戒能良子は考えた。
自分の人生これで良いのかと。
順風満帆な人生ではあると思う。代々神職をする家系に生まれた。霧島神境の滝見本家から嫁いできた母からは、巫女の力を受け継いだ。当代の姫を守護し、補佐する役目を担う『六女仙』は代々霧島の巫女から選ばれるが、外様の巫女にも関わらず良子は候補に上った。
ここ半世紀ではただ一人の快挙であるという。
結局、当代の姫が良子の3つ下ということもあり、より年齢の近い中から六女仙は選ばれることとなりその話は流れてしまったが、候補になったという事実が良子の才能ある巫女という評判を確固たるものとした。
その才能に恥じない努力は続けてきたと自負している。巫女としての力は高まり、依然として六女仙にも引けを取らない力を維持しているが、巫女として一生を終えることがほとんど確定している彼女らと違い、良子はまだ将来のことを決めていなかった。
好きで続けている麻雀でプロになれるか、それが指針の一つにはなるだろう。巫女と同じで才能があると言われてはいるが、まだ明確な結果は残せていなかった。
中学の時の最高成績は個人戦で全国4位。好成績だとは自分でも思うが、結局全国制覇をすることはできなかった。大分上の世代の小鍛治健夜や、少し上の三尋木咏に比べれば見劣りする成績である。女子プロは圧倒的な実力を持つその二人によって牽引されていた。新人はしばらくあの二人と比較され続けることだろう。
神境でバケモノを見慣れている良子にも、あの二人は正真正銘のバケモノに見えた。自分を凡才とは間違っても思わないが、このまま真面目に修行を続けても彼女ら二人に勝てるビジョンがまるで見えないのだ。
だからと言って麻雀をやめたりはしないが……目の前の壁が高すぎるというのも、乗り越える側としては考え物なのだ。
ふぅ、と良子の口から大きな溜息が漏れた。将来のことを考えていたら、何だか疲れた。何というか、癒しが欲しい。
「……どこかに金髪で気配りができて私よりも年下で得意料理が肉じゃがな美少年が落ちてないかな」
それははっきりと良子の本心だったが、冗談と解釈した友人たちはまた妄言を言ってると呆れ果てた。その態度に、良子はカチンときた。
「じゃあなんだい。お前たちは美少年にときめかないのかい」
「ときめくけど、戒能は属性盛りすぎ。いまどき漫画でもそんなパーフェクト美少年出てこないって」
「事実は小説よりも奇なりと言うじゃないか。漫画に出てこないなら、きっと現実に現れる前振りに違いないよ」
良子の物言いに、旧友達は揃って溜息をついた。良子とて、何も本気で信じている訳ではない。そうでも言わないとやっていられない現実があったからだ。
神代本家を中心とする神境系の巫女の一族は、女系一族として有名である。加えて何故か女が生まれる確率が高く、一族の血を引いた男は非常に少ない。よって外部から婿を取ることが多いのだが、婿として入れば弱い立場になるとわかっていて来てくれる男はあまり多くない。結果、親戚同士で見合い結婚なり恋愛結婚をする訳だが、女ばかりの一族では男の数は限られている。
故に、結婚しないまま一生を終える巫女も少なくない。神境の外の巫女である良子は、神境の巫女たちほど境遇は悪くないが、巫女という不思議パワーを持っていることは中学でも何故か広く知られており、高校でもまた同様だった。周囲には同性ばかりで、今まで誰とも付き合ったことはない。
それと中学生的な気性が重なり、こういう彼氏が欲しいという話をすることが多くなった。高校に進学しつるむようになった友達は皆、良子と同じように今まで一度も恋人がいなかった面々ばかりである。皆好みが違っていることもあり、五人集まっても誰一人として共感できる好みを持っている仲間はいなかったが、バラバラな趣味の少女達の中にあってはおそらく、良子の趣味が一番異彩を放っていた。
