おやすみ人類   作:トクサン

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暗い覚悟

 

 紬が機体から出た時既に静流と堂島の姿は無く、持ち込んだペットボトルに口を付けながら額に流れる汗を拭った。まさか二人が未だハンガーに留まっているとは思わず焦りを覚えたが、結果オーライだ。

 操縦技術の上達も上々、自分のバーニアの扱いが少しずつ過敏になっていくのが分かる。機体が接地した瞬間の衝撃吸収、姿勢制御を捨てた曲芸染みた機動。最初は馬鹿みたいに燃料を消費する無駄の多すぎる動きだったが、今では紬の全力稼働でニ十分は戦闘が続く様になっていた。今日の小隊訓練でも四十分という時間を戦い抜いたのだから、無論その分節約が必要だったが何もフルタイム前線で撃ち合う訳ではない。

 

「後は近接武装の慣れか――」

 

 紬はペットボトルの蓋を締めながら呟く、現状紬の戦闘スタイルは散弾銃を主兵装に置いた近接距離での接敵速射、バーニアでの攪乱と遊撃を兼ねた高速機動戦闘である。この戦闘スタイルは主に風香と杉田の鈍足を補うためにフォローを兼ねて考案した戦闘スタイルだったのだが、存外紬の相性と合致しこのスタイルを貫き通そうと紬個人は思っている。しかし風香と杉田のアサルトは頑丈な近接武装を主兵装としている為、基本的に武器破損を除き弾切れが存在しない。

 対して紬の散弾銃は速射砲の類と比べると弾もちは良いものの、撃てば無くなるのが弾薬というものだ。四十分という長い戦闘時間――しかし実際の戦闘は平気で何時間と続く。紬は機動力低下が起こるギリギリの重量まで予備弾倉を機体に搭載したが、それでも今回の四十分で殆ど撃ち尽くすという体たらく。

 紬の射撃の腕が悪いという訳ではない、単純に連中の数が多く【タフ】で弾数が足りないのだ。

 持ち込める弾倉は限られている、となると必然。

 

「っ、と……色々武装はあるけれど、さて、どんなものが良いのか」

 

 ペットボトルを搭乗口の横に立て、紬はBT装置と脊髄ユニットだけを装着しモニターに視線を飛ばす。目の前に呼び起こしたリストは近接武装一覧、ディフェンスナイフから杉田の扱っていた特大武装までズラリとならぶ。

 実際の戦場で用意出来るかどうかは交渉次第だが、教官からは当部隊には特別に便宜を図ると言われている。その言葉だけで杏璃の話を裏付ける様なものなのだが――今はその件については置いておく、上が何を考えているのかは分からないが紬一人訝しんだところでどうにかなる訳でもない、使用したい武装が用意されるのであれば何も悪い事ではない筈だ、そう自分に言い聞かせた。

 

 ディフェンスナイフは最初から機体に搭載されている、コイツは文字通り最後の砦となる武装だ。蹴るか殴るかやる事が無くなったら取り敢えず出しておく、その程度の武装。

 後は標準装備のハイメルトブレードだが紬個人としてはこの武装は好みじゃない。

 理由らしい理由はないのだが単純に扱い辛いと感じた。恋と大谷はこのブレードが一番扱い易いと言っていたが、紬からするとコイツを供に選ぶには耐久性に難がある。ブレード自体が振動で加熱されるのだ、殺傷力だけならば素晴らしいのだが、当然長期戦闘に向いた武装ではない。十体も斬り殺せば刀身がボロボロになって焼き切れるか根元から折れる、中距離から遠距離の機体が接近された際に抜く武装としては正しいのだろうが、アサルトである杉田と風香もこのブレードは敬遠していた。

 

「展開式槍――コイツは駄目だな、軽いけれど脆い」

 

 ハイメルトブレードを除外し、先の戦闘で使用した軽量の展開式槍をリストで見つけた紬は展開式槍も続いてリストから除外する。紬が戦場に持ち込む上で最も重視するのは『耐久性』、斬ろうが殴ろうが突こうが壊れない武装こそ理想。そう考えると杉田の特大武装が最も理に適っているのだが特大と言うだけあって非常に重い、更に言うと嵩張るので積載エリアが限定されてしまう。

