がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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初投稿です。それなりにがんばります。


欲望の船編
1.二つのバッドニュース


「金がないわ……」

 

 長い二つ結びにまとめた黒髪を両側の側頭に揺らし、野曽木(のそぎ)(れん)は視線を地面に落として独り言ちる。

 表面的に平和に見える世界には、常に表からは見えない裏がある。人間関係、政治、国際、勢力争い――そして、超常の物(オカルト)

 テレビ番組で語られる様な胡散臭い目撃証言や怪奇現象などの様な曖昧なものではなく、太古の昔より存在する古き神々――旧支配者とも呼ばれる、異形の神とその眷属たち。

 そういった、存在そのものすら正気を疑う化物は確かに存在し、その力に魅入られる者も決して絶えない。超常を利用する者・される者、奪う者・奪われる者……それらは確かに存在し、平和の陰で動き続けている。

 犯罪に対して警察が在るように、それら超常の物に対しても抑止力は存在する。公的組織未所属扱いの隠密部隊、退魔機関に属するエクソシスト、事情を知り裏側(そちらがわ)に住む傭兵、超常を利用し扱う魔術師……そして、掃除屋(スイーパー)

 

「……どこかに数億円とか、ポンッと落ちてないかしらね……はは……」

 

 夢みたいな事をぼやき、とぼとぼと哀愁を生み出しながら歩くこの少女もその一人であり、その道では知られた怪異事件を専門に処理する、凄腕の掃除屋である。

 怪物や魔術師にも臆せず身一つで戦い抜いてきた彼女にも、打ち倒せない障害がある。金銭トラブルだ。

 彼女はある日、唐館(からだて)市の倉庫街に棲まう異形と戦った。人の身に余る程の再生力を持つ異形の群体に対し、単身で乗り込んだ蓮は対抗する手段を持ち合わせていなかった。

 その為、彼女は已む無くその倉庫街に密輸され持ち込まれていた多量の爆薬を使い、倉庫街ごと異形の群れを焼失させた。

 一般人への被害もなく、異形は撃ち漏らす事も無く完全に消滅。敵の規模を考えれば奇跡的な戦果であったが、倉庫街に対する被害も相応に甚大。損害賠償の為に、当時の蓮は二十億の借金を背負うこととなった。

 

「……政次郎くんからの仕事の連絡もここの所なし。情報屋も教団の最近の動向についてはわからない、裏流し(ブラックマーケット)するブツも無い……金が、ないわ」

 

 現在も蓮はその借金の返済に奔走しており、最近は専ら政府から秘密裏に依頼される”邪神教団”と呼称しているカルト集団関連の処理をメインに、その身を投げている。

 文字通り命を賭け、勝った見返りは莫大な報酬。一歩間違えれば死体すら残らず、あらゆる公的な記録にも残らず行方不明――そんな綱渡りを彼女は何度も行い、そして生還してきた。

 だが、政府から支払われる莫大な報酬も、彼女の借金の前では焼け石に水。常人ならば既に一生分の大金を得ているにも関わらず、借金は彼女の身から未だ離れない。

 政府からの依頼のみならず、様々な超常絡みの問題の処理に奔走していた彼女だが、ここ最近になってついに裏側の情報が途切れる。有り体に言って、平和なのだ。

 

「はぁ……絶対どこかにいるはずだと思うんだけど、ね……」

 

 全ての問題が解決したのでこの街にはついに平和が訪れた、などという事はありえない。数々の事件を蓮は解決してきたが、まだ邪神教団のトップを潰した訳でもなく、それ以外のカルト信者も暗躍している。だが、単純に見つからない。

 表立っての行動や、不自然な動向も無ければ、情報も流れて来ない。情報は最大のアドバンテージである事を理解している蓮は、逐一自身のコネから怪異事件やその情報を探している。それでも今は「待ち」の時で、裏で動く者の尻尾も掴めない。

 本来こういった隠匿されている情報は数週間に一度、何らかの違和感のある事が流れていれば良い方であり、蓮はむしろここ最近においては大活躍と言っても過言ではないほどの事件に対処してきた。

 故にインターバルが発生する事も至極当然であり、それ自体は本来歓迎すべき事なのだが……如何せん、状況が悪かった。

 

「……また物価が上がるなんて、ツイてないわホント……」

 

 命の関わる彼女の仕事において、医薬品は欠かせない物だった。銃器を持つ者と戦えば致命傷を避けても銃創は残るし、人を超えた異形の力で殴られればその衝撃で動けなくなる。

 外傷を塞ぎ傷口を保護する医療キット、出血を止める止血剤、異常事態における集中力を繋ぎ止める栄養剤……これらの切れ目が、命の切れ目となる。

 命あっての物種であり、こういった消耗品をケチる事は後になって後悔を死という形で行う事になる。それを理解している蓮は、常に準備を怠らず、十全以上に薬品を抱えて仕事に向かう。

