1.ハイキングへ行こう
「全員集まったな」
蓮のセーフハウス内には現在、五人の人間がいる。一人は言わずと知れたこの家の主の蓮、一人は呼び出した者が集まった事を確認する声を上げた政次郎。
前回の仕事と違い、本来の服装……シスター服を身に纏った聖職者、ユーリヤ。腕組みをして目を瞑る筋骨隆々の大男、
どこを見ても統一感の全く無い、蓮のいつもの仕事仲間がこの場に揃っていた。理由は先程の通り、政次郎からの招集連絡によるものである。
「……ではこれより、依頼の説明を――真魚。何をしている」
「ソシャゲだけど」
可能な限り表に出てこず、人付き合いを好まない政次郎がこの面子を一同に呼び出す案件は政府からの仕事の依頼ただ一つしか無い。”詳細は集まってから話す”と、全員に簡潔な呼び出しのメールが先日届き、今に至る。
だが、政次郎が説明を始めようとしても真魚は自らの携帯を弄る手を止めていなかった。
「……後にしろ」
「ここ片付いたら丁度スタミナ使い切るから待って」
「後でいいだろう」
「時間経過でデバフ切れちゃうし、レア泥アップも丁度切れちゃうから今じゃないとダメなんだけど」
「…………」
「あー」
政次郎が真魚の持つ携帯を没収する。没収された真魚は、緩慢な動きで携帯を持っていた手を伸ばして取り返そうとしているが、のらりくらりと政次郎はその手をかわす。
「別に大した事しないから、ちょっとあと数秒ポチれば終わりだから」
「……本当だろうな」
「うん。そのゲーム、ぶっちゃけ作業だし。それで一区切りってだけだし」
「…………説明はちゃんと聞く事。いいな」
「うん」
政次郎が真魚の携帯を伸ばした手に置く。その直後、真魚は気怠げな印象から予想のつかない速さで携帯を操作していく。無表情で指だけが凄まじい速度で動く姿は、少々異様だった。
五秒にも満たない操作の後、真魚は携帯をテーブルの上に置いた。
「NKT……」
「何だそれは」
「”長く 苦しい 戦いだった”の略」
「…………そうか」
心底どうでも良さそうに政次郎は答える。操作を受けた携帯は未だにゲーム画面が動いているが、独りでに進行していてもう真魚が触る必要は無いらしい。
無表情ながら心なしかやり遂げた感を漂わせる真魚に対して、政次郎はこれ以上触れようとはしなかった。これ以上の話の脱線は防ぎたかったからだ。
「今度こそ仕事の説明をするぞ」
「あ、あのー……」
「……なんだ、シスター」
再び政次郎の話が、おずおずと手を挙げたユーリヤに止められる。さすがに二度も話し始めを潰され、政次郎も多少の苛立ちを言葉に混ぜた。
眉間に一本の皺を作り、わざわざ遮ったユーリヤの言葉を待つ。その様子を見てユーリヤは申し訳なさそうに体を縮める様な姿勢になりつつも、その理由を話した。
「……伊達さんが、寝てるみたいなんですけど」
「………」
腕を組んで今も立ち続ける十三の様子を見る。一見静かに話を待っている様に見えたが、呼吸の音が所々喉を震わせるような雑音が混じっている。はっきり言うと、小さいいびきをかいていた。
よく注意して見れば、先程から首の角度も少し変わり、前に倒れつつある。器用な事だが、この大男は立ちながらにして眠っているらしい。
政次郎はそれを見て、懐から自身の刀を取り出す。そのまま十三に近付いて、刀の柄で思いっきり鳩尾を突いた。
「がっ!?あ、ってぇー……オイコラ!何すんだ政次郎!」
「”何をしてる”は僕の台詞だ。お前は説明を夢の中で聞けるとでも言う気か」
「……あれ?もしかして俺寝てた?」
「自覚なくその言葉を吐く奴の十割が寝てるな」
「…………うん、寝てたわ」
十三は眠そうな顔で頭をぼりぼりと掻き、自らの状態を思い返す。
「やべーいつから寝てたっけ……真っ先にセーフハウスに来て、暇だなーとか思ってたのは覚えてんだけど……」
「そういえば、ここに一番最初に来たのは十三さんだったわね。集合時間の三十分ぐらい前に来てたけど」
