おやすみ人類   作:トクサン

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闇は常に貴方を見ている

「いや、普通に考えて無理だろうがよ」

「同感」

「頭おかしいんじゃないかなぁ?」

「そうですね」

「僕、開始五秒で死にましたよ」

 

 夜、場所は誰も居なくなった食堂。本当なら昨日の内にやっておくべき事だったのだが、荷解きやら何やらで忙しかったし、やる暇がなかった。ならば今日やるしかない、と言う訳で二日目の今日操縦科の歓迎会を行う運びとなった。食堂中央のテーブルに陣取り、購買で買い込んで来た食料と菓子を摘まみつつ自販機のペットボトルにちまちま口を付ける。

 話題は今日行ったばかりの操縦訓練、或は訓練とは名ばかりのフルボッコやられシミュレーターとでも呼ぼうか。

 

「歩き方とか、走り方とか、武器の扱いも一通り終わってよ、思ったより簡単そうだって思ったら女王種だぞ? 腕伸ばされて避ける間もなく脚破損してよ、そのまま砲撃でアボンってモンだ、全くヒデェぜ」

「私は頑張って逃げ回っていたんだけど速いのなんのって……気付いたら後ろから殴られて、勢い良く建物に突っ込んじゃった、それで大破判定」

「うわぁ……」

 

 杉田は不機嫌そうに、風香は苦笑いで自身のやられ様を語り、紬は気の毒そうな声を漏らす。自分も人の事を言えない殺され方をしたが少なくとも大谷の開始五秒で被撃墜よりはマシだろう。結局分かった事は全員同じようにボコボコにされたという事だけ。静流教官の目論見は大成功したと言って良い、アレは独りでは勝てない。

 

「紬さんは比較的善戦したって静流教官から聞きましたけれど……」

「いんや、大して戦えてないよ、三分戦えたかも怪しい、両足吹き飛ばされて地面這い蹲っていたところに上からズドン、いやアレは酷かった」

 

 恋の問いに応えるように肩を竦めれば、全員から先程紬が向けた目と同じ視線を頂戴する。そうだ、誰だってそんな目になるだろう。

 

「恋ちゃんは?」

「似たようなものです」

「何だ、全員ボロボロじゃねぇか」

「操縦訓練初日ですよ、寧ろ勝てると思っていたんですか?」

 

 大谷が怪訝そうに問いかければ、杉田は笑って少しだけと答えた。流石は杉田である、紬とて初見で女王種に勝てるなどとは思っていなかった。無論、ただ負けるつもりも無かったが心のどこかで勝てる筈ないと達観していたのも事実だ。気合で全てを乗り越えられると信じて居る程、紬は精神論信者ではない。

 

「しかし実際どうよ操縦訓練、もっと手間取るモノかと思っていたがよ、存外簡単に動かせなかったか?」

「あっ、それは私も思った! 何て言うか簡単なのよねぇ、思った通りに動くしゲームみたいだし」

「……確かに、開始五秒で撃墜されておいて何ですが、そう難しいモノでは無いと感じました」

 

 機甲兵の操縦性、思ったよりも動くと言う意見に紬も同意する。恋も隣でペットボトルを咥えつつ頷き、満場一致で存外に簡単であるという結論に至った。その事に風香は目を輝かせ、「やっぱりこれって操縦適正って奴? 私達って実はスゴイ?」などと口にする。

 

「いや、別に僕たちだけって訳ではないんじゃ……」

「これがデフォルトなのかもしれねぇぞ、先輩達も似たような感じだったとか」

「俺達が凄いっていうより、装置が凄いんだと思う」

 

 次々と出る否定意見に、風香は眉を八の字にして「えー」と不満そうな声を上げた。どうやら満足に機体を動かせる現状を才能と言う理由にしておきたいらしい。自身にも優れた才覚が存在する、確かにそう思いたい気持ちは分かる。

 

「まぁ、でも実際そこまで厳しい訓練じゃなくて助かったよ――筋肉痛は相変わらず酷いけど」

 

