がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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6.澱みの奥へ

 ザイクロトランに襲撃され、それを撃退した翌日。初日と同様に、蓮達は歩き辛い山内の森の中の探索をしていた。

 ユーリヤと蓮が疲労の余り朝起きるのが遅れた為、本来予定していた探索の開始時刻から一時間ほど遅れることになったが、それ以外に概ね変わった所は無い。

 前回まで探索した地点の隣のエリアから、ローラーをかける様に徐々に、森の中を隅々まで見落とさないよう踏破していく。

 例の毒の粉もまた当然の如く現れたが、前日に言った通りに頻繁に休憩しながら蓮の能力で各個人の免疫力を上げる事によって、前回のような毒による悪影響は四人の体には現れなかった。

 

「……し、しんどいわ……」

 

 とはいえ、蓮個人の状況は全く変わっていないどころか悪化している。慣れない山道に足を取られる事による疲労に加え、定期的に能力を使用する事による気疲れがあった。

 最低限の使用に留めているとはいえ、蓮の能力はその繊細な操作に集中力を必要とする。前日の様な襲撃も無く戦闘が行われていない現状、最も消耗しているのは蓮だ。

 

「口に出すから余計に辛くなる。根性を出せ」

「政次郎くんの口から根性論が出るとは思わなかったわ」

「”今すぐ体力を作れ”や”靴を買ってこい”と言うよりはマシだろう」

「…………ごもっともデス」

 

 遠回しに自身の過失を突きつけられ、ぐうの音も出ない。間違いなく行軍で足を引っ張っているのは蓮の体力と不注意に依るものだし、毒に対する支援をしている所でその落ち度が消える事はない。

 

「今日はザイテングラートさん、見ないね」

「ザイクロトランね。わざと言ってるでしょ」

「確かに、既に毒霧の地域に入っていますけど、今日は一度も見ていませんね」

 

 真魚やユーリヤが今日は未だ見ていないザイクロトランについて話す。

 毒の霧が出てきてから五人は再びの襲撃をずっと警戒していたが、ここまで歩く中でザイクロトランやそれ以外の異形が襲ってくる事は無かった。

 いつ来るかわからない襲撃を警戒して歩くだけでも、足取りは重くなり疲れは嵩増しされていく。毒による影響が無くなったとはいえ、明確な形を成した危機の存在が探索の進行を確実に抑制し、遅らせている。

 

「出ない分にゃ気が楽だがなぁ。あんな馬鹿力で次掴まったら俺お婿に行けなくなっちゃうわ」

「安心しろ、元から貰い手などいない」

 

 先導する十三が頭に両手を回して気楽そうにしている所に、容赦なく政次郎が言葉のドスを叩き込む。単なる場を和ませる軽口が一瞬にして心を裂く刃となって切り返され、悲しみのあまり十三は顔を抑えた。

 

「……そろそろ帰った方がいいかもね。免疫力の上げた状態を続けるのは、知らない間に体力を削るわ。体力にまだ余裕がある、と感じてるぐらいの所が丁度いい塩梅よ」

「……わかっていた事とはいえ、探索が思うように進まんな」

「午後には何か見つかればいいんですが……」

 

 蓮が一時撤退の提案をする。気付けば一日の折り返しは近付いていた。

 蓮の能力による回復や身体能力の増強は、基本的には少量の毒性に対して本人の身体が反応し、抵抗力を強引に引き出す事によって作用する。

 かなり気を使って毒の成分や濃度を操作してはいるが、風邪に対して常に体温を上げている様なもので、影響こそはっきりと形として出てなくとも体への負担そのものはかかっている。

 その為、単に息を整える小休憩のみならず、体の調子を整える大休憩……十分な仮眠を取る事が必要だった。

 

「いちいち戻んなきゃなんねーのがめんどくせーなー」

「テレポートできるパイプ的ななにか持ってないの蓮ちゃん」

「あるわけないでしょ」

 

 ここまで歩いてきたのと同じだけの距離を徒歩で帰ることに対し十三は愚痴り、簡単に帰る手段がないかと真魚が聞いてくる。

 実際、結構足に疲労がきている蓮としても山道を地道に歩いて戻るのは辛い。こういう時には転移の魔術を使える魔術師が羨ましく感じられる。

 一応蓮も瞬間移動出来るアーティファクト――魔術師や異界の生物による魔法の品――自体は持っているのだが、緊急時の脱出手段としてしか使えない限定的な力しか持っていない。