「時間にはとにかく余裕があるのがそこの無職だからな」
「無職言うなや」
「わかった、誰よりも暇人の童貞」
結局オブラートに包んだ言い口をより悪く直接的に言い変えただけの政次郎の言葉を受け、顔を抑えて十三は落ち込む。この面子の中では”十三が無職で童貞”というのは共有認識となっており、何かと十三はこの事について言及される。
十三は怒ってもいい立場ではあるのだが、今回の事で悪いのは話す前に眠っていた十三であり、反論できない事実でもある為に結局無言で顔を伏せる事しか出来ない。
「……いやでもお前、もうちょい優しい起こし方無いのお前。鳩尾はガチで痛いんだぞお前」
「銃把で額を殴る、こめかみに拳銃を当てて撃鉄を起こす、胸を鞘で強打する。好きなのを選べ、次からそうしてやる」
「起こし方がどれもバイオレンスすぎるコイツこわい」
政次郎は常に本気である事は知っている為、十三はビビって身を引いていた。大男が頭一つ以上身の丈が劣る優男に脅されているのは、傍から見れば異様な光景だった。
「……政次郎くん、その辺にしときましょう。いつまで経っても話が進まなくて、真魚ちゃんがまたゲームを始めようとしてるわ」
「……真魚。一区切りついたんじゃなかったのか」
「別ゲー。こっちの方は単なるアイテム周回だから、おじさんが弄られてる間にも十分できる。だからもっと辱められていいよ、おじさん」
「俺の扱いホント酷くね?」
真魚がまた携帯を弄り始めようとした所で、蓮が政次郎に話を促す。
仕事仲間の自由過ぎる振る舞いに政次郎は諦めたような溜息をついた。このアクの強い面子――政次郎自身もそれに含まれているが――に対し、逐一まともに取り合っていても無駄だからだ。
「……今回の依頼は、山内の調査だ」
「山ぁ?」
「そうだ」
緩んだ雰囲気を引き締める為に、強引に政次郎が話し始め、十三が訝しんだ様な声を上げる。
「ここより離れたある山岳地帯で、一ヶ月ほど前に数人の登山客が行方不明になっている。その家族から捜索願が出て、遭難事件であるとした警察は救助隊員をそこに向かわせた」
「……わざわざ私達の所に出回ってくるって事は、まさか」
「野曽木の想像通り、その救助隊員も行方不明だ」
淡々と政次郎は事件の説明を続ける。
「その山は森こそ広域に広がっているが、勾配が急な訳でも、プロから見て大きい山という訳でも無い。そういった場所で救助隊員が単に二次遭難というのは考えにくい」
「でも、それだけだと私達が必要な事件とは思えませんが……気をつけた上でもっと大規模な捜索隊を組んで、救助に向かえばいいのでは?」
「その通りだ。だが――」
ここで政次郎は背負い持ってきた荷物袋の中から、小型のボイスレコーダーを取り出して机の上に置く。
「この救助隊員から捜索本部への連絡が一度あった。この連絡以降、救助隊員は行方知れずとなった。実質、唯一の手がかりという事になる」
話を継がせる様に、レコーダーのスイッチを入れる。そこから発されるのは雑音が混じり、その奥から人の声が聞こえてくるような品質の悪い音で、政次郎を除く四人は身を乗り出してレコーダーから聞こえる声を聞こうとする。
『――こち――本部、応答――こちら、救助班――、視界が悪く――』
ノイズに混じり、途切れ途切れに人の声が聞こえる。救助隊員の男の声だろうか、聞き取りづらいがその声には焦りが混じっているように聞こえた。
『――に、自分以外全員倒れ――応援を――、急ぎ――』
雑音と声に混じり、がちゃがちゃと物が擦れて鳴っている。よく聞けば息も荒く、物音を聞く限りこの連絡をした者が走りながらである事が蓮達にはわかった。
『――の、化物がみんな――れちまっ……あ、うわああああッ!?』