勿論、冗談ではない。掛け値なし、純度100%の超本気である。
「それにしても、何でショタ?」
「だって、かわいいじゃないか。尽くしてくれる年下の美少年なんて、放っておけないにもほどがある」
「年上の方がいいと思うけどね。甘えられそうだし」
「年下にだってきっと甘えられるよ。そうだな、包容力というのも付け加えておこう。私も多分、甘えたくなる時があるはずだ」
「何かどんどん良子の中の理想がパーフェクト超人になっていくね」
「理想なんだから良いだろう? ふふふ、そんな少年が現れたら、私は一体どうなってしまうんだろう――」
まぁそんなことはあるまいが、と内心で自嘲しながら視線を向けたその先に、その少年はいた。
燻った色のその髪を金色と表現するのは難しいかもしれないが、良子の目にはその髪ははっきりと輝いて見えた。二枚目というには聊か物足りないが、十分に整っている部類に入る顔立ち。身長は自分よりも頭半分は低い。童顔っぷりからおそらく小学生だろうことは解るが、少年らしさの中に男性の影も見え隠れしていた。
友達一同も、その少年に気付く。彼女らは目をぱちくりさせて少年を見ると、次いで良子を見た。彼女らが心配していたのは良子が襲いかかったりしないかということだったが、良子の頭の中にはただ呆然とする以外の選択肢などなかった。良子は呼吸することも忘れて、ただ少年を見つめていた。
「須賀京太郎と言います。滝見千恵さんの紹介で参りました。話は伝わっていると聞いてますが……ご存知ですか?」
声音は低く、そして掠れている。最近声変わりしたばかりなのだろう。低い自分の声に、慣れていない様子だ。子供に似合わない敬語も、板についていた。親の教育が良かったのか、それとも敬語を使う環境に慣れているのか、子供がよくやる余所行きの敬語のような違和感はない。子供にしては物凄く大人びている。中学生、いや、高校生だって彼のように振舞える男子はそういないだろう。頼りがいはありそうだ。弱音を吐いても受け止めてくれそうな包容力が感じられた。
「……得意料理は?」
良子の質問に、少年――京太郎は怪訝な顔をした。
だが、別に聞かれて困るようなことではないと判断したのだろう。んー、としばらく考えてから京太郎が口にした答えは、
「肉じゃがですかね。岩手にいた時、先輩から教わったんですが」
「結婚してく――」
本気の告白は、友人の激しい突っ込みによって阻まれた。小学生の男子を前に取っ組み合いを始める良子に、京太郎はそっと溜息をついた。
女性の部屋には何度か入ったことがある京太郎だったが、記憶の中にあるそれらと比較しても、良子の部屋は明らかに地味だった。
八畳の和室である。中央には正方形のテーブルがある。確認した訳ではないが、これはおそらく裏返すと緑色のラシャが張ってあるアレだろう。奥には押入があり、部屋の隅には文机があった。その上には教科書や麻雀の教本が並んでいる。スペースの割りには本が多いように思えた。文机の上に乗り切らなかった本は、横のカラーボックスの中に納まっていた。その中でも一際京太郎の目を引いたのが――
「英語話せるんですか?」
――カラーボックスの一角を占める英会話のテキストだった。それが学校の教科書ではないと小学生の京太郎にも判断できたのは、それらだけが他の本に比べて明らかに読み込まれてボロくなっていたからである。教科書や麻雀の教本も、ここまで擦り切れてはいない。どれだけ読み込んでいるのかが解るというものだ。
「まだ日常会話ができる程度だけどね」
「それでもかっこいいじゃないですか。でも、どうして?」
