セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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59 中学生三年 大阪で生まれた女たち編②

 

 

 

 

 

 

 近代日本における麻雀の歴史というのは、世間の麻雀に対するイメージとの戦いの歴史である。戦前戦中戦後と、麻雀というのはタバコをふかしたおっさんがお金をかけながら怪しく遊ぶもので、当時はそれが主流でもあった。競技としての麻雀を普及しようと、当時のプロたちはそれこそ色々な努力をしたが、中々上手くいかなかったのである。

 

 それでも麻雀をメジャーにしようとプロたちは頑張った。彼らの地道な活動は功を奏し、競技人口はこつこつ増えていったのだが、将棋や囲碁など既に市民権を得ている卓上競技と比べると大きく溝を開けられている。このままずっとマイナーで終わるのか……そうブルーになっていたプロたちのところに、80年代の初頭くらいから風が吹き始める。

 

 世のアイドルブームに乗っかってドル売りをすれば、もっと麻雀を普及することができるのではないか?

 

 最初は協会の偉い人がただ思いつきで言ったアイデアだったし、反対意見も多かった。しかし、これがやってみると凄まじい勢いで注目が集まるようになった。華やかな女性たちは麻雀という競技のイメージ向上に大きく貢献し、教育番組として『牌のおねえさん』の枠を確保してからは、子供にも受けるようになった。

 

 この頃から麻雀ブームに火がつき始める。後に競技麻雀の世界でワールドスタンダードとなる『日本式』のルールも整備されたことから、中学、高校で麻雀部が増え始めた。小学生以下を対象とした教室もあちこちに作られるようになり、子供への間口も拡がった。おっさんばかりだった雀荘は若者や女性でも気軽に入れる場所になり、業界全体も盛り上がることになる。

 

 今では業界のイメージアップという意味も薄れ、純粋にドル売りとしての面が強くなったが、牌のお姉さん枠を始め、今でもアイドル雀士の役割は大きい。若手の雀士よりも年配の雀士の方が、アイドル雀士に敬意を払う傾向があるのは一重に、真面目な人たちが三十年かけてほとんど変わらなかったものを、アイドルたちが2、3年で覆してしまったのを間近で見ていたからである。

 

 アイドル雀士とは、麻雀のイメージを変えた存在である。

 

 今も昔も、ちびっこと青少年の夢と羨望と諸々の劣情を集める彼女らは、良くも悪くも業界の顔だ。

 

 しかし、誰もが望んでアイドル雀士をしている訳ではない。競争の激しい業界であるが、中には望まずアイドル雀士になるというケースも、あるにはあるのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雅枝主導で京太郎たちが連れ込まれたのは、怜の病院にほど近い雀荘だった。先人たちの努力で雀荘は若者でも入り易い場所になったが、中学高校、あるいは大学で麻雀に打ちこむ人間は実のところあまり雀荘には足を運ばない。部活として麻雀をやっている人間は、部室の雀卓を利用できるからだ。

 

 二軍、三軍ともなれば部活中に牌を握る時間も、レギュラーに比べれば少なくなるが、それでも打てないということはないし、部活外に打ちたいとなれば、そこは麻雀部員である。四人も集まれば誰かの家には全自動の卓があったし、なくても牌くらいは全員が持っている。

 

 タダで打つ環境と面子には困らないのだから、態々金を払ってまで卓を借りに行く必要はない。最近はドリンクバーなど諸々のサービスも充実している雀荘も多いが、それらと学割を考慮に入れても、普段使いにするには地味に痛い出費なのである。

 

 そんな訳で、雀荘を利用する人間は若いと言っても成人以降となるため、高校生の、それも名門校の麻雀部の客というのは非常に稀なのだ。

 

 雅枝を先頭に足を踏み入れた時、受付にいた店員はまず雅枝の顔を見て驚き、次いで千里山の制服を着た女子が三人も後に続いていることに驚いた。北大阪で千里山の制服を知らない人間はいない。そこを率いている雅枝の顔は、制服よりも知られていた。

 

