蛇人間との交戦を終えた後、蛇人間の亡骸や部屋内にいた蛇――実験の事を考えると何が仕込まれているかわからないので、戦闘直後に部屋の隅々まで潜んでいた蛇を全て探して処理した――は、それぞれゴミ袋に入れた。
政次郎は蛇人間の亡骸を自身の潜伏する場所まで持って行き、蓮は被害者の従業員を自身の部屋まで連れて行って介抱する事にした。
蛇の方はそのまま海に捨てられるが、男の方は客室の窓からでは海に捨てるにも手間取るし、魔術師の死亡によって人払いの魔術の効力が消えた以上はこの部屋に目立つ物は残していけない。
また、航行中に海に捨てられた蛇人間が、後になって発見されるような事があれば、新種のUMAとしてテレビ特集物だ。なのでしっかりと隠密部隊が
政次郎もさすがに死体と暫く潜伏するのは嫌なのか、眉間に僅かに皺を寄せて嫌そうな様子を珍しく見せていた。一番の問題は腐敗臭の為、部屋に転がっていたワインボトルに蓮が臭いを防止する為の酸毒をストックし、政次郎に渡した。
「塩酸でも作ればいいんだろうけど、さすがに危ないからクエン酸ベースにしといたわ」
「……その力も今回ばかりは助かるな」
「正直、毒性の薄い物質は作るの難しいんだけどねぇ……」
一口に”毒操作能力”と言っても、毒そのものを作る能力という訳でも無い。能力の本質は自身の体を媒介に化学物質や化合物を生み出し操る事であり、蓮の場合はそれが薬毒に特化しているだけという事だ。
戦闘においてはそれ程役に立つという訳ではないが、時間と集中力さえあれば毒性の無い物質に似せた
そうした後処理を済ませ、政次郎は人一人を担いでるにも関わらず誰にも遭遇せずに元の居場所まで戻り、蓮はここに来る前に眠らせた男のいる客室まで戻った。男が無事眠っている事を確認し、適当に部屋内の冷蔵庫にあった食べ物や飲み物を口にするだけ口にし、適当に時間を潰した所で自室に戻った。
何も蓮が意地汚いという訳ではなく、「昨夜は室内で酒盛りをしていたらお客様が泥酔してしまい、行為どころでは無くなった」という状況証拠を作る為である。不自然ではあるが、男の記憶には何も
なのでここぞとばかりに夜食を食べたのも仕方ない事であり、高級なワインの味を堪能していったのも仕方ない。全ては証拠の為の事であり、何ら後ろめたい事は無かった。
◆ ◆ ◆
事件の大元と思われる男は倒したが、複数犯である可能性や被害者が他にいないかを見る為にそれからも蓮とユーリヤは情報収集の為の業務を続けた。
結果だけ言ってしまえば、どちらも無し。蛇人間との交戦の後はそれまで同様、客からのセクハラをいなしながら仕事をこなす状態に戻った。
蛇人間がいなくなった直後は捜索騒動が起きて一時は船内もざわめいたが、乗客からすれば他人の行方よりも自分達が享楽に耽る方が余程大事であったし、従業員側も軽く探して見つからないとなると、乗客の考え方を尊重して停泊してから本格的に探す方が良い、と結論付けられた。
蛇人間が居なくなった事で行動を変える人間もいなければ、体調が悪化した従業員も他には出ない。対象となっていた従業員は、蛇人間の実験前による処置なのか助けられた辺りの記憶も曖昧となっており、表面的に見る分には体の違和感にも慣れていった。
とはいえ、蛇人間の因子を埋め込まれた事で後々にどんな影響が出るかはわからない。暫くは政府が秘密裏に監視し、動向を見る必要があるだろう。
「――今回の仕事は次の停泊に伴い終了になります。蓮花さん、リーシャさん、お疲れ様でした」
そうして日も経ち、日本各地の港でそれぞれ乗客を全て下ろした後、女性従業員もそれに次いで船を降りることになった。
乗客の目も無くなり、ようやく元の場所へ戻るとリーダーから言われ、ようやく仕事と制服から解放されるという思いからか、蓮は大きく息をついた。
「……お疲れの様ですね。とはいえ、初めてであれだけ動いていれば無理もありませんか。実際、お二方はかなり好評でした。働きに応じた給与は用意しましたので、安心して下さい」
「……すみません、ありがとうございます……」
「こちらこそ、慣れていなかったもので大変ご迷惑おかけしました……」
