セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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48 中学生三年 二度目のインターハイ編⑦

 転校を繰り返してきた京太郎には、全国に知り合いがいる。その中で、今も連絡を取り続けているのがほとんど女子というのは流石に特殊と認識しているが、それはさておき。一時期、電話やメールを受けた段階で、画面を見なくてもそれが誰か解るようにと、地域ごと、個人ごとに着メロを分けるという遊びをした。

 

 今はそんなことはしていないが、変更することに違和感を覚えた女性は設定がそのままになっていることもある。

 

 鹿児島、霧島神境の石戸霞はその一人で、更に地域ではなく個人で設定されている内の一人だった。耳に入った段階で覚悟が決まるようにと設定したのに、それが耳に聞こえた段階でびくついてしまうのだから、意味がないような気がしないでもない。

 

 耳に残るおどろおどろしいテーマに、思わず背筋が伸びる。その電話がホテルの外では常に一緒に行動している咲が、たまたまお手洗いにたった瞬間にかかってきたとなれば、本気で巫女さん印の使い魔で監視でもされているんじゃ、と疑うのも無理からぬことではあった。

 

「おはよう、京太郎」

 

 恐る恐る電話に出ると、耳には聞きなれた姉貴分の声がする。穏やかな声音の中にも、隠しきれない剛田武的感性(ジャイアニズム)を感じる姉貴分に、京太郎は身体の緊張を良く解してから、挨拶をした。

 

「おはようございます。霞姉さん」

「突然で申し訳ないんだけど、小蒔ちゃんに電話してもらえる?」

 

 電話をかけて電話をしろというのもおかしな話だが、その理由に京太郎はすぐに思い至った。もうすぐ個人戦予選が始まる時間だ。小蒔第一である霞からすれば、直前に励ましの電話を要求するのは当然と言えた。

 

「解りました。すいません、お手を煩わせたみたいで」

「貴方にも付き合いがあることは、私も理解してます。でも、それで過去の付き合いをないがしろにするのは、どうかと思うわ。もう少しで良いから、小蒔ちゃんのことを構ってあげてね?」

「すいません、気を付けます」

 

 小蒔には電話もメールもしたが、京太郎は素直に謝った。試合前で不安になっている時こそそういうことは必要と霞は判断したのだろう。一人になって集中する時間が欲しいタイプもおり、照や菫などはそのタイプだが小蒔は違うらしい。

 

 ついでに言えば、咲と一緒で手が離せなくなると最初から解っていた京太郎は、個人予選に出場する知人にはあらかじめ励ましのメールないし電話をしていた。

 

 と言っても、照以外に出場する者は少なく、長野からは美穂子と大阪千里山のセーラと永水の小蒔、先日知り合った智葉くらいのものである。団体の決勝で白糸台に負けて準優勝で終わった臨海女子の智葉には、『宮永派のお前が準優勝で終わった学校の私に何の用だ?』と軽く嫌味を言われてしまったが、それはそれだ。

 

 負けた後に相手チームの関係者から電話がきたら、嫌味の一つも言ってみたくなるのは当然のことだろう。そんな智葉も個人戦では宮永に勝つと燃えていた。留学生ばかりのチームで団体戦に出られるかどうか。その指標の一つになるのだから、力も入るというものだ。

 

 智葉の実力は知らないが、団体メンバーであるメグが認めるのだから、相当な実力者なのだろう。実際、臨海の日本人の中では最強というのだから、照に勝つと意気込むのもあながち自信過剰とは言えない。

 

 麻雀に青春を賭けるというのは、こういうことを言うのだろう。掴みどころのない照も、麻雀に真剣に打ち込んでいる。逆に、麻雀を修行の一環として考えている小蒔たちは、照たちとは違った捉え方をしていた。あちらも確かに真剣に取り組んでいるのだろうが、そこにおける勝ち負けというのは小蒔たちにとっては単なる結果に過ぎない。それに一喜一憂はするだろうが、それだけだ。例えば同じ負け方をしても、智葉と小蒔ではその捉え方が大きく違う。

 

 小蒔たちのことは好きだし尊敬もしているが、自分とは微妙に距離のあるスタンスには、京太郎にも思うところがあった。どういう取り組み方をするかも勿論、個人の自由で京太郎が口を挟むことでもないが、やっぱりなぁ、と割り切れないのが、若さだった。

 

 そんなもやもやを引っ込めて、小蒔の番号を呼び出す。コールがあったのは三回。万事のんびりしている小蒔にしては素早い反応だ。

 

「もしもし?」

「ああ、小蒔姉さん。そろそろ予選だから、迷惑かもしれないけど応援の電話を――」

「そんなことありません! 京太郎の声を聴けて、小蒔お姉ちゃんには百人力です!」

 

 のんびりした小蒔には珍しく、声には力が籠っていた。これはもしかするともしかするかもしれない。小蒔は地力こそ全国区の選手の中では標準以下であるが、いざという時の爆発力は凄まじいものがあった。身をもって体験した京太郎は昔から小蒔のことを知っているが、ほとんどの選手はそうではない。一部の情報通が、あの霧島神境の、と話題にしているくらいだ。

 

 これでコンスタントに神様を降ろすことができれば、照にも勝てるか、と京太郎でも思えるのだが、いつでも呼べる訳ではない上、好きな神様を呼べる訳でもないため、能力として強力な代わりに、自由度はとても少ない。

 

 うおー、と電話の向こうで燃えている小蒔を聞くに、励ましの電話は成功したようだ。安心し、しかしどうやってこの電話を切ればよいのか迷っていると、電話口の別の人物が出た。

