セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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56 中学生三年 精密射撃の極意編②

 

 

 

 

 

 

 シャープシュートの講義は、宮永邸に場所を移して行われた。菫の荷ほどきもそこそこに卓に着いたのは、京太郎、咲、モモに照の四人。菫は京太郎の後ろに立ってシャープシュートの指導役ということになっているのだが、普段ならばそのまま京太郎と麻雀談義に華を咲かせる菫の視線は、モモに向けられていた。男前な美人さんの視線を受けて、モモは頬を朱に染める。視線に照れたというのも勿論あるが、自らの恰好が奇異なものであることを多分に自覚していたからだ。

 

 京太郎はモモをいつでも認識することができるが、それ以外の人間は麻雀中、モモを見失う。ただ麻雀をするだけならば、それも技術の一つと誰も気にしないのだが、ステルスが邪魔になるとモモが判断した時は自発的に他人に認識されるような装いをするのである。

 

 今のモモの頭にはカチューシャが乗っている。頭頂部に近い部分からは二つバネが伸びており、その先には星が付いている。ゴテゴテした装飾で無駄にキラキラしたそれは例えば写真屋さんで、おめかしした幼少の少女が妖精さんを気取る時のマジックアイテムなのだが、後三か月少々で高校生になろうという中三の女子が付けるのはとても痛い代物である。

 

 京太郎たちはもう慣れたので気にもしないが、初見である菫はそれに目を奪われた。

 

 ここが白糸台の部室であれば注意もしたろうが、ここは宮永邸である。モモの性質について理解していた菫は、このふざけたカチューシャがそれに関するものだと当たりを付けて気にしないことにした。視線を受けたのに全くのスルーというのは、恥ずかしい思いをしているモモを更に恥ずかしくさせたのだが、モモが羞恥に震える頃には菫は京太郎と麻雀談義に華を咲かせていた。

 

 その距離は年頃の男女と思えない程に近い。邪見にされた訳ではないものの、おざなりにされている気がして、長野勢の女子たちは気分がよろしくない。これでいちゃいちゃしていたら強い抗議も辞さない覚悟だったが、京太郎と菫の間に男女の甘酸っぱさはまるでなかった。

 

 男女間の友情は果たして成立するのか。悠久にして幻想。青春における永遠のテーマの一つであるが、京太郎と菫の間に限って言えば、確かにそれは存在していた。友達としてなら、と乙女たちは不承不承自分を納得させる。

 

「さて、これからシャープシュートについて講義をする訳だが……今さら言うまでもないことだが、お前の『相対弱運』はどうするんだ? この面子で無双されたら牌を狙うも何もないんだが」

「それは完全じゃないけど解決したよ。今日はいない淡が、方法を考えてくれたんだ」

 

 自分の大きな欠点が一部解決されたことを、京太郎は喜々として語る。

 

 それは最初に淡と四人で麻雀を打った時の話。『相対弱運』の効果により元々太い運が更に太くなった淡は、強制的に幸運が舞い込んだむずがゆさにあわあわ悶えた。持前の能力が強運によって強化された淡の無双っぷりは凄まじく、咲と比べても遜色がない。ツモで京太郎を三度も削り殺した挙句、最後には『麻雀って楽しいね!』とのたまう始末である。

 

 そりゃあそれだけ勝てれば楽しかろうと呆れながらも、淡の笑顔を見ていたらどんなバカな発言も許してしまえそうな気がした。この愛嬌はもはや才能である。

 

 五半荘が終了した後。この能力のせいで練習がやりにくいと京太郎は愚痴を漏らした。『相対弱運』の説明を聞き、一度その能力を味わった淡は、何でこんな簡単なことも解らないんだという口調でこう言った。

 

『点棒を使わなければ良いんじゃないの?』

 

 淡の言葉に、京太郎たち三人の目は点になった。まさかそんなことで、と思ったがまだ一度も試したことのないことである。物は試しと、同じメンバーで点棒をなくして打ってみた。

 

 すると、どうだろう。完全ではないが移動する運の量が激減したのである。こんな簡単なことで……とは思ったが、事実として能力が減退したのだから仕方がない。ずっと付き合ってきた能力が、こんな簡単なことで軽減されている。実戦にはまず使えない方法だが、これなら練習は格段にやりやすくなる。

 

「お前すげーな!」

 