蓮は力が抜けた状態のまま項垂れる様に頭を下げ、ユーリヤは
そういった所で的確にリーダーが止めに入った為、大事には至らなかったらしい。従業員の管理といい、つくづく仕事量の多い人だった。蓮も仕事の中で何度かアドバイスやフォローをされた事もあった為、素直に感謝している。
「お二方はこの先乗る予定は無いとの事でしたが……希望されるお客様も多かった為、働きたくなったらいつでも言って下さい。高待遇で迎えます」
「か、考えておきますね……」
絶対もう乗らない。二人はそう思いつつ、リーダーから乗客からのチップ分を含めた給与を受け取る。短期間の労働としては異様の厚みの封筒をいくつかもらい、二人は破顔した。
「良かった……ホント良かったわ……私の頑張りは、無駄なんかじゃなかった……!」
「これだけあれば、しばらくは普通のものが食べられます……!」
「…………本当にお疲れ様です」
なんだかリーダーがこちらを見る目がえらく優しく感じたが、もうこの際どうでもいい。結果だけ見れば最低限の消費で、任務の報酬に加え臨時収入も確保出来た。いっそ政次郎とユーリヤを誘って打ち上げしてもいいぐらいの気分だ。
そうしてリーダーと別れ、船が停泊したので降りる為にタラップの近くまで来ると、そこには初日の顔とほぼ同じような表情を浮かべた社長が待っていた。
「蓮花ちゃん、リーシャちゃん、お疲れ様ぁ」
「げ……お、お疲れ様でした」
「社長さん、この度はありがとうございました」
気が緩んでいた事もあって蓮の口からつい嫌そうな声が漏れてしまったが、小声に留めた分なんとか聞かれずに済んだ。にこにこと笑いながら社長が話を振ってくる。
「いやぁ、今回はほんっとありがとねぇ!二人が頑張ってくれたおかげでお客さん喜んでたよぉ!いやぁ次回が楽しみだなぁ!」
「……いえ、今の所次乗る予定は無いんですけれども」
「えぇ!?そんなぁ、何か嫌な事でもあったのかい?お金足りなかった?」
違う、そうじゃない。心底こちらの心情をわかる事の出来ない社長を見る視線の温度が下がりきるが、社長は考え込んでいる様子でそれに気付かない。
「まぁ乗りたくなったらいつでも連絡してねぇ。皆待ってるから、さぁ?」
「……ハイ」
「……善処します」
この船最後の作り笑いを浮かべ、もう二度とこのにやけた顔は見まいと誓いつつ二人は船を降りた。船から少し離れたコンテナ地帯に立ち寄ると、既にそこには先客がいた。
「任務はこれで完了だ。ご苦労だった、二人共」
「……いつ降りて先回りしたのかわからないぐらい早いわね、政次郎くん」
「脱出までが潜入だ。人目も少ない以上、簡単だったぞ」
「そんな”帰るまでが遠足”みたいな」
ゴミ袋を背負い深めに黒笠を被った不審者……もとい政次郎が何食わぬ顔でいた。ユーリヤの通信機経由で事前に最終合流地点を決めておき、お互いの無事を確認する為だ。
とは言っても蛇人間以上の脅威が無かった以上、あくまでも念のためという程度の顔合わせだが。実質、ここでやる事は顔合わせと――
「で、政次郎くん」
「あの、政次郎さん」
「……報酬の件だろう。上にはちゃんと伝えておく、
「……っし!」
「こ、これでしばらく頭を下げずに済みます……!」
こっちの確認だ。今回の船の上で稼いだ分はあくまでおまけであり、本命はこちらだ。政次郎からの確認を得て、蓮は小さくガッツポーズした。これで莫大な利子に悩まされる事はしばらく無い。
「……まぁいい。ともかく、今回の任務はここで終了、解散となる。また何か仕事が来たならば、優先して回す」
「あら、もう行くの?任務も一段落したことだし、もう少しゆっくりしてもいいでしょうに」
「言っただろう、”暇ではない”と。
「釣れないわねぇ。ユーリヤはどう?この後ちょっとした打ち上げとか……」
「すみません蓮さん、しばらく教会を空けていたものですから早く戻りたくて……」
「……そ。なら仕方ない、か。またね、二人共」
「ああ」
「はい、お疲れ様でした」
政次郎もユーリヤも蓮と違い、怪異を倒して終わりという身ではない。どちらも相応の機関に所属している身であり、別の仕事もある。無理には誘えない。一人で打ち上げというのも絵的に物悲しいので、蓮も自分のセーフハウスに戻ることにした。