 年配の店員は雅枝の顔を見て相好を崩し、

 

「なんや、ブルーやないか。久しぶりやな」

「久しいなおっちゃん。でも、教え子の前でその名で呼ぶなや。ぶっ飛ばすで」

「そかそか。セットで打つんか? 奥の個室でええんかな」

「せやな。未成年ばっかで長居はできんのやけど、お願いできるか?」

「ブルーの頼みならお安い御用や。用意してくるから、ちょいと待ってんか」

 

 にこにこしながら、マスターは個室のセッティングをしにいく。残された面々――雅枝以外の中高生たちは一様に雅枝に視線を注いだ。『ブルー』という雅枝を指すらしい単語が、気になったからである。

 

「あの、監督。ブルーって……」

「セーラ。次にウチの前でその話したら、毎日スカート強制やからな」

 

 んな理不尽な! とセーラは思ったが、口にもできなかった。口調こそ軽いが、雅枝の目はマジだったからだ。この目をしている人間は、自分で口にしたことは必ず実行する。それを心で理解したセーラは無言でこくこくと頷いた。厳密に言えばそれは特待生に関する契約違反であるのだが、既に試合でスカートを強制されているセーラは、普段もスカートにされてはかなわないと素直に従った。

 

 暗い顔で黙ってしまったセーラを他所に、京太郎は浩子を見た。面差しのよく似た彼女は、雅枝の姪である。ブルーについて何か知っているか。京太郎が視線でそう問うと、浩子は雅枝を気にするように小さく頷いた。それに、京太郎も頷き返す。彼自身、雅枝がブルーと呼ばれる原因については、『ある人』から聞いてよく知っていた。

 

 雅枝は今でこそ千里山の監督をしているが、元々プロとして名を馳せていた人物である。大阪出身の雀士として地元に愛され、後に小鍛冶健夜が全てを保持することになる九大タイトルを二つ獲得したことがある。咏もはやりもまだ一つということからも、彼女の実力が伺いしれるだろう。

 

 引退してからは地元に戻り、北大阪は千里山女子で監督を務めることになる。同時期、姫松には雅枝の妹である船久保監督がいた。同じくOGである善野女史に監督業が引き継がれるまで、姉妹で大阪代表の二校を引っ張っていたというのだから、この一族の麻雀強者っぷりが解るというものである。

 

 姉妹で合わせて20回以上、指導する高校を全国へと導いた華々しい経歴から、若い世代には監督になってからの方が知られているのだが、プロでの活躍をリアルタイムで見ていた世代には当時のことの方が鮮烈に印象に残っている。

 

 雅枝がプロになったのは高校を卒業してすぐの、今から約20年前のこと。バブル崩壊と共に急速に不景気へと突入していた、90年代の初頭である。アイドル雀士たちが麻雀業界を日の当たる場所に引っ張り上げたのも既に昔。麻雀は大人から子供まで愛される競技として知名度を得ていたが、今日まで続くドル売りがなくなっていた訳ではなかった。不景気のあおりを受けていたこともあり、麻雀業界も闇雲に何かしなくてはと模索していた時期だったのである。

 

 誰が最初に言いだしたのか知れないが、『新人女性雀士で、アイドルユニットを作ってみよう』というふざけた案が採用されてしまったのだ。

 

 その中に、その年の新人で最も容姿に優れていた雅枝が不幸にもセンターとして選ばれてしまったのである。無論、アイドルなんて冗談ではないと雅枝は猛反発したが、新人としては破格の報酬が用意されたこと、最長二年という期間限定であること、ソロではなくユニットで活動することとし、参加するのであれば残りのメンバーの指名権も与えるという条件が加わるに至り、雅枝は渋々OKした。

 

 どうせ恥をかくならば他の連中も巻き込んでやれ。雅枝が選んだのは去年まで全国で切磋琢磨したライバルたちである。まさかアイドル活動をやらされるとは夢にも思っていなかった彼女らと雅枝の間で取っ組み合いの大喧嘩が起こったりもしたのだが、それ以外は特に何事もなく、アイドルユニットはスタートした。

