セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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66 中学生三年 臨海女子 ネリー来日編①

 

 

 

 

 

 臨海女子学園。

 

 高校麻雀において全国レベルの強豪校として知られる、東東京の名門校である。麻雀に限らず留学生を多用することで知られており、在学生の実に一割強が留学生の学校だ。一割そこそこと聞くと少ないと思うかもしれないが、30人のクラスに最低3人の外国人がいるという状況が全学年全クラスに適用されると考えると、如何に留学生の割合が多いのか理解できる。

 

 石を投げれば留学生に当たりそうな環境の中、麻雀部は更に留学生の割合が多いことで内外に知られていた。五人のレギュラー全員を留学生で固める方針は主に外部から批判を受けまくっており、ついに来年度から『先鋒は日本国籍を持つ学生に限る』というルールが追加されてしまったが、それでも監督であるアレクサンドラ・ヴィントハイムは『先鋒だけで良かったじゃない』と前向きだ。

 

 海外から選手を呼び込む時ももちろんだが、海外リーグへ送り込む時の仲介役も担っている彼女は日本の麻雀界でも存在感がある。指導者としての評判は並の一流程度だがその分超一流の『目利き』として知られており、スカウティングの手腕は全世界でもトップクラスと言われている。

 

 彼女が集めたワールドワイドな臨海の選手は批判こそあるものの見る者を飽きさせず、興行として日本の麻雀界に大きく貢献していた。基本一年で全ての選手が入れ替わるが、アメリカからの留学生メガン・ダヴァンが去年に続き続投するため、レギュラーの新顔は三人となっている。

 

 留学生たちの実力が伯仲している場合、IH予選の直前までレギュラーは不確定になることが多いのだが、今年はまだ年度が変わってもいないのに5人のレギュラーは確定の見通しである。続投するメガン・ダヴァン。『風神(ヴァントゥール)』雀明華。麻将で鳴らした郝慧宇。そしてレギュレーション変更により先鋒となる辻垣内智葉――

 

 最後の一人を紹介したい。そんな話を持ちかけられたのが三月も終わりを迎えた頃のこと。二つ返事で長野から東京へと足を運んだ京太郎は現在、臨海女子の正門前で一人佇んでいた。女子高の前で男子が一人というのも、男子としては怪しい状況に思えるが、正門にいる警備員のおじさんたちからは温かい視線を向けられている。

 

『バブルの時に比べたら歩いて来てるだけ君はかわいいものだよ……』

 

 バブルの時は酷かったらしい。歩いて来てるのも車を持てる年齢でないためで、持っていたら車で来たかもしれないが、現住所が長野であることを考えると東京まで車で来たりはしない気もする。高校を卒業したらどうなるかは解らないものの、それも三年は後のことだ。しばらくは東京まで電車の見通しである。おじさんたちには嫌われずに済むだろう。

 

 時計を見る。待ち合わせは午後一時のはずだが、既に五分過ぎていた。待ち合わせは相手の指定した場所。しかも待ち合わせの相手は敷地内にある学生寮に住んでいるため、家の前で待っているようなものである。それで既に五分遅刻しているのだから、何かあったのかと不安になるのも仕方のないことではあった。

 

 連絡を取ってみようかとスマホを取りだしてみるものの、指を動かそうとして寸前で止める。さっさと来いと催促しているように思われはしまいか。遅刻されているのだから催促しても許されるとは思わないでもないが、女性相手にそれは抵抗がある。長年の教育で女性は敬うものという考えが染みついている京太郎だ。悪友気質の淡やシズであればその限りではないが、知り合って間もないと言える彼女らに催促するのは抵抗があった。

 

 まぁ、相手を待つのもまた楽しだ。壁に寄りかかり、教本でも読もうかと鞄から文庫本を取りだそうとした矢先遠くに聞き覚えのある声が聞こえた。まだ距離があるのに、言いあい――厳密には聞こえてきているのは一人の声なので言い合いという程ではないのかもしれないが、それが広東語訛りの英語だったことで、京太郎は待ち人が来たことを理解した。

 