 高速戦闘を採用した紬には選べない選択肢だ。

 

 しかし、頑丈な武装というのは大抵重い。

 軽く殺傷能力の高い武装は耐久性が低い。

 

 日本の刀と西洋の両刃剣が良い例だ、前者は鋭さで相手を斬り裂き殺害する武器だが、後者は重量で鎧の上から叩き殺すための武器だった。その為グリップではなく刃そのものを持って振り回す――なんて使い方も出来る。

 殺傷能力と軽量化の両立は難しい。

 現実的に考えると、どちらかを妥協するのが現実的なのだろうが。

 

「……流石に素手じゃ嫌だよな」

 

 紬が最も嫌うのは戦場で丸腰になること、どんなに優れた操縦者でも拳だけで戦場を生き抜く事は出来ない。ナイトを素手で撲殺するなど不可能だ、仮に出来たとしても先にバトルスーツの腕部が壊れる。

 

 結局紬は散々悩んだ後、重量と耐久性を秤にかけ耐久性を選んだ。機体重量が圧迫されるとしても得物は確保しておきたい、それに場合によっては武器が装甲代わりに成る事がある。

 杉田の特大武装――【鍾馗(ショウキ)】が良い例だ。

 

「機体重量、予備弾倉を削るとしても――機動力低下ギリギリのラインで、この辺りか」

 

 紬は思考操作でリストを進めカテゴリを重近接武装に合わせる。近接武装は基本的にその大きさと形状、重量によって分類されており紬は自身の戦闘スタイルから重量カテゴリを中心に漁っていた。

 リストに表示される武装はそれ程多くない、そもそもバトルドレス用に開発された武装そのものが少ないのだ。一覧にすればそれなりに多く見えるものだがカテゴリを絞ると一気にリストウィンドウが小さくなった。近接武装ともなると更に限られる。

 

「出来ればリーチの有る長物が嬉しいけれど……」

 

 近接の重量武装ともなると大体が分厚い両刃剣か鉄塊としか思えないメイスの類である。基本的に重量近接武装を身に着ける機体はアサルトなので、殆どが対ナイト、対ルーク戦闘を意識した造りだ。ナイトはハードスキンなので硬い外殻の上でも重量にモノを言わせて叩き潰せる武装、ナイトを屠る威力があるのならばルークの外殻も然して問題にならない。

 

 杉田の鍾馗に近い大剣、殆ど鉄塊――却下、流石に重量が重すぎる、これでは機動力に陰りが出てしまう。

 ならば紬の希望通りの槍、両端が砥がれた無骨なフォルム――少々大きすぎる、散弾銃と予備弾倉を積載するとして装備する場所がない。

 弾倉は腰回りと背部に積み込む事が出来る、バトルドレスの背部には武装を装着する為のスペースが存在するのだ、丁度バーニアと干渉しない中央部に。しかしこの槍は横にして搭載するには長すぎるし縦にすると足に干渉する、斜めにするとバーニアに触れる、どうしようもない。

 

 理想は背部に装着して問題無い大きさ、長さ、或は腰にぶら下げられる大きさである。弾倉を背中に装着して近接武装を腰に――という形でも構わない。

 そうなると選択肢は大分限られて来るのだが。

 

「……斧か」

 

 ふと視界に入ったリスト一番下の武装、紬はその武装を見て言葉を漏らす。紬の中のイメージとしては剣よりもリーチが短く、しかし分厚いので壊れにくい。本当ならばリーチのある長物が良かったのだがこの際贅沢は言うまい。

 何となしに選択し生成実行を念じると一拍後に機体前方に武装が投下される。アームリングとフットリングを装着して感触を確かめ、ゆっくりと機体を動かし拾い上げると、思った以上に重量があり機体が一歩たたらを踏んだ。

 

「っと、流石に重い……しかし、これは」

 

 バトルドレスの持ち上げた武装、名を【飛燕】と呼ぶらしいのだが――聊か斧と言うには刃が長い。寸胴と言うべきか、形としては剣に近い。しかし剣と呼ぶには切っ先が無く、柄の上に長方形の刃が乗っかっている様な形。更にその中心には溝が一本通っており、一番上の切っ先に該当する部分が一際厚く上に何か追加の刃が被さっている様に見えた。