 才覚どうこうも良いのだが今はこの筋肉痛が如何ともしがたい。紬は不意に鈍い痛みが走った足元に思わず涙目になった。操縦訓練はまだ比較的マシだが、その前の基礎訓練は地獄も地獄、未だ筋肉痛が収まらない。

 全員筋肉痛は未だ健在なのか紬の言葉に頷いて口元を引き攣らせた。

 

「……その内、筋肉痛にも慣れる日がくるだろ」

「それは嫌」

「嫌ですね」

「僕も遠慮させて下さい」

 

 杉田が遠い目でそんな言葉を漏らすと全員が否定を口にした。杉田は思わず机に突っ伏し、苦い表情で口を開く。

 

「嫌って言ったってよ、仕方ねぇだろ……」

「筋肉痛には慣れたくないなぁ、俺は」

「あんまり筋肉は付けたく無いんです、体重が増えるので」

「私は痛いの苦手だし……筋肉はまぁ、別に良いんだけどね?」

「僕も痛いのは苦手で、そういう苦しみは楽しめないと言いますか」

「俺だってMじゃねぇよ」

 

 全員の口撃に杉田は唇を尖らせて吐き捨てる。別に誰もMだとは言っていないが、正直筋肉痛に慣れたくないというのは本当だ。バトルドレスの操縦にもある程度体力と筋力が必要なのは理解したが別にそこまで大きな力が必要という訳でもない。

 現に恋の様なか細い女子でも動かせているのだ。

 

「でも訓練はやらないといけないし、結局少しずつ筋肉はついていくと思うよ? 恋ちゃんが筋肉要らないっていう気持ちも分かるけれど、多分此処に居る以上未来はマッチョで確定さ」

「……嫌な未来を予言しないで下さい」

「マッチョ嫌なの恋? 良いじゃんマッチョ、ムキムキだよ?」

「風香……」

「……何でそんな可哀想な人を見る目で見つめるの」

 

 恋の筋肉不要発言に突っ込んだ風香が当人から残念な人を見る瞳で見つめられる。確かに女子力という観点からすれば残念なのだろうが、聊か憐みが籠り過ぎた視線だ。

 

「まぁまぁ、兎に角皆食べよう、こんな時でもないとお菓子も満足に食べられないし」

「そうですね、ほら、女性は甘いものが好きと言いますし、チョコレートでもどうぞ」

 

 紬と大谷はテーブルの上にあった菓子類を搔き集めて二人の前に差し出す。正直男子組は無理矢理大量の飯を食べさせられるのでこれ以上食べたくないというのが本当のところ、それでもちょくちょく摘まんでしまうのは菓子を滅多に食べられないと言う環境故か。

 風香は差し出されたそれらを見つめ、「まぁ、いいけどさ」と口を尖らせながら手に取った。一方恋は「太りたくないので」と言いつつ少量を自分の方へ取り分ける。何だかんだ言って甘味は好きな様だ、嫌いな人は少ないだろう。

 そんな二人を見ていると、不意にぶるりと体が震えた。

 

「ん……悪い、ちょっとトイレ」

「おう」

 

 紬がゆっくりと席を立ちそう告げると、杉田が手を挙げて応える。わいのわいのと騒ぐクラスメイトを尻目に紬は食堂を後にした。少々呑み過ぎただろうか、水とスポーツドリンクばかり飲んでいたからマトモに味のある飲物など久々だった。

 トイレは食堂を出て直ぐの廊下にある、紬はトイレで用を足した後、ふと窓から見える夜空に気付いた。

 

「流石沖縄……空が綺麗だな」

 

 トイレを出た後、食堂には戻らずそのまま出入り口から外に出る。空を見上げると真っ暗な空が広がっていて、その中に幻想的な光を纏う月と淡い光を放つ星々が見えた。紬の故郷である田舎町からも夜空を見上げる事は出来たけれど、同じ位綺麗かもしれない。