 と京太郎は嬉しさのあまり淡を強く抱きしめた。親友たちの前で、親友たちも恋する片思いの相手に抱きしめられた。その事実を認識するよりも早く、あわっと驚いた淡は反射的に京太郎の顎にヘッドバットを決めてしまった。綺麗にカウンターを決められた京太郎は一瞬で意識を刈り取られ、その場にぶっ倒れる。

 

 それ以降は麻雀どころではなくなってしまったのだが、とにもかくにも京太郎はこの日、長年自分を苦しめてきた『相対弱運』の攻略法を見つけることに成功したのである。

 

 要するに、勝負の要素を少なくすることが必要だったのだ。麻雀における順位は点棒の多寡と席順で決まる。

 

 ここから点棒が消えれば、少なくとも順位の概念は存在しなくなる。アガった奴が偉くて強いという明確な勝敗こそ残るものの、それは点棒と違って積みあがることはない。

 

 今まで多くの人間が京太郎の『相対弱運』について検証してきた。師匠の咏は言うに及ばず、それに次いで時間を割いてきたのはメンテナンスを担当している霧島神境の巫女さんたちだ。練習の時だけとは言え、原始的な方法で能力を抑えることに成功してしまった。勿論京太郎は狂喜乱舞したが、その後の一つの問題に思い至った。他ならぬ巫女さんたちの存在である。

 

 真面目にオカルトを学んでいる彼女らは、偽物がはびこる中に存在する本物のオカルティストだ。霊的な事象の解決は彼女らの代々続く家業であり、昔からの仲良しである京太郎の『相対弱運』を解決することは小蒔とその六女仙たちにとっては最優先事項である。

 

 それが自分たちではなく素人の、しかも最近麻雀を始めたばかりの同級生『女子』によって減衰の方法が見つけられてしまった。本職の人間として、また京太郎を憎からず思っている少女としてこれが面白いはずがない。

 

 量らずも自分の友達が巫女さんたちの面子を潰してしまったことに京太郎は心を痛めた。霞や初美に陰に日向に『いじめられる』と直感した京太郎はいっそこのまま隠しておこうかとも思ったが、事実を知られただけでもアレなのに、それを隠していたとバレたら姉貴分二人の可愛がりはさらに酷いものになるのは間違いない。

 

 どっちにしても地獄であるなら、せめて軽い方が良い。観念した京太郎は発見したその日の内に小蒔たちに連絡を入れた。普通に喜んでくれたのが地味に怖い。

 

 来年は春が永水に進学し、姫と六女仙の四人で団体戦にエントリーできるようになる。鹿児島には藤原利仙など無視できない強者もいるが、団体戦でならば鹿児島代表は永水で確定だろう。淡の入学する白糸台も西東京ではダントツの一強だ。打倒宮永照に燃える高校も数多く照の打ち筋も研究されているが、その程度でどうにかなるようだったら既に土がついている。

 

 個人団体合わせて現状最も照を苦戦させたのは、彼女が一年の時のIH個人戦決勝。当時高校三年生、現在はプロとなり新人王を獲得した戒能良子を交えた対局だ。彼女は京太郎のメンテナンスを担当している滝見春の従姉である。どうも長野の友達は、鹿児島の友達と相性が悪い気がしてならない。

 

 いずれ淡も巫女さんたちと顔を合わせることになる。その時、淡がどんな目に合うのか合わないのか。友達として今から心配でならなかった……

 

「麻雀を知らなかったのが良かったのかもな」

「うちでもそんな勘の良さを発揮してくれることを祈るよ。さて、話を戻そう。とりあえず気づいたことを全て口に出しながら打ってもらって良いか?」

「相当五月蠅くなると思うけど大丈夫か?」

「構わんだろう。異論のある者は?」

 

 同卓している三人の少女は、揃って首を横に振った。異論はない、ということである。思っていることを喋りながらというのは初めての経験だが、同卓している者に異論がなく、菫がやれというのならやるしかない。

 

 京太郎はすっと目を細めて、卓上とそれを囲むプレイヤーに意識を集中させた。

 

「……咲、配牌の時点でアンコが一つある。萬子の下。多分三萬か四萬。照さん。手が横に広がってる。これは結構早いな。手なりで進めても六順くらいでアガりそうだ。モモ。これも手が早そうだ。左端に役牌の対子がある。三元牌。完全に勘だけど多分中」

 

