がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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2.備え無くして憂うのみ

「――ん?おい、そこの車、止まれ」

 

 行方不明者を救助に来た救急隊員が二次遭難した事で、緊急事態という事で封鎖されている山の麓。

 道路の封鎖を示すコーンと警官が数人立っている場所に、一台の車が接近してきた。警官の一人はすぐさま車に呼び止めをかける。車は緩やかにブレーキが踏まれ、警官の近くへ停車した。

 

「手前の道路にあった看板が見えなかったか?この先は現在、一般人の立入禁止となっている。すぐに戻る事だ」

「僕達はこの山の調査に来た者だ」

 

 呼び止めた警官は足を止めた車のすぐ傍まで近付き、この道路の現在の状況を伝えた。すると、助手席の窓が開き、青年がそれに答えた。

 

「調査?……関係者には見えないな。そもそも、本部からの連絡も入っていない。変な言い訳で通ろうとするのはやめるんだな」

「真実だ。ここに来る前、そちらの署長には伝えてある。”民間の協力者が来た”と上に伝えろ」

「……随分偉そうにホラ吹くじゃねえか」

 

 疑わしげにする警官に対し、青年は慇懃かつ簡潔に述べる。明らかに年下と思われる青年がこちらに対して礼を欠かした言葉遣いをする事にも、見た目からして関係者とも思えない者が協力者と(うそぶ)いているのにも、警官は気に入らなかった。

 二言程のやり取りですっかり機嫌を損ねた警官は、目の前の青年に対して既に信用を失っていた。どうせ適当な物言いでこの場を通行しようとしてるとか、人気の無い山で思いっきり危険運転でもしようとしているものだと思った。

 

「……確認してやるからちょっと待ってろ。逃げんなよ」

「ああ」

 

 職務通り、警官は上司へ無線を繋げようとする。看板を無視して来た車両自体はこれまでそれなりにはいたが、警告すればすぐ来た道を戻っていった。だが、警告されても一切戻ろうとする気配の無いのはこれが初めてだ。

 そういった困った一般人の扱いについて、現場で即座な判断を下す事は許されていない。正直さっさと追い返してしまえばいいと警官は思っているが、必ず不審車両は報告して判断を仰ぐ様に言われている以上は勝手な事は出来ない。

 何やら運転席の大男が”話が違うじゃん”とか助手席の青年へと尋ねているが、どう聞いてここまで運転してきたというのだろうか。

 そんな事を考えるも、上司へと無線が繋がった為に思考はそちらへ切り替わる。

 

「報告します。不審車両を確認、”民間の協力者”と名乗る男二名がこちらを通行しようとしているのですが、どうしますか」

 

 わざと助手席や運転席の男に聞こえる様に、警官は報告する。今更からかっていました、というのは気に食わないので、騙った事に対する罪悪感は感じてもらう。

 こちらとてただ山の手前で立たされ続け腹が立っているというのに、ここにきて一手間を増やされたのだからそのぐらいはさせてもらおう。

 

「――え?特徴、ですか?……迷彩服を着た大男と、ボロいマント着てる青年ですけど……は?通してもいい?えっ?」

 

 ”民間の協力者”と聞いて、無線先の上司が何か焦った様に車両内の人物の確認をしてきて、見たままの印象を伝えると即座に通行の許可を出すように求めてきた。

 続いて上司は慌てた様に、何かを伝え忘れていた旨を独り言で呟いていた。それが落ち着いた後、代わりに車両の人物に対して謝罪する様に警官へ伝えてきた。

 

「――は、はぁ、わかりました、そう伝えておきます。……通ってもいい、らしいぞ。あと、うちの上司から”自分の連絡の不手際で大変失礼しました”、って」

「気にするな。こちらは気にしていない」

 

 釈然としないまま、上司から伝えられた通りの事を青年に伝える。ついそれまでと同じ口調で答えてしまったが、上司が畏まるような人物なら不適切な口調だったのではないかと警官はふと後悔した。

 幸い、特に気にしていないというように青年は無表情のまま答え、助手席の窓が閉まる。

 それが早くこの先に進みたいという風に見えたので、道路に置いていたコーンをどかす様に同僚達に指示を飛ばす。進路が空いた事を確認すると、車はそのまま先へ進んでいった。

 

「……どういうこった?」

 

 明らかに不審な車両と人物達に対して、急いで通行許可が出された事に対して、警官は全く理解できないまま立ち呆けた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……ったく、話通ってねーんじゃねーかってマジ焦ったわ」

「連絡が届かない事があるのは仕方あるまい。人である以上、ミスは付き物だ」

 

