セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

95 / 97
番外編3 初夢シリーズ 石戸霞編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の部屋で目が覚めた。ぼんやりとし頭で部屋を見まわす。霧島の部屋ではない。屋久島にある石戸本家にある部屋だ。どうしてここにいるのか。考えてみても答えはでなかった。一年に一度は里帰りする実家ではあるが、六女仙は仕える姫君、あるいは当主に合わせて生活する。霞が仕える小蒔はまだ高校生であるから、生活の基準は当然鹿児島になり、一年のほとんどを霧島で過ごす。屋久島に戻ってきた記憶はない。

 

 とは言え、一般人の基準と比べると遥かに不思議に慣れた霧島の巫女である。寝る前に霧島にいて、起きたら屋久島にいたということも、可能性は低いがありえない話ではない。慌てずゆっくりと身を起こした霞は、どうにもぼんやりとした頭のまま、部屋を出た。

 

 暖かい日差しが降り注いでいる。縁側は、何も考えずに日向ぼっこをするには良い環境である。普段は自分を律し、他人にも厳しい霞であるが、起き抜けの頭は早くも惰眠を欲していた。春の陽気に負けそうになり、重い瞼を擦りながら歩いていると、縁側の端に見知った姿を見つけた。

 

 燻った金色の髪は、霞の寝ぼけ眼にも良く映えていた。弟分の京太郎である。人生を麻雀に捧げている彼らしく、この暖かな日差しの中でも麻雀の教本を片手にお茶を飲んでいた。真剣な表情で教本に視線を落とすその横顔に、思わずどきりとする。普段は屈託なく笑うのに、麻雀が関わるようにすると途端にこういう顔をするのだ。

 

 霞としてはその顔が堪らないのだが……それを口にしたら女として敗北してしまう。昔からの親友である初美にも言ったことはない。これは霞の秘めた思いである。第一、普段からお姉さんぶっているのに、どういう顔をしてそんなことを言えば良いのか。こういう時は、兄様兄様と素直に甘えることのできる従妹の明星が羨ましく思える。

 

 六女仙の筆頭として、次期石戸家の当主として、同年代にあっては人を導く立場であることの多い霞は、昔から人に甘えるということが苦手なのである。

 

 京太郎の傍らに立った霞は、無言で彼を見下ろしている。気づいて声をかけてくれるのを待ってみたが、京太郎は教本から全く視線をあげない。恐ろしい程の集中力であるが、空いている右手は集中しているにしてはせわしなく親指と人差し指をすり合わせている。

 

 鹿児島にいる時からの、京太郎の癖である。霧島で麻雀を打つ時はほとんど例外なく文字通り春を背負って麻雀をしていた。その時からくるくるしていた春の髪は、触るのには絶妙な位置にあったらしい。最初は男性に髪を触られることに抵抗のあった春も、京太郎と気心が知れる様になって全く抵抗しなくなった。

 

 むしろ、無意識とは言え髪を触られているという事実を、他の六女仙に無言で勝ち誇る始末である。表情に乏しい春のこれでもかという程のどや顔に流石に霞もいらっと来たが、では同じ立場に収まることができるかと言われると様々な意味で無理なので口答えもできない。

 

 既に気心の知れた仲とは言え、元々京太郎は外部の人間の紹介で霧島にやってきた。自分たちの意思で継続してはいるものの、京太郎に対する行為が三尋木からの依頼の一環であることは対外的には今も変わっていない。つまるところ、外部の人間に対して真っ当な施術ができることが、京太郎にひっつく前提条件である。

 

 六女仙に選ばれるくらいである。霞も一通りの術を修めてはいるが、京太郎に施術ができるくらいの腕があるのは六女仙の中では春と巴の二人だけである。性格上、私もやりたいと巴はめったなことでは言いださないだろうから、霧島において京太郎の背中というのは春の専用だった。

 

 ぼんやりと背中を眺めてみる。この背中にひっついたら気持ちよさそうだ……と寝ぼけた思考で霞はそんなことを考えたが、いい加減ただ眺めるだけにも飽きてきた。こほん、と小さく咳払いをして、呼びかける。

 

「京太郎」

 

 名前を呼ぶと、ようやく京太郎は教本から視線を挙げたが、すぐさま教本に視線を落とした。何だお前かという軽い態度に、霞のテンションは一気に沸点を突破した。

 

「貴方はいつから私を無視できるくらいに偉くなったのかしら?」

 

 力を込めて京太郎の肩を掴む。合気道は霧島の巫女の嗜みであり、霞もそれを習得している。流石に運動神経の良い初美や、戦闘専門の巴や湧には適わないが、巫女の中では上手い方に分類される。殿方とは言え京太郎は素人だ。技を使って京太郎を仰向けにし、そのまま関節技でもかけてやるのが良いか……ふつふつとドSな妄想が湧き立つのを止めもせず、京太郎の姿勢を崩し――

 

