります。ドアから離れて下さい」
ドアを開く為の弾薬が無いか蓮に聞くが、残念ながら蓮の持ち合わせの弾薬には無い。それを聞いてユーリヤが前に出てきた。その手にはスレッジハンマーが握られている。
「……え、おいおいまさか」
「――せえい!!」
掛け声と共に、ユーリヤがハンマーをドアの取っ手部分へ向けて全力で叩きつける。
取っ手は破壊され、鍵が壊れたドアはそのままハンマーの振り抜かれた方向へ開かれた。
「開きましたよ」
「……う、うん……」
「……スゲーなシスター」
見た目に似合わぬ強行な手段を取ったユーリヤに若干引きつつも、十三は部屋内を確認する。
「――うげ、ひでぇ。入らん方がいいわコレ」
「どうしたの、十三さん」
「死体の倉庫だ。ガキの死体がぶちこまれてる」
「ッ」
部屋に入らずとも廊下へ一気に流れ込んでくる強い腐臭に、蓮とユーリヤは顔を顰める。
部屋内には無造作に子供の死体が放り込まれ、積み上げられていた。人の持つ尊厳など微塵も感じさせず、ただ物として廃棄された命の果てが、そこにあった。
死体は全て乾いた血がこびり付き、体は損壊し、ただ死体に
「……これが”素材”の倉庫かしら、ね。弔ってあげたいけど、後よ」
「……はい。急ぎましょう」
死者を想い悲痛な顔をするユーリヤの肩に蓮が手を置く。亡くなってしまった子供へ思う所はいくらでもあるが、今は生きている子供を探す事が優先だ。
それからは最初の部屋を開けた時と同様に、二階の部屋の番号順にユーリヤがハンマーで鍵を破壊しては中を確認していった。ただ暴行の跡だけが残る誰もいない部屋もあれば、既に息絶えている子供だけがいる部屋もあった。
その度にやり切れない気持ちにはなるものの、確認を終えては足早に次の部屋へ行く。必ず後で弔うから、と心の中で誓いつつ、望まぬ死を遂げた子供を残して二階の探索を続ける。
「せいっ!……っはぁ」
ユーリヤが部屋の扉を破壊し、大きく息を吐く。これまでの疲労もあるが、二階の凄惨な状況と、生存者を期待して扉を開けては裏切られる事から、少し気が参ってしまっていた。
十三は表情を崩さず、扉が破壊されるや否や、ルーチンワークの如く確実に部屋内のクリアリングと確認を行っていく。その途中で、視線が止まる。
「……ぅ、ぁ……」
「ユーリヤ、生存者だ。手当て頼む」
「!大丈夫ですか!?」
大きな物音に
魔術をかけて少しして、子供の虚ろに開かれていた目の焦点が徐々に合い、視線が左右に動く。途端、子供は怯えた表情になり、その場から飛び退いてユーリヤから距離を取った。
「っひ!ごめんなさいッ、ごめんなさいッ!なにもしません、から!なにも、しないでください!」
「お、落ち着いて下さい!私達は助けに――」
「ごめんなさいごめんなさい痛い痛いもうやだ帰りたいだれかだれかだれか……!」
子供は部屋の隅で頭を抱えて震えるばかりで、ユーリヤが声をかけても反応しない。意識を取り戻した代わりにただ恐慌をきたし続ける子供に、ユーリヤはかける言葉を思いつけなかった。
そうしている子供へ、蓮がゆっくりと歩いて近付いていった。目を閉じ震え続ける子供の傍まで歩き、しゃがみ込む。誰かが傍に来た事を察し、子供は怯えて大きく体を跳ねさせた。
「もう、大丈夫だから」
そうして怯える子供の体を、包み込む様に蓮が軽く抱きしめる。震え続ける体が、寄り添う体温を感じて徐々に収まっていく。
体の震えが収まった後、子供は蓮に縋るようにして咽び泣き始めた。それに対して蓮は何も言わずに、ただ頭と背中を撫で続け、ゆっくりと落ち着くのを待った。
しばらくそうしていると、泣き止んだ子供は安堵した表情を浮かべ、静かに眠り始めた。軽く頭を撫でても起きない事を確認した蓮は、子供を背負い立ち上がった。
「――部屋全部調べたら、この子に解毒処置もしてあげないとね。じゃ、次行きましょ」
