がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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10.毒を制すモノ

 体内で生成し周囲に漂わせた神経毒を、手で一振りして男へ飛ばす。

 直撃する直前に、男の背後からさらに大蛇が飛び出し、男の身代わりとなる。だが、これまでの蛇と異なり昏倒する事はなく、そのままこちらを睨み付けてくる。

 

「……まさか、こいつが必要になるとは思わなかったぞ」

「……今までの蛇とは違う、って感じね」

 

 部屋の暗闇ではっきりと全長はわからないが、これまでの蛇の倍近く……恐らく、人の身長などゆうに超えるだろう巨体を備え、幅広の頸部(くび)を見せつけて威嚇してくる。

 

「……キングコブラ、かしら。にしても随分大きいわね」

「私直々にDNAを弄り完成した自信作だ。これまでのペットとは違うぞ」

 

 男が合図を送ると、目で追えない程の速度で大蛇は蓮へ接近する。目で追うことを放棄し、一歩下がってそれまで蓮が居た場所に濃度を増した毒を放って置き去りにしていく。

 その場に踏み込んだ大蛇は少しの間動きを鈍らせたが、再び動き出して蓮に飛び掛かる。一瞬の停止と予測していた分の余裕により、それを回避した。

 

「……毒蛇すら平気で食べられる、とは聞くけどね。さっきとはまた別種の毒なのに、それでもほぼ問題無いってのはどういう了見よ」

「言っただろう、自信作と。毒への耐性というのは、元より蛇人間(われわれ)の専売だ。その因子を埋め込まれたそいつに、貴様程度の毒が通用すると思うなよ」

 

 初撃の神経毒が防がれた時点で、蛇の使う毒に対する耐性があるものと踏んで全く別種の酵素毒のガスを放ち、相手が飛び込む様に仕掛けた。

 だが、目の前の大蛇の動きはそれですら止まらず、今現在も警戒する様に再び体を起こして一定距離で威嚇をしている。影響は無いらしい。

 

「程度の毒、ねぇ。……なら、試してみましょうか!」

「むっ!?」

 

 体の中で再び毒を配合する。この感じでは蛇の使う出血毒・神経毒を始め、生体活動を阻害する様な毒は大蛇にも、おそらく耐毒因子の大元である蛇人間にも効くまい。

 それならばアプローチを変える、というよりは()()()使()()モノにする。何も敵の動きを鈍らせ止めるだけがこちらの全てではない。

 少し集中し、毒を生み出す。先程までのガスの様に薄く広げる事はせず、生み出した数々の毒がそれぞれ内側へ向かい、濃度を増していく。明確に混ぜ合わせるイメージが、体内で生み出す毒の濃度を加速度的に高めていく。

 高めたそれを右手に移して放出し、禍々しさすら感じさせる黒さを孕んだ飛沫を投げつける。それを見て、蛇は咄嗟に飛沫を持ち前の瞬発力でかわす。飛沫の当たった床が、()()()音がした。

 

「……どういう毒だ、それは」

「受けて確かめればいいじゃない、のっ!」

 

 次弾を装填する様に、今度は左手から飛沫を投げ飛ばした。今度はかわされるであろう蛇ではなく、蛇人間(ほんたい)へ目掛けて。

 自身に手が振るわれる挙動を見て、咄嗟に男は大蛇を自身の前に呼び戻し、飛沫をその巨体の腹で全て受けさせる。直後、黒い飛沫の当たった蛇の腹が焼け爛れた様に()()()

 

「――濃硫酸……とも違うか。とんでもないモノを平気で使うものだな」

「お褒めの言葉として受けておくわ。いくら耐性があろうが外側から溶かしてしまえばいいでしょ、アンタの自信作もこれで台無しね」

「さて、それはどうかな」

「……!」

 

 毒の直撃を受けて体を溶かしていた蛇が、再び起き上がる。溶けた腹部は皮が剥がれ落ちるように体から離れ、剥がれた部分は見る見るうちに再生していった。

 

「……どういう蛇よ、それ」

「何、脱皮の様なものだ。とはいえ、元々の皮の厚みも細胞分裂の速度もまるで通常の生物の比にもならんがな。……だから言ったろう?」

 

 ”脱皮”を終えて腹部が綺麗に戻った直後、男が再び合図を送る。

 

「貴様程度の毒は通用しない、と」

 

 直後、大蛇が再び突進してくる。外側を溶かしきれずに脱皮を許せば、確かに毒が体を溶かす前に対処する事は出来る。だが、それならば脱皮も再生も許さない程の量と密度で叩き込んでやればいいだけの事。

 蓮は即座にそう判断し、先程よりも濃度の高い毒を蛇の動きに合わせてカウンターで打ち込むべく用意した。あちらは蛇の持つ毒がこちらに効かない以上、先程言った通り肉体的な接触――絞殺や骨折を狙ってくるだろう。動きは速いが、絡みついてくるというのならそこに合わせればいい。

 と、考えていると。大蛇がこちらにたどり着く前に、足に何かが絡み付いた。

 

(別の蛇!)