 紬の想像していた斧よりもリーチがある、しかし剣には届かない。刃は厚く頑丈である事は一目で分かるのだが、どうにもただ振り回すだけの武装には見えない。

 

 上に下に両手で持ちながら観察していると、柄――グリップ上部に何かトリガーがある事に気付いた。指一本引っ掛けるだけの、銃器によく似た引き金だ。切っ先のブロック体、追加の刃があるところを見ると何か機構があるのだろう。

 紬は両手で武装を持ったまま腰を落とすと、ゆっくり引き金を引き絞った。

 

 瞬間、鳴り響く金属音。

 バキン! という何か弾かれる音と同時、紬の持っていた武装の切っ先を覆っていた刃が一気に落下した。丁度真ん中の溝を滑り落ちる様に火花を散らしながら柄までストンと下がり、そのまま柄と衝突し停止する。

 一瞬壊れたのかと肝を冷やした紬だが、どうやらトリガーを引くと切っ先を覆っていた追加の刃が落下するようだった。柄の部分に落下した刃は最下層まで下がる事で打ち止めとなりそれ以上下がる事は無い。しかしこのブロック体、一体何の為に存在しているのか、刃の上にもう一枚の刃を包む様に設置するなど何か意味があるのだろうか?

 

 変化はそれ以上訪れる事無く、静寂が周囲を包む。紬はその欠陥兵器とも言える近接武装を何とも言えない目で眺めた後、溜息を吐いて武装をデリートしようとした。とてもじゃないが使えそうにない、こんなブロック体が付いただけの斧など機構が付いた分脆くなっているんじゃないかと、そう思ったのだ。

 放り捨てようと動かした腕、しかしそれがグンッ! と思った以上に振り上がり紬自身がアームリングの軽さに驚いた。先程斧を持ち上げた時の重量よりも軽い、だが武装が突然軽くなるなどあり得ない。

 紬は一体どうしたものだと手元の武装に目を落とす。

 そして気付く――あの追加の刃、ブロック体。

 

 コイツは【重り】だ。

 

「――そういう事か」

 

 紬は柄まで落ちた追加の刃――『覆刃』を見て納得する。ゆっくりとトリガーを離すと柄まで降りていた覆刃を固定していたロックが外れ、ガキン! と金属音が鳴り響いた。そのまま紬がバッドを振るう様にスイングすれば、遠心力によって覆刃が切っ先へと飛び出し再び金属音が鳴る。

 重量に引っ張られる様にしてバトルドレスの上半身がつんのめってしまったが、先の重量が戻って来た。

 

 なんという機構を作るのだと紬は思った。

 

 試しにダミーエネミーをウィンドから設定し、全く動かない木偶の棒と化したナイトを召還する。外殻の硬さ、ハードスキンを持ったナイトの重厚感は動かなくても健在だ。目の前に現れたジャガーノートを見据え、紬は近接武装――飛燕を構えた。

 そして一歩踏み込むと同時にトリガーを引き絞り切っ先を覆っていた覆刃が落下、アームリングが軽くなり紬は武装を素早く頭上に振りかぶる事が出来た。そして両足が地面を踏み締め天高く腕を振り上げた瞬間、トリガーを放し思い切り振り下ろす。

 その瞬間覆刃が火花を散らしながら遠心力によって切っ先へと再度移動し、重量の急激な移動によって振り下ろす勢いが増す。そしてナイトの外殻へと突っ込んだ覆刃はハードスキンなどモノともせずに叩き割り、そのまま中身ごと一刀両断する。内部の肉質が露出し赤い体液が周囲に飛び散った。

 

 《ダミー損傷、破壊確認――消去します》

 

 機体内に響くアナウンス、紬はそんな音声を聞き流しながら手に持った飛燕を眺める。数秒待てば目前に広がっていたグロテスクな骸が消え去り、返り血を浴びたバトルドレスが新品同然に戻る。

 再びトリガーを引き絞ると覆刃が火花を散らしながら落下し、柄に衝突した。

 

「……こりゃあ、良い」

 