 

 ブルーというのは、当時雅枝が着ていた衣装が青いことからついた愛称である。本当はもっと長い横文字の名前だったのだが、その方が通っぽいということで、当時のファンは色だけで呼んでいた。それが現在まで続いている形である。

 

 雅枝にとってはただの痛い思い出だが、ファンの間では必ずしもそうではない。地元大阪では同年代以上の面々の記憶にはばっちりと残っており、今でもこうしてからかわれる。

 

 本人としては触れられたくない過去であるが、口にしている人間も悪気がある訳でないことは理解していた。

 

 嫌々始めたこととは言え、雅枝も当時は若かった。大勢の人間の前でスポットライトを浴びることに快感を覚えなかった訳ではない。今思えば顔から火が出るくらいに恥ずかしいことだが、それなりに快感を覚えてからは今では考えられないくらいに笑顔を振り撒き、力の限り歌って踊ったものである。

 

 そんな雅枝の内心こそ知らなかったが、自分が生まれる前の雅枝の活動について、京太郎は彼女から見てアイドル雀士の後輩であるところのはやりから聞いて、よく知っていた。アイドルとしての質こそはやりの方が圧倒的に高かったが、アイドル活動をしつつ麻雀の成績も超一流だった雅枝は、最高のアイドル雀士と評されるはやりをしても、尊敬の対象だったのである。

 

 ついでに言えば、京太郎の部屋には雅枝たちが最後に出したアルバムが存在する。自分で買ったものではない。アイドル雀士についてはやりからレクチャーを受けた時、彼女が恩師と崇める『まふふ』のCDと一緒に貰ったのだ。若々しい雅枝がひらひらした衣装をきて、とびきりの笑顔を浮かべているジャケットは、雅枝と知り合ってしまった今となっては、直視するのが憚られるものだった。

 

 今の雅枝は監督らしく実に落ち着いた物腰である。若気の至りという言葉もある通り、雅枝にとってはまさに忘れたい過去なのだろう。怖いものみたさでアルバムを持っていると告白してみようかと思った京太郎だったが、セーラへのプレッシャーのかけ方は半端ではない。 黙っていることにしよう。京太郎は固く心に決めて、口を閉ざした。

 

 手持ち無沙汰になった京太郎は、雀荘を見回した。客層は年配の男性中心で、女性は一人もいない。マスターが教室を経営していたりすると、雀荘そのものがピリピリしていることもあるのだが、ここの雀荘は和気藹々とした雰囲気だった。その客の内の一人が、小さく手招きしている。まさか自分に? と確認の意味を込めて京太郎は自分を指差したが、客のおっちゃんは大きく頷いて、京太郎を手招きした。

 

 これは行っても良いのだろうか。雅枝に視線を向ける京太郎だったが、

 

「まぁ、取って食われたりはせーへんやろ。話してくるくらいやったら好きにし」

 

 とのことだった。別に大阪のおっちゃんと話すことはないのだが、呼ばれたからには行かない訳にもいかない。雅枝たちと別れ近づいていくと、おっちゃんは人好きのする笑みを浮かべて問うてきた。

 

「あんちゃん、どっから来たん?」

「長野からです。幼馴染が倒れたって連絡が入ってお見舞いに」

「そりゃあ大変やな。大事なかったんか?」

「おかげさまで。昔から病弱な奴なんですが、命に別状はないそうです」

「そか。それにしても、あんまり関東者って感じはせんな。生まれはどこなん?」

「今は長野に住んでますが、生まれは大阪です。生まれた時から小学校に入るまでは千里山の近くに住んでました」

 

 京太郎の言葉に、おっちゃんの周囲のおっちゃんたちからもおー、という声が挙がった。厳密には長野は関東ではないのだが、大阪から見たら似たようなものだろう。大阪と東京どちらに近いかという話ならば、間違いなく東京であるのだから。

 

「それで、俺に何か御用でしょうか」

「んー? いや、あんちゃん、ブルーの親戚には見えんしな。どういう関係なのかと心配になって声かけたんよ」

 