「プロになったら海外に行くこともあるだろう。その時、意思疎通ができなくて悔しい思いをするなんて嫌だからね。だからルールとレートの確認ができる程度の英語力は身につけておこうと思ったのさ」
答える良子の顔には笑みが浮かんでいる。『かっこいい』と言われたことが、素直に嬉しいようだ。
「須賀くんも覚えてみるかい? 今は活かし所は少ないと思うけど高校生くらいになれば留学生も増えてくるよ?」
「あー、それは何か面白そうですね」
海外と言われても、生まれてこの方国外に出たことのない京太郎にはピンとこなかったが、留学生とコミュニケーションが取れるというのは、面白いと思った。この国でさえ地方によって麻雀に対する考え方が違う。国が違えばもっと変わるだろう。そういう話を聞くのが京太郎の楽しみだった。英語を覚えるのは大変だろうが、それが麻雀のためになるというなら、やらない理由はなかった。
「この辺りに住んでいるなら、教えてあげるよ。というか、一緒にやろう」
「よろしくお願いします」
「さて、君の性質の話だったね。千恵婆様の話では大分改善したようだけど、鹿児島を離れてからその後はどうだい?」
「落ち着いています。太い運を持った人が相手だと相変わらずですが、普通の人を相手にする分にはそうでもなくなりました」
言葉だけを見れば『勝てるようになった』とも取れるが、京太郎のトップ率はようやく一割を超えた辺り。鹿児島を訪れる以前に比べれば勝てるようにはなったが、一般の基準から言えば、まだまだだった。技術が向上し相対弱運も抑えられるようになったが、なくなった訳ではないし元々細い運が改善された訳でもない。問題は山積していた。
「日常生活を送るには問題はないんだよね。勝負運だけが弱くなるのか……麻雀以外でも同じ感じで運が細くなるのかい?」
「色々試してみましたが、ほとんど全滅でした」
「君はよほどギャンブルの神様に嫌われているんだね。前世でよほど酷い目にあったと見える。でも、それをどうにかしようという精神は気に入った。そしてそれをどうにかするのが私達のような巫女だ。大船に乗ったように、とは言えないけど春と同じくらいに仕事はすると約束しよう」
胸を張る良子の姿は、本当に頼もしく見えた。ほんの少し前、ショタがどうしたとか言いながら同級生と取っ組み合いをしていた人間と同一人物とは思えない。
「ところで、須賀くん。春のことはあだ名で呼んでいるそうだね」
「どこでそれを!?」
「鹿児島の皆が言っていたよ。君は姫様や六女仙の皆と仲が良いけど、特に春は君をあだ名で呼ばせているってね」
からかいの笑みを浮かべる良子に、京太郎はそっと溜息をついた。
呼び合う、ではなく呼ばせる仲なのは、春の方は『京太郎』と普通に呼ぶからだ。不公平な気はしたが、確固たる自分のペースを持っている春に羞恥プレイは効きそうにない。珍妙なあだ名を思いつかれたら事だし、自分で自分のあだ名を考えるなど論外だ。それに春から言い出すのは元より、自分からあだ名で呼べと言い出すのは痛すぎる。女ばかりの神境でそんな噂が広まったら、初美辺りから何を言われるか解ったものではない。
それから、良子の言葉には誤解があった。確かにあの七人と仲が良かったのは事実だが、全員と同じように仲良くしていた訳ではない。無条件に甘やかしてくる小蒔や、基本的に甘い巴、何を考えてるのか良く解らない春に、懐いてくれた年下組は良い。問題は残りの年上二人、初美と霞である。
初美は出会ってから二年経っても身長が全く変わらないちびっ子であるが、年上というポジションを活かして非常にお姉さん風を吹かせてくる。六女仙の巫女は大昔に当代の姫の護衛も兼ねていた慣例から何かしら武術を齧っており、初美はそれを最大限に活かして京太郎に接してきた。春と一緒に身体を見てくれたため、接する機会も多かったことも一因だろう。鹿児島にいる間に一通りの関節技をかけられた自信がある。
