セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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64 中学生三年 六人の麻雀部編③

 

 

 長野に腰を落ち着けるまでの間に出会った中で、親戚以外で最も付き合いが長いのは誰かと言われれば、それは最初の幼馴染である園城寺怜であるのだが、では最も顔を合わせているのは誰かという問いには、小瀬川白望と答えなければならない。

 

 白望は決して積極的に友達付き合いをする方ではないし電話もメールもそれ程ではないのだが、母親同士がとても仲良しで出会った頃からずっと家族ぐるみの付き合いを続けている。長期の休みの時には必ずどちらかの家族がどちらかの家に一泊か二泊程度の日程で泊まりに行く。

 

 京太郎が岩手に行く時は塞や胡桃も遊びにきてくれるのだが、岩手から京太郎の家に来る時にはその限りではない。出会った時期は変わらないのに、白望の名前だけ挙がって塞や胡桃の名前が出ないのはこのためである。

 

 しかも親同士は子供同士をくっつけたいと思っているらしく、いつかの小旅行のようにあの手この手を使って京太郎と白望を二人きりにしてきた。今日も小瀬川家に泊まるのだが、シロの手を引いて向かうまでの道のりでさえ嫌な予感が止まらなかった。

 

 道の先に待っているのは決して悪いことではないはずなのだが、ロクでもないことになりそうな微妙な予感がひしひしとするのだ。

 

 良い予感とも悪い予感ともつかない感覚であるが、シロと一緒にいると大抵こういう奇妙なことに見舞われる。それでも最終的な収支が+に落ち着く辺り、シロの持つ歪んだ幸運の恩恵を受けているのかと思わないでもない。

 

 自分の家に向かう道のりだというのに、シロは京太郎が手を引かないと足を動かそうともしなかった。何がここまで彼女を堕落させたのだろう。シロと顔を合わせる度に京太郎が考えることであるが、昔馴染みの二人は京太郎がそれを口にすると決まって『京太郎のせいだよ』と言うのである。自分はただお世話をしているだけなのに解せない話である。

 

「あら京太郎くん、久しぶり。ついに白望ちゃんをお嫁さんにする決心がついたのかしら?」

「お久しぶりです。いやぁ。まだ中学生なんで気が早いですよ」

 

 ははは、と適当に笑顔を浮かべてやり過ごすが、近所のおばちゃんの姿が見えなくなってから京太郎は小さく溜息を吐いた。仕込みのようなタイミングでおばちゃんが現れるのは何故だろう。小瀬川家の周辺では既に掘が埋まりきっているのだろうか。やはりとっても微妙な予感がする。

 

 小瀬川家に行かずにホテルにでも泊まるかと考えるが、小瀬川家に泊まることを前提に行動しているため咲たちに買うおみやげ分くらいしか財布に余分な金は入っていない。仮に余分な金があったとしても、泊まるのが小瀬川家からホテルに変わるだけで白望が後をついてくることに変わりはない。家に泊まるか二人でホテルに泊まるか。どちらが退路を塞がれている感じがするかは、考えるまでもないだろう。

 

 何より小瀬川家に顔を出さなかったら、母親が文句を言ってくるに違いない。どれだけ気が進まなくても、泊まるのは小瀬川家以外にありえないのだった。

 

 微妙に陰鬱な気分で小瀬川家の前に立つと、京太郎はあることに気づいた。照明がついておらず、人の気配がまるでしないのである。どう見ても無人だ。白望を見ると、彼女はガラス玉のように澄んだ目を向けて当たり前のように言った。

 

「母さんと父さんは今朝長野に行った。聞いてない?」

「全く。そうですか。それじゃあ今日は二人だけなんですね」

「そうなるね。ダルいけど夕飯の準備くらいは私がするよ。京太郎はお客様だからゆっくりしてて」

「流石にそれは……材料が買ってあるなら一緒に作りませんか?」

「……実はそう言ってくれるのを待ってたよ。一緒に作ろう。その方がダルくないし」

 

 入ってと、白望に促されて小瀬川家に入る。色々考える所はあるが、馴染みのある家だ。外でうろうろするよりは気が休まると息を吐いて気を抜いていると、背後で三度音が聞こえる。

 

 がちゃり。がちゃり。がちり。

 

