セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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番外編2 中学二年のホワイトデー

 2013年3月14日、ホワイトデー。一月前に頑張った乙女には、それなりに重要な日。清水谷竜華は帰り道をひた走っていた。

 

 怜の話では、京太郎は律儀な男だから、バレンタインのお返しにはその日に届くように毎年贈ってくれるという。基本的には手作りのお菓子という女子力の高いお返しらしいのだが、一ヶ月前に竜華が贈ったのは市販のお菓子でも手作りのお菓子でもなく、手編みのマフラー。

 

 どういう感情が篭っているかはともかくとして、それに格別の手間がかかっていることは誰でも理解はできるだろう。律儀に対応してくれるのなら、それなりに特別な対応があるかもしれない。手作りの物を送ろうと決めた背景には、そういう打算も確かにあった。

 

 ただ、その打算はしっかりと、何を贈るか思いついた後に生まれた。自分が編んだものを身に着けてくれたら嬉しいなぁ、とマフラーを選んだのは実に乙女らしい発想だと思ったのだが、麻雀部の仲間であり、親友の一人であるセーラは竜華の行動に渋面を作った。

 

『それは……重ないか?』

 

 少年のような格好をしているセーラにとって、チョコというのは贈るものではなく貰うものだ。女子高の中にあってもそれは変わらない。むしろ中学の時よりもモテているセーラは、竜華の友達の中では最も男の子に近い感性をしていると言っても過言ではない。

 

 その男の子なセーラの発言に、休み時間もせっせと編み棒を動かしていた竜華の手も鈍った。

 

 駅で大怪我をしそうになった所を助けてくれた京太郎に一目ぼれし、同時に近寄るなと拒絶してしまったのが一年ほど前のことである。長野に住んでいる彼とは当然会うことができず、メールのやりとりも全くしていない。京太郎と最後に言葉を交わしたのは、入学式が最後だ。

 

 一度会っただけ、それも近寄るなと言われた異性から手編みのマフラーが贈られてくるのだ。男の子の側からしたら、確かに重いと思うかもしれない。自分の立場に置き換えてみたら、想像以上に気持ちが悪かった。

 

 重い子と思われたらどうしようという思いは竜華に重くのしかかったが、その時には既にマフラーはほとんど出来上がっていた。我ながら会心の仕上がりで、お蔵入りにさせるには惜しいと思わせるほどだった。このやり取りをセーラとしたのが10日のこと。14日にきっちり届くようにするならば、重い軽いで悩んでいる時間はなかった。

 

 結局、怜にあげるための練習のため、という手紙を添えて14日必着ということで発送した。14日必着と書かれた伝票を見た時の、受付の女性のにやけ面に赤面したのが一ヶ月前。思い出すだけで恥ずかしくなる行動だったが、それもこれもこの日を思えばこそだ。無論、つっけんどんな態度しか取っていない自分に、いかに京太郎が律儀とは言えお返しをくれるとは限らない。

 

 お返しがなかったらショックで寝込んでしまいそうだが、そこは怜が大丈夫だと太鼓判を押してくれた。『私の京太郎はそんなに薄情やないでー』という親友の言葉を信じ、驚異的な持続力でダッシュを維持し、家に着いた竜華はそのままポストを開けた。中身は空である。お返しなし!? とおかしなテンションになりつつ、母親が回収している可能性にすぐに思い至った竜華はそのまま家に飛び込んだ。

 

「あ、竜華? あんたに届けもんが――」

「どこや!?」

「……部屋においといたわよ」

「ありがとー!!」

 

 二階にある自分の部屋までダッシュし、飛び込むように部屋に入った竜華は、勢いを殺しきれずにそのままベッドにダイブした。偶然、竜華の右手が母親が置いたという荷物に触れる。包装紙に包まれた柔らかい感触に、竜華は覚えがあった。それはちょうど一ヶ月前。この部屋でどきどきしながら自分でマフラーを包んだ時に味わったもの。

 

 まさか、と思いながら恐る恐る包みを開ける。中から出てきたのは、淡い色の毛糸で編まれた手袋だった。色合いといい大きさといい、女性用なのは間違いがない。既製品でないのは、編み物をする竜華には良く解った。男の子の仕事だなぁ、と思わせるくらいには聊か拙い編みこみであるが、それでも、丁寧に作ろうと仕事をしたのだということは見て取れた。