「……そうですね」
子供を背負う蓮を見て、ユーリヤが優しげに微笑む。自身も疲労しきっているというのに、人助けを最優先に動き、被害者に親身に寄り添う蓮の人柄はとても好ましいものだ。
こういった事件において、自身と時間の余裕さえあれば蓮は基本的に被害者の人命を優先して動く。そういう人の良さこそがユーリヤが蓮に対して信頼を置く理由だった。
立ち上がった蓮が部屋の外まで出ようと歩き始めると、数歩でバランスを崩し体が前につんのめる。倒れそうになる蓮を、前に出た十三が片手で受け止めた。
「……って、わ、と」
「立つのもしんどいんだろが。素直にガキはこっちに渡しとけって」
「う……ごめん、お願い十三さん」
「ま、力仕事は元々こっち担当だしな」
十三は蓮の背負った子供を受け取り、重さなど無いように左肩に軽々と担ぎ、部屋を出て行く。
実際まともな食事を取れていないだろう子供の体は普通よりも遥かに軽かったのだが、それでも今の蓮にとっては厳しい重さだった。少し体に力を入れて動こうとしただけで、息を切らしている。
「……我ながら、締まらないわねぇ」
蓮は乱れた息を整えるついでに、感じる情けなさを溜息と共に吐き出した。
◆ ◆ ◆
「結局、無事なのは二人だけか」
「二人”も”よ、十三さん」
「そうですね……こんな酷い状況で、よく生きていてくれました」
二階の全ての客室を開き、一階の残りの部屋も探索し終えた蓮たちは、一旦パソコンのあった事務室まで戻って来ていた。
発見・保護できた子供二人は、気を失っている間に回復と解毒を済ませた。なお、蓮は解毒処置を自分がやろうとしたが、ユーリヤに休憩するように窘められた為、大人しく部屋の椅子に座って休んでいた。
一度座ると、気力で押し留めていた疲労と戦闘での反動が押し寄せて来た。さすがにもう体力が限界だったのだろう、事務室の机の上で腕を枕にして頭を伏せる。
そうしていると、事務室の扉を開けて政次郎と真魚が入ってきた。
「……そっちも終わったか」
「政次郎さん、何か見つかりましたか?」
「可能な限り周囲を見て回ったが、ろくなものは無しだ。タブレットの残骸と、コレぐらいだな」
政次郎は机に突っ伏す蓮と部屋の隅で眠り込む子供の様子を一瞥し、目を閉じて呆れ混じりの溜息をつく。
ユーリヤから探索の結果を聞かれ、政次郎は手に持つ泥まみれのフラッシュメモリを掲げた。
「野曽木……は、まだダメそうか」
「……もうちょっとだけ堪忍してって感じね」
「まぁいい。もう暫くはそうしていろ」
再び溜息を零し、政次郎は机にあるノートパソコンにフラッシュメモリを差して内容を確認する。中身を確認し、ノートパソコンを持って蓮のいる机まで近付いてくる。
そして顔を伏せる蓮の目の前に音を立ててノートパソコンを置き、画面を向けた。
「そのままでいいからコイツの中身を確認しろ。どういうブツだ」
「……わかったわよぉ……えーと、何々……」
腕に乗せていた頭を気怠げに上げて、蓮は画面に映るフラッシュメモリの中身を確認する。
全文英語で書かれたファイルに目を向け、タイトルや各文章の頭などの要点のみを次々に読み、手早くスクロールしていった。
「――”グラーキの黙示録”、ね。半分ぐらい巻が抜けてるみたいだけど、書いてある中身そのものは本物ね。どこでこんなん見つけてきたんだか」
「グラーキが自身の崇拝者に夢で授けた知識から、その崇拝者が書き上げた魔術書、だっけ」
「原典はそうだけど、色んな奴らに複写されてる内に色々尾びれがついた代物よ。これも第何版なんだか」
概ねの内容を把握し、蓮はファイルを閉じる。中身にはザイクロトランやムナガラーの召喚に関わる物もあった為、術者がこの魔術書をこの山で解読して使った事は明らかだった。