 とことこ移動して、警備員のおじさんたちに挨拶する。遠くから走ってくるのはやはり待ち人たちだった。知らない顔が一人いるが、その少女がもう一人の留学生なのだろう。聞いた話では同級生らしいが、シズと同じくらいに小柄でおもちも小さい。やはりユキは特殊だったんだな……とすこしおもちの美少女と、中々おもちのフランス美少女を見る。

 

『すいません京太郎。遅れました!』

「いやいや。あー」『俺も今来たところだから気にするなよ』

 

 実際には30分も待っていたがおくびにもださない。待ちぼうけを食ったことが明るみになったところで誰も得をしないからだ。それを素直に信じられる性格であれば苦労はしなかったのだろうが、中々の時間待っていたことは京太郎や警備員のおじさんたちの態度を見れば明らかだった。

 

 待ち合わせの時間に遅れることを尊ぶ国は世界中探しても存在しない。極めて常識的な感性をしていると自認している少女――香港からの特待生、郝慧宇は顔を真っ赤にして恥じ入った。

 

《これなら後五分は寝れたかもしれませんねー》

 

 くぁ、と小さく欠伸をしながらフランス語でぼやく遅刻の原因(チームメイト)――フランスからの特待生、雀明華の後ろ頭を叩く。それでもまだ寝ぼけ眼の明華の腕を引きながら、慧宇は大きく大きく溜息を吐いた。

 

『積もる話と行きたい所ですが、場所を変えましょう。近くに良い店がある……らしいのですが場所は明華しか知りません。まずは明華を話ができるようにしてもらえませんか? 簡単な話さえ、申し訳ありませんがそれからです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行き先を唯一知っている明華が寝ぼけているという危機的状況だったものの、寝坊助も五分手を引いて歩いたら正気を取り戻した。正気を取り戻した明華が当たり前のように腕を組んでくるというハプニングはあったが、それは鋼の意思でスルーする。

 

 思っていた以上に京太郎の反応が薄いことは明華にとっては大いに不満だったが、近くで顔を見ていると冷静を装っているだけで内心では慌てているのが見て取れた。それを見なかったことにしてあげるのも、女の仕事である。自分は彼の理性を崩すに足る魅力があるのだと確信が持てた明華は、これについてはそれ以上何も言わなかった。

 

「世界ランキングに入った時に、交流を広げる機会が沢山ありまして。ここもその一つなんです」

 

 明華が案内したのはハイソな感じの麻雀店だった。いかに名門校の臨海女子と言えど未成年が足を踏み入れるには躊躇いを憶える程度に高級感が漂っている。何かと金持ちの知り合いが多い京太郎だが、精々中の上の家庭出身である。何も知らなければ躊躇いを覚えたかもしれないが、生憎このハイソな店には見覚えがあった。

 

 淡を懲らしめるために咏にセッティングを頼んだ時に使った店である。自分一人で来るような店ではないからよく記憶に残っていた。

 

「お待ちしておりました。雀明華様。臨海女子の皆さまも」

「お久しぶりです」

 

 店長の挨拶に、明華は笑顔で答える。店長は順番に明華の連れに視線を向けた。最初が慧宇、次がロリで最後が京太郎だったが、京太郎を見た店長の眉がわずかに上がった。顔を憶えられている。それを見て取った京太郎は少しだけ苦笑を浮かべた。

 

 それで店長は事情を察してくれた。客側の細かな事情に首を突っ込まないのは客商売の基本である。京太郎は心中で店長に感謝しながら、明華の先導に従って歩き出した。使用する部屋もあの時と同じなのは、一体何の因果だろうか。

 

「ここなら人目がありませんから、好き放題できますね」

「あまり羽目を外されても困りますが、会えて嬉しいですよ」

 

 臨海女子の正門前であった時には寝ぼけ眼だったが、今の明華ははっきりとした物言いである。フランス人らしく魅力的に微笑んで、明華は京太郎に向けて両腕を広げた。何をしてほしいのかは解るが……それを実行するには観客が多すぎる気もする。完全に二人きりであったとしても何か別の言い訳を探していただろう。要するにチキンなのだ。春や桃子にはそれで文句を言われたこともある。

 

 こういう時の対処方は、自分の羞恥心を曲げない程度に付き合うことだ。明華の性格を考えると何かあるまで一歩も後には引かないことは想像に難くない。重ねて言うが観客もいる。笑って済ませてくれそうな明華本人よりもそちら二人がエキサイトする方が、京太郎にとってはよほど不味い。