 崩す前に、京太郎が霞の手を掴んだ。え、と思ったのも一瞬のこと。瞬時に天地が入れ替わり霞の方が床に転がる。転がされた。それを認識するよりも早く、跳ね起きようとした霞だったが、その頃には既に京太郎に身体を押さえつけられていた。

 

 両肩を押さえつけられ、足も動かせない。おかしな力のかけ方をしているのか、身じろぎもできない有様である。いつの間にこんな技を、と混乱する霞を見下ろす京太郎の顔には、優し気な笑みが浮かんでいた。父親が娘にするような表情に、霞の混乱が深まっていく。

 

「お前こそ、いつから俺に技をかけられるくらい強くなったんだ?」

 

 腕から力を抜いて身体をどけると、京太郎はぽんぽんと霞の頭を撫でて縁側に戻った。傍らに置いた教本を手に取り、再び視線を落とし始める。身を起こした霞は、その背中を茫然と見つめていた。訳が解らない。京太郎の態度も、言葉も、そしてそれらを納得しつつある自分の感性にも。

 

 何かがおかしい。それを霞が言葉にし、行動に移すよりも早く、京太郎が動いた。自分の隣を軽く叩いてみせる。ここに座れ、という京太郎の仕草に、霞の身体は考えるよりも先に動いた。そこが自分の定位置であるとばかりに素早く動き、京太郎の隣に収まると、何故だか幸福感に包まれた。横目で見ると、そこに京太郎の顔がある。それの何と幸福なことだろうか。

 

「お前が悪戯するのは昔からだから今さらだけど、お前の方が姉みたいな設定は流石に無理がないか?」

「兄様がいけないんです。霞は悪くありません」

 

 自然に口を突いて出た言葉に、霞は脳内で半狂乱になった。従妹の明星のような、媚びに媚びた声音である。それが自分の出した声とは信じたくなかったが、勝手に動いたとはいえ、それは間違いなく自分の言葉だったし、それを発したのは自分の身体だった。

 

 霞の意思を離れた霞の身体は、京太郎の腕に腕を絡め、肩に頭を載せる。一緒に本を読んでいる、と見せかけて京太郎の匂いを感じ、彼の横顔を見るのが狙いなのだ。

 

「俺、何かしたかな」

「何もしてないのが問題なんです。兄様の婚約者は霞なのに、最近は明星のことばかり構って! あんまり霞を蔑ろにするなら、霞にも考えがあるんですから!」

「じゃあ、その考えを伺おうか」

「…………に、兄様のことを無視します」

「それならその間は、明星とでも遊んでようかな。霞が相手をしてくれないって言ったら、明星も喜んで相手をしてくれるだろ」

「そんな! 兄様は霞のことはどうでも良いって言うんですか!?」

「そんな訳ないだろ」

 

 教本から視線を挙げた京太郎の指が、霞の顎にかかる。少し年上の幼馴染の、真っすぐな視線に霞の頬も熱を帯びていく。何も言えず、その視線を霞が見返していると、京太郎は苦笑を浮かべながら霞の耳元に顔を寄せた。

 

「俺が一番大事なのは、霞だよ。確かに最近、明星のことばっかり構ってたな。寂しい思いをさせてごめん」

 

 囁くような声音に、霞の全身から力が抜けた。京太郎の肩に頭を預け、婚約者と同じように耳元に囁く。

 

「解ってくだされば良いんです。霞は殿方を立てる良い女なんですから」

「俺には勿体ない女だよ」

 

 ぎゅっと抱きしめられると、霞に全身を幸福感が支配した。状況が理解できないなどありえない。今、この状況こそが正しく、霞が最も望んでいたものなのだ。

 

「それで、その、しばらく霞を構ってくれなかったお詫びを、今から頂きたいんですが……」

「このスケベ」

「心外です! 十二になった夜に部屋に押し入られたこと、霞は忘れていませんから!」

「それはかわいすぎる霞が悪い」

「そ、それなら…………その、これから霞が満足するまで可愛がってくださったら、全部まとめて許してさしあげます」

「覚悟しろよ」

 

 まだ日は高く、ここは外にも面している。声を挙げれば人目を引くこともあるだろうが、そんなことは若い二人には関係がなかった。京太郎に押し倒された霞は、これから起こることへの期待に胸を膨らませる。思い人の顔が近づく。霞はそっと目を閉じ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!! っっ!!! っっっ!!!!」

「だ、誰か来てください! 霞姉様が乱心しましぐえっ」

「明星っ! 巴さん! 巴さんっ!!」

「ちょっと何これどうしたの!? はっちゃん、急いではるる呼んできて!」

「巴、これの相手を一人でやるつもりですか!?」

「これでも退魔師だからね! 何とか持たせてみるよ!!」

「姫様はどうします?」

「邪魔だから寝かせておいて!」

 




元旦にアップしようと思うも間に合わず、放っておいたものですがお蔵入りにするのはもったいないなと思いなおしアップしました。

初夢というには大分時間が過ぎてしまいましたが、お楽しみいただけたら幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。