 二つあるカギを両方ともかけ、その上ご丁寧にチェーンまでかけていた。防犯意識のしっかりとしたことである。やりすぎのような気がしないでもないが、年頃の女性が一人と考えたらこんなものだろう。荷物をリビングに置き、早速台所に。勝手知ったる小瀬川家である。冷蔵庫の中にある材料を確認した京太郎は思ったことをそのまま口にした。

 

「どうみてもカレーを作れと言われているように見えるんですが」

「母さん。京太郎の作ったカレーが食べたいんだって」

 

 それでこんなに材料があるのか、と京太郎は納得した。白望と二人分にしては明らかに多かったのだ。これを全て使う前提でカレーを作るとなると、それなりに手間が増える。そもそもカレーであるし、京太郎からすれば二人前だろうが四人前だろうが大して手間は変わらないのだが、白望もそうだとは限らない。

 

 視線で確認すると、白望はノロノロとカレー作りの準備を始めていた。京太郎は私服だが、部活で学校に行っていた白望は制服である。制服の上にエプロンを着る白望を見て、そこはかとない幸せな気分になりつつ、京太郎も来客用のエプロンを付け、準備を始める。

 

 料理の定番であるカレーだが、同時に奥深い料理でもある。ご家庭によって具が大きく異なることから、カレー一つで論争が起きることもしばしばだ。幸いなことに須賀家と小瀬川家のカレーは具がほとんど一緒である。何しろ岩手に住んでいた時、京太郎が作ったカレーがその後の小瀬川家のカレーのベースになっているからだ。

 

 その後細かなバージョンアップはあったかもしれないが、冷蔵庫の中の材料を見るにそこまで大きな変化はないと確信できる。そもそも、希望がカレーを作ってくれと頼んできたのだから、今さらカレーの具やら味やらで受けを取れないということはないだろう。

 

 白望とカレーを作るのも今回が初めてではない。岩手にいた頃から母親同士は仲が良かったため、夕食はよく一緒になった。最初に一緒に作った料理もカレーだった気がする。その時から、役割分担は今も変わっていない。白望は極力動かなくてもすむ野菜の皮むきなどを担当し、京太郎はそれ以外だ。

 

 自分の分担する作業が終わったと判断したら、白望は椅子を持ってきて京太郎を眺めながらぼーっとする。何もしないなら食卓まで離れれば良いのにと思うのだが、料理をする京太郎の背中を眺めるのが面白いとのことで、これは小学生の時からの白望の習慣でもあった。

 

 女性に背中を眺められるのは男として気恥ずかしい。できればやめてほしいというのが京太郎の本音だったが、男だって例えば、制服の上にエプロンをつけて俯きながら野菜の皮むきをする二つ年上のダルダル言う女性の、真っ白い項にどきどきしたりするのだ。背中をぼーっと眺められる程度なら、むしろお釣りがくるくらいである。

 

 そんな白望に見守られて作ったカレーは、近年作った中でも最高の出来栄えだった。これなら希望も満足してくれるだろう。当然、白望にも好評だった。淡のように美味しい美味しいとにこにこしながら食べてくれる訳ではないが、もそもそ無言で食事をするのは白望の場合美味しいと思っている証拠である。

 

 小動物のような白望を眺めながらの夕食を終えて、食後のコーヒーで一息を入れると、京太郎と白望の間に沈黙が降りた。この後の予定は決まっている。二人の間で特にこれをしようという取り決めはないから、風呂に入って寝るだけだ。

 

 風呂に入って寝るだけである。意識してしまうと、京太郎の背中からだらだらと冷や汗が流れ始める。

 

 テーブルに頬杖をつきながら、白望はじっと京太郎を見つめていた。何をしよう、何をしろとは絶対に言わないのだろう。京太郎がどういう反応をするのか待ちつつ、その後の行動を無言で指定しているように見える。ダルがる白望は基本的に欲望に忠実で、してほしいことがあれば口にするタイプであるが、だからこそこういう無言のプレッシャーをかけてくる時、その本気度が伺える。

 

 お風呂の世話をしなさいと、ガラス玉のような瞳は言っている。それを拒否することは勿論できる。京太郎がNOと言えば、白望は普通に受け入れてくれるだろう。その後に尾を引かないことも確信が持てる。

 

 しかし、京太郎が女性の願い事を拒否することに精神的に抵抗があることを、彼にお願いすることの多い白望は良く理解していた。言葉にして直接お願いするのも勿論効果があるのだが、自分が何を望んでいるのかを理解させた上で、自由意思に委ねるという形を取る方が遥かに効果があるのである。

 