 だが、ここに来てその薬品類の物価が上昇した。薬局で売られている様な簡単な物ではない、様々なルートを通じて裏側で流れる違法ラインの品物達が、である。

 軍でも使われているような高級品を自身のツテから購入している蓮だが、いつも通りそのツテへと薬品の補充をしに行った時、こう言い放たれたのだ。

 

『オウ、野曽木の。悪ィんだが、”いつもの”は不況で数揃えんのがキツくなっちまってなァ……。つーわけで今日からこの値段な』

 

 文字通り吹き出す羽目になった値上がりにより、蓮の財布は死角からの攻撃で多量の被害を被る事となった。利息を払う為にある程度の備えはしていたとはいえ、相当に厳しい出費となってしまい、今蓮は手持ちに不安を覚えている。

 生活費は確保出来ているのだが、目下最大の問題は借金の利息の支払いだ。

 週一度に来る利息の催促。これを支払えなければ、蓮は文字通り体を売らなければならないという、肉体的にも精神的にも厳しい状況にある。

 今回の利息分を払った後、手持ちが殆ど残らない。どう計算しても、その結論に至る。よって蓮は、自身の身の保全の為に一刻も早く仕事が必要だった。

 

「……いっその事、政次郎くんの爆弾とかこっそり抜いて横流ししちゃおうかしら……ダメね、バレて何言われるかわかったもんじゃないわ」

 

 仕事仲間の所有物にまで思考に手が伸びる程、切実な悩みだった。このまま仕事が無く金目の物も見当たらなければ、蓮にとっては考えたくもない事態となる。それを考えずにはいられない程の状況だ。

 

「……ダメね、こういう時は良くない事ばかり考えちゃうわ。流れを切りましょう、うん。弱気でいたって仕方ないし、セーフハウス(いえ)に帰って寝ましょう、うん」

 

 良くない考えを振り切り、問題を先送る事を選択する。

 きっと明日は良い事が待ってるハズ、ちょっと今は流れが良くないだけ、こんな事がずっと続くなんてある訳ない。暗示に似た都合のいい思考を浮かべ、蓮は自分を慰める。

 絶望的な状況に頭は逃避していても足は問題なく動いており、今の住居――蓮の元住んでいた屋敷は、借金の取り立ての際に差し押さえられており、現在は仮の拠点を置いている――まで、もうすぐの所だった。

 かつて家のベッドの感触も忘れ、すっかり仮住まい先も生活の一部となっている。寝心地のイマイチなシーツの感触を思い出し、鬱屈とした気持ちに再び頭を落としながらも、蓮はセーフハウスの前に着いた。

 

「む、遅かったな」

 

 声を聞き、蓮が頭を上げる。セーフハウスの前に、一人の少年が立っていた。整った顔立ちを持つ、汚れたマントとスカーフが特徴的な男。

 ある意味最も顔を見たくないが、最も顔を見る必要があるその少年。今の蓮にとっては、一つの救いでもあるその人物。

 

「政次郎くんじゃない。噂をすれば、ってヤツかしら」

 

 政府の隠密であり、非公式な案件を上から通達されては蓮に斡旋してくる、お得意様。それが目の前にいる、この少年だった。

 本来、蓮が借金を背負う事になった倉庫街での事件の責任は、一歩間違えればその当時蓮の協力者だった政次郎にも降りかかりかねかった物であり、事件の規模を考えれば政次郎(政府側)が処理すべき案件だった。

 とはいえ、当時は一歩対処が遅れれば被害が倉庫街一つで済まなくなる程の状況であり、蓮自身が責任を負うことを覚悟の上で、被害が拡大する前に早期処置する事を選んだ為、責任の所在については既に決着がついている。

 蓮自身も政次郎を通して政府から相応の扱いを受けている為、この二人にその事に関する(わだかま)りは無い。

 共に異形やカルト信者と戦う事もあり、軽口をお互いに飛ばし合う程度には仲は悪くない。最も、どちらも立場や性格上、お互いのテリトリーに深く関わろうとする事もなく、どちらかと言うと同意の上でお互いに利用しあっている、という関係なのだが。

 

「……で、何かしら。単に茶をせびりに来たってわけじゃないわよね?」

「安心しろ、お前の出涸らしの茶を啜りに来る程僕は暇じゃないし貧乏でもない。そもそも茶菓子すら出せない所に世間話をしに来る様なヤツはそういない」

「誰のせいだと思ってんのよ。……ってことは、やっぱり?」

「想像通りの仕事だ。お前向けのな」

 

 仕事の知らせ(バッドニュース)に蓮は口角を上げて、”やっぱり日頃の行いが良いと違うわね”と思い、ここまでの考えを全て忘れて、掃除屋としての思考に切り替えた。

 




全編通じて次回投稿のちゃんとした予定はないです。事件解決までの大まかな流れは出来てるけど、細かく考えてないので思い立ったら書きます。

3/13 借金を負った事件の大元の依頼者は政府じゃなかったので、そこを訂正。

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