 覆刃を重り兼外殻とした新しい機構、無論本来の刃で斬り込む事も出来るし頑丈さは折り紙付き。重心の変化によって重量が変わり威力が上下する、必要な時に素晴らしい火力を、必要なければそのままの刃で。

 これは良い、コイツを使おう。

 紬はそう決めてハンドリングを強く握り締めた。

 

 新しい武装の出現に胸躍らせる――そんな紬の耳にコンコンと機体ハッチを叩く音が聞こえて来た。ハッとして脊髄ユニットとBT装置を外した紬はフットリングとアームリングを脱ぎ捨てハッチを開く。もしや静流教官か堂島教官だろうかと慌てて顔を出した紬は、しかし目の前に現れた人物に目を見開いた。

 

「恋……?」

「何しているんですか、紬さん」

 

 一番機のブリッジに登ってどこか不思議そうな表情を浮かべる少女、それは紬のクラスメイトであり、共に戦う仲間である恋であった。

 

 

 ☆

 

 

「はぁ……自主訓練ですか」

「あぁ、静流教官と堂島教官に頼んで設定して貰ったんだ」

 

 一番機のブリッジ、階段に腰かけてペットボトル片手に言葉を交わす二人。どうやら知らず知らずの内に結構な時間が経過していた様で時刻は既に七時を回っていた。学内の購買に向かおうとしていた恋は偶々こっちのトイレに寄って、ふとハンガーに明かりが点いている事に気付いて様子を伺ったらしい。稼働状態の一番機、このハンガーを利用するのは操縦科か整備科位なものだ。そして見るにシミュレーション訓練中らしく、一番機を扱うという事は必然紬だけという事になる。

 自主訓練をしていただけであってやましい事など無いのだけれど、何となく恋に努力する姿を見られた気分で紬は落ち着かなかった。

 

「凄いですね、自主訓練なんて……私は毎日の訓練だけで精一杯です」

「俺も別に好き好んでやっている訳じゃないよ、ただ重い役職も預けられちゃったし、最低限自分の事含めてクラスメイトを引っ張れるだけの力はつけておかないと、って思っただけさ」

「……隊長に指名されたから、自主訓練を?」

 

 そうだ――と答えようとして、紬は口を閉じる。

 隊長に使命されたから自主訓練をしているというのは間違いではないのだが、例えそうでなくとも勝手に操縦技術を学ぼうとする未来が脳裏に見えた。それ以外に紬にはやる事が無かった。

 

「ぁー……多分、でも隊長に指名されなくても自主訓練はやったかも」

「それは好き好んでやるという事ではないのですか」

「……そうですネ」

 

 彼女の言う通りだ、紬はバツが悪そうに頬を掻いた。しかし実際問題紬達操縦科の面々にはバトルドレスを動かすための才能が備わっている、これは有効活用しないと損という奴だろう。どちらにせよ前線に送られたら操縦技術が生死に直結するのだ、磨いておくに越したことはない。

 もっともその戦場行きという事実が未だ実感の湧かない現実な訳だが。

 

「……紬さんは、将来の夢とかありますか?」

「ん、突然だね、将来の夢?」

「はい、夢、何でも良いですよ」

「……夢ねぇ」

 

 突然そんな事を聞いて来る恋、その手は指先同士を引っ付かせどこか落ち着きがない。リアリストを自称するにしては随分とファンシーな問いかけではないか。

 夢は叶わないから夢なんです、なんて屁理屈を捏ねる気はないが人類とジャガーノートが戦って早幾年、将来の夢なんてものは形骸化し生きる為に働く人々が殆どだ。思えば娯楽なんてものは長い間停滞しているし、アニメや漫画という文化がめっきり目に入らなくなった。そんな世の中では夢を持つ事さえ困難だ。

 結局考えた所で人様に胸張って宣言出来る将来の夢なんてものは紬の中から絞り出される事は無く、紬は少し恥ずかしく思いながら今の想いをそのまま口にした。

 

「今は兎に角――生きて家族の元に帰る事かな、元々大層な夢を持っていた訳でも無いし、そりゃあ小さい頃は持っていたかもしれないけどさ、今はもう憶えていないよ、生きていればきっと夢を持つ機会もあると思うし、こんな回答じゃ駄目かな?」

 