 例え世界の何処にいたとしても空だけはどこも変わらないと少しだけ安心する。ホームシックだろうか? まだ軍学校に来て二日目だと言うのに。

 

「紬」

「――?」

 

 自身の名を呼ぶ声。

 食堂から誰か追って来たのかと思って振り返ったが、そこに立っていたのは予想と異なる人物だった。この人には月明かりが良く似合う、星と月に照らされた月下美人。いつも通りの制服に一人日本人離れした容姿の人。

 

「――鏑木さん」

 

 彼女の姿を見て、口から零れた名前。それを聞いた彼女は静かに首を横に振った。

 

「杏璃」

「えっ」

 

 自身の傍に寄って来た人物――杏璃は、名前を呼ばれるや否や紬の呼び名を否定する。そのまま笑みを浮かべ、紬の隣に寄り添った。前逢った時よりもずっと近い距離、パーソナルスペースに何の躊躇いも無く踏み込んで来る。

 

「……鏑木さん?」

「杏璃」

「………」

「杏璃」

 

 茶化す様に笑っていうモノの、その眼は少しも笑っていない。断固とした意思を紬は杏璃から感じ、観念したように息を吐いて頷いた。強情になった彼女を止められる術を持たない事を紬は先の一件で良く理解している。

 

「分かりましたよ、杏璃さん」

「ふふっ、恋ちゃん――だったかしら、彼女だけ下の名前っていうのはズルイもの、それに私の事は呼び捨てで良いのよ?」

「……流石に上官を呼び捨てには出来ませんよ」

「あら」

 

 気付かれちゃった、そう言って杏璃は独り肩を竦める。静流教官が口にした彼女の肩書を紬は忘れていない。鏑木杏璃三等騎尉、つまり立場上は先輩であり上官だ。正直上官だと意識すると僅かばかり身が強張るのだが、彼女自身が好意的に接して来るので堂島教官や静流教官と接するよりは気が楽なのは確か。

 それでも砕けた口調で話す事は躊躇われる。

 

「紬には美人な謎のお姉さんで通したかったのに、残念」

「美人なのは否定しませんが……何故女性はミステリアスな雰囲気を求めるのか、理解出来ません」

 

 紬は然程残念そうでもない杏璃の言葉に、そんな言葉を漏らす。恋も似たような事を言っていたのを思い出したのだ。自分の事を単に語りなく無いのか、或はそう在る事に意味を見出しているのか。

 

「別に、私は紬に何もかも打ち明けても良いのよ? ただもう少し、紬が軍に慣れた後の方が良いかなぁって思って――それとも今知りたいかしら?」

 

 ずいっと身を乗り出し嘘か本当かも分からない言葉を口にする杏璃。紬はその勢いに思わず身を仰け反らせ、真っ直ぐ向けられた視線より眼を逸らした。彼女の秘密が何であるかは知らないが、逢ってまだ二日目の間柄である。というか彼女の甘い香りが鼻腔を擽って頬が赤くなる、そんなに近く寄られると女性に対して免疫の無い自分では辛い。

 

「ち、近いですよ、杏璃さん」

「恋とはこれ位の距離だったわ」

「対抗心燃やさないで下さいよ」

「紬が浮気するからよ」

「えぇ……」

 

 無茶苦茶言うな、この人。

 そうは思うモノの嫌いになれないのは相手のペースに呑まれているからか。いや、単純に好意を向けられているからだろう。これ程ストレートな表現を用いる人を紬は彼女以外に知らない。

 

「恋は良くて私は駄目、そんな道理は通らないわ、そうよね?」

「……俺なんかに引っ付いたって、何も面白い事はないでしょう」

「あら、そんな事無いわ」

 

 紬の言葉に杏璃は驚いた様な声を上げ、そのまま紬の腕を掴んで来る。そして徐に自身の胸へ抱き寄せると満面の笑みを浮かべた。

 

「こうしているだけで幸せ……だって、紬を傍に感じられるもの」

「っ……」

 

