がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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4.牙を剥く森

「うおぉあああッ!?」

 

 巨木の枝の手に掴まれ、十三の体が地を離れ、怪物が開いた口へと引き寄せられていく。

 即座に政次郎は腰のホルスターからサブマシンガンを抜き、巨木の体へ向けてトリガーを引いた。

 敵の大きさから特に狙いを定める必要もなく、ただ前へ撃てばその殆どは当たると見て、フルオートで容赦無く銃弾を浴びせていく。撃ち放った弾丸は全て巨木の胴体へ命中し、巨木は動きを止める。

 

「チッ」

 

 一瞬の制止の後、木の怪物はさしたるダメージも受けた様子も見せず、十三を掴む手とは別の手を政次郎へと振るう。その手が体に届く前に、政次郎は身を斜めにしながらその場から後ろへ飛び退き回避する。

 枝の手が振り抜かれ、飛び退いて着地した政次郎をさらに追おうという動きを見せた所で、その手のある空間が唐突に切り刻まれ、表面に傷がつけられる。

 

「蓮ちゃん、今」

「ナイス真魚ちゃん!」

 

 真魚は手元の魔術エミュレータ――魔術に必要な工程をコンピュータによって擬似再現する、彼女の”武器”――を起動し、不可視の刃をその手へ向けて撃っていた。

 それを見て蓮がすかさず酸毒のガスを生み出して放つ。魔術の刃によって唐突に傷がつけられて怯み、動きが一瞬止まった枝の手の傷口へと酸毒が直撃し、音を立てて傷口が焼かれていく。

 傷口自体は小さなものだが、そこを起点に蓮の毒が手の中を侵していき、手は内外部から同時に、徐々に焼かれていく。

 

「KUAaaa!」

 

 その毒から逃れる様に巨木は悲鳴を上げて政次郎へ伸ばした手を引っ込める。ガスの範囲から逃れた手はそれ以上焼かれる事もなく、体内へ侵入した毒も少量でそれ以上の影響は現れない。

 巨木が痛みに声を上げたのと同時に、掴まれた十三がその手の中でもがき始める。

 

「はなっせコラ!くのッ――あーだだだぁっ!?」

 

 が、巨木の手は十三をより強く握ることによって強引に押さえ込んだ。自身よりも明らかに強い力で体を締め付けられ、十三の顔が苦悶に歪む。

 

「野曽木、知ってるなら説明しろ、五秒以内で」

「”ザイクロトラン”!木の怪物、捕まったら喰われる!」

「俺聞きたくなかったそんなの!……あいでえぇー!」

 

 ザイクロトラン。惑星ザイクロトルにかつて住んでいたとされる、光沢を持つ灰色の大樹の形をした、地球外来の宇宙生物の一つ。

 複数の触肢を持ち、その頭部に人間の子供であれば一呑みに出来るほどの大きな口と牙を持つ樹木型の生物。それが蓮達が今対峙している巨体の正体だった。

 

「十三さんなんとかそこから抜けて!そいつ、体をちぎろうとしてる!」

「言われずとも今現在進行系で足がもげそうなんだよ!おいコラ変な所触ろうとす――がッ!」

 

 暴れる十三の上体を掴んでいる触肢が押さえ込み、空いた下半身に別の触肢が伸びて十三の両脚を力任せに引っ張り始める。

 ザイクロトランは口に入らない程の大きさの人間を捕まえると、その獲物を()()()()()食べようとする習性がある。今は十三の腕や脚をちぎる事で食べやすい大きさにしようとしていた。

 

「離して下さいっ!!」

「フッ!」

 

 十三の脚を引っ張る別の触肢へ向け、ユーリヤが愛用のスレッジハンマーを全力でぶつけ、衝撃に怯んだ所へユーリヤの影から接近してきた政次郎が刀を抜き放ち、両断する気で二度振るう。

 ユーリヤの一撃によって十三の脚から触肢を離させる事には成功したが、政次郎の刀はその木の堅さに阻まれて途中で刃が止まり、僅かに切り込み傷を入れるだけで終わった。

 

