おやすみ人類   作:トクサン

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欠号

 

「小破ニ、中破一、大破なし、小隊撃破数ポーンを除き計三十八体――中々の戦果です、初めての小隊訓練として考えるのなら上々と言えるでしょう」

 

 一度目の小隊訓練が終了しバトルドレスから降りた紬達は静流の前に立ちリザルト、総評を聞く。目の前の小さな画面には紬達のスコアがはじき出され、その隣には各機の損傷状況と撃破数が記録されていた。

 静流教官の言葉を聞く限りそれ程悪い結果では無かったのだろう、その表情は欠片も笑ってはいないが顰められてもいない。特に機体を壊して戦々恐々としていた風香は存外穏やかな教官の顔を見て露骨に胸を撫で下ろしている。対して杉田はそんな風香に呆れた目線を寄越していた。

 

「紬機が十一、恋機が八、風香機が六、杉田機八、大谷機五、中破した風香機も右脚部が破損しただけで他は無傷、小破した紬機、杉田機は関節部位の過負荷のみ、未だ解決すべき部分は多々ありますが訓練二日目ならば責めはしません、ましてやこの小隊訓練で全滅する様な記録もあります」

「全滅ですか……?」

「えぇ、操縦に慣れていないという点もあるでしょうが、敵の組織的行動に各個撃破、或は主力機が撃墜されてパニックに陥っている所を突撃蹂躙、被撃墜ケースとしてはそれが最も多いですね」

 

 大谷の言葉にどこか呆れ口調で零した静流教官、それから手元のバインダーを軽く叩き、「本当に――貴方達は優秀です」と告げた。その言葉は紬の耳に残り鼓動が一つ高鳴った。リフレインするのは杏璃の言葉、軍の秘密。

 

「とは言え、貴方達は未だ前線に送れるレベルに達していません、ある程度動かせるからと言って慢心せぬよう、常に向上心を抱きなさい――前線では驕った者から死んで行きます」

「ハッ!」

 

 静流教官の言葉に全員が背筋を伸ばして返事をする。そこから堂島教官と静流教官の二人による細かい操縦ミスの指摘や戦術指導が行われ、小隊全員で自身の動きを形作っていく。今回の戦闘で各機適正問題無しと評価され、紬達は各々希望した機体種に搭乗する事が決まった。

 そうこうしていると不意に静流教官が紬に目を向け、思わぬ発言をする。

 

「藤堂、貴方が小隊の隊長を務めなさい」

「ハッ! ――……は?」

 

 勢いで返事をしたものの、一拍遅れて何を言われたのかを理解し疑問の声を漏らす。小隊の隊長、つまり全員の命を預かる指揮官。その役職を指名された事に紬は驚き、思わず疑問符を浮かべてしまった。

 事の理解を終えた紬は慌てて静流教官に食って掛かる。

 

「ま、待って下さい教官、自分が隊長、ですか?」

「えぇ、何もおかしい事は無いでしょう、事実小隊訓練で最も指示を飛ばしていたのは貴方です、機体種としては大谷が一番適しているのでしょうが、何も後方から見えるものが全てではありません、彼には戦況把握と支援に徹して貰います」

「しかし、自分は指揮官としての技能は何も……!」

 

 指揮官には指揮官としての教育が施される、しかし自分が現在進行形で学んでいるのは良くも悪くも一操縦者としての技能に他ならない。他の人間の指揮を執れと言われても出来そうにないと言うのが紬の本音だ。もっと前々から軍隊教育を受けていれば別なのだろうが、自分は速成学校三日目のヒヨコである。

 

「細々とした指揮を執れとは言いません、最低限統率があれば十分です、必要な時に撃ち、必要な時に守り、必要な時に逃走する、何も難しい事はありません、言ってしまえば毎時間行う号令係の様なものです、簡単ではありませんか」

 

 物は言い様である、まるで小隊長が日直であるかのように静流は語った。紬は額に冷汗を掻きながらクラスメイトの反応を伺う。此処で皆が反対してくれるのならば隊長等と言う重荷を背負う必要は無くなるのだ、しかし意外な事に他の面々は文句ひとつ零す事無く突っ立っていた。或は教官の決定に異を唱えられるほど肝が据わっていないのか。

 

「異論ある者は挙手を、発言を許します」

「…………」

「マジかよ」

 

 静流教官が淡々と反対意見を募れば、誰も口を開く事無く沈黙が降りる。紬の零した悪態だけが自分の耳に届き、サッと背筋が冷たくなった。藤堂紬は責任等と言う言葉とは縁遠い場所で生きて来た人間だ。それこそ誰かの命を預かる様な立場に好き好んで立つ男ではない、紬にはその覚悟か無かった。

 