 京太郎の言葉に、少女たちは無言で返した。多分、と前置きしたものも含めて彼の予測は完全に当たっていたからだ。そもそも、情報の積み重ねに加えて対戦相手を観察することで読みの鋭さを増していく京太郎は、対戦回数が多くなれば多くなるほど、その相手に対する読みが正確になっていく。

 

 一年以上京太郎と一緒に打っているこの三人は、細かな癖まで大体把握されていた。雰囲気だけでテンパイしているかどうかが解ると京太郎は冗談のように言っていたが、配牌だけでこれだけ読むのを見るに、本当に本当なのかもしれないと、少女たちは僅かに戦慄した。

 

 これで『相対弱運』というハンデが消えたらどうなるのだろう。麻雀打ちとして期待を抱かずにはいられなかったが、今はハンデよりも彼の能力向上だ。京太郎の声を耳に聞きながら、三人は目の前の勝負に集中する。

 

「モモ。やっぱり手が軽いな。鳴く牌を探してる。役牌のみで逃げる可能性が高くなってきた」

「照さん。手が進んだ。ヤバイ、かなりヤバイ」

「咲。アンコ二つ目。こっちは間違いなく八索。鳴きを狙ってるな。今リャンシャンテン」

 

 口に出している以上、京太郎の予測はプレイヤー全員の共有財産である。照と咲はモモの役牌を絞ろうと動いていたし、咲とモモは手なりで進む照を何とか追い越そうとあがいていた。それでも、地力の高さは如何ともしがたい。中学生二人が部活に所属せず、同級生の男子といちゃこらしていた間、宮永照は一人東京で全国区の猛者たちと麻雀にあけくれていたのである。宮永照の甘酸っぱくない汗と涙の高校生活は長野ではなく西東京にあるのだ。

 

 結局、咲とモモでは妨害しきることはできなかった。京太郎の予言の通り、六巡目で照がさくっと平和ドラ1をツモアガったのである。京太郎は読みを口に出していただけで、結局何もすることはできなかった。

 

「これはSSSでも狙う間がなかったんじゃないか?」

「SSSと呼ぶな。まぁ速さというのはどういう局面でも有効ということだな。これに勝る攻め方を、私は他に知らない。だが今の照にも狙える可能性が高い牌があった。どれのことだか解るか?」

「それを切ってテンパイって牌だろ?」

「その通りだ」

 

 有効牌を引き入れて、不要牌を切る。麻雀はこれを繰り返して手を作り、アガりを目指すゲームである。河に捨てる牌というのはプレイヤーにとっていらない牌な訳だが、そのいらない牌の中にも明確な優先順位がある。

 

 配牌の時点で、例えば三種類ある字牌から何を切るか。一応手順というものは存在するが、誰もがそれに従う訳ではない。牌効率を知らない人間だったり、自分なりのジンクスを持っていたり、そこには少なからずランダムな要素が存在するが、有効牌を引き入れイーシャンテンからテンパイに変化する時、そこから切る牌はド素人だろうと小鍛冶健夜(グランドマスター)だろうとかなり限定される。

 

 シャープシュートというのはつまるところ、そういう牌を狙い撃つ技術である。無論、イーシャンテンからテンパイに移行する時限定でなく、相手の手を読み切ることができれば、どんな局面であろうと狙い撃つが、一番狙いやすいのは間違いなくそこだった。

 

 誰でも同じ判断をするということは、それまでに準備が整いさえすれば小鍛冶健夜にも有効ということである。最強の女子高生の呼び声高い照の横に立っていても、それでも劣等感で潰されなかったのは、弘世菫という少女が自分の技術に確固たる自信を持っていたからだ。

 

 およそ相手の手牌を読み、さらに狙い撃つという技術に関して、同年代以下で自分に追いつける人間はいないと菫は固く信じていた。

 

「何をツモるかは運の要素の方が大きいが、そこから何を切るかは技術の要素がほとんどだ。正直へたくそを相手にする時の方が疲れるんだが、全国区に的を絞っていくならそこまででもない。技術の要素で勝負ができるなら、お前の独壇場だろう?」

「でもさ、結局……」

「あぁ、お前がシャープシュートを常に撃つようになるのは不可能だな」

 

 京太郎に、少なくない落胆の色が広がる。元々そこまで期待していた訳ではないが、僅かに見えた光明が断たれてしまったことが精神的に堪えたのだ。そんな京太郎に、モモや咲は同情の視線を向け、照はじっと菫を見返してきた。寮で同室であり、この中で最も菫と時間を共有してきた照は、この話に続きがあることを察していた。