 なるほど、と京太郎は頷いた。今は大きな大会の時期ではないが、千里山女子はここ十年、連続して北大阪の代表を獲得している名門校である。つまらないスキャンダルでその経歴に傷がついては、と気にしているのだろう。特にセーラや竜華などは既にプロからも注目されている。これから選手として売りだそうとしているのであれば、確かに周囲に男の影があるのは具合が悪い。

 

 この時勢である。女子高生に恋人や男友達の一人や二人いたところで不思議ではないのだろうが、イメージ上、いない方が良いというのは京太郎にも理解できた。はやりんが男と並んで歩いていたら、ファンとして良い気はしないものである。

 

 それが地元の贔屓チームの選手というのなら、気にもなるだろう。あくまで笑い話として済ませようとしているおっちゃんの雰囲気はやわらかいものだったが、それでも、不用意なことをしたらただじゃおかないという意図は察せられた。世間話をしつつも、滅多なことはするなとはっきりとプレッシャーをかけてきている。

 

 心配性なことではあるが、それだけ竜華たちが地元で期待され、愛されているということでもある。京太郎は話に相槌を打ちながら、おっちゃんたちの心配するようなことはするまいと心に誓った。

 

「……で、それはそれとしてや、あんちゃん。どの娘が好みなんや?」

「いや、男の影がって話じゃなかったんですかね」

「それはそれとして言うたやろ? おっちゃんにこっそり教えてんか」

 

 気付けば京太郎の周囲には、おっちゃんたちが群がっていた。バカ話をする男ども特有の気配に雅枝たちは京太郎を無視して準備のできた個室へと向かってしまう。すぐにでもその後を追いたかったのだが、おっちゃんたちは逃がしてくれない。どうしたものかと途方に暮れる京太郎に、おっちゃんの一人が言った。

 

「顔見ただけで解ったで。あんちゃん、ぼいん好きやろ」

「大好きです」

 

 反射的に、本音を答えてしまう。雅枝たちの方を、怖くてみることができない。望み通りの答えを得ることができてご満悦なおっちゃんと、無理矢理な感じでハイタッチをする。周囲のおっちゃんたちからも、強引に握手を求められた。皆ぼいんが大好きなのだ。

 

「千里山で言うとりゅーかちゃんか? 今年の千里山はぼいんとしては妙に不作やかんな……」

「ブルーの下の娘さんがええ乳しとるって話やで。来年はレギュラーに定着するかもって噂や」

 

 巻き込まれた京太郎を余所に、おっちゃんたちは全国のボインについて語り始める。その中には知った名前も結構いた。長野では美穂子や智紀が注目株であるらしい。友人をそういう目で見られていることに思うところがないではないが、見事なおもちをしているのだから仕方ないと思う。本人には絶対に聞かせられない話であるが。

 

 そうして、一通りぼいんを語りつくしたおっちゃんたちの視線が京太郎に向いた。オススメのぼいんを言え、と言っているのは視線だけで解った。ここにいるのが、男だけならば構わない。よくあるバカ話で済むのだが、個室の方から雅枝たちがこちらに視線を向けている。雀荘の喧噪があれば声も届かないのだろうが、今は全ての客が手を止め、京太郎の言葉に耳を傾けていた。

 

 どういう羞恥プレイだと思うが、ここは大阪だ。土地柄、相応しい振る舞いが求められる。何も言わないで逃げられそうにはない。おっちゃんたちは既に粗方全国のボインを挙げていた。それに追従するのでも別に良いのだろうが、あまり良い顔はされないだろう。基本を押さえるのはそれこそ基本であるが、ここは自分らしさを出す場面だ。

 

 皆が知っていて、先ほど話題に出ていなかった人間。時間にして五秒。脳裏で検討に検討を重ねた京太郎は、心の中で謝罪しつつも、名前を挙げた。

 

「鹿児島、永水の神代小蒔選手とかどうでしょうか」

『あー!!』

 