このノートパソコンの中身と合わせ、出処などを調査する必要はあるだろうが……まぁ、それは帰ってからでいいだろう。
「休憩が終わったらキャンプまで撤退するぞ。さすがに救助者を抱えながらこの先の探索は出来ん、時間も時間だ。一度麓の警察に保護してもらい、明日から探索を再開するぞ」
「…………んっ?」
政次郎の言葉の一部に蓮が反応する。”探索を再開”、とはなんだろうか。
「……探索、終わったんじゃないの?」
「この付近はな。今回の依頼の内容を忘れたのか」
「……黒幕の排除じゃなかったっけ?終わってない?」
「それは昨日決めた一時方針だ。大元の依頼は山内”すべて”の調査だぞ」
「…………えっ」
疲労しきった頭と体が政次郎の言葉で完全にフリーズする。次いで、この二日の山内調査によって負った疲労と苦労が瞬時に脳裏に思い浮かんでいく。
考えただけで疲れ切った体に見えない重石が覆い被さったような気分にさせられる。この状態で、また昨日今日と同じ苦労をしなければならない、というのだろうか。
「……あの、政次郎くん?私今回めっちゃ頑張ったし、もう早退ってわけにいかない?」
「馬鹿を言うな、山内に漂う毒に対する予防に必要だから連れて行けと言ったのはお前自身だろう。まだ山中に化物が残っていると仮定すれば、シスターに消耗が集中するのは効率が悪い」
「……うぐ」
「出来れば、毒を生み出す元の特定もしておきたい。大元がどれほどの毒を撒いているかわからん以上、これはお前の仕事だ」
「……む、ぐぅ」
政次郎からの言葉に蓮は一切の反論が出来ない。確かに前日、毒に対して自分が必要だと売り込んだのは事実であるし、この山中に未だ残っているだろう毒の大元を対処するなら、耐性を持つ自分が挑むのが筋だ。
蓮は唸りながら自分が休める理由を必死で考えるが、現状の装備や次の調査隊が来るまでの時間などを考えると、何度考えてみても最終的には一つの答えにしか行き着かなかった。
「……わかった、わよ……やるわよぉ……やりゃいいんでしょうが……」
「ああ。その分報酬はキッチリ掛け合う、喜べ」
「嬉しいんだけど嬉しくないわ……」
「蓮さん……」
机に再び突っ伏して、蓮が自棄気味に明日以降の探索への参加を渋々承諾した。心底疲れ切った様子の蓮を見て、政次郎以外の三人はさすがに同情の目を向ける。
しばらく休憩した後、拠点にまで戻ってからすぐに蓮は泥のように眠りについた。
翌日以降も、蓮は疲労に耐えつつ、再び歩きにくい山中を探索する事になった。
毒を生み出していた大元の樹木は山荘から少々進んだ所に数本生えており、危惧していた山内の怪物は放置された低級のゾンビのみが徘徊していたが……わざわざ言葉にする程の波乱も無く、山中の探索は無事終わった。
ただ、蓄積したあまりの疲労から、最終的には蓮自身がゾンビの様に生気の無い顔となっていた。
結局政次郎からどのぐらいの報酬がもらえるかも確認する事なく、依頼終了直後に真っ先にセーフハウスに戻り、二日ほど全身の疲労と筋肉痛を癒す羽目となった。
今度からの出撃は、準備でケチる事はやめよう。もっと楽に仕事出来るようにしよう――ベッドで横になりながら、蓮はずっと反省し続けた。
ハイキング編はこれで終了になります、読了ありがとうございました。
今回も多くの人に読んで頂けて感謝しております、そして書くのに手間取って本当に申し訳ありません……(五体投地
あまりの頭痛で病院行ったり、体調不良が長引いたのも原因ではありますが、それを引いても執筆が遅すぎました。申し訳ないとしか言いようがない……
例によって次回作の予定は未定なので、一時完結という形になります。いやホンマネタなんてそうそう無いですね……つらい……つらい……
改めて読了ありがとうございました、あと買ってない人いたらいぶすた本編かCG集買おうな!!(定形ダイマ