 恨めしそうに蓮は懐中時計を懐から取り出して見る。秘められた魔力は沈静化されており、全く動く気配は無い。これがもう少し自由に使えればなと心の中でぼやき、溜息をついて懐に戻した。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……んん?なんだこりゃ」

 

 一時キャンプに戻り、十分に休憩をしてから午後の探索は始まった。

 初日と今日の午前の探索の結果を地図に照らし合わせると、毒霧が出て来る地点と濃くなる地点がある事がわかった。その為、午後の探索ではその地点付近に当たりを付け、真っ先に探索をする事にした。

 再び毒霧が辺りに立ち込めるようになり、しばらく歩いた所で十三が声を上げる。

 

「どうしたの、十三さん」

「この木の根本んとこ、えらい削れてんだよ」

 

 十三が指を指した木の根本の部分は、外皮が削れて白い木肌が見えていた。成長の過程で自然に樹皮が剥がれ落ちた様な形ではなく、根本の一部分のみが削れ落ちている。

 蓮が十三の横まで近付いてその部分をよく見れば、剥がれた木肌の部分には黒い痕といくつかの傷が、うっすらとつけられているのがわかった。

 

「……確かに妙ね。こんなの、これまであった?」

「少なくとも俺が見てきた限りはねーな。――と、なりゃ」

 

 何か思いついたように十三が座り込み、木の根本付近の葉で覆われた地面を探り始める。真剣な顔で葉を一つ一つ拾い、手慣れた様子で自分の後ろへ()かしていく。

 

「……何探してるの?」

「いやまぁ、一応探すだけ探そうかなと……げ、あった。政次郎、ちょい来てくれ」

 

 十三が渋い顔で地面を覗き込み、政次郎を呼ぶ。それにつられてユーリヤや真魚も木の近くまでやってきた。

 

「どうした、伊達」

「証拠品袋とか持ってるだろ、くれ」

「何か見つかったのか?」

「剥がれた爪が落ちてた。多分被害者のだろ」

 

 なんでもない事の様に政次郎に告げる。それを聞き、蓮とユーリヤは顔をしかめた。

 

「……人間の爪よね?」

「間違いねーな。血も付着してっし……多分この木についてる黒いのも同じ奴の血痕だろうな」

「……何故、こんな所に……?」

「まぁ位置的に考えりゃぶっ倒れながら木を掴んだんだろ。爪剥がれるぐらい死に物狂いってこた、そこから逃げられない状況……あー、ザイなんとかって奴に足でも掴まれてたんかねぇ」

 

 頭をかきながら、十三が当時の状況を推測する。痛ましい状況が嫌でも想像されてしまう。

 政次郎は淡々と地面に落ちてる爪を手袋を嵌めて回収し、スマートフォンで削れた根元の写真を角度を変えて何枚か撮っていく。

 

「……写真はこんなものか。この傷だが、少々妙だな」

「そうなの?」

「木に縋り付いた時の引っ掻き傷にしちゃ痕が短けぇな。爪を立ててる時に引っ張られただけなら真横に長い傷がつけられてる筈だが、こりゃどっちかっつーと意図的に傷をつけた感じだ」

 

 木には複数の傷がつけられている。しかしそれらは襲われた者が必死に縋り付くような痕ではなく、指先で小さく引っ掻いたような傷が多かった。

 この傷をつけた者が、何かを書こうとしてつけたような。そういった意図が感じられる。だが、傷自体は乱雑な横の線の集まりで、文字のようなものではない。

 

「――矢印か」

「あー、なるほど。確かに言われてみりゃ、それっぽく見えんな」

 

 僅かに斜めの線が混じっている事を見て、政次郎がその線の意図を推測する。

 黒い痕――被害者の手の血痕と思われるそれとは別に、複数の爪痕は斜めとなって交わり、一点の方向を指すように残されている。

 

「この方向に何かある、って事かしら」

「意味を求めるならそうなるだろうな」

「……何があるんでしょうか」

「ま、行ってみない事にゃ始まんねーだろ」

「そだね」

 