 

「京太郎? ごめんね、忙しいのに」

「巴さん。すいません、そっちまで行けそうになくて」

「地元の先輩なら、そっちを応援しないとね。まぁ、一緒に東京観光とかできたら嬉しくはあったんだけど」

「今度、必ず何か埋め合わせをしますから、霞姉さんにも伝えておいてもらえますか?」

「普段からそういう風に言ってるんでしょ? ダメだよ、自分を安売りしたら。霧島の巫女にそんなこと言ったら、明日から神主だよ?」

 

 それは鹿児島にいた頃、地元の人から良く聞いたブラックジョークである。冗談のはずなのに冗談に聞こえないのは、霧島の巫女に捕まった男性は、大抵は逃げることができずに神主かそれに類する職業になってしまうからだ。巫女さんから聞いたのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 

「あ、そうそう京太郎。小包で送ったお守り、ちゃんと持ってきてる?」

「ええ、胸ポケットに」

 

 先日、巴からもらった小包には手作りらしいお守りと一緒に、東京に来る時は手放さないように、と手紙が入っていた。お守りを携帯する習慣はないが、こういう時くらい神様のお力にすがるのも悪いことではないだろう。人事を尽くしたのも京太郎ではないし、霧島の神様であれば小蒔を贔屓しそうなものだが、捨てる神あれば拾う神ありだ。何事もしないよりはマシと、京太郎は巴からもらったお守りに『照が優勝できますように』と願掛けをした。

 

 その通りに勝ってくれれば良いのだが、そんな事情を知らない巴は京太郎の言葉に安堵の溜息を洩らした。

 

「良かった。これ、霧島のおまじないなんだけど、枕の下にお守りを入れると、寝つきが良くなるの。今晩試してみて?」

「? 解りました。やってみます」

 

 急に小声になった巴に些か不審なものを覚えたものの、疑問を口にするには至らなかった。そのまま軽い世間話をして電話を切り、咲と合流して会場に入る。照におかしを渡して咲分も補給させれば準備は完了だ。年上の部員たちに盛大に見送られ、応援席に移ると照の応援に入る。

 

 画面越しであるからいくら応援しても声は届かないのだが、それは気分の問題だ。おかしを手にした照に勝てる女子高生などそういるとも思えないが、お守り同様、多分やっておいて損はない。相手よりも自分のために応援するような心地で、京太郎と咲は観戦室で照のうち回しに熱狂した。

 

 その熱狂冷めやらぬ内に、予選は滞りなく終了する。

 

 予選一位は大方の予想の通り照で、二位が何と智葉だった。思わぬ好成績にお祝いの電話をした京太郎だったが、一位突破をするつもりだったらしい智葉の機嫌は大層悪く、十分少々愚痴に付き合わされてしまったが、明日以降は目にモノ見せてやると頼もしい言葉を聞くことができた。それでも勝つのは照さんですよ、という言葉をぐっとこらえることができたのは、それだけ大人になったということなのだろう。

 

 その二人に三箇牧の荒川さんとやらが続き、四位が南大阪は姫松高校――メールで郁乃が『うちの強い子』と言っていた愛宕洋榎となっている。五位が小蒔でセーラ二つ順位を開けて七位、美穂子はその一つ下の八位と蓋を開けてみれば予選に出場した知り合い全員が、予選通過していた。照の応援に来ているのだとしても、誰か一人でも予選落ちしていたら暗い気分になっていただけに、全員通過という結果は京太郎にとってありがたいものだった。

 

 咲は姉が予選通過したことを大いに喜び、京太郎の手を引いて白糸台の控室に直行する。菫から照が迷子になったと救援依頼のメールが来たのは、ちょうどその頃だった。激励にきたついでに捜索部隊に参加した京太郎は白糸台の誰よりも先に照を発見し、またも彼女らから感謝されることになった。

 

 当代の宮永係である菫からは、お前は照レーダーでも持ってるんじゃないかと勘繰られもしたが、京太郎からすれば何となく分かったとしか言いようがなかった。悪びれなく合流した照に菫が雷を落とす一幕もあったが、とにもかくにも、予選トップ通過である。

 

 明日以降の個人戦でもこれが続くことを祈りながら、京太郎は咲と共にホテルに戻り、早めに床に着いたところで巴の言葉を思い出した。寝つきが良くなるのなら、それに越したことはない。手作りのお守りを枕の下にそっと仕込み、京太郎は今度こそ眠りに着いた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――はずなのだが、何とも言えない違和感で目を覚ました。

 

 はっきりしない意識のまま身体を起こすと、そこには見覚えのある風景が広がっている。秋の穏やかな風が吹くそこには、美しい紅葉が広がっていた。この季節はここにいるだけで楽しいと、巫女さんたちが口を揃えて自慢していた、霧島神境の森の風景である。

 

 京太郎は離れの縁側に腰掛けていた。霧島に泊まる時に、いつも使ってたあの離れである。霧島にいる時にここにいることに違和感はないが、そもそも京太郎は東京のホテルで床に着いたはずで、その辺りの記憶ははっきりとしていた。巫女さんが絡むならば何でもありだが、離れた場所にいる人間を瞬間移動させることができるとは、聞いたことがない。

 

 それでも、できたところで驚きはしないが、それができるのだったら京太郎は、もっと巫女さんたちと顔を合わせていただろう。違和感に首を捻っていると、背後から声が聞こえた。

 

「こんばんは。こんにちはかな? どっちだろ」

 

 喜色に満ちた声