 おっちゃんたちは皆、手を叩いて喝采を挙げた。おっちゃんたちの言うボインには違いないが、小蒔は本人の雰囲気と家柄も相まって取材を受ける機会も少なく、メディアに露出する機会そのものが少ない。加えて去年、霧島神境の巫女で永水麻雀部に籍を置いていたのは小蒔だけだ。霞がいれば京太郎の答えも変わり、小蒔もおっちゃんたちの印象に強く残っていたのだろうが、霞が籍を置くようになったのはIHが終わってからの話である。前述のこともあり、小蒔はおっちゃんたちの思考からも抜け落ちていたのだ。

 

 よう言った、という励ましをバシバシ背中に受けつつ、京太郎は雅枝たちの待つ個室に入った。大きく息を吐き、気持ちを切り替える。

 

「で、どういうルールで麻雀を?」

 

 全てをなかったことにして麻雀を始めようとしたが、京太郎を出迎えたのは女子一同のしらけ切った視線である。どのぼいんが良いかという最低な話をしてきたばかりだ。女子からそういう視線も向けられるのも当然なのだが、男にも付き合いというものがあるのだ。あそこでお茶を濁すという選択肢がありえなかった以上、京太郎個人としてはあれは許されてしかるべきものだったのだが、男としての言い分を、京太郎は全て飲み込み――

 

「すいません。調子に乗りました」

 

 素直に頭を下げた。いい訳をすると思っていた雅枝は、京太郎の後ろ頭を見ながら溜息を吐く。どうすればすんなりと許してもらえるのか。そのために必要な言葉とタイミングを、この少年はよく知っている。よほど女に囲まれて過ごしてきたのだろう。普通のこの年代の少年ならば、下ネタ全開で話した後に、女子の集団の中に戻ってはこれまい。

 

 元より本気で怒っていた訳ではないセーラたちは、早速毒気を抜かれている。許したってやー、という教え子たちの視線に、雅枝はいつの間にか梯子を外されていることに気づいた。怒っている、というポーズをしているのは既に自分だけになっていた。孤立無援では怒るのも難しい。元より、男のバカ話である。一々本気で怒っていては女が廃るというものだ。

 

「ま、年を考えたら仕方ないかもしれんけどな。もう少し場所を選ばなあかんで」

「気を付けます」

「そうしぃ……あー、ちなみに須賀。ブルーの件は知っとるようやけども、お前も口にしたらスカートやからな」

「いや、俺がスカートって誰得ですか」

「怜あたりは喜ぶんちゃうかな。まぁ、ウチはやる言うたら必ずやるからな。新しい扉を大阪で開きとうなかったら、口は閉じといた方が身のためやで」

「了解です……」

「さて、切り替えていこか。13年のIH公式ルールの東南戦。面子はうち、須賀、セーラに竜華や。浩子はデータ取りや。須賀の後ろに立たせたるから、思う存分データ取ったり」

「おばちゃんっ!」

「おばちゃんやのーて監督や」

 

 感激した様子の浩子をうんざりと眺めながら、雅枝は東南西北の四枚を集め、裏返しにする。指名された四人がそれぞれ牌に手を伸ばし、一斉にひっくり返した。

 

「うちが出親やな」

 

 東を引いた雅枝が席を選び、各々引いた牌に従って着席する。京太郎が引いたのは西で雅枝の正面。上家が竜華で、下家がセーラ。背後には鼻息を荒くした浩子が、メモ帳片手にスタンバっている。

 

 怜は千里山の信頼できる仲間に、大雑把ではあるが『相対弱運』のことを話したという。部員全員が知っている訳ではないのだろうが、少なくともここにいる四人は知っているのだろう。何しろ部を代表して怜の見舞いに来るくらいだ。倒れた怜を心配する気持ちは本物だろうし、怜ならばそういう人間を信用するはずである。

 

「麻雀になると良いんですが……」

「ウチらじゃ力不足か?」

「いえ、むしろ力があり過ぎることを心配しています」

 

 からころとサイコロが周って出親が決まり、手牌がせりあがってくる。そうすると、いつものように『相対弱運』が発動した。がくり、と京太郎の身体から力が抜ける。想像していたよりも三人の運は強かったが、集中力が乱れる程ではない。これくらいならばいつものこと、と京太郎は意識を卓上に戻した。