霞は初美と同じ年というのが信じられないほどに大人びていた。物腰も穏やかで胸も大きく見た目だけで言えば京太郎の理想を体現したような女性だったのだが……優しくなかった訳ではないが、厳しい人というのが京太郎のイメージだった。何事にも妥協を許さず、春の治療の一環で巫女の修行に付き合った時は、できるようになるまで何度でもやらされた。麻雀のためと割り切っていた京太郎でもその厳しさにはくじけそうになったが、きちんと最後まで遣り通した時はよく頑張りましたね、とちゃんと褒めてくれる。 男が抱く『お姉さん』というもののイメージの、良い面も悪い面も両方持った、京太郎にとっては頭のアガらない年上の第二位が霞だった。
「霞と初美は昔から弟が欲しいと言っていたからね。君みたいな友達ができて嬉しかったんだろう」
「俺も一人っ子ですから、姉ができたみたいで楽しくはありました」
辛い思いもしたが、それを補って余りあるほどの良い思い出があった。流石に九州は遠く、毎年足を運ぶという訳にはいかなかったが、今でも連絡は取り続けていた。電子機器がイマイチ苦手な小蒔に配慮してか七人全員に紙の手紙を出しているが――これも霞の指示だ――携帯電話を持っている年下組と春にはそれとは別にメールでやりとりしている。配慮するならメールのやりとりもNGな気がするが、それとこれとは別らしい。女というのはよくわからないと思う京太郎だった。
「春たちとも麻雀を?」
「神境に足を運んだ時は、毎回やりました」
「なら、姫様や霞とも打ったんだね。君のような性質を持っていたら、苦労しただろう」
「特に姫様はキツかったですね。気絶するかと思いました」
運が良い相手と相対した時ほど、相対的に京太郎の運は弱くなる。一番強い神を降ろした時の小蒔の勝負運はまさに人外のもので、運を放出しすぎた京太郎は眩暈の中で麻雀を打った。当たり前のように負け、勝負が終わると同時に意識を失ったが、世の中上には上がいるのだと身体で学ぶことができたのは良い経験と言えるだろう。
「なら、私とも一局やってもらおうかな」
良子は部屋の隅から牌のセットを持ってくると、テーブルの板をひっくり返す。お馴染みの緑色のラシャの上に牌がぶちまけられる。理牌すると、良子は流れるような手つきで牌を四山積み上げた。京太郎が良子の正面に座った時には既にサイコロが振られ、山に切れ目が入れられていた。起家マークは良子の方にある。あちらが親で、京太郎が子だ。
「ノーレート、アリアリ、役満の重複、ダブル役満アリ。ローカル役は……まぁ、全部アリで良いかな。出てから考えよう」
「良子さん、麻雀強いんですか?」
「姫様よりもと問われたら答えは否だけど、春よりと聞かれたら是かな。これでも中学では全国大会に出たんだよ。君は知らないだろうけど」
「すいません、勉強不足で」
咏の指示でプロや高校生の牌譜を研究するようになったが、中学生まではノーマークだった。全国へ出場したというのなら相当な実力者だろう。それを知らないというのは、麻雀好きを自認する京太郎にとって恥ずかしいことだった。
そんな京太郎を、良子は笑って許した。
「別に、これから知ってくれれば良いよ。それからこれは君の性質を知るためのものだから、気楽にやってくれて良いよ」
「お気遣いありがとうございます」
負けても気にするな、という年上らしい配慮に感謝しながら、京太郎は配牌を開ける。
その瞬間、いつもの感覚が京太郎を襲った。強運を持った相手に特有の現象。それが良子を相手にも起こったのである。
