がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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5.輪を組んで

「――解毒はこれでよし。と言っても、失った体力が戻って来る訳じゃないからユーリヤは無理に動くのも術使うのも禁止、いいわね」

「すみません、蓮さん……」

「ここまでユーリヤは十分仕事をしてくれたんだし、誰も文句言わないわよ」

 

 衰弱したユーリヤに付着した毒を体全体を解毒用のガスで覆う事で少しずつ分解していく。完全に浄化する事も出来るが、ここから帰るにあたり一切の毒を奪い去り、体の抵抗力を落とすのは良くない。

 毒による肉体的な疲労だけでなく、術を使い続けた事による精神的な疲労も目立っている。遭遇戦も想定し、気をつけながら行軍していたにも関わらず、今のユーリヤの消耗はかなり激しい。毒を取るだけでは不十分と考えた蓮は、さらに別の毒を配合する。

 

「歩くのもしんどそうだし、ちょっと体に喝入れるわよ。帰るまでの間だけなら多分普通に歩けるようになる筈だけど、戻ったらすんごい眠くなると思うから気をつけてね」

「……わかりました、お願いします」

 

 脳内物質を促進させる毒を少量作り、ユーリヤの口へ気体として流し込む。液体状に作り飲ませても構わないのだが、指を口の中に入れて液体を垂らすというのは見た目的に躊躇われた。

 毒を送り込まれたユーリヤは少し苦しそうな顔をした後、少しずつ顔からそれまで見せていた疲労の色が消えていく。効力が効力だけに、効き過ぎないように慎重に蓮は毒を送り込んでいった。

 

「――ぅ、ぁ、っ……あ、体が一気に軽くなりましたっ!凄い効き目ですねこれ!」

「……ここまでね。疲労が無くなった訳じゃないから、無理はしないでね」

「はい!」

「一瞬で怖いぐらい元気になってんだけど。やべー成分使ってねそれ?」

「依存性はないから大丈夫よ。…………たぶん」

「蓮さん!?」

「ち、ちがうこれはただのビタミン剤じゃー」

「真魚ちゃんどこでそんなん覚えてくるの」

 

 立つのもままならないといった様子だったユーリヤが、それまでの疲れを感じさせない様子で体を軽々と動かして疲労を確かめる。それまで何かがのしかかっていた様な体の重さも、もう感じなかった。

 あまりの即効性に十三は軽く引いており、真魚は危なげな言い回しで、傍から見た今のユーリヤの様子を表現している。蓮もやりすぎてないかちょっと不安になった。

 

「……シスターの応急処置が終わったなら早く離脱するぞ。さっきの怪物が一匹だけとも限らん。この状況でまた不意を突かれれば、次は対応出来るかわからん」

 

 政次郎が場の空気を締め、四人は現状を思い返し頷いた。ザイクロトランは先程、大した音も経てずに真魚の後方から現れた。

 視界の悪さを利用してこの森の木に紛れ込んでいるのは確かであり、さらにザイクロトランは一見してただ巨大な木ではあるが、きちんと足があり、音も立てずに獲物に迫る事を得意とする。

 周囲が木に囲まれている今の状況では、どこに隠れてどこから現れるかなど予想もつかない。一度発見されて交戦した以上、他のザイクロトランがこちらに近寄ってくる事も考えられる。

 

「ユーリヤは念のため私の近くを歩いて、体に不調を覚えたんならすぐ治すわ」

「わかりました、お願いします」

殿(しんがり)は僕がやろう」

 

 そうして帰るまでの間、十三を先頭に少し距離を離しつつ、蓮・ユーリヤ・真魚が固まり、その少し後方に政次郎が殿として警戒しながら歩くことにした。

 歩幅は蓮達三人に合わせ、付かず離れずの距離を十三と政次郎が保ちながら少しずつ駐車場まで戻る。先程使用した銃弾を再装填しつつ、周囲を警戒しながら足場の悪い地面を確実に踏み締めていく。

 幸い、再びザイクロトランと遭遇する事は無かった。途中で再び蓮は歩くのもしんどくなる程疲れ切ったが、こっそりユーリヤの回復に使ったものと同質の毒を自身の体に回すことで意地を張った為、帰路は最低限の休憩だけで済んだ。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「めっ……ちゃ、しんどいわ……」

 