 無論のこと、それでも確実にお願いが叶えられるということはない。白望の経験ではこの方法を使う時の成功率は精々五割。京太郎に対するものとしてはありえないくらいに低い数値であるが、そもそもこの方法を取る時は京太郎にとっても無理難題をふっかける時であるため、五割でも高い方だと思っている。

 

 岩手にいた頃は恥ずかしがりながらもやってくれたお風呂のお世話も、小学校高学年くらいから渋るようになった。白望が高校生になってからはまだ一度しか成功していない。

 

 胸やら尻やら項やらに熱心に視線を注いでいることに、白望ははっきりと気づいていた。特に胸がお気に召しているようで、その辺りの趣味は昔から変わっていないようである。わざと大きく動いて身体の向きを変えてやると面白いように視線が吸い付いてくるのだ。

 

 ちなみにこれは部室にいる時から出ていた。付き合いの浅いエイスリンと豊音は気づいていないようだったが、塞や胡桃は当然のように気づいており、むしろ京太郎の視線を誘導して遊んでいたくらいである。塞の場合は腰から尻にかけてのラインが。胡桃は足がお気に入りらしい。特に胡桃は自分が京太郎の容姿の好みから外れていることを自覚しているため、自分にも視線を引けるポイントがあるのだと知ってからは積極的にそうしている。

 

「ダルいけど背中くらいは流してあげても良いよ」

「…………」

「何なら膝の上に座ってあげるけど」

「……………………」

 

 京太郎の苦悶する顔を見て、後二押しくらいで落ちるなと白望は確信したが、一気呵成に攻めるべきここで手持ちのカードが全て尽きてしまった。

 

 ここで最終手段を使えば落とせるのだが、最終手段はあくまで最終手段であるために使うことはできない。小学生の頃の京太郎ならばここで落ちていただろうが、元から自制心の高かった彼ももうすぐ高校生だ。弟分の精神的な成長に嬉しいような悔しいようなである。

 

 名残惜しくはあるが、自分を十分に意識している京太郎を見れただけで白望は満足していた。そういう所があるから勝てないのだと母親にはよく言われるが、性分なのだから仕方がない。

 

「このくらいで許してあげる」

「いいんですか?」

「そういうこと聞いちゃう? 私は別に背中流して膝に座っても全然構わないんだけど」

「普通でお願いします」

「よろしい。じゃあ京太郎から先に入ってきて良いよ」

「シロさんよりも先に行く訳には……」

「前にも言ったけど、私が先に入ったら誰が私のお世話をするの?」

 

 貴女のお世話をしてから入りますよ、と答えようとした京太郎だったが、お世話をされてから間を開けずに寝室に行きたいというのが白望の本音なのだろうと察する。一人で先に寝室に行った所で京太郎は責めたりはしないのだが、妙に連帯感が強いのが岩手の幼馴染三人の特徴である。連帯感が強いはずの白望も平然と一人で抜け駆けしたりもするがそれはそれだ。

 

 悶々としながらも勝手知ったる小瀬川さんちの風呂場に入る。そういえばおもちがテーブルに乗っていたなと考えると色々と角が勃ちそうで困る。煩悩退散と頭から冷水をかぶり――流石に身体が冷えてきたので、もう一度お湯をかぶってから風呂場を出る。

 

 風呂場に入った時と同じように、白望はリビングでぼーっとしていた。どきどきしている様子は表面上はないが、付き合いの長い京太郎は白望が白望なりに緊張しているのだということが見てとれた。これは何かあるな、とその態度から察した京太郎はそれを態度には出さないようにしながら、白望に声をかける。

 

「空きましたよ」

「うん。ところでお世話はなし?」

「なしです」

「ダルい…………」

 

 ぽてぽて足音を立てながらそれでも未練があるのか、ゆっくりと風呂場に向かっていく。これでしばらくは時間を稼げる。気持ちを落ち着かせようと冷たい水で洗い物をしていると、その間に白望が戻ってくる。お風呂中はともかくその後のお世話くらいはしても良いだろう。エプロンで手を吹きながら台所から出ていった京太郎は、白望のある意味予想外の恰好を見て目を丸くする。

 

「……最近は普段からそれなんですか?」

「知らなかった?」

「言われないと知りようがありませんからね」

 