 説明を受けてから数日後、五人は調査対象の山へやってきていた。都心部より遠い場所の為、今回は車を使っての移動となった。

 検問を抜けた後、森閑とした山内の道路をひたすら車で走っていく。目的地付近の小さな駐車場を目指しているが、峠道特有の狭く曲りくねった道が速度を抑えさせる。

 運転をしている十三は溜息をつき、先程の検問の事について政次郎に話す。散々準備して遠出したのに出直し、というのは考えたくもなかった。政次郎は特にそういった心配もしていなかったようだが。

 

「……仕切りはもう外してもいいぞ。もう見られる事はあるまい」

「あ、そう?よかったわ、コレあるとなんか狭苦しいしね」

 

 政次郎の声を受けて、車の座席の前方と後方を遮っていた仕切りが外され、蓮・ユーリヤ・真魚の三人が顔を出す。

 検問がある事自体は最初からわかっており、その際に”民間の協力者”と表向きの建前を伝えるように手筈されていたのだが、政次郎や十三と異なり蓮達は明らかに協力者と言うには無理がある見た目をしている。

 その為、無用な混乱を招かないようにする為、検問で調べられでもしない限りは三人は姿を隠す事にしていた。政次郎もかなり怪しげな見た目ではあるのだが、これで女性陣三人まで姿を見せていれば見る人の不信感は言うまでもないだろう。

 

「……十三さん、まだ着かないの?結構暇なんだけど」

「こうも曲がり道ばっかじゃしゃーねーだろ。安全第一だ」

「無理して事故を起こしても本末転倒ですしね」

「んー」

 

 退屈そうに運転席の座席に身を乗せ、蓮が文句を言う。出発から既に一時間近くが経過しており、蓮も検問に付く前までは装備のチェックなどをしていたが、さすがに何度も同じ点検ばかりをしていればこれ以上やる必要を感じなくなった。

 ユーリヤと世間話をしようとすれば、どちらが話すにせよ最終的に借金の関わる身の上話になり空気が落ち込むし、真魚と話そうとしてもひたすら携帯を弄るばかりでろくな答えが帰ってこない。

 結果、蓮はとてつもなく暇を持て余していた。さっさと外に出て暴れたいとまで思った。

 

「そう急かさずとも、直に着く。……というか、野曽木」

「ん、何政次郎くん」

「本気でその服装で調査する気か?」

 

 政次郎が指摘した服装とは、蓮が出撃する際のいつもの服装……つまりは、黒を基調としたコルセット服と太腿まで露出させているミニスカートの事である。さすがに靴はいつものヒールのついた編上げブーツでは無く、運動用の靴だったが。

 

「山内を歩くのに向いた服装とは思えんがな。シスターもいつもと同じ聖職者服のようだが」

「……はい、そうなんですけど……」

「……削れる予算は削ってるのよ……」

「成程」

 

 服装について言及すると、二人は即座に落ち込んだ。いくらなんでも新しく服も買えない、という様な事は無いのだが、不可欠なものでも無い限りは可能な限り出費を抑えたいというのが二人の正直な心の内だった。

 政次郎が横の真魚に目を移すと、こちらの方はパーカーこそ普段着ているものと同じだが、その中にはしっかりと保温性に優れる中間着が着込まれ、またズボンも撥水性の良さそうなロングパンツとなっていた。

 あまりにもいつも通りな服装の二人と、完全防備の真魚。差が異様についていた。

 

「真魚の服装も伊達が用意したのか?」

「山登り初めてだってんだから、備えられるだけ備えといたほうがいいだろ。とりあえず機能面だけ考えて、適当なの揃えてやった」

「山ガール、でびゅー」

 

 ぶい、と携帯から目と手を離さず口だけで真魚が呟く。

 

「……いや、服装なんてどうとでもなるから。さしたる問題じゃないから。真冬ってわけじゃないんだし、そんな服装で大きな差って出ないから、たぶん」

「何も聞いていないぞ野曽木」

 

 完全装備の真魚を見て、蓮は自分の判断に対する自信が揺らいでいた。大丈夫、問題ない、大して変わらない、いける、やれる。ひたすら似たような事を心の中で自分に言い続ける。

 

「お、目的地見えたぜ。全員、降りる準備しろよー」

 

 そうしている内に道路の先にようやく小さな駐車場が見え、十三が全員に声をかける。

 

「……まぁいい。自分で選んだ事だ、後から文句を言うなよ」

「わかってるわよ、そんな気なんてさらさら無いわ」

 

 未だに自信なさ気にしている蓮に対し、政次郎が釘を刺す。目的地が近付いてまた不安にはなったが、蓮が自分で判断した事なので自己責任というのは間違いない。

 不安など気合で飛ばしてしまえばいい。ようは気の持ちようだ、いつも通りやればいい。そう考えて頭の不安を強引に押し出し、蓮は仕事のスイッチを入れた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「ご、ごめっ、ちょっ、休憩っ……」