「藤堂、難しく考える必要はありません、命を預かるなどと言う崇高な責任感も不要です、彼等は彼等の判断で戦います、必要な時に最低限の統率さえ取れていれば良いのです、いざ戦闘になれば小隊訓練で行ったように各々が自身の最善を尽くします――しかし常に戦闘があるかと言えば違います、奇襲の為の潜伏、強襲のタイミング、そういった集団で仕掛ける必要がある場面で貴方が一声掛ければ良い、それだけ、完璧は求めません、速成学校とは本来そういうものです、何も知らない学徒に最低限の戦い方を教え半人前にする場所、気負う必要はありません」

 

 励ましとも単純な説明とも取れる言葉。紬は静流教官のそんな言葉に呆然と聞き、ゆっくりと首を縦に振った。ここで断ると言う選択肢はない、元より軍隊は上を神の如く崇める事を強要される。命令は絶対、そこに綻びが生じれば軍隊は軍隊足り得ない。そんな事は初日に嫌と言う程聞かされた。

 故に紬は静流教官に指名された時点で半ば隊長を務める事を決定付けられていた。その後の問答など殆ど意味が無い、紬の悪足搔きの様なモノだ。

 

「宜しい――では、紬機を隊長機として再度訓練を行います、訓練内容は……」

 

 淡々と頷いた静流教官は次の戦闘シミュレーションについて説明を開始する。隊長という立場に立っての初戦闘。紬は何とか自身に何でも無いと言い聞かせようとする。

 しかしどうにも、生きた心地がしなかった。

 

 

 ☆

 

 

「今日の戦闘記録、中々凄まじいですね」

「半年前の連中に見せてやりたい位ですよ」

 

 訓練終了後、堂島と静流は訓練結果の表示された画面を眺めながらそんな言葉を零した。静流はどこか感心した様な口調で、堂島は呆れたように薄笑いを浮かべている。昨日初回で十二分にバトルスーツを動かした時さえ一言も褒めなかった静流が遂に部隊全員を認める発言をしたのだ。堂島からしてもそれは嬉しい事で、記録を見ながら全員の才覚に呆れつつ内心で喜ぶと言う複雑な感覚を堂島は体験した。

 

「全員生還しただけでも十二分ですが、機体状態も風香機が脚部を痛めただけで連続出撃も可能です、更に撃破数も小隊で三十超え、訓練兵向けのシミュレーションではありますが中々のスコアですよ」

「小隊としての行動が未だ拙いのは問題ですが、確かに……個々の戦力が高い事は良い事の筈なのですがね、こうも一人一人が強いと単独行動が目に余ります」

「そこは教官の腕の見せ所って奴でしょう」

 

 顎先を軽く撫でながら思案する静流に堂島は軽口を叩く。実際、紬達が叩き出した数値は過去の成績と比較してもトップクラス。『個人』は兎も角、『小隊戦力』として見るのであれば過去最高の成績だった。

 

「流石選ばれし子ども達、【パトリオット】と言った所ですか――」

「堂島さん」

 

 堂島がその言葉を零した瞬間、隣の静流が鋭い声を飛ばす。思わず、と言った風に口を噤んだ彼は肩を落とし「失礼しました」と一言謝罪した。

 

「どこに目と耳があるか分かりません、欠号作戦に関しての情報は安易に漏らさない様に」

「……心得ました」

 

 至って真面目な表情で静流は堂島に苦言を呈す、しかし当の堂島はどこか不満げですらあった。堂島個人としてはこの欠号作戦という名称に違和感があったのだ、何も昭和二十年の大昔の決戦作戦名を用いずともというのに。それも欠ける等と言う文字など、上は一体何を考えてこの名を付けたのかとすら思う。

 

「正直、この作戦名はどうかと思うんですがね、メメント・モリの決定とは言え少々」

「堂島二尉」

「えぇ、えぇ、すみません、黙りますとも」

 

 若干の怒気の込められた静流の声に、堂島は両手を挙げて声を張る。これ以上この話題を続けることは許さない、そんな意思が静流の声からは伝わって来た。堂島も意味も無く上官を怒らせるつもりはない。

 

「作戦名など何でも良いのです、願掛け、縁起、そんなモノは連中の前で何の意味もなさない――そんなものに縋るのであれば、己を鍛え後続を育てる、私達の軍人としての義務はそれのみです」

「そうですね静流さん――いえ、静流一尉」

 

 フランクな口調から上官呼びに変える。

 静流が不意に顔を顰めると、ハンガーの出入り口扉が独りでに開いた。この場所は操縦科の生徒か定期メンテナンスの整備兵しか足を運ばない。静流が体の向きを変え、「誰ですか」と声を上げた。

 

「うわっ!?……す、すみません、藤堂紬生徒です、まだ堂島教官と静流教官が居るとは思わず」

「藤堂?」

 

 ハンガーの扉から顔を覗かせたのは紬、静流はその顔を見るや否や寄っていた眉間の皴を解し、若干表情を柔らかくした。

 

「ハンガーに何の用ですか? 既に帰寮許可は出ている筈です」

「あ、はい、その……自主訓練をしようと、思いまして」

 

