セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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アルファベット三文字は『Successor of Miyanaga Teru』の略です。
テル・ミヤナガだと何となく嫌だったのでこの順番となります。文法? として合ってるかは解りません。雰囲気でつけました。



49 中学生三年 SMT編① 淡、現る

 色々あった夏も過ぎて二学期。部活に所属していた生徒も引退し、そろそろ受験勉強に本腰を入れようかという時期に差し掛かった頃。第一志望である清澄がA判定である京太郎は、他の生徒よりも幾分余裕を持って日々を過ごしていた。

 

 あまりに手持ち無沙汰だったので、放課後の教室、何となく咲の宮永ホーンを引っ張ってからかっていると、教室に男子生徒が飛び込んできた。

 

「大変だ、須賀!」

 

 彼は麻雀部の部長だった男だ。最後の夏の大会も終わって部長を二年生に譲った後、受験勉強をする傍ら後輩の指導を行っている。去年までは龍門渕を第一志望としていたのだが、透華たちが他の部員を叩きだした一件で他の学校へと志望を変えたとか何とか。

 

「何だどうした」

「麻雀部に道場破りだ。とにかく来てくれ」

「道場破りって……」

 

 京太郎は呆れた様子で呟いた。将棋や囲碁やオセロなどの文化部では巷の腕自慢が突撃してくるのは稀に良くあることだ。麻雀は今の時代では最も人気のある文化系種目であり、特に照が在籍していた間は彼女の知名度もあって、そういう輩が後を断たなかったのだが、照が卒業してからはそれも少なくなった。

 

 清澄中の麻雀部は、良くも悪くも照のワンマンチームだった。彼女に引きずられる形で他の部員たちの実力も上がっていたが、インターミドルを二連覇したチームも、照の卒業で全国から遠ざかっている。それでも長野県において有数の強豪校には違いないが、照がいた頃に比べると道場破りからは魅力がなくなってしまった。

 

 それが、今の時期に道場破りである。インターミドルもインターハイも終わり、学生が関わる麻雀のイベントはコクマに照準が移りつつある。これは公式戦の成績が大きな判断基準となるため、地区代表はそれ以前に公式戦にデビューする必要があるものだ。

 

 そのため、道場破りのシーズンは夏休みに入る前が定番となっている。もしかしたらインターミドル、インターハイに参加できるかもしれない、という甘い目論見の元に挑み、そのほとんどが儚く散っていく。毎日真面目に部活に打ち込んでいる人間に、そうでない人間が練習量で勝てるはずもない。道場破りは敗れるというのが世間の定番でもあるのだが、部長氏の態度を見るにそうではないらしい。

 

「麻雀部以外で、麻雀部のレギュラーに勝てる奴なんていたか? その道場破り誰だ?」

「実は、大星淡なんだ」

「大星って、あの大星か……」

 

 さもありなん、と京太郎は溜息を吐いた。

 

 大星淡というのは、京太郎の学年の有名人である。男子が行う女子には秘密の――と、男子だけが思っている女子の人気投票で、毎度上位にはくるがトップにはなれない女子生徒だ。おもちが残念なことを除けば京太郎の目から見ても見た目は文句なしなのだが、彼女にするにはちょっと……と多くの男子に思われている残念美少女である。

 

 理由は色々ある。この大星淡、とにかく騒々しく、ウザくて偉そうなのだ。そんな性格であれば女子からも嫌われそうなものだが、どういう訳が女子には愛されているらしく、基本的にはいつも友人に囲まれている。悪い男子に騙されないか心配なのだろう。京太郎も淡が妹であったら同じ心配をしたに違いない。

 

「でもさ、大星が麻雀得意って話聞いたことないぞ。実はどっかの教室に行ってたとか?」

「いや、それが一週間前に麻雀を覚えたらしい。それで腕試しのためにウチに突撃してきた訳なんだが……」

 

 それが思いのほか強かった、という訳だ。

 

 麻雀という競技の性質上、素人がプロに勝つということはある。極端な話、最初に親番を引いて天和をアガり続ける人間がいたら、例え小鍛冶健夜であっても勝てるはずもない。囲碁や将棋に比べれば、比較的勝ちを拾いやすい種目と言えるだろう。

 