 僅かに頬を赤くして微笑む杏璃の破壊力と言えば。思わず紬が瞠目し、言葉を喉に詰まらせる程。引き攣らせた喉で「杏璃さんは、何故ここに?」と絞り出せたのは僥倖という他無かった。

 

「紬の背中が見えたから、追って来たの」

「態々ですか」

「えぇ、今日は操縦訓練だったのでしょう?」

 

 杏璃の言葉に紬はゆっくりと頷く。どうやら彼女は訓練スケジュールまで知っているらしい。或は元操縦科の生徒だったとか、そういうオチなのかもしれない。杏璃は小さく微笑むと今日の訓練について問うて来た。

 

「どうだったかしら、最初の訓練は?」

「……惨敗も惨敗、酷いもんですよ、何もさせて貰えなかった」

 

 どこか楽しそうな杏璃の言葉に紬は意気消沈した声で答える。歩行や跳躍、武器使用訓練は兎も角最後の女王種戦は目も当てられない。結局良い様にあしらわれて地面を転がり、砲撃で吹き飛ばされただけだ。

 その事を思い出し、紬は重い息を吐き出す。

 それにしてはバトルドレスを簡単に扱えたようにも感じるが、或は自分の勘違いかもしれない。

 

「あら、そうなの? 私が聞いていた話とは違うわ」

「誰から何を聞いたのかは知りませんが、事実は惨敗ですよ」

「大立ち回りしたって聞いたのだけれど……」

「俺がですか? まさか」

 

 杏璃の不思議そうな声に紬は苦笑いを零す。誰がそんな事を言ったのかは知らないが、大立ち回りなど夢のまた夢だ。あの無様さを見れば誰であろうと素人丸出しだと宣うだろう。そんな確信が胸の中にある。

 

「紬が自分で言う程酷くは無かったのではないかしら?」

「いえ、杏璃さんも見ればきっと分かりますよ、誰の目から見ても惨敗です、それはもうボコボコにやられましたから」

 

 慰めか本気か、杏璃の言葉を真正面から否定して俯く。最初に搭乗したにしてはそこそこ動けたかもしれないが、少しだけ漫画やアニメの様に動かせる事を期待していたのも事実だ。理想が高過ぎたともいう、紬の中でまぁこんなものだろうと納得している部分ともっとやれた筈だと責める声があった。あの兵器を動かす為に集められたのだ、普通以上を求めるのは当たり前だろう。

 紬の消沈ぶりを見た杏璃は肩を竦めながら気にする事は無いと口にする。

 

「仮にそうだとしても、まだ初日だもの、上手く行かなくて当然だわ」

「ははは、そう言って貰えると有り難いです……杏璃さんも最初はそうだったんですか?」

「私?」

 

 紬の問いかけに杏璃は驚いた様に目を見開き、それから申し訳無さそうに眉を下げる。その事に紬は一抹の不安を抱いた。

 

「私は、その、最初の戦闘でクリアスコアを出してしまったから……」

「クリアスコア?」

「多分、女王種と戦ったのでしょう? あれを倒したの、A以上がクリアスコアと呼ばれているの」

「……めちゃくちゃ凄いじゃないですか」

 

 紬は驚愕を隠す事も出来ず、そんな言葉を漏らす。もしかして倒せなかった自分達は出来の悪い部類なのだろうか。最初だから、まだ習ったばかりだからと色々言い訳していたが、もし自分達と同じ立場の訓練兵が容易く女王種を倒していたら流石に立ち直れない。紬は目に見えて落ち込んだ。

 

「あぁ、大丈夫よ紬、元気を出して! 私は……その、特別なの、これでも最年少レコードホルダーなのだから」

 

 落ち込んだ紬を見た杏璃は慌ててその肩を掴みフォローを口にする。最年少レコードホルダーという言葉を耳にした紬は隣に座る女性が思った以上に凄い人物なのだと理解した。恐らく自分が望んだ様な立場に居るのだろう、自分とそう歳も変わらない風に見えるが先に徴兵されたのも頷ける。それだけ優秀だという事なのだ。

 