 静流の問いかけに紬は居心地悪そうに頬を掻き、堂島と静流を交互に見ながらそんな言葉を零す。先の小隊訓練の出来は悪くなかったが、紬本人としては未だ自身の操縦技術に納得がいかなかった。中途半端に出来るが故に、もっと上を目指したいと思ってしまう。存外紬という男はストイックな性格をしていた。それに杏璃の言葉を気にしていたという理由もある。

 静流と堂島は紬の答えを聞き、少し驚いた様に顔を見合わせた。

 

「自主訓練、ですか?」

「はい、駄目でしょうか」

「駄目……という事はありませんが、一応シミュレーターと言えどバトルドレスを使用しています、まず私達に許可を得るのが先ではありませんか?」

「…………す、すみません」

 

 まさかコイツは勝手に使う気満々だったのか。静流と堂島は呆れた視線を紬に寄越し、紬は自身の失態に顔を赤くして居心地悪そうに体を揺らした。静流は目線で紬をなじりながら思考する、過去シミュレーターで自主訓練をさせてくれと言って来た生徒は居なかった。元々彼らの様に才能溢れた人間ではなかったと言う点もあるが、脊髄ユニットやBT装置の副作用――不快感が自主練習という選択肢を選ばせなかったのだ。

 

「……生徒に時間外のシミュレーション訓練、どう思いますか?」

「自主訓練をしたいという向上心は認めますが、基礎訓練を行うのとはワケが違います、上に申請しても通るかは微妙ですね」

「ならやはり、課外訓練という体が一番無難ですか」

「交代で見ますか?」

「まさか」

 

 紬の自主訓練を行いたいという向上心は尊重したい、しかし勝手に生徒がバトルドレスを使用するのはマズイ。万が一が起こるとは思わないが、それでも起こってしまうのが事故というものだ。そうなると当然堂島か静流が監督をしなければならないのだが――二人とも紬の課外訓練に何時間も付き合えるほど暇を持て余していない。

 静流は少しの間思考し、一つの解決策を思いついた。

 

「イーグルシステムを使いましょう、堂島さん、用意お願い出来ますか?」

「了解、通知先は?」

「私と堂島さんの端末でお願いします、設定はリアルタイムで」

「任せて下さい」

 

 静流から出された命令に堂島は直ぐに取り掛かる。バトルドレスとケーブルで繋がれたPCに向かうと電源を立ち上げ、何やらキーボードを叩き始めた。そして不意に画面の上から顔を覗かせると紬に問う。

 

「藤堂、使用する機体は一番機で良いんだな?」

「あ、はい、お願いします……あの、イーグルシステムというのは?」

 

 紬が恐る恐る問いかけると、静流教官は腕を組んだ状態で「簡単に言ってしまうと監視システムの様なものです」と告げた。要するにその場で監督する事は出来ないが、遠隔で紬の行動を監督するのは出来るという事。本来は監督用のシステムではないのだが代わりとして使用出来るのならば問題はない。

 

「貴方が規定外の行動、或は機体に不調が生じた場合私達の端末に通知が来ます、この機体は私と堂島二尉の端末から停止コードを送れるので、万が一の場合は強制停止させます、宜しいですね?」

「は、ハッ!」

 

 何であれ訓練出来るのであれば文句はない、堂島教官がバトルドレスの一番機にイーグルシステムを働かせた後、紬は深々と二人に礼をしいそいそと自主訓練に入った。二人はそんな紬の階段を駆け上る姿を見送り、堂島は不意にぽつりと言葉を漏らした。

 

「……何とも複雑ですね、まだ高校生の子どもを戦地に送るなど」

「今更――国柄の違いですよ、子どもが銃を持つ事なんて珍しくもない、四方を海に囲まれた列島だからこそ日本は今まで平和に生きて来られたのです、もしインボーンを許せば、日本も子どもが平然と戦う場所になります」

「そうならない様にするのが我々の仕事だった筈なのですがね」

 

 堂島の歯痒いと言わんばかりの言葉に静流は僅かに顔を顰める。堂島と静流の考え方は根本から異なっている。堂島は戦場に子どもが出る事を良しとせず、静流はいつか来る破滅に向けて子どもにこそ生き残る術を教えるべきだと思っていた。互いに後を続く幼子を守りたいという気持ちは同じだ、しかし堂島は故にこそ戦地から遠ざける事こそ善と信じ、静流は術を教え込む事こそ善だと断じた。

 どうせこの破滅の波を――自分達が止める事は出来ないのだからと。

 

「……堂島さん、私は一度整備科に顔を出してきます」

「整備科ですか? 向こうに何か用件が?」

「えぇ、少し」

 

 言葉を濁したまま踵を返す静流、堂島はそんな彼女の背を眺めながら後頭部を掻いた。そこそこ長い付き合いになるが、静流の事を堂島は未だ理解し切れていない。

 小さく一つ溜息を零すと堂島は自分の仕事を片付ける為にハンガーを出た。

 

 

 





 来週は更新出来るか分からんのです。
 私が上手い具合に忙殺されず生きていたらまた逢いましょう。

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