 駐車場の端で、ガードレールに手と体重を乗せ、気怠そうに蓮は木の間から見える夜景を眺める。

 ここへ帰還してからテントの設営をしている内に、日は落ちてすっかり夜となった。

 設営が終わった現在、簡単な夕食の準備を十三がしている。テントが完成してから、ユーリヤは蓮の毒による効力が抜け、抑えていた疲れが出た為にすぐに中に入って横になった。

 政次郎は離れた所で刀の手入れと持ち歩く装備の見直しをしており、真魚は圏外となったスマホを見て絶望的な顔色を見せた後、退屈を持て余してテントで寝転がっている。

 蓮もまた、これまでの行軍や帰ってくるまでにこっそり使用した毒が抜けたことによる疲労が強く出ており、ついでにダゴン殺しを連射した事による反動で右腕が痺れていた。

 戦闘時やその直後は興奮状態にあった為に気にならなかったが、さすがに威力を上げた為に反動も強くなったダゴン殺しを連射するのは体に相当に負担がかかっていた。さらに言うなら――

 

「……片手撃ちなんてやるもんじゃないわね……」

 

 ザイクロトランへの連射の最後、半ば勢いで曲芸染みた銃の再装填と片手撃ちを行い、発射の反動が右腕に集中した。毒による身体能力の底上げをしていたからなんとか制御出来たものの、どう考えても無理のある撃ち方だった。

 興奮状態にあった事もあって、つい格好をつけてしまったのは否めない。あくまで蓮の能力は体内の神経物質などに作用させて身体能力の限界を引き出すものであり、出来ないことが出来るようになるわけじゃない。

 体に無理のある事をすれば、その分の反動は必ずやってくる。それが今だった。

 

「おーい蓮、メシ出来たぞー。ユーリヤと真魚起こしてくれ」

「ん、わかったわー」

 

 反省している所に十三の声がかかる。まぁ骨が折れた訳でもないし、一晩も寝れば治るだろう。今度はこんな無茶な真似はしないようにすればいいだけの話ではあるし、やっちゃったものは仕方ない。これ以上は気にしない事にした。

 女性用に充てられた大型テントに入り、中でぐっすりと眠るユーリヤを揺り起こす。真魚は十三の声が聞こえていたのか、既に起きていた。気持ち不機嫌そうな、眠そうな顔をしている。

 

「ん、んん……か、体が重い、です……」

「……もうちょいで寝れそうだったのにー」

 

 ユーリヤは寝惚け眼をこすりながら気怠げに起き、真魚は渋々といった様子で立ち上がる。

 三人はテントから出て、持ち運び式の三脚の頂点にランタンをつけた明かりの下にいる十三や政次郎のいる所へ向かい、厚みのあるレジャーシートへ腰を下ろした。

 十三は三人へ、皿に盛られたレトルトのカレーライスと手拭きをてきぱきと配っていく。なんか主夫みたいだなこの人、と蓮は考えたが口には出さなかった。

 

「相当参ってんなぁ。大分眠そうだぞ」

「……正直、すぐにでも寝そうです……」

「わたしはさっきようやく寝れそうだったのをおじさんにジャマされた」

「え、俺悪いのそれ」

 

 ユーリヤは瞼を重々しくしており、真魚は若干不機嫌そうに十三を睨んでいる。とはいっても本気で睨んでいるわけではなく、ほぼポーズだけなのは見てわかる。

 政次郎は蓮達が来る前よりも先に座っており、三人が来る前から食べ始めていたらしい。十三の皿は未だ減っていない。わざわざ三人が来るのを待っていたのだろうか、見た目によらない律儀さを感じる。

 手拭きで手の汚れを落とし、政次郎を除く四人は手を合わせる。ユーリヤだけ食前の挨拶が長いので、さすがにそちらは待たずに三人はカレーに口をつけ始めた。

 可もなく不可もない、”よくある”としか表現出来ない味がする。とはいえ不味い訳でもないし、散々の行軍と戦闘で疲れた体には十分に美味しく感じられるものではあった。

 

「野曽木。ダメ元で聞くが、山内の毒の解析は出来るか」

「難しいわ。いくら毒操作能力って言ったって、私から出た物でもない未知の毒じゃあ分析するだけで時間がかかりすぎる。対抗する毒は作れたけど、それだって総当り気味に作っただけだもの」

 

 政次郎が山内で遭遇した毒の粉について蓮に聞くが、良い答えを返すことは出来ない。

 蓮の能力はほぼあらゆる毒性に対して耐性を持ち、自身の考える通りに生み出して操作できるというものである。

 転じて能力で生み出せる既知の毒ガスや薬毒であれば、吸収・摂取時の肉体の反応で分析も出来る。だが、山内で遭遇した毒は未知の毒であり、その成り立ちや詳細を知らない今の蓮では分析にも再現にも時間が必要だ。