確かに春よりもずっと太い運を持っている。自分で言っていた通り流石に神様を降ろした時の小蒔や霞ほどではないが、運量だけならば初美と良い勝負をするだろう。六女仙と良い勝負ができるという時点で、相当な運量である。これで実力が伴えば、そりゃあ全国でも良いところにいけるだろう。
こんな実力者とやって大丈夫だろうかと、今更ながらに緊張してくる。
恥ずかしい麻雀は打てない。気楽にやっても良いという言葉に感謝しつつも、京太郎は全神経を研ぎ澄ませた。せめて恥ずかしい麻雀は打つまいと、京太郎は第一打を切り出した。
「ツモ。2000、4000で終了じゃな」
オーラス。まこのツモで半荘は終了した。結果、まこが一位、和が二位、京太郎が三位で優希がラスとなった。
今回もラスと覚悟していた京太郎には、優希のラスが意外だった。前半は凄まじいまでに強運を引き寄せるのに、南場までそれが続かないばかりか、東場が終わった途端に集中力まで切れるのである。捨牌を見て解るくらいのボンミスを連発したり、見え見えのテンパイにも突っ込む。減らさなくても良い点棒を減らした結果、ヒキの弱い京太郎よりも点棒を減らしたのだった。
東場で吹くだけに、これは非常に勿体無い。南場でオリ打ちに徹するだけで勝率はかなりの物になるだろう。今回の放銃だって、オリを意識していたら防げていた程度のものだ。
そんな優希に、京太郎は大いに感性を刺激されていた。今まで出会った才能ある打ち手は、自分の特性を把握しそれを活かすように打ちまわしていた。優希も東場で吹くという自分の特性を理解してはいるのだろうが、そこに全てを費やしすぎて南場まで配慮ができていない。東風戦ならば良いだろうが、競技麻雀の多くは東南戦だ。東風で吹く優希は典型的な先行逃げ切りタイプである。これで勝ちきるには吹いている東場の内に誰かを飛ばすか、前半のリードを最後まで守りきるしかない。
負けて悔しそうにしている優希を見て、鍛え甲斐のある逸材だと思った。自分の特性を活かしきれていない打ち手と出会ったのは、生まれて初めてである。
「須賀、お前バイトとかしとるか?」
「いえ、特にそんなことはありませんが」
「なら放課後うちでバイトせんか? お前には打ち子の才能がある。うちの雀荘はノーレートじゃけ負け分の心配はせんでもええし、お前ならすぐにおっさん達のアイドルになれると思うんじゃが」
「ここまで心に響かない誘い文句ってのも凄いですね。いや、評価してくれるのは嬉しいんですが」
数をこなすことのできる雀荘は、修行の環境としては申し分ない。さらにノーレートで、知り合いの紹介というなら財布にも優しい。嬉しい誘いだったが、今ここで飛びつく訳にはいかなかった。部の面々は咲の言う『怖い人』ではなさそうな以上、咲の入部は決定的だ。雀荘でバイトするようになったらその面倒を見ることができなくなる。せめて一人でも大丈夫と確信が持てるまでは、傍を離れる訳にはいかなかった。
「そうか……まぁ、気が向いたら、いつでも言い」
「ありがとうございます」
まこの誘いを丁寧に断ってから京太郎は背もたれに背を預けて、大きく溜息をついた。
部員の実力は大雑把にではあるが、把握した。優希に若干危うさを感じるものの、全員実力は申し分ない。これに咲が加われば十分に全国は狙えるだろう。問題はおそらく決勝で戦うことになるであろう衣たちであるが、戦うまでに時間はまだ十分にある。全員で強くなれば、衣たちにだって勝てるはずだ。
「それじゃあ、次は牌を引いて打つ人を決めましょうか」
久が卓上の手を伸ばし東西南北と白を一枚ずつ引く。それを裏返して、シャッフルした。白を引いた人間が抜ける、というのはすぐにわかった。同時に抜けるのが自分であることも経験から予測する。
「場決めするだけなのに、随分楽しそうですね、部長」
「今までは誰が抜けるかを決める必要すらなかったもの。部員が増えて嬉しいの。これからも仲良くしてね須賀くん。あと、友達がいたらよろしく」