 

「……だが、目がない訳じゃない。お前のツモ運でも、お前くらいの読みがあれば二十回に一回はこれを再現することができるだろう。そしてそれだけの時間があれば、対戦相手はお前の読みが鋭いことを理解するはずだ。こいつは常にこちらの牌を狙っている。相手にそう思わせることがシャープシュートの神髄だと私は考えている」

 

 京太郎が顔を上げた。菫の記憶にある限り、最も麻雀に対して貪欲なのが須賀京太郎という男である。僅かにでもシャープシュートに手が届くというのならば、それを手にしない理由はない。どれだけ進むかは重要ではないのだ。京太郎にとっては最も重要なのは、どれだけ小さな一歩でも、ちゃんと前に進むということだ。

 

「狙い撃つことそのものも勿論重要だ。麻雀で優先されるべきはまずアガること。それ以外は二の次だ。だが上を目指すならば、それ以外こそ重要になる。アガるため、それに繋げるために何をするかということだが、私はこの技術に沿って一つの結論に達した。それは相手に楽な麻雀をさせないことだ」

 

 技術の持つ副次効果の話である。シャープシュートそのものは狙い撃つだけのものだが、菫はそれを心理的な作用として利用した。読みの鋭さ、それを元にしたシャープシュートという攻撃手段。それに加えて心理的な駆け引きが、菫の白糸台での立場を不動のものとした。宮永照の腰巾着などと呼ぶ人間は部内にもういない。菫は実力でもって、今の地位に立っているのである。

 

「この手は見透かされているんじゃないか。リーチをかけるのはまずいか。そもそもこの牌は当たりかもしれない。そういう数々のプレッシャーが相手の思考を鈍らせ、手を遅らせる。疑心暗鬼になりでもしたらもうカモだな。後は悠々と手を進めて、ツモアガってやれば良い」

「俺にツモアガりはできそうにないけどな……」

 

 だが、自分の行動によって相手にプレッシャーをかけるとは考えたことがなかった。京太郎の読みは捨て牌や理牌のクセは勿論のこと、相手の表情やリズムなどから的を絞る。相手の心理についてまでは、そこまで考えを回したことはなかった。

 

 弱気になった人間がどう動くか。行動を予測して先回りすることができれば、自分のツモ運でもあるいはシャープシュートの達成率を上げられるかもしれない。

 

 自分の技術が上がるかもしれない。その可能性を掴んだ京太郎の目はギラギラと輝き、凄まじい速度で思考を重ねる。

 

 やってみたいことは湯水のように溢れていた。今は麻雀がしたくてたまらない!

 

 しかし、興奮する京太郎の肩を菫がそっと叩いた。シャープシュートについては一日の長がある菫は、京太郎が何を考えているのか、手に取るように解った。

 

「気持ちは解るが冷静になれ。気持ちが逸っていては読める物も読めなくなるぞ」

「悪い。しばらくリンちゃんの麻雀見てても良いか?」

「ああ、大いに参考にしてくれ。今回はこのために、長野に来たようなものだからな」

 

 かっこつけているという自覚はあるのだろう。口の端をあげてニヒルに笑った菫に、京太郎は男らしさを見た。ひょっとしてこの人は生まれる性別を間違っているのではなかろうか。そう思うと背中までかっこよく思えて仕方がない。こんな人がいつも隣にいたら、照のぽんこつ化に拍車がかかるのもわかる気がした。

 

「今さらだけど、悪いなリンちゃん。長野まで来てもらって」

「逆の立場だったとしても、お前は私のためにそうしただろう? 気に病むことはないよ」

「それでもさ。ありがとう、リンちゃん」

「友達だろう? 気にするな」

 

 振り返りもせずに菫は言った。照れている様子はない。菫にとっては本当に、これは何でもないことなのだ。こんな風になりたい。心の底からそう思ったのは久しぶりのことだった。

 

 




リンちゃんの男前化が留まることを知らない……
相手の弱気を狙い撃つ技術については他の追随を許さない部長がいる清澄に進学したことは、運命だったのかもしれません。
ちなみに拙作ではいくのんもそれが得意。あかん姫松優勝してまう……

次回あわっと大晦日年越し編。大親友四人にテルーを加えていちゃこらし、その次が怜覚醒編となります。

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