 しかし、単独で道場破りにやってきた以上、淡は一人で三人の部員を相手にしたはずである。数というのは力だ。回数をこなしていけばそれは更に顕著になるはずだが、話ぶりからするに淡はその全てで勝ったようだ。連続でトップ。これも、麻雀ならば良くある話だが、道場破りをしたその日にというのなら、話は別だ。

 

 世の中結果が全てである。それが完全に運によるものだったとしても、突然挑んできた素人に、麻雀部員が負けましたという事実は残ってしまうのだ。今後の活動にも影響が出かねないこの事態に、何とかしようと元部長氏は走ってきた訳だ。

 

「事情は解った。でも、どうして俺なんだ?」

「いや、宮永先輩からの言いつけなんだ。困った時には須賀を頼れって……」

 

 それが当然と言った風の元部長氏に、隣にいた咲が噴出した。照の言いつけでは、無視する訳にもいかない。

 

「解ったよ。ともかく一度部室まで行こう」

「良かった。宮永さんも、一緒についてきてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また私の勝ちだね!」

 

 部室に入ると、部員たちを前に一人の女生徒が大見得を切っていた。京太郎の位置からは後姿しか見えないが、小憎らしい顔をしているのが目に見えるようだった。相手をしていた部員は雀卓に突っ伏している。点棒リーダーを見るに、淡は十万点近い点棒を稼いだようだ。文句なしの大トップである。

 

「先輩!」

「遅くなった。須賀を連れて来たよ」

「……須賀?」

 

 女生徒が振り向く。緩くウェーブのかかった髪は燻った色の金髪をしている。これが染めたのではなく天然であるというのだから、似た色の髪をしている京太郎はこれだけで親近感を覚えた。少し釣り気味の目には好奇心が爛々と輝いており、彼女の雰囲気と相まって猫を連想させた。

 

「須賀ってあれだよね? 隣のクラスの。なんだっけ、清澄中の珍獣使いって噂の」

「……なんだそれ?」

「宮永先輩がいたころからのお前のあだ名だよ。知らなかったのか?」

 

 知らないし聞いたこともなかった。自分がそう呼ばれていたことよりも、照が珍獣扱いされていることの方が問題だと思ったが、隣の咲がそのネーミングセンスに腹を抱えているのを見て冷静になった。このぽんこつは、自分も珍獣扱いされていることに気づいていないようである。

 

「クラスの皆が、淡は須賀と仲良くできるかもって良く勧めてくるんだよねー。なんでだろ」

「さぁな。とりあえずお友達から始めてみるか?」

「私に勝てたらね! 今日の淡ちゃんはぜっこーちょーだから、誰が相手でも叩きのめしちゃうよ! 相手は須賀? それともそっちの……そっちの…………誰だっけ」

「俺のクラスメートの宮永咲だ。卒業した、宮永照先輩の妹だよ」

「それじゃ、麻雀強い?」

「…………いや、そうでもないかな」

 

 咲と視線を交わすことなく、京太郎はそう言った。照に妹がいるというのは、同じ中学であれば周知の事実であるが、同じくらいに麻雀が強いというのは秘密にされていた。

 

 これは照の指示である。高校でデビューを考えているのなら、何も中学の内から情報を拡散する必要はない。

公式戦の記録が全くないのに、インターハイチャンプと同じくらい打てるというのは強力な武器だ。情報は可能な限り隠しておくように、という指針の元、今日も咲の腕は秘密にされている。

 

 咲の腕を知っているのは咲の家族と、京太郎にモモ。後は照が信頼をしている面々くらいである。

 

「そうなんだ。つまんないの。それじゃあ、須賀が、私の相手?」

「いや、俺は分析専門でさ。大星の相手は務まらないと思う」

「えー、じゃあこれで終わり? これで私がさいきょーってこと? なんだ、麻雀って簡単なんだね。つまんない」

 

 あ、と言葉を漏らしたのは咲である。それから、照がいた時に麻雀部に在籍していた二年と三年の生徒たち。彼ら彼女らは須賀京太郎という人間を良く知っていた。宮永照から絶大な信頼を勝ち得ていた唯一の男子生徒であり、部員の誰からも頼られていた宮永係であり、部員の誰よりも麻雀に精通し、そして、照を含めた誰よりも麻雀をこよなく愛している男であると。

 