「杏璃さん、実は凄い人だったんですね」

「凄い人かどうかは分からないけれど……紬に褒められるのは素直に嬉しいわ」

 

 尊敬の念の籠った視線を向けられ、紬が落ち込んだ言葉を口にした後悔と歓喜の滲んだ表情を浮かべる杏璃。だがそれだけ凄い人物ならば何故――という疑問も浮かんでくる。そんな才人を速成学校などで遊ばせておく理由が見当たらない。

 図らずも、彼女の言葉はミステリアスという雰囲気に当て嵌まった。

 

「大丈夫、紬はきっと強く成るわ、誰よりも、勿論私よりも」

「ははっ、まるで預言者みたいな言い方ですね、例え慰めでも嬉しいですよ」

「あら、慰めなんかじゃ無いわ、これは事実よ」

 

 紬の渇いた笑いに、杏璃は飄々としていながらも何処か真剣な面持ちで告げた。その口元には確りと笑みが浮かんでいると言うのに、その瞳だけは笑っていない。目だけは真剣そのもので、真摯な視線が紬を貫いた。

 

「紬は必ず強く成る、これは絶対よ、どんな事が起きても、誰が死んでも、絶対に」

「………」

 

 真っ直ぐ、紬を見て紡がれる言葉。

 それは見ている此方が吸い込まれてしまいそうな深さを持っていて、紬は目を逸らす事が出来なかった。どこか狂気じみた執念、或は妄念とでも言うべきか。紬は目の前の杏璃から言い表す事の出来ない何か圧の様なモノを感じた。

 

「……何故、そう思うんですか」

 

 紬は杏璃に気押されながらも、内側から湧き出る疑問を絞り出す。それを聞いた杏璃は笑みを浮かべたまま確かな口調で告げた。

 

「だって、私がいるもの」

 

 満面の笑みで、美しい笑みで、僅かな疑念さえも抱かずにそう言い切る。

 それは結局杏璃さんが強いだけで、自分が強く成る事とは無関係なのではないのか。そんな事を思ったけれど杏璃は放った言葉に微塵の疑念も不安も抱いていなかった。そんな彼女を見ていると、或は彼女が居れば本当に自分は強くなれるのではないかと。

 そんな気持ちさえ湧き上がって来る。

 

「……ねぇ紬、全てを教えるのは貴方が軍に慣れてからと私は言ったけれど、やっぱり少しは知っていて欲しいの、紬が此処を【信頼】するのは見ていて気持ちの良いモノじゃないから――紬は疑問に思った事は無い? どうして急に徴兵令状なんてモノが届いたのか、こんなにも早く事が進んだのか、令状が届いてから監視が付くのも、数日で収容されるのも異常よ」

 

 紬を正面に捉えたまま、杏璃はその頬に手を伸ばして優しく撫でる。彼女の言葉は甘い毒の様にするりと紬の耳へと入って来た。

 

「疑問には思わなかった? 何故、バトルドレスをあんなにも簡単に動かせたのか」

 

 耳に届いた彼女の言葉。

 それは少なからず紬が疑問に思っている事だった。いや、正直に言うのであれば目を背けていたと言うべきか。徴兵令状が届いた時はその事実を呑み込む為に頭の容量を全て使っていた為微塵も疑わなかったが、改めて考えれば不思議に思う。考え過ぎだろうか? しかし、数多いる子どもの中から何故自分がという気持ちは確かにある。

 そしてバトルドレスに関しては全面的に同意する、もっと上をと傲慢にも口にする紬ではあるが、心の隅っこでは【余りにも簡単すぎる】と思っていたが故に。

 まるで手足のように、紬達――操縦科の面々はバトルドレスを扱えた。

 そうである事が当然の如く。

 

「紬――貴方達は天才なの、今期の操縦科のメンバーは集められるべくして集められた天才達、特に紬、貴方は別格、集められた精鋭の中でも抜きんでた適正を持っているわ」

「……俺が?」

「えぇ、紬には知らされていないけれど、普通搭乗したての新米騎兵なんて、跳躍どころか走る事さえ出来ないのだから」

 