 白望が着ているのはワイシャツ一枚である。下には何もはいていない――ように京太郎の目には見えるが実際には何か着ているのだろう。いくら白望相手でもそんなに男に都合の良い展開があるはずがない。真っ白い足も薄着で強調されたおもちも京太郎にとって良い目の保養になったが、目下の問題はそこではなかった。

 

「…………それ、俺の着てたやつですよね」

 

 ぱっと見てワイシャツの区別がつくほど京太郎も色々なワイシャツを着たことがある訳ではないのだが、今白望が着ているワイシャツの着古した感じはどこか見覚えがあった。確信を持たずに問うてみると、白望はあっさりと白状する。

 

「おばさんに欲しいって言ったら送ってくれたよ」

「俺の知らないところでそんなことが……」

 

 あの母親ズならそういう取引もやりそうな気がするが、それにしてはやり取りが一方通行であることが気にはなった。別に白望の下着だの服だのが欲しい訳では決してないし、仮に特殊な用途のために欲しいと心の片隅で思っていたとしても、何かの間違いでそれらの実物が送られてきたら、京太郎もいよいよ覚悟を固めないといけなくなってしまう。

 

「今はこれくらいでちょうど良いけど、もう少し大きくなってくれた方が良いかな。私もほら、まだもう少し成長するかもしれないし」

 

 どこが、とは言わない。その代わりに白望は京太郎に向かって僅かに斜に構えた。正面から見ても見事なおもちであるが、角度を付けるとより強調されて見えるのである。本能的に視線を吸い寄せられた京太郎だが、すぐにはっとなって視線を逸らした。もうだめだおしまいだ。凄まじいまでのおもち(ぢから)に全く逆らうことができない。

 

 顔をあげると白望のガラス玉のような目とばっちり視線があった。ダメな弟を見守る姉のような視線にいたたまれない気持ちになる。

 

「別に見るくらいなら良いのに。減るもんじゃないし」

「いや、その……申し出はありがたいんですが……」

 

 これで飛びつくのは恰好悪いという自覚は流石に京太郎にもあった。白望は本当に減るものではないと思っているのだろう。小学生の頃、京太郎にお世話を押し付けるために自分でおもちを触らせた前科のある白望である。今さらガン見したところで怒ったりはしないだろうが、ここで目先の利益を優先することは後々の全てを失うことにもなりかねない。

 

 目の前にぶら下がるエサがどれだけ美味しそうに見えても、踏み込んだ時点で退路が塞がれると解っている道に踏み込むのはとても勇気がいるものだ。白望に文句がある訳では決してないのだが、ある種人生を決め打ちするような行いは、まだまだしたくはないというのが京太郎の本音である。

 

「終わった?」

 

 悶々としている間に、風呂上りのお世話が終わっていた。何をどうしたのか全く覚えていないが、きちんと髪も乾いているので、手順に間違いがあった訳ではないのだろう。白望の満足そうな顔を見てもそれは解る。

 

「片づけは終わってる?」

「一通りは」

「そう。それじゃ、行こうか」

 

 ここに来るまでは手を引かれないと動かなかったのに、今は白望が先導していることにおかしさを感じる。お世話されっぱなしではあるが、白望は京太郎から見て二つも年上のお姉さんである。たまに見せるこういうお姉さんらしいところに惚れ直しそうになるが、白望の背中を見ながら思いなおす。

 

 こういう単純なことだと塞や胡桃に怒られそうだ。別に甘やかしているつもりはないのだが、あの二人の感覚ではこれでも許容範囲ギリギリに甘いらしい。

 

「入って」

「おじゃまします」

 

 同年代の中学生男子に比べると、女子の部屋に入ったことのある回数がとても多い京太郎である。物心ついてから今まで色々な女子の部屋を見たが、その中でも白望の部屋は地味でシンプルだ。とにかく物が少ない。理由を聞くとその方がダルくないからというが、さもありなんと京太郎は思った。管理する手間がそも、白望にとってはダルいのだろう。心が満ち足りていれば物は必要ないなどと哲学的な理由で実践している訳ではあるまいが、らしいと言えばらしい気もする。

 

 寝るためのベッドと勉強、書き物をするための机。本棚には学校で使う教科書と麻雀の教科書のみだ。部屋の隅にあるクローゼットには白望の趣味で選んだ服が入っている。希望から聞いた話であるが、あまり服も持ちたがらないらしいが、決してお洒落に興味がない訳ではないらしいのだ。

 

 白望の言い訳を信じるならば量よりも質で勝負しているらしいが、態々服屋まで足を運ぶのがダルいのだろうというのが、京太郎の見解である。

 