「aaaA!」

「く……!」

「きゃあっ!!」

 

 二人に攻撃されて目障りに思ったのか、ザイクロトランは三本目の触肢を政次郎とユーリヤへ向け、蝿を払う様に勢い良く振り抜いた。

 政次郎は咄嗟の所で斜め前方に飛び込み、触肢の軌道の死角へ入る事で回避したが、ハンマーを前に掲げて身を固めたユーリヤは触肢に大きく突き飛ばされ、地面へ転がされた。

 

「ユーリヤ、無事!?」

「ッげほっ、ごほっ!……だ、大丈夫で――げほっ!!」

 

 受け身こそ取ったものの、ユーリヤは地面から立ち上がる事が出来ずに嘔吐(えづ)いていた。ダメージ自体が大きいというのもあるが、今の状態で強い衝撃を受けた事が悪かった。

 周囲にまだ残っている毒粉が、ここまでの行軍で衰弱し、強い衝撃を受けて息が荒れて疲労が出た体を蝕んでいく。加速度的に体が重くなるのを感じ、ユーリヤは力を入れ直せず立てないでいた。

 

「……起きれたらすぐ下がって自分を治療しなさい、ユーリヤ。真魚ちゃんも触肢が届かない位置まで下がって、あれは一発受けたらほぼアウトだわ」

「うん、一応でっかいの構えとくからイケたら合図よろしく」

「頼りにさせてもらうわ」

 

 真魚は魔術エミュレータを操作しながら、早めに後ろ歩きで下がっていく。距離を取っていく真魚を見送りながら、蓮は背中に背負ったショットガンを手に取った。

 黒を基調とした銃身に取り付けられた、正規の量産品にはあり得ない金の装飾が鈍く光を返す。

 

「ここんとこ使ってなかったわね……頼りにしてるわよ、相棒」

 

 ”ダゴン殺し”。ウィンチェスターM1887をベースに、蓮の性格や能力に合わせてあらゆる部分を全面的に交換・改造し、魔術付与までされた対神話生物用ショットガン。

 本来単純な制圧力(ストッピングパワー)を考えれば、集中して多くの銃弾を撃ち込む事の出来るサブマシンガンやアサルトライフルの方が強力ではある。これらは何も対人のみならず、神話生物の様な異形に対しても基本的には共通している。

 が、そういった事情を差し引いても蓮はこのショットガンよりも頼れる銃は無いと考えている。

 

「政次郎くん、ぶっ放すからなんとかそっから離れなさい!」

「この状況で無茶を言ってくれる」

 

 ザイクロトランと肉薄した状態で、次々と襲いかかる複数の触肢を紙一重で政次郎はかわし続けている。最初のサブマシンガンの斉射や、刀による攻撃で有効打を与えられなかった事を見て、政次郎は反撃を諦めて回避に専念していた。

 ただ触肢から離脱するだけなら既に出来ていただろうが、吹き飛ばされたユーリヤや、未だ掴まってる十三の事を考えると、身軽な自分が敵の注意を引いている方が被害が少なく済む。

 そういう考えから、政次郎はユーリヤが突き飛ばされてからザイクロトランの周囲で防戦に徹していた。一度触肢に掴まれば終わりの状況で、政次郎は焦る様子も無くのらりくらりと避け続けている。

 誰よりも危険な状況にいる政次郎に対し、蓮は「離れろ」と言い放つ。政次郎はそれに応えて複数の触肢に同時に襲われながらも、それらを身を捩ったり刀の背で弾きいなしながら後退し、少しずつ確実に距離を取っていった。

 

「んじゃ、いっちょ――」

 

 政次郎が上手くザイクロトランの近くから離れていくのを見て、蓮はダゴン殺しを右手に持って体を前傾させ、毒を体内に循環させる。耐性を僅かに下げる事で、その効果は徐々に表れてくる。