 全会一致だった。元からこの森全域を調べるつもりで、当てもない以上は反対する理由も無い。体力的な余力も、真っ先に毒霧の地点を探した為に十分残っている。

 爪痕がつけられた木のわかりやすい高さに目印を残して、五人は爪痕の示す方向へ向かった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……濃くなってきたなぁ」

「まえがみえねェ」

 

 爪痕から先へ進むごとに毒霧の濃度は少しずつ高くなり、遠くだけが見渡せない程度だった霧は、十数歩も歩けばそれまで歩いてきた道が見えなくなり、閉塞感を感じさせるものとなっている。

 十三のつけている目印のおかげで帰り道に迷うことは無いだろうが、この状況で目印もなく彷徨えば十分もしない内に迷う事になるのは目に見える。

 毒霧が充満するこの状況で対策も無くこの場を歩き続ければどうなっていたか、正直想像もしたくなかった。

 

「この濃度は明らかに異常ね……皆、体は大丈夫?」

「ええ、まだ大丈夫です」

「これでは距離を取りすぎると逆に危険だな」

 

 先導する十三と殿の政次郎は霧の濃度に合わせ、その中間にいる蓮達との距離を詰め、さらに霧が濃くなっても見失わないように備えて歩いている。

 空気から感じる危険の気配に並んで警戒も引き上げられ、十三は一歩一歩を速やかに且つ最小限の歩幅にする事で足を上げる時間を減らし、政次郎も周囲に対して視覚と聴覚を研ぎ澄ましている。

 そういった二人の空気に当てられ、女性陣もまた(いや)が上にも神経が張り詰められ、内側の早鐘が大きくなるのを感じる。

 

「警戒しすぎるなよ。体力を削らせておいて、消耗しきった所で襲い掛かってくる算段かも知れん」

「警戒しない方が無理ってもんでしょ、これ。……全く、先が見えないっていうのは思った以上に嫌な気分にさせられるわね」

「ただ歩くだけなのも飽きるよね」

「まぁそれはあるかもしれないけど――ユーリヤ、どうかした?」

 

 政次郎が不必要な緊張を抑えるように口にするが、どこまで歩いても続く密室のどこかに潜んでいるだろう敵の存在を考えるとそれも難しい。

 音も立てずに近付いてきたり、木に隠れ潜む存在相手にどれほど警戒しても足りるという事は無い。そういう考えそのものが、知らずの内に体力を削っていく。

 そういった事を考えて張った心を多少なりとも意識的に緩ませるようにしていると、ユーリヤが進行方向とは少し逸れた方向を見つめていた。

 

「……こちらの方向から、嫌な感じがします。魔力――というよりは、霊的なもの、でしょうか……ざらつくような、まとわりつくような、なんとも言えない……」

「十三さん、ユーリヤの指してる方向に向かって」

「承知」

 

 ユーリヤの感じる違和感に従い、一行は向かう方角を少し変える。

 ユーリヤが何かを感じるという事は、事実上敵が近いという事だ。必要以上にも以下にも警戒をしない様に抑えつつ、確実に足を進めていく。

 それから数分も歩かない内に、それまでずっと同じだった景色に変化が訪れた。

 

「……山小屋……?」

「というよりは、山荘だな」

 

 開けた場所に、蔦で覆われた二階建ての山荘が立っている。

 手入れのされていない事が一目でわかる程に外見は雨風で汚れており、看板に書かれていたであろう文字は霞んでいて読むことは出来ない。

 山荘の後ろからは静けさに混じり僅かに清涼な音が聞こえ、水が流れる音がする。

 人気を感じさせない場所であるのにも関わらず、この場にいる全員がこの場から感じる異質な空気に身構える。

 魔術の類に疎い十三すら感じる、言い様のない嫌悪感。僅かに流れる空気と共に鼻に届く、幾度となく経験してきた血と腐臭が混じった「死そのもの」の匂い。

 

「……ここで、間違いないです」

「みたいね。皆、準備はいい?」

「無論だ」

「おう」

「おっけー」

 

 自然と手がそれぞれが携える銃に伸びる。目の前の山荘の中に潜むまだ見ぬ脅威の存在を肌で感じつつ、五人はゆっくりと山荘へ歩を進めた。

 




ここにきてクッソ体調不良になりました。たすけてユーリヤさん……

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