 

 先程と同じく、物陰から再び別の蛇が飛び出して絡み付いてきていた。一体何匹いると言うのか、それとも随時召喚でもしているのか。一瞬詮無い事を考え、用意した毒を咄嗟に足へ流して放出した。

 大蛇ほどの耐久力の無い蛇だった為に、ただの一当てで絶命した。だが、足に絡み付いた一瞬の力により、少し蓮の体勢が前のめりに崩れる。

 ――凄まじく、嫌な予感がした。これまでも何度も潜ってきた、”死”そのものの感覚。本能的な危険が、蓮の思考速度を鋭敏にし、ある毒を生成させる。

 生成と同時に自身の毒への耐性を下げる。同時に自身の神経の速度を加速させる、麻薬に近しい毒が生まれ、体内に溶けていく。死の予感が鋭敏にした思考速度を無理矢理に維持させ、自身の感じた予感を確かめる。目の前の大蛇が、体を()()()いた。

 

「ッッ!!」

 

 崩れた姿勢のまま首と体を強引に曲げ、同時に横に飛ぶ。直前まで自分の首があった場所に、光る線が一閃する。ギリギリの所で見送った直後に、大蛇に生成した毒を放つ。

 先程の足の蛇を追い払った分だけ毒が薄まっていた為に、毒は直撃して再び大蛇の身を溶かしたものの、先程と同様に体がすぐさまに生え変わっていく。とはいえ、無意味という訳でもない。

 再生するまでの僅かな間だが、無理な体勢による横飛びで崩れていた体勢を再び戻すぐらいの猶予は生まれた。再び男と蛇に向き合い、毒の耐性を戻して体内の麻薬を分解した。

 

「……っはぁー……。ったく、なんで蛇の尻尾に針が生えてるわけ?」

「自信作だからな。無論、それも毒針だ。とはいえ貴様相手には効かんのだろうが……首を掻き切るには十分な切れ味はある」

「笑えないわねぇ」

 

 狙われた首に指を添え、血液の感触がしない事を確認する。思った以上に厄介な手合だ。あれだけの巨体に加え、神話生物並の再生速度を持ち、速さも力もこちらを超えている大蛇。

 酸毒を周囲に纏えば接近は拒否できるが、先程の針による一撃はその巨体も相まって、まるで鞭の剣だ。一瞬しか相手が近付かない以上、ただ酸毒を纏うだけでは溶かしきれまい。

 考えている間に天井から影が落ちてくる。再び別の蛇が蓮に絡み付こうとしてくるのだろう、思考もせずに毒で迎撃する。その一瞬の隙を見て、大蛇が再び近付いて来た。

 その瞬間、体が硬直する。自身の意志が、何者かに直接縛られるような感覚。……自身に対しての、直接的な魔術干渉。

 

「くっ!」

 

 即座に精神を強く集中し、影響が体に染み渡る前に感覚に抵抗する。体の自由を取り戻すと同時に、頭を腕で庇って攻撃に備える。

 ほぼ考えもせず、先程と同様に首から上を狙ってくると見ての防御。刹那、腕が切り裂かれる。痛みに耐えつつも、追撃を封じる為に自身の周囲に毒を撒きつつ、男に向かって視界を遮る為の靄を放つ。

 大蛇は男に呼び戻され、その体を振り払い靄を切り払った。

 

「……ペット、ちょっと多すぎるんじゃない?」

「そちらが遊び足りないように見えるからな。しかし、私の”支配”を跳ね除けるか。ますます常人とは思えんな」

「アンタの魔術がヘボいだけじゃないかしら」

「それは傷付くな。……ならば、物理的に叩きのめそう」

 

 男は魔術の詠唱をする。抵抗される恐れのある精神干渉のものから、物理的な干渉力を持つ術に切り替えて大蛇と共に畳み掛けてくるつもりだろう。

 こうなると厄介だ。どれだけストックがあるかわからないが、この部屋には未だに蛇が多く潜んでいる。それ自体はさしたる支障にもならないが、放っておけばこちらの体勢が崩され、そこに針や魔術が飛んでくる。

 こちらからの毒は生半可なものでは蛇人間にも大蛇にも通用せず、足止めに放たれた小蛇に対処する為にあまり集中力を要する強力な毒も生みにくい。狭い室内では逃げ回る事もし辛く、部屋の外に出ることも許さないだろう。

 とにかく隙を見て毒の濃度を高め、適度に相手に対処しつつ一発で勝負を決めるだけの猛毒を叩き込むしかないか――

 