 そして、今蓮達に最も足りないのがまさにその時間だった。

 

「……次の救助隊が編成されるまでの時間を考えると、わざわざ化学防護服などの装備を支給してもらうのは不可能だな。最悪救助隊を圧力で止める事も出来るが、望ましくはない」

「まー二次遭難者出てる状況で”救助隊ちょい待て”とか、ありえねーわな」

「なんとしても早く解決しないといけませんね……」

 

 接触によって感染する毒だと言うなら、最も考えられる対策は全身を覆う防護服だ。だが、戦闘をするにはあまりにも重く、また着たまま山内を歩き回るには体力的な不安が残る。

 それに装備の手配をしてもらうにも時間がかかる。速やかな解決を目指している状況で、余計な手間や手続きをする余裕は無い。

 

「毒については今日みたいに、休憩を取りながら私がなんとかするしかないわね。定期的に抵抗力を上げてやれば、あの位の毒なら皆でも対抗出来ると思うわ。……私がめっちゃ疲れる事になるだろうけど」

「あの木の怪物どうするの?あんなのいっぱいいるんなら、やっぱここ全部焼いちゃう方がはやくない?」

「却下だ。さすがに山一つが焼け野原となれば、どう足掻いても揉み消せん」

 

 平然と唯一の禁止事項を口走る真魚に政次郎は制止を入れる。実際、森の中に潜む木の怪物というのは厄介だ。この山に何匹潜んでいるかもわからない現状では、全ての対処は難しい。

 政次郎としては、手持ちの銃や刀で遭遇した怪物に太刀打ち出来ないというのも厳しい状況だった。これらが使えない場合、政次郎は基本的に爆弾やロケットランチャーなどの大火力の火器で異形に対処する。

 ただ、周囲が全て森となると下手に広範囲を炎上させる爆弾は使えないし、大型の武装は山内で持ち運ぶのは無理がある。真魚の様に制御が効き、怪物に有効な装備が現状の政次郎には無い。

 

「……毒が妨害なんだとしたら、ザイクロトランを召喚した誰かがどこかに潜んでいる筈よ。人を寄せ付けない様にして、何か大規模な術の準備をしてる可能性がある」

「んー、召喚?あの化物が最初からこの山にいたって可能性ってないの?」

「まず無いと思うわ。政次郎くん、この山で他に遭難して行方不明になった人って、昔いた?」

「せいぜい道路で事故を起こしたとかその程度の事件しか起こっていないな。そもそもこの山は通行用の峠であって、好き好んでハイキングに来るような山ではない」

「あのザイクロトランは成体だった。幼体の頃があったなら、その時点で目撃証言や犠牲者が出てる筈よ」

 

 今日遭遇したザイクロトランの大きさを思い出し、蓮が説明する。ザイクロトランは木の姿を取ってはいるが、生物である以上は成長と個体差が存在する。

 今回遭遇したザイクロトランはごく少ない遭遇報告の成体とほぼ同格だった。肉食性であるザイクロトランが幼体の頃に何もしないという事は有り得ず、元々この山に棲んでいたとするなら既にこの山の生態系はボロボロになり、犠牲者ももっと昔から出ていただろう。

 

「……安易に決めつける事は出来んが、筋は通っているな。明日以降の方針は怪物の捜索、及び黒幕の断定を目指す。異論はないか」

 

 全員が首を縦に振る。

 

「……政次郎くん、毒に対して絶対必要だしちゃんと明日も私連れてってくれるわよね。終わったら報酬出るわよね」

「心配せずとも連れて行く。こちらの消耗をお前一人で防げるなら、必要経費だ」

「蓮ちゃん必死だね」

「あれ見てると世知辛さを感じるな」

 

 帰ってくる前の話題を思い出してまた不安そうに話しかけてくる蓮を、目を瞑って政次郎が応じる。金が関わってしまえば途端に態度が弱々しくなる蓮を、三人は憐れむしか出来なかった。

 




蓮ちゃんギャラ発生(仕事継続
台風で半日停電したせいで書きたい時に書けなかった…つらい…

12/6 蓮ちゃんの能力の範疇には「毒の成分の分析」が含まれる(製作者様の言とゲーム内のガス部屋描写など)ので、その辺の描写だけ修正しました。

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