◆ ◆ ◆
「~♪~~♪」
鼻歌交じりに帰路につく。今回は久々に実入りのいい事件だった。何よりも損耗が少ない、というのが気分が良い。壊した通信機の分と1マガジンにも満たない銃弾、これだけで済んだ事件というのはここ最近ではあまり無い。
さすがに実際にはしないが、心の中でスキップしているような気持ちの軽さだった。実入りの良さもそうだったが、何よりも今バッグの中に入っている封筒の束が嬉しい。
警察・政府由縁の依頼は、どうしても正しい事実確認や報告のタイムラグの為、金銭が手に入るのがワンテンポ遅れる事がある。政次郎の仕事は極めて早く、裏稼業においては確実かつ迅速に報酬は振り込まれるが、そのわずかな遅れで利子の返済が危なくなったり、食事が切り詰められる事も無くはない。
それを考えると、手元にまとまった金があるというのは気分が良い。金がなければ自由ができない、金があるなら余裕は出来る。単純な事ではあるが、気持ち的には雲泥の差である。
「――見つけたぞ、掃除屋」
突如、声と共にキャリーバッグを持っていた手に衝撃が伝わる。
衝撃を受けた方向を見ると、それまで傷一つ無かったバッグがボロボロに破壊されていた。
「…………はっ?」
「掃除屋の野曽木蓮だな。我らが教団に対し何度となく牙を剥いてきたハイエナが、こんな夜中に一人で出歩くとは……不用心だったな」
声のした方向を見れば、フードを被った男が数人いた。恐らくは魔術師だろう。
次いで足元を見れば、中身ごと切り裂かれ、路上に無残に散らばった蓮の荷物
……えっ?
「……は?あ?」
「既にこの地域は結界で遮断済みだ。貴様と行動を共にしていた愚か者どもの救援は望めんと思え。そして我らにこれまで立ちはだかった事を後悔し、朽ち
何やら目の前の布切れの塊みたいなモノがべらべらと言葉を喋っているようだが、全く耳に入らない。足元を何度確認しても、そこにはボロボロになった服や封筒しか転がっていない。
……何?なんだって?何が起こった?コイツらは、
「――……あ、あぁ……あぁー……」
「……ふん、絶望的な状況に言葉も出ん、か。存外つまらんヤツだったという事か……まぁ、所詮はそんなものだろ」
「何を、して、くれ、てんの、よおおぉぉッ!!」
全てが頭で噛み合った瞬間、体の中を巡る毒が総動員される。
自身の怒りのままに猛毒が体から吹き出し、ほぼ無制御に打ち放った毒の嵐が感情を代弁し、目の前の男達に襲いかかる。次々と産まれては吐き出される黒い風が、あらゆる抵抗を許さずこの場にいる全てを呑み込んでいく。
「があああッ!?か、体がッ……なんだこのッ、お゛あ゛ッ――」
「馬鹿な、ルーンによる抵抗がッ――ご、お゛ッ」
「死にたくなァ゛ッ――」
相手の姿が人の形をしなくなるまで、毒の嵐が次々に叩き込まれる。蓮の中の激情が無くなる頃には、道に蓮以外の人影は無く、それまで魔術師がいた場所には生ゴミの様な何かしか残っていなかった。
それを確認した蓮は、再び足元のバッグに目をやった。自身が撃った毒の嵐による余波も相まって、服も札束の入っていた封筒ももはや見る影もなく崩れて落ちている。
荒れ狂う激情が過ぎ去った後、現実を前に蓮の心に残されたのは、喪失感だけであった。
「……わたしの、おかね……」
立つこともままならなくなった蓮は、荷物だったものの目の前で膝をついた。
その数十分後、蓮は魂が抜けた様に自身のセーフハウスへ戻り、二時間眠った。そして、目を覚ましてからしばらくして臨時収入が死んだ事を思い出し……泣いた……。
政次郎「野曽木、今朝お前が相手した教団員の後処理代は報酬から引いておいたぞ」
蓮「 」
これにてカジノ船エピソードは終了になります。なんとか勢いで書き上げきる事が出来ました。数々の読了・感想に本当に感謝しています、ありがとうございました。
思いついたらまた別な話を書くとは思いますが、今現在何一つプロットが無いのでやるにしても結構時間かかると思います。どっかにネタねーかなー。
原作を知らない人とかいましたら、いぶすた、買おう!持ってる人はいぶすたCG集、待とう!買おう!(最後の最後でダイマ