 

 手袋を持ち、ほっこりした気持ちでいる竜華の目に、メッセージカードが目に入った。男の子らしい字で曰く、

 

「バレンタインデー、ありがとうございました。怜にあげる物の練習で編んだものですが、良ければ使ってください」

 

 ホワイトデーのお返しに、他の女の名前を出すことに思うことがないではないが、自分と似たような言い回しで返事を書いてくれたことが、竜華には嬉しかった。もらった手袋を抱きしめ、ぱたりとベッドに倒れこむ。

 

 自分は今、相当みっともない顔をしているのだろう。止めようと思っても、顔がにやけるのを止めることができない。やったー、と小さく呟きながらベッドを転がった竜華は、そのままの勢いで床に落ちた。中々痛いが、それでもにやけるのはとめられなかった。

 

 嬉しい。超嬉しい。

 

 きっと沢山返した内の一人なのだろうけれど、そんな自分に手作りのものを贈ってくれたことが、凄く嬉しい。幸せに震える手で、携帯電話に手を伸ばす。誰かにこの気持ちを伝えなければ、幸せすぎておかしくなってしまいそうだった。

 

 コール音を聞くこと、数秒。

 

「りゅーか? 京太郎からお返しはあったかー?」

 

 親友は何でもお見通しだった。まるでお母さんのような声音に、竜華は思いのたけをぶちまけた。

 

「怜! 私はこれで一年は余裕で戦えるで!」

「……どこに行こうとしてるん? まずは落ち着こうなー」

「せやった! あのな、京太郎くんからお返しがきたんよ」

「ほー、うちのとこには恒例の手作りお菓子と何故か手袋がきたんやけど、竜華のところはどないやったん?」

「私のとこにもきたで手袋! あー、もう今日はこれ抱いて寝ることにするわー」

「いかがわしいことに使わんといてなー」

「そんな勿体無いことせーへんよ!」

 

 そりゃあ、ちょっとはそんな考えが頭を過ぎったけれども、と竜華は心中で弁解する。

 

 明日から外で使うことを考えるととてもではないが、怜の言ういかがわしいことには使うことはできない。

 

「そうか。せやったら、次からはお揃いの手袋やな。写真でもとって京太郎に贈ろか。竜華の笑顔の写真とか、京太郎も喜ぶで」

「それは――せやったら嬉しいけど、迷惑やないかな? 京太郎くんにとって私は、幼馴染の態度の悪い友達やと思うんやけど……」

「いやいや、男の子からすると何やったかな……ツンデレ? とか言うて、多少ツンツンしてる方が需要あるらしいで。加えて竜華はおっぱいやから京太郎も嫌とは思わんはずや。もしかしたら、竜華と同じで如何わしいことに使ってしまうかもしれんで」

 

 男の子やからなー、という暢気な怜の声に、竜華は電話を持ったまま真っ赤になる。自分の写真を京太郎が持っている状況、というのも想像したこともなかったが、それをいかがわしいことに使われるというのは、もっと想像したことがなかった。

 

 これが誰とも知らない人間だったら身の毛もよだつ思いがするが、京太郎が相手であると……実に複雑な気持ちである。嬉しいという気持ちは少しだけあるが、恥ずかしいという気持ちの方が強い。でも、

 

「……せやったら、今度セーラにでも写真撮ってもらおか」

「やった。竜華も乗り気やねんな」

「別に如何わしいことに使ってほしいって訳やないで? 写真を持ってて欲しいって私のこの気持ちは、とっても純粋なんよ」

「解っとる、解っとる。そのお礼に京太郎の写真でも寄越せ言うとくから、最新の写真が手に入ったら竜華にも進呈するなー」

「頼むで!」

「でも、あまり期待はせんといてな? 男の子に自撮は中々ハードル高いらしくてな、私も何度かお願いしたんやけど、ほとんど断られてるんよ」

「それでもええよ。手に入ったら、本当によろしくな?」

「OKや。それじゃ、今日はもう切るで。さっきからおかんが呼んでるんや」

「ほんならなー」

 




この後、りゅーかはむちゃくちゃ葛藤しました。むっつりすけべな感じが似合うと思います。
何故か怜はオープンスケベになってることが多い気がしますが……
かおりんとキャップはごめんなさい。

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