 目の前の”獲物”にのみ意識が集まる。手に持つ銃の重さと、地面を踏み締める足の感覚が鋭敏になる。血と共に巡る脳内物質が、体の奥底に眠るものを引き出す。

 

「――派手にかますわよ!」

 

 弾け飛ぶ勢いで地面を蹴り、蓮は一気にザイクロトランへ肉薄する。

 ザイクロトランが逃げる政次郎への追撃に気を取られている内に、ダゴン殺しを両手で構えてその胴部へ見上げるように照準を合わせる。一気に近付いてきた蓮に視線が向くのを感じるが、触肢が動くよりも蓮の次の行動は速い。

 最初の政次郎のサブマシンガンの斉射では、いい所表面を削るだけが精一杯だった。ザイクロトランの表皮は丈夫であり、拳銃弾をばら撒くだけでは撃ち貫けない。ならばどうするか。

 

「ぶっ飛びなさいッ!!」

 

 こちらへ触肢を伸ばされるよりも早く、胴部へ散弾を撃ち込む。二発、三発、四発。手早くトリガーと一体化しているレバーを前後させ、排莢と発射を繰り返す。

 より威力が高い弾を、より近くから、より多く撃ち込む。極めて単純な解決策。それも、今撃っている弾は通常の12ゲージ弾ではなく、蓮の能力によって毒性がより付与された硫化水銀の散弾である。

 直撃した所から対怪物用の毒が胴部に突き刺さり、強引な連射によりさらに深い所まで食い込んでいく。銃の反動が蓮の体を強く揺さぶるが、限界まで高めた身体能力と集中力が暴れる銃を抑え込み、同じ箇所へ弾丸の雨を浴びせていく。

 

「GUOooo!!」

「ッうっさい!」

 

 四発目を受けて痛みに捩れる巨体を見て、あえて銃身を抑える左手を離し右手だけでレバーを握って前へ動かし、それを軸として銃身も逆方向へ回転する。

 勢いのまま一回転し手元に戻ってきた銃床を持ち直すと同時に、止めた勢いでレバーを戻して装弾。左手で持ち直す手間も惜しいというように、そのまま右腕を伸ばして五発目を発射した。

 反動によって抑え込まれていない銃身は跳ねたが、どうにか制御してそれまでの傷口へ散弾を浴びせる。あまりの痛みと不快感をもたらした蓮を排除する為、ザイクロトランが悲鳴を上げながらも二本の触肢を蓮へ叩きつけようと大きく振り上げる。

 

「んんんだらぁっ!」

 

 散弾を浴びて蓮へ注意が逸れ、自身を掴んでいる触肢の力が一瞬抜けた所を見て十三が渾身の力で体に力を入れ直し、手の内側に出来た僅かな隙間に肘打ち、次いで腕を滑り込ませて強引に触肢の拘束をこじ開ける。

 獲物が手の内から逃れるのを見て蓮へ振るわれる触肢の動きが精彩を欠く。毒により研ぎ澄まされた感覚により、蓮はただ直線的に叩きつけられる触肢の動きを見切り、素早く後ろへ飛んでかわした。

 蓮がその場から飛び退いた事によって代わりに地面へと手が叩きつけられ、その轟音に次いで触肢による拘束から逃れて十三が着地する。

 

「コオォォッ――」

 

 着地と同時に、脇へ両腕を引いて構えつつ音を立てて十三が呼吸を吐く。息を強引に整えた後、十三は一瞬強く息を吸って流れるように身体をザイクロトランのいる正面へと向けた。

 

「かァッ!」

 

 肺の底まで吸った空気を絞り出す様に吐き出しながら、十三はザイクロトランへ殴りかかった。

 サブマシンガンの斉射にすら耐えた堅い表皮へ、鍛え抜かれた拳骨を叩きつける。衝撃が十分に中まで通らない感触を無視しながら、ぶつけた拳を引いた勢いで腰を回して逆の拳を振り抜く。