 杏璃の漏らした言葉に紬は信じられないとばかりに声を漏らす。誰だってそうだ、貴方は天才だと告げられても鵜呑みにはしない。けれど目の前の彼女は嘘を言っている様子は微塵も無く、紬の頬を優しく撫でるばかり。適正値は本人には告げられない、ただ曖昧な文面で稀有な人材やら高い適正やらと誤魔化されるのだ。

 

「貴方は選ばれて此処に居る――けれど考えて欲しいの、そんな才能を持った人が居るのなら、もっと早く徴兵するべきでは無かったかしら? 才能を持つ人間を遊ばせる余裕なんて今の人類には無い筈なのに、どうして今になって徴兵されたのか、何故今なのか、紬は不思議に思わない?」

 

 まるで教え説くかの様な口調。それに対して紬は確かにと、そう思ってしまう。

 そうだ、仮に彼女が言っている事が本当なら……適正があるのなら一年でも二年でも早く紬を此処に連れて来るべきではなかったのか? 倫理観や道徳など守る連中ではない、適性検査は不規則だが時折実施されていた。紬も小さい頃から何度か受けている、ならば今まで適正がある事に気付かなかったと言う事はないだろう。

 分かっていたならもっと早く連れ出していた筈だ、知っていたのだ連中は。だと言うのに紬を連れ出す事をしなかった――それは何故だ?

 疑念は紬の中で大きくなった、その発端を作ったのは紛れも無く目の前の彼女である。紬の焦燥した表情に、彼女は確りとした口調で告げた。

 

「――今だから……今だからこそ、集められたのよ」

「何故……何故今なんですか」

「それは」

 

 杏璃が言葉を紡ごうとして、しかしすっと目が細目られた後、口が開かれる事は無く。徐に立ち上がった彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべ指を立て口元に当てた。

 

「秘密よ――私が今教えられるのはこれだけ、今の紬はまだ知らない方が良いの」

「そんな、杏璃さん……!」

「大丈夫、安心して紬」

 

 杏璃の手が紬の頬から離れる。暖かな温もりは消え、杏璃の美しい笑顔だけが目の前にあった。彼女は何か、自分の知らない核心を知り得ている。目の前に確かな情報があると言うのに触れられない苦痛、紬は表情を歪めて杏璃に請うた。

 しかし彼女は優しさに満ちた笑みを見せるばかりで紬の声に応えない。

 

「きっと貴方が知る時が来る、そしてその時まで私は必ず紬を守るわ、約束する、言ったでしょう? 紬はきっと強くなる、私がいるもの、その時が来るまできっと私が貴方を守り通して見せる」

 

 杏璃はそれだけ告げると、そのままふわりと髪を靡かせ紬に背を向けた。「私が貴方にこんな話をしたのは、誰にも内緒よ」なんて口にして。

 その背を紬は呆然と見つめる事しか出来ず、気付けば彼女の姿は闇夜に紛れ見えなくなっていた。後に残ったのは慣れない暗闇と明るい月明りのみ、紬の目の前に杏璃の姿はない。

 

「………」

 

 何か自分の知らない思惑がある、或は事実がある。平和ボケした自分が此処に連れて来られたのは単純に兵器を動かす才能があったから、その筈だったのに。紬は自身の手を見下ろし、意味も無く拳を握った。

 今日の戦いを思い出す様に、自身の脳裏で反芻し噛み締める。あの感覚、脊髄ユニットとBT装置を通じてバトルドレスを動かす感覚。それは何処までも馴染んだものであり、違和感を覚えたのも最初だけ。思えば最初から紬は走行すら可能であった。

 

「何か秘密があるのか……俺の知らない」

 

 自分達の知らない、大きな何かが。

 紬が呟いた言葉は夜の中に溶け、誰の耳に入る事も無かった。

 

 

 




 お粥に砂糖入れて食べるのはアカンと思うんです………。

 アカンと、思うんです……。

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