 

 竜華とセーラは、やはり運が太い。単純な運量で言えば、近いところでは咲や淡に匹敵する。雅枝はやはり元プロというべきか、運量では頭一つくらい抜けていた。感じるプレッシャーは、咏やはやりと同等かそれ以上だ。

 

 その雅枝に比べれば、セーラと竜華のプレッシャーはどこか可愛らしい。それでも京太郎からすれば強敵には違いないが、プレッシャー一つで人の意識を刈り取るような化け物(グランドマスター)を知っていると、これくらいだと可愛く見える。

 

「監督! 監督! これうちに一人欲しい! どうにかならんか!?」

 

 歓声を上げているのはセーラである。少年のような恰好をした美少女が、ヒーローに出会った少年のように目をキラキラと輝かせておねだりしている。ねだられた所の雅枝は、指を唇に当て視線を落として思考していた。バカなことを言うなや、という気配ではない。セーラの言葉を強豪千里山の監督として、検討している風である。

 

 はしゃぐセーラと思考する雅枝を他所に、急激に上昇した自分の運を持て余した竜華は、自分の身体を抱えて俯いていた。普通に生きていれば、急激に運が上昇する機会はそうない。まして全国の猛者を相手に戦う実力者だ。オカルトを持っていてもいなくても、そういう不確かなものを感じ取る感性は持ち合わせていた。

 

 その分、急激な運気の上昇を肌で感じ取ってしまったのである。そのむず痒さは竜華が今まで経験したことのないものだった。

 

 どうでも良いことだが、竜華くらいのおもちで腕を組まれると、おもちが強調されて非常にアレなことになる。男としては大変眼福でよろしいのだが、普段からこうなのだとすると不愉快な視線を浴びたりしないものか心配である。

 

「須賀……」

「なんでしょうか」

「…………中学卒業したら千里山にこんか? 各種保険完備、社宅でマンション。月30は出すけども」

「もったいないお話しですが、30は出し過ぎじゃありませんか? 月給30万円ってことですよね?」

 

 良い大学を出て誰でも知ってるような大手企業に就職したらしい親戚のおじさんの初任給が、それくらいだったと聞いている。中卒の小僧に出すには多すぎるというものであるが、雅枝の見解は違うらしい。

 

「それでも少ないと思うけどな。金持ちの臨海女子やったら50は出すと思うで」

「高校の部活で何に使うんですか? このオカルト」

「これほど調整向きの能力もない思うけどな。普通は運なんてよく解らんもんのピークを大事な試合に持ってくるのに試行錯誤する訳やけど、須賀一人おればその必要がなくなる。試合前に須賀と打つだけで最高のコンディションや。よほどの大ポカせん限り、一度高まった運はすぐには下がらんからな。それに何より、他人の運気に干渉するなんて、そうあるもんやないで。普段から何度も打っとれば、それだけで運量が底上げされるかもしれんし、メリット挙げればキリないわ」

 

 監督らしい視点に、京太郎は小さく息を吐いた。打ち子向きであると言われたことはあるが、部活に所属すればそういうことができるのか、と感心する。

 

「ま、今の時勢に中卒にさすのも悪いしな。男子一生の仕事や。返事はすぐやなくてもええし、高校出てからでもええ。うちが監督な限りは、最低、今いった条件で面倒みたる。そないなことより、今は麻雀や。怜からデキる奴って聞いとるからな。期待してるで、その打ち回しに」

 

 眼鏡ごしに、雅枝が視線を向けてくる。それだけで、運が吸い取られた気がした。相手にするに申し分ない。自分では及びも付かない強敵が目の前にいる。その事実に心躍った京太郎は、震える指で山に手を伸ばした。

 

 

 

 




会話の流れで自然に高校生限定、という縛りがついていたので、のどっちは候補に入りませんでした。彼女のことはおっちゃんたちも知っています。

次回、ようやく麻雀します。

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