「入るかどうか迷ってる奴がいますので、背中押してそのうちつれてきますよ」
「助かるわ。ほんと、今年は幸先が良いわね。去年の今頃なんて、私とまこの二人だけだったのに」
牌に手を伸ばす久は嬉しそうだ。ついでまこ、和、優希が手を伸ばす。京太郎に用意されたのは、最後に残された一枚だった。
「それじゃあいくわよ。せーの!」
一斉に牌を捲る。風牌を引いた四人に見せ付けるように、京太郎は自分で引いた白の牌をひらひらと振って見せた。
「俺が抜け番ですね。勉強させていただきます」
「誰の後ろにいても良いわよ」
「それなら――」
久の許可を得た京太郎は、先ほどまで久の使っていた椅子を和と久の間に移動させた。まこの麻雀にも正直惹かれるものがあったが、全中覇者の和とトリッキーなうち回しをする久の麻雀に、酷く興味を惹かれたのだ。
「三尋木プロと戒能プロに師事してた人に見られるのも、緊張するわね」
「あの二人が凄いだけで、俺なんて大したことはありませんよ」
「そんなことないと思うけど。読みの鋭さだけなら、全国でも通用するんじゃない?」
「今の言葉だけで答えが出てますよ。読みだけ鋭くても麻雀は勝てません」
自嘲気味の言葉を、軽い口調で口にする。勝てないことを気にしても、引きずりはしない。読みが鋭いことを褒めてもらえたと、好意的に解釈する。勝てない、ヒキが弱いのは事実である。それを気にしていたところで強くはなれない。自分だけの武器、自分だけの長所、それを活かすことで京太郎の勝率はじわじわと上がり続けている。このまま続ければいつか、という希望は、自分の不運を確信している京太郎でも、まだ捨ててはいなかった。こんな自分に協力してくれた人たちに報いるためにも、いつか胸を張れる勝利を掴み取りたい。
「私の麻雀を見ても面白くないと思いますよ?」
「そう言うなら目一杯勉強させてもらうな。楽しみにしてるぞ、全中チャンプ」
「もう……」
呆れた顔で卓に視線を戻す和の手先を見逃さないように、椅子の位置を調整する。久が和の上家というのも、見所の一つだった。デジタル派の和に久がどういううち回しをするのか。今後、和のようなタイプを相手にする時のために参考にしておきたい。どういううち回しをするかを見るということは、いずれ戦う時にどう対処するのかを考えることでもある。自分でも聊か姑息だと思うが、勝率を少しでもあげるためには必要なことだった。
僅かな動きも見逃さないように、意識を集中する。京太郎の視界には、『麻雀』しかなかった。
『もしもし、京ちゃん?』
『咲か。今大丈夫か?』
『うん、大丈夫だよ。それよりお疲れ様。麻雀部、私のために行って来てくれて』
『俺の趣味みたいなもんだから、気にすんな。部の人たちは良い人っぽかったぞ。一年も二人いたし、お前もやりやすいと思う』
『良かったぁ。私も、明日行ってみようと思うんだけど、京ちゃんも一緒に行ってくれる?』
『当たり前だろ。お前一人にしたら、できる友達もできなそうだしな』
『私そこまで子供じゃないよぉ……』
『どうかな。明日は放課後に、お前の教室まで迎えに行くから、勝手に外に出て迷子になるなよ』
『うん。ごめんね。いつもありがとう京ちゃん』
『気にするなよ。じゃあ、今日はもう遅いから切るな。おやすみ、咲』
『おやすみ、京ちゃん』
電話をきった後に大好きとかぼそっと言って恥ずかしくなってベッドの上をごろごろ転がって、ベッドから落ちる咲さんとかいますが無害です。
そんなこんなで小学生回想編終了になります。
次回から中学生回想編となります。長野のヒロインを中心に動きますが、夏休みなど長期休みの時には今までのヒロインとか登場しますのでご期待ください。