 徴兵された今願う事は兎に角元の場所に戻る事。それですべてが元通りという訳にはいかないだろうが、自分の父と母の元に死体で帰るのはゴメンだった。そんな紬の答えを聞いた恋は少しだけ笑って現実的ですね、何て口にした。

 

「あれ、リアリストなのは恋ちゃんじゃなかった?」

「将来の夢が現実的だったら、それは夢とは言いません、目標と言います」

「そういうもん?」

「そういうものです」

 

 成程なぁと紬は思った、ものは言い様だ。

 

「それで恋ちゃんは将来の夢とかあるのかい? そういう話題を振って来たって事は何か壮大な計画があったり?」

 

 紬は手に持ったペットボトルを隣に置くと傍の恋に問いかける。将来の夢なんて聞かれたのはずっと小さな頃だけだ、そんな事を聞いて来るなんて彼女自身が夢を持っているという証拠に他ならない。

 そんな事を考えながら聞けば恋は少しだけ困った様に笑うと、膝を抱えて答えた。

 

「別に自慢できるような事は何も、ただ……こうして兵士として集められ無ければ、どういう人生を私は送ったのだろうと思いまして」

「……ふぅん」

 

 どこか陰のある表情でそんな言葉を零す恋、紬は彼女の表情を見て自身の予想が全く的外れである事を悟った。彼女は壮大な夢を抱いている訳ではない、どちらかと言うと『こちら』寄りだ。

 紬は少し後ろに体を倒すと、高いハンガーの天井を見上げながら言った。

 

「どんな人生ねぇ、普通に生きて、普通に生活していくんじゃないかな? ジャガーノートが日本までやって来るかは分からないけれど、俺達が死ぬ位までなら平穏かもしれないし、平々凡々、可もなく不可も無く、普通にさ」

「普通、ですか」

「うん」

 

 寧ろそれ以外の予想がつかない、どこぞの中堅会社に入社して政府の戦時下特別税と特需にひーひー言いながら働いて、いつか親父と同じ位の年齢になって子どもが生まれて。そういう普通とか平凡という奴を経験して勝手に大人になって死ぬんじゃないかなと、自分で言っておきながら何と面白みも無い平らな人生だと思った。

 尤も、だから少年兵として機甲兵を動かします、というのもどうかと思うのだが。

 我ながら我儘だと笑う、けれど人間そういうモノなんじゃないだろうか。

 

「実際日本は恵まれた方だと聞くし、ジャガーノートの居る大陸は酷い有様だと言うよ、近隣の中国で連中が止まっているから日常を過ごせる、少年兵なんて珍しくない――って大谷が初日の夜に言っていた、俺も日本は恵まれていると思うんだ、普通に飯は食えるし命の危機は無いし」

 

 将来の夢を抱けるのは平和の証拠だ、紬達が此処に集められたのも『操縦適正』なんてモノがあるからで、それすら持たない本当の意味で平々凡々な少年少女達は能天気に明日を生きて行くのだろう。

 前までの紬がそうであったように。

 紬はそう言って普通の人生という奴に想いを馳せる、それはそれで人並みの幸せという奴なのだろう。

 けれど恋は欠片も自身の人生について想像する事は無く、下を向いたままぽつりと呟いた。

 

「……私、聞いてしまったんです、渡り廊下で」

「何を?」

 

 何となく不穏な空気。

 紬は聞くべきか聞かざるべきか迷い、結局彼女に問いかけた。そして彼女が放った言葉は、予想通り自身の平穏を打ち壊すもので。

 

「――今朝方、中国の上海が陥落したらしいです」

 

 それは想像以上の衝撃を紬に齎した。

 いつか交わした友人との会話、フロリダかどこかが堕ちたと聞いた時とは違う、正真正銘の衝撃。自分が兵士になったからだろうか? それもある、だが世界の裏側近いところで起こった出来事ではない、直ぐ傍の隣で起こった出来事だったから。

 恋は足を畳んだまま膝に顔を埋めると、「教官が話していたんです」と続けた。

 

「上海の防衛戦線を維持していた日韓中合同部隊が突破されて、クイーンに内部から突き崩されたと、国防軍第三旅団第四〇六速成機甲兵連隊――状況によっては、私達も出る事になるかもしれないと言っていました」