「またか野曽木」

 

 山内の調査を始めてから一時間ほど経ったが、蓮が休憩を求める事で調査は度々中断されていた。

 道路は既に警察や救助隊が調べ尽くしていたので、蓮達は真っ先に道路以外……道と呼べるものもない、森の中を探索していた。

 が、踏み固められていない土や、滑りやすく積もった葉、それに隠された突き出た根など、歩くには不適当な悪路を歩く度に体力は奪われていく。

 こういった悪路に対する経験の少ない女性陣は、最初の内はただ歩くのにも苦戦していた。

 

「蓮ちゃん、もしかして体力無い?」

「……私からすればなんで真魚ちゃんがそんなピンピンしてるのかわかんないわ」

 

 頭に絡んだ蜘蛛の巣を払うことも無く息を切らす蓮に、真魚から心配の声が上がる。所々休憩してるとはいえ、蓮と比べると真魚は体力に余裕を大きく持っていた。

 小柄かつ明らかにインドア系といった様な真魚が、蓮より余裕を持って動けているというのが不思議に感じられた。山に入った直後は蓮と同様に、悪路に苦戦していたのだが……。

 

「コツ掴んだ。踏みやすいとこ探すの、結構楽しいかも」

「うそでしょ……」

 

 同じだけ歩いている筈だが、蓮は未だにコツと呼べるような事はわかっていない。そもそも、どこまで見てもまるで変わらない土と葉だらけの景色の中、違いなんて探せる気がしない。

 うんざりする程見てきた地面の様子から何も読み取れない事がわかると、蓮はがっくりと上体を落とし膝に手をつき、足裏の痛みに耐えつつ息をゆっくり整える事にした。

 

「履いてる靴も違うしな。足に違和感とか無いか?」

「ふともも張ってる」

「足裏は痛いとかあるか?」

「ふつー」

「なら問題なしだな。つーか蓮、ただの運動靴でここはしんどいだろ」

 

 こういった場に最も慣れている為に先導役をしていた十三が軽々と引き返し、真魚の様子を尋ねる。特に真魚に異常が無いと確認すると、今度は蓮の方へ声をかけてきた。

 

「……そんな違うものなの……?」

「そうじゃなきゃトレッキングシューズなんて売ってねーよ。まぁ真魚のはケッコーいいヤツ選んでやったし、その差も大きいだろ」

「何千円したのそれ……」

「……そういやちゃんと値段見てなかったな。いくらだっけ?」

「にまんぐらい、かな」

 

 想定の数倍の値段を告げられ、蓮は一瞬立ちくらみを起こした。今現在の財布事情で、靴一つにかける様な値段とは到底思えなかったからだ。正直今日一番の衝撃とまで考えた。

 

「……っていうかユーリヤも運動靴じゃない、なんで私だけ……」

「私は体力をつけるよう心がけてるので、多分その違いかと……」

 

 恨みがましい目で蓮は今度は比較的余裕のある――疲労こそしてはいるが、蓮ほどではない――様子のユーリヤを見て、苦い表情でユーリヤはその視線を返す。

 ユーリヤの事を知らない者が見ればか弱い女性といった印象を抱かせそうなものだが、その実態は専門の機関に属する退魔師(エクソシスト)であり、異形の物に対抗する為に相応の訓練は積んでいる。

 特に腕力や体力に関しては、自身の武器であるスレッジハンマーを振り回す為に人並み以上が求められた。その為、ユーリヤの体力は下手な運動選手並にある。

 そういった下積みの差によって、現在蓮とユーリヤには余裕の差が表れていた。蓮もこういった稼業の為に、体力は常人以上にはあるのだが、いかんせん状況が悪かった。

 

「……もうやだ……」

「文句は言うなと言ったはずだが」

「独り言だから聞き流して……」

 

 積み重なった疲労と、自分が調査の足を引っ張っている事に対する申し訳無さからつい弱気な言葉が口から出る。政次郎は一切容赦せずそこを突いてくるが、もう虚勢を返す元気も無い。

 再び頭を落とせば、ここまで歩く中で枝や葉などに引っ掛け、ボロボロに汚れて傷ついた自分の脚が目に入ってきた。

 誰だいつもの服装でいいとか言った奴。山を舐めるな。蓮は強くそう思った。

 




~道中~
蓮「グワーッ!」(ゴシャー
ユーリヤ「ああっ蓮さんが葉で滑って盛大なスライディングを!」
蓮「グワーッ!」(ゴチーン
十三「ああっ蓮が腐葉土に足を取られて木に突撃しちまった!」
蓮「グワーッ!」(ズザザ
真魚「あー蓮ちゃんが見えにくい斜面で滑落しちゃった」

ステータスの運がワースト1と設定されれば、こうもなろう!

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