 珍しく手を引かれて白望の部屋に入った京太郎は、足をひっかけられベッドに放り投げられた。白望の匂いがすることにどきどきしている内に、白望が覆いかぶさってくる。電気はついていない。暗闇の中、真正面に見える白望の真っ白い肌と髪の色が目についた。白い肌は朱に染まっている気もする。

 

 何も言えずにいる京太郎に気を良くした白望は、無言で顔を寄せてきた。京太郎の首元に顔を押し付け、小さく音を立てて臭いを嗅いでいく。鼻息がくすぐったい。同じシャンプーやらボディソープを使ったはずなのに、白望からは明らかに自分と違う香りが漂ってきた。

 

 京太郎はこういうのを『女の子の香り』と勝手に思うようにしている。例え何があっても全てを許してしまいそうになる感覚に、京太郎は理性を総動員して抵抗した。ダルダルいう白望が無理難題を押しつけてくるのはこういう時だ。計算づくでやっているのではないのが救いだが、麻雀が強いだけあって勝負所というのを白望は良く理解している。

 

「私もね、そろそろ危ないんじゃないかなっていうのは解る訳だよ」

 

 首筋に顔を埋めたまま、白望が正面から抱き着いてくる。癖のある白い髪が京太郎の鼻を擽った。俯いている白望の顔は見えないが、耳と僅かに見える首元は真っ赤に染まっている。無感動無関心に見えても、何も感じない訳ではない。感情の振れ幅が小さく、それを外に出そうとしないだけで、白望だって年相応に恥ずかしがりもすれば躊躇したりもする。それでも今現在、行動に移しているのは自分で口にしたように危機感を覚えているためだ。

 

 白望が手を後ろに回し、服の上から下着を脱ぐ。もぞもぞと動いてそれが足元に落ちると、京太郎の胸に当たる感触にも変化が起こった。頭が沸騰しそうな程に熱い。視線を下に向けたくて仕方がなくなるが、それも怖くてできない。白望の荒い息遣いを耳元に感じる。いつか旅行に行った時のように、これから寝ようという気配はなかった。本気なのだなと理解しても、京太郎の手は行き場を失っていた。

 

 反射的に背中を抱きしめようと伸ばした手は、背中に回される直前で固まっている。裸ワイシャツの背中を撫でれば、少し前まで自分で着ていた服とは思えないくらいに気持ち良いのだろうが、眼前に起こっていることは既に京太郎の脳の許容限界を超えていた。

 

 女性の中で生きてきただけあって経験値は決して低いものではないが、その付き合いはあくまで健全という言葉の範疇に収まっている。

 

 こういうこと(・・・・・・)が今まで全くなかったとは言わない。むしろそういうことばかりの人生だったと表現しても嘘ではないのだが、だからといってここまで直接的な事態に紳士的に対応できるかと言われると結果はご覧の有様だ。須賀京太郎だって、人並みに欲望がある。理性と欲望が大喧嘩をする頭で白望を見れば、確かにそれは美味しそうだった。

 

 二つ年上の美少女が、裸ワイシャツで抱き着いてきているのである。

 

 唇の近くを白望の舌が這う。濡れた口元と暗がりの中に舌の赤が妙に映える。誘うように僅かに突きだされる舌から視線を下に下げると、興奮で赤らんだ白望の肌と深い谷間が見える。

 

 その辺りで、京太郎はぶつりという音を確かに聞いた。もうこのまま欲望に身を任せて生きていこう。そう思った瞬間、京太郎の視界は真っ赤に染まっていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我が娘よ。初体験はどうだった?』

『血がドバドバ出た』

『ちょっと、大丈夫? 体調悪かったりしない?』

『私は平気。ドバドバ出たのは京太郎の方だし』

『…………あんた達、私の認識と性別が逆だったりする?』

『それはついさっき何度も確認したから大丈夫。それより京太郎どうしよう? とりあえず鼻にティッシュ詰め込んで膝枕してるんだけど、それで大丈夫かな』

『良いんじゃない? 京太郎くんのメンタルは大ダメージかもしれないけど、今隣で晶ちゃんがお腹抱えて笑ってるから問題ないわ』

 

 

 

 

 

 




これで宮守編終了です。エイちゃんぬいぐるみをチャロと名付ける短編を挟んで有珠山編となります。ユキメインで一話。その後ネリー来日編を挟んで現代編の予定です。

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