「え、あ、いや……嘘だろ恋ちゃん、だって、俺達はまだ操縦訓練を始めて二日目だ、そんなひよっ子を前線に出した所で――」

「………国防軍に残された機甲兵の数、知っていますか?」

 

 紬は言い訳の様な言葉をつらつらと並べていく。覚悟はしていた『つもり』だった、その為に技術を磨き訓練していた筈なのだ。けれど実際戦場に送り出されるかもしれないと言う状況に陥ると、どこか尻込みした自分が必死に送り出されない要素を挙げて安心しようとしていた。

 しかし紬の言葉を遮る様に、恋はそんな事を問いかけて来た。突然の問いかけに紬は言葉を返す事が出来ず沈黙する。そうでなくとも国防軍に残されたバトルドレスの数など知らなかった。

 

「日本の国防軍には凡そ千六百機の機甲兵があると言われています、これはロールアウトしたばかりの機体も含めた常に稼働状態に在る機体の数です、内半数の八百機は国防時に於ける最小防衛戦力として第一国防首都である東京、第二国防首都の京都に二百機ずつ駐留し、残りはFOB(前哨基地)である沖縄周辺の海上プラットフォームに二百機、残り二百機が日本列島全国に配備されている状態です、首都以外の県単位で凡そ四機――それが現状日本の最低防衛戦力と言われています」

 

 もう半分の八百は、アメリカ合衆国への友軍派遣で四百、中東防衛に二百、残りは全世界の崩壊寸前の戦線に送られて終わり。

 恋の口から淡々と紡がれる内容は、紬からすれば欠片も知らなかった新情報ばかりで。

 何故こんな事を彼女が知っているのか紬は唖然とした表情で聞いていた。

 

「しかしこれはまだ世界が比較的安全圏であった頃の話です、今は詳しい数字を調べる時間もありませんが、恐らく派遣された部隊は半数も残っていないでしょう、そうなると自然国内の戦力を割く必要があるわけです、とてもじゃないですが生産速度が被撃墜の速度に追いついていません、身を切って日本は今まで乗り切って来たんです」

 

 顔を挙げた恋はどこか暗い瞳で紬に問いかける、分かりますよね? という彼女の声に紬はぎこちなく頷き、唾を呑み込んだ。紬にも覚えがある、自分の住んでいた町には無かったが県庁の有る場所には近くに駐屯所が設けられバトルドレスが格納庫に収容されていた。思えばアレが彼女の言う国防の為に各県に配置された機体だったのだろう。

 

「誰だって精鋭は手放したくない、偉い人が考える事は一緒です、凄腕(ホットドガー)は傍に置きたい、そうなると外に送る部隊はどういう人達が選ばれるのか――速成学校を上がったばかりの新米や、戦績の奮わない騎兵ですよ」

 

 それは紬からすれば、まさかと言いたくなるような内容だった。しかし頭ごなしに否定しようにも彼女の話す内容は余りに生々しく納得してしまう様なモノで。そうだ、いつ来るかも分からないインボーンを上は恐れている、ならば万が一ソレが起きた際に心強い老練の騎兵を傍に置くのは当然。

 結局紬は何か言葉を絞り出す事さえ出来ずに肩を震わせる事しか出来なかった。そんな様子を見た恋は膝を抱えたまま息を吐き出す。

 

「……先程の話の続きですが、私は『普通』の人生というモノが分かりません、その普通がいつまで続くか分からないから、ある日突然インボーンで街が破壊されるかもしれない、戦線が瓦解してビショップが日本に雪崩れ込んでくるかもしれない――私達の謳歌していた『普通』というのは誰かの屍の上に成り立っていた脆い砂の城です」

 

 今度は私達が、その砂の城を支える番。

 紬は恋の言葉に頭を金属の金槌で殴られた様な衝撃を受けた。

 そうだ、彼女の言っている事は正しい、自分も嘗てそんな心構えを持っていた筈だ。何気ない日々、恙なく回る日常、それを今度は守る番――そう思って差し出された赤紙を、召集令状を手に取ったのではないか。

 そう思って紬は自身の両手を見下ろした。

 その指先は小さく震えていて、紬はそれを隠す様に拳を握った。

 

「だから私は今を幸せに思います、普通でない事を誇りに思います」

 