「――当たりか」

 

 と、考えていた矢先。声に次いで、乾いた炸裂音が後ろから三つ発せられる。

 ほぼ同時に、目の前で再び飛び掛かろうと構えていた大蛇の首に三つの穴が開いた。

 

「……何ッ!?」

「……随分遅かったじゃない?待ちくたびれちゃったわよ」

「どこぞの女が正確な場所も伝えんまま通信を切ったからな。お陰様で手間取った」

 

 蓮が視線だけを後ろに向ければ、見飽きた無表情の男が銃を構えてそこにいた。

 

「野曽木、そいつが犯人か?」

「ええ。大体やってた事も自供済よ」

「成程。ならば、わざわざ確保する必要も無いな」

 

 男を一瞥した政次郎は蓮に最低限の事だけを質問し、腰から事前に預かっていた蓮のガバメントを取り出し、そのまま蓮へ投げ渡す。受け取った蓮は即座に安全装置を解除して構えた。

 政次郎も同様に拳銃を男へ向ける。二人の狙いは共通して、ただ一点のみ。

 

「止めッ――」

 

 男が魔術や指示を飛ばすよりも早く、二人がかりで発砲する。容赦無く脳幹へ向けて放たれたそれらは男を貫通し、物言わぬ骸と変えた。

 数秒ほどその姿を見て男が起き上がって来ない事を確認し、蓮が一息をつく。やはりまどろっこしい術や異能を持つ敵にはこの手に限る。正直、素手でやり合うには面倒な相手だった。

 

「野曽木。状況を説明しろ」

「問答無用で射殺直後、いきなり状況説明を求めるって結構滅茶苦茶よ、政次郎くん」

「お前と違って無駄話は好かんからな。説明は終わってから聞く、合理的だと思うが」

「政次郎くんは私を馬鹿にしなきゃいけない誓約でも立ててるのかしら」

 

 蓮は部屋の奥で寝かされていた従業員を介抱、政次郎は慎重に死体と周囲に潜む蛇達を処理しつつ、蛇人間のやっていた事やその目的を説明した。

 従業員の様子を見ると、一応は人間のままではあるが、体の一部に蛇の鱗の様な模様が浮かび上がっていたり、意識の無い時だと瞳孔が蛇の眼の様に細くなっているのが確認出来た。恐らく、男の言っていた実験の影響だろう。

 とはいえ、この位の事であれば多少違和感を覚える程度で問題無く日常生活に戻れるハズだ。眼や皮膚感覚はそのままだが……魔術的にではなく遺伝子学的に体を弄られた以上、治癒の魔術も効能は期待出来そうにない。一応は後でユーリヤに診てもらう事にする。

 

「蛇人間とその量産、か。……人への因子の埋め込みは恐らく一部は成功していたのだろうな。船から降りる人間に自身の因子を埋め込む事で、魔術師を作っていたのだろう。各地で起こっていた小規模な事件も、量産された魔術師が力を試したと考えていい」

「突然身に降ってきた力を使いたくなった、か。それまで一般人だった人間が魔術なんて急に

使える様になったら、そりゃ試したくなるわよねぇ」

「使う術の系統も規模もバラバラだったが、恐らくは様々な”実験”によって意図的に変えていたのだろうな。とはいえ、大元を抑えてしまえばもはや問題あるまい」

 

 大方の処理と隠蔽を済ませ、二人は立ち上がる。人除けが働いている以上この部屋に踏み込む者はそういないだろうが、万が一の事もある。さっさと現場から立ち去っておきたい所だ。

 

「……そういえば、通信は途中で妨害されたのによくこの部屋がわかったわね」

「頭二桁までは聞こえたからな。最悪総当りするつもりではあったが、マイクの破片がこの部屋の前に落ちていた。それで真っ先にここを見たというわけだ」

「咄嗟に投げ捨てておいて正解だったわね……ほぼ反射的だったけど、ナイス判断だったわ私」

「陸に上がったら弁償してもらうぞ」

「……そこは必要経費って事にならない?」

「”札束でビンタ出来る”程度には余裕があるのだろう?むしろその程度で助けてやった貸しをチャラに出来ると考えれば、安いものだと思うが」

「……うぅ、折角出費ほとんど無しで終われると思ったのにぃ……」

 

 完全勝利と思った矢先に突きつけられる思わぬ出費に、蓮は肩を落とした。

 




船上通いの男「いいか、魔法使いには銃だ……ヒック」
ユーリヤ(何言ってんでしょうこの人)

この話の為に毒と蛇と魔術について散々調べましたがその九割がお蔵入りしました。
これは蛇人間=サンのケジメ案件では?カイシャクしてやる(パンパンパン

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