直後に、レコーダーからそれまでの物音とは全く異なる大きな雑音が発された。激しい雑音が散発的に響く中、途切れ途切れに男の悲痛な絶叫と、肉が潰れる様な水気のある音が僅かに聞こえた後、レコーダーは音を出さなくなった。
「どう思う」
「……連絡した方は、走りながら連絡してきました。……何かに、追われていた?」
「聞こえた範囲だけで想像するなら、山で
「最後の物音に混じって、骨が無理矢理折られた様な音が聞こえたな。余程の力で捕まったのか?」
「……もしくは、喰われたか、ね」
明らかな異常を伝える連絡を、この場にいる全員が冷静に推理する。常人が聞けば連絡そのものを鼻で笑ってしまう様な、”化物”の存在を前提として。
ユーリヤや蓮などは大小の違いはあるが被害者の事を考え痛ましい顔を浮かべるが、他三人はそういった様子を見せない。この三人に情けがないという訳ではなく、こういった事に対しては割り切って考えるようにしているだけだが。
「僕達の方でもそう考えている。この山では何らかの理由で”化物”が存在し、闊歩している。現在その一帯は地元の警察によって一般人の立ち入りこそ封鎖されているが、先程シスターの言った通り、第二の大規模な捜索隊が編成されている最中だ」
「……まずいわね。本当に何かいるとしたら、二次遭難どころじゃないわよ」
「ミイラ取り達がまるごとミイラ、か。シャレならんな」
「その前に、私達で調査する……という事ですね」
「ちょっとしたハイキング、だね」
十三は首を左右に振って鳴らし、ユーリヤは既に行くことを決めた様な眼差しでいる。真魚は一切表情を変えず、呑気な事を言っているが反対する様子は見られない。要は、既に全員この調査に乗り気だという事だ。
「ハイキングというには物騒極まりないがな。出発は準備出来次第すぐ、今回は人目もつかない場所故、
「言われなくてもわかってるわよ政次郎くん」
政次郎が最後に蓮を一瞥し、ほぼあり得ないが唯一やってはいけない事を一応注意する。言われずとも蓮も好き好んで大きな被害を残そうとは思わないし、同じ轍を踏んでこれ以上状況を悪化させるつもりもない。
「ッシ、今度は暴れられそうだな。とはいえ山、か……ちと骨折れそうだな」
「山登りって初めて、かも」
「んじゃ、真魚は俺と一緒に準備しに行くか?金ぐらい出すぞ」
「別にお金は大丈夫だけど……まぁもらえるモノはもらっとくね」
十三は真魚と話し、早速山の調査に必要な準備を考え始めている。まるで親子の様なそのやり取りに、蓮は少し微笑ましいと思った。
「……ん?政次郎くん、その準備って政府から出ないの?」
「税金はお前の財布では無い。そのぐらい自分で用意しろ」
「あ、あの……こ、今月、私も厳しいのですが……」
「……野曽木。シスターの弾薬費他、準備費用はお前の割り当ての筈だ」
「え゛っ」
ここに来てユーリヤの協力の契約内容を引っ張ってこられるとは思わなかった蓮は、政次郎からの言葉に完全に虚を突かれた。蓮にしても、今現在の預金と利子の事を考えると、自分の分以上の出費は厳しい。
「……ユーリヤ。預金いくらある?」
「これぐらい、です……うち殆ど、今週の返済で飛びます……」
「…………」
「蓮さん……」
「……わかった、わよ……」
微笑ましい十三と真魚のやり取りとは真逆の空気が、蓮とユーリヤの周囲を包む。テーブル一つ分の距離を挟んで、恐ろしく空気の落差が激しい。
頭を抱える蓮と心底申し訳なさそうに謝り続けるユーリヤの様子を見て、政次郎は溜息をつく。人間、金が無いと何も出来ず、行動には常に金がついてくる。
(哀れだ)
とはいえ助ける気もさらさら無いので、政次郎は対岸を見るような目で二人を見つつ、自身も登山に備えて持ち込む装備を考える事にした。
そろそろ忙しくなってきそうなので前回エピソードほどの執筆速度は出せないですがゆるゆると書いていきます。
例によってざっくりとしか考えてませんが未来の自分はきっとうまくやってくれるでしょう(投げやり