 顔を上げ、背筋を伸ばした恋は紬を一瞥もせずそんな事を口にする。戦場に送られるかもしれないと言っておきながら、同じ口で幸せであると宣う。

 紬は一瞬呆気にとられ思わず言った。

 

「幸せ、だって?」

「はい」

 

 信じられないと、そんな声色で告げた紬に恋は酷く美しい笑いで以て答えた。

 

「紬さんの言う『普通』は、恐らく自分の終わる場所さえ分からない、砂の城の上を指しています、きっと唐突な終わりが待っているのでしょう、日常の中で抗う術も無く全て他人頼み、死ぬ時もきっと死を自覚しないまま終わります――けれど少なくともこの場所は『私の意思で死を迎えられる』、それはとても贅沢で、誇りある人生ではありませんか?」

 

 向けられるのは美しい笑み、その時の感情を紬はどう表現すれば良いのか分からなかった。呆れか、尊敬か、悲しみか、或は理解出来ないものを見た時に感じる不気味さか。

 どれも正解で、どれも不正解だと思った。

 

「恋ちゃん、君は」

 

 何かがおかしい。

 紬はその言葉を辛うじて呑み込んだ。

 

「――どうして、そんな簡単に死ぬ覚悟が出来るんだい?」

「死ぬ覚悟なんてありませんよ、多分死に際になったら見っとも無く泣き叫んで、命乞いをして、死にたくないと呟いて殺されると思います」

 

 なら、なんでそんな言葉を吐き出せる?

 そう思い、歪んだ紬の表情で恋は言いたい事を察したのだろう、「あぁ、勘違いしないで下さい」と両手を小さく振って恋は寂しそうに微笑んだ。

 

「すみません、突然こんな事を言い出してしまって、気味悪いですよね――ただ、これだけは分かって欲しいんです、死に近づく事を自分が善しとし、己の意思で終着点を定めるのは贅沢な事で、誰かの為に銃を握れるのは讃えられるべき事だと、勿論この価値観を押し付けるつもりはありません、ただ私はこういう人間なのだと貴方に知って欲しかったんです」

「……ミステリアスな女性って、自称していたじゃないか」

「死んだら謎は謎のまま――そんなのは、つまらなくありませんか」

 

 細く、弱い声。

 その言葉が紬にとって、今日一番に堪えた。

 

「……まぁ、そうは言っても紬さんの言う通り操縦訓練二日目の訓練兵に何が出来ると言う話です、実際派兵される可能性は低いと思います、速成学校数日の訓練兵をバトルドレスに乗せて前線送り何て機体と人材の無駄です、流石にその辺りは教官も理解していると思います」

 

 弱弱しい姿から一転、自身の臀部を叩きながら立ち上がった恋は努めて明るい声でそんな事を口にする。それは紬に向かって語ると言うより、自分自身に言い聞かせている様でもあった。

 

「紬さんも自主訓練は程々に、体は壊さないで下さいね」

「――そう、だね」

 

 小さく頷く紬、それを確認した恋は軽い足取りでデッキを降りハンガーの入り口に足を進めた。そして扉を潜る間際振り向き、「では、また明日」と手を振る。紬は緩慢な動作で手を振り返すと、広いハンガーに鉄製の扉を閉める重々しい音だけが響いた。

 

「……俺達は」

 

 一体何の為に集められたのか。

 戦う為だ、ジャガーノートと。

 紬は恋の消えた扉を見つめ、そう自身の中で反芻する。けれど何度そう言い聞かせても、自身の中に存在する恐怖は一向に消えない。怖い、恐ろしい、シミュレーターであれだけ大立ち回りしたというのにいざ実戦に行くかもしれないとなった途端、体がガチガチに固まってしまう。

 そして極めつけは、自身の前でまるで全てを受け入れたかのように振る舞う少女の存在。死ぬかもしれないのだ、この一つしかない命が終わるかもしれないのだ。だと言うのに彼女はそれを笑って贅沢だと、誉だと宣う。

 比べて。

 

「俺は」

 

 なんて小さい存在なのか。

 この日紬は、初めて自分のその身の小ささを自覚した。

 

 

 





 今週も、生き延びた……ッ!

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