 殴る・引く・殴る・引く。常人が一呼吸を終えられない程の短い間に、殴る為に鍛え抜かれた拳が幾度もザイクロトランの胴体へと、目にも留まらぬ速さで打ち込まれていく。

 相手に通用するかどうか迷いも一切せず、体が動く限り全力で殴り続ける。十三にとって大事な事は、目の前の物体が”殴れるかどうか”だけだ。殴れるのであれば、例えそれが木だろうが鉄だろうが関係無い。

 死ぬまで殴る。そのつもりで、さらに大きく前へ踏み込んでもう何発目かも覚えていない拳を目の前の怪物(こんちきしょう)にぶち当てていく。

 

「ッGRUooo!!」

 

 十三の渾身の連打を受け続け、ついに怪物の方が音を上げる。逃れた獲物を再び捕まえようと十三へ構えていた触肢が痛みに震え、僅かに巨体が後ろへたじろいだ。

 

「十三さん下がって!真魚ちゃん、やっちゃって!」

 

 明らかな隙を見せたザイクロトランを見て、蓮が声を上げて後退する。さらに打ち込もうと拳を構えていた十三がそれを聞き、すぐさまザイクロトランへ背を向けて全力で離脱する。

 十三には何故蓮が撤退を指示するのか、真魚が何をしようとしているか、どちらもわかっていない。ただ、こと化物との戦いにおいては蓮の判断に対して全幅の信頼を置いている為、条件反射で言われた通りに動いていた。

 

「指定よーし、プログラムよーし」

 

 気の抜けた声が蓮の後方から聞こえる。下がった蓮がそちらを見れば、真魚の持つ魔術エミュレータが薄ぼんやりと光を放ち、真魚の周囲に魔力が循環している。

 眠たげな無表情で、真魚は疑似魔術プログラムの最後のタップ(ひとおし)をする。

 

「――燃えちゃえ」

 

 瞬間、黒の炎が巨体を覆い尽くす。

 燃焼していながら光を吸う様な色を放つその炎は、瞬く間にザイクロトランの全身に行き渡り、異常な勢いで燃え広がっていく。

 奇妙な事に、黒い炎は僅かにその熱で周囲を焦がすことはあっても、他の木に燃え広がることなく、まるでザイクロトランを食い尽くすように次々に黒い炎が巡り、向かっていく。

 

「A゛A゛A゛aaaッ!!」

 

 この世の生物とは思えない濁った叫び声が空気を震わせ、ザイクロトランは黒い炎を振り払おうと触肢で体を叩き続けるが、触れた触肢にもその分の炎がさらに燃え移り、炎は勢いを増し続ける。

 まるで意志を持って襲いかかるような炎に対し、ザイクロトランは何も出来ずにいた。逃れることも敵わないと悟った怪物は、蓮達を無視して地面や周囲の木々に自らの体をぶつけ、暴れ回る。

 

「もいっぱぁーつ」

 

 炎で即死しない事を確認すると、真魚が容赦なく同様のプログラムを選択し、再び消える事の無い黒炎がザイクロトランへ覆い被せられた。

 ただでさえ苦しんでいるザイクロトランに、襲いかかる地獄の火が追加される。もはや金切り声すら上げることも出来ず、二度目の炎が撃たれて十秒足らずでその巨体は残らず炭と化した。

 轟音を立てて、炭の塊となった巨体が森の中へ倒れる。それを確認して、真魚はプログラムの中断をエミュレータに指で命じ、あり得ざる生きた炎はこの場から消えた。

 

「……もえつきたぜ、まっしろにな……」

「真っ黒よ」

 

 満足気な空気を出しながらどこか哀愁漂わせる顔をする真魚へ蓮はすかさず突っ込んだ。

 




バトル描写が難しすぎて体力が尽きました。
勝った!第二部完ッ!   うそです。

10/25 「ザイクロトラン」を「ザイクトロラン」にしていた不具合を全て修正しました。
23日にCTRL+Fで全部見て修正したハズなのに何故か一部抜けてました。おいは恥ずかしか!生きてはおられんごッ

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