 

 おもち少女とのハグに『やったぜ!』と興奮気味の内心を顔に出さないようにしながらも、明華の要望に応えて彼女を抱きしめた。おもちの感触から必死に意識を逸らしていると、左、そして右に軽い口づけの感触があった。

 

「挨拶ですよ」

 

 悪戯っぽく、明華が笑っている。差し出された頬に、京太郎は諦めて軽く口づけをした。左、右と続けると最後に明華は京太郎をぎゅっと抱きしめて解放した。スカートを翻しながらその場で回る。機嫌が良さそうな明華と対象的に慧宇は聊かご機嫌斜めである。真面目そうな彼女は明華の感性とは相いれない所があるらしい。それでも仲が悪いという訳ではない。明華からも慧宇からもお互いの話は聞く。人種国籍の違いはあっても同じ学校で同じことに打ち込む者同士、信頼はしてるし好いてもいる。

 

 ただ、それは相手の全てを肯定できるということではない。明華の奔放な所を好ましく思うこともあるが、それと同じくらい鬱陶しく思うこともある。それが慧宇の顔にははっきりと出ていた。どうやって宥めたものかと考えていると、口を開いたのはご機嫌の明華である。

 

「ハグとかどうですか?」

「しませんよ!」

 

 まったく……とぼやいた慧宇はこほん、と咳払い。努めてにこやかに微笑んで京太郎に手を差し出した。

 

「改めて、お久しぶりです。直接お会いするのは、IH以来ですね」

「流石に国境をまたぐとな……あんまり離れてたって気はしないけど」

 

 全国に友人のいる京太郎はその辺の女子よりもよほどコミュニケーションツールに精通している。デジタルからアナログまで何でもござれだ。明華や慧宇は特に顔を見ながら会話することを好んだため、主にビデオチャットで交流していた。個々で話したこともあるし、三人で一度に話したこともある。離れてた気がしないというのは、何だかんだで顔を合わせていたためだ。

 

「おかげで広東語もフランス語もそれなりに上達したぜ?」

【実は私は貴方のことを愛していますよ? それこそ、そのために日本人になっても良いくらいに】

「…………もう少しゆっくり喋ってくれるとありがたいな」

「まだまだなようですね」

 

 苦笑を浮かべた慧宇は、京太郎に最後の一人を示した。臨海女子の正門前で顔を合わせて以来、一言も喋っていないエキゾチックロリは京太郎の前に来ても表情を動かさないでいる。不機嫌と無関心の中間のような表情だ、少なくとも好意を持たれているような感じはしなかった。

 

 それでもこの場に留まったままなのは、そうしなければならない事情があるからだろう。自分に全く関係ない力が作用してると考えるよりは、共通の知人が絡んでいるという方が筋は通る。共通の知人として候補に上がるのは四人で、その内二人はこの場にいる。残りの二人はどうしても外せない用事があるとかで今日は来れていないが、眼前のエキゾチックロリのことをよろしくと言っていた。

 

 ひざをつき、少女と目線を合わせる。アズライトのような濃い青色の瞳が、京太郎をまっすぐ見返してきた。自分の強さを全く疑っていない不遜な雰囲気はいかにも臨海の留学生という気はする。明華もハオもこの年で異国の地を踏もうという考えができるだけあって自分に強い自信を持っているように見えるが、このロリはその雰囲気がとびっきり強い。

 

 一人の麻雀好きとして、京太郎はこのロリのことが好きになりかけていた。このロリはきっと面白い麻雀をするのだろうし、強いのだろう。見た目から雰囲気から、それが良く解る。

 

『俺は須賀京太郎。名前を聞いても?』

『ネリー・ヴィルサラーゼ。ネリーで良いよ。ヴィルサラーゼは長いでしょ?』

『よろしくネリー。俺のことも京太郎って呼んでくれ』

「オッケー、京太郎。サトハもメグもミョンファもハオも、皆お前のことをネリーに勧めるから会うことにしたんだよね。だから少なからず期待してるんだけど……がっかりさせないでよ? もしハシにもボーにも引っかからないような人間だったら、へそでお茶でも沸かせてもらうからね」

 

 


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