 無論、人の意見はそれぞれだ。麻雀に興味のない人間もいるだろう。才能に恵まれた人間が一方的に勝ってしまったとなれば、つまらないというのも理解できる。こういう競技は共に切磋琢磨できる人間がいてこそだ。淡の気持ちも理解できなくもないのだが、この日は何故か淡の言動が癪に障った。

 

 京太郎の内面には、この大星淡という少女に麻雀とは何たるかと教えなければならないという使命感が燃えていた。内心で燻る怒りに似た感情を強引に理性で抑え込みながら、京太郎は努めて笑みを浮かべた。

 

 人間の最も攻撃的な表情は笑みであるという。京太郎の笑顔を見慣れた咲は、その笑顔の下に怒りが隠されていることに気づいて彼から距離を取ったが、京太郎のことをただの珍獣使いと思っている淡はそれに気づくはずもない。

 

「大星、少し待ってくれ」

 

 待てをかけておかないとどこかに行ってしまいそうだった淡に一声かけて、京太郎はスマホを操作する。彼女に麻雀とは何たるかを教えるために、最も最適な三人に声をかけるためだ。

 

「ああ、もしもし。京太郎です。ご無沙汰してます。実は折り入ってお願いが……はい、ちょっと麻雀で叩きのめしてほしい奴がいまして……」

 

 相手の立場を考えると無理難題も良い所であるが、弟子の頼みに電話の向こうで師匠は二つ返事でOKした。須賀京太郎というのは手のかからない弟子であり、何か物を頼んだことはほとんどない。合法ロリの師匠はそれが嬉しくて仕方がなかったのだ。

 

「残りの面子ですが、はい。できれば俺と卓を囲んだお二人に……オーバーキル? はい、それはもうそうなんですが、とにかく叩きのめしてほしいので」

 

 無理難題な上に物騒な話だったが、師匠はむしろそれが気に入ったらしく残りの面子についても二つ返事でOKでした。二部リーグに移った(かた)はともかく、もう一人は彼女の知り合いの中でもトップクラスに忙しいはずである。そう簡単にスケジュールの都合など付くはずもないのだが、全く確認した様子もないのに師匠は次の日曜日と指定してきた。

 

 ならばそれに従うのが弟子というものである。お礼を言って電話を切ると、改めて京太郎は淡に向き直った。

 

「大星。次の日曜、俺と二人で東京に行こう」

 

 突然の京太郎の物言いに、淡はぽかんと口をあけ間抜け面をした。『え? …………え?』と明らかに理解が追いついていない様子の淡の前にスマホを出すと、現代人の条件反射として淡もスマホを取り出した。そのまま流れで押し切って連絡先を交換すると、

 

「集合時間は後で知らせる。金の心配はしなくて良い。ああ、昼飯は向こうで食おうぜ。ちょっと行ってみたい洋食屋があったんだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ須賀! なにこれ……どういうこと?」

「いや、一緒に東京に行こうぜって、ただそれだけの話。そこでお前には俺が知る中で麻雀の強い人上から三人と戦ってもらう」

「そんなの勝手に決めないでよ! 私のつごーだってある訳だし、東京だし、男子と二人って初めてだし…………」

 

 ごにょごにょと、最初は威勢が良かったのに尻すぼみになっていく。淡に打ち負かされた麻雀部員たちも、何だこのかわいい生き物と事の成り行きを見守っていた。唯一不機嫌なのは、話に加われない内に勝手に話を進められた形の咲だけである。

 

「嫌か? どうしても嫌だって言うなら、俺も断りの電話を入れないでもないが……」

「や、嫌ではないんだけどさ、いきなり過ぎない?」

「過ぎない。俺に挑戦状を叩きつけたお前が悪い」

 

 言い切られてしまうと、淡はもう言い返せなかった。ほとんど話したこともないような男子と二人で東京に行ってやる理由など彼女には欠片もなかったのだが、京太郎にとってこれがとても重要な話なのだということは彼の顔を見れば解った。

 

「…………解った。行くよ、一緒に」

「そうか。それは良かった。とにかく、覚悟しておけよ! 必ず後悔させてやるからな!」

 

 行くぞ咲、と京太郎は咲の腕を掴んで部室を出て行った。後に残された淡は、胸で燻る感情を持て余して地団駄を踏んだ。

 




出身中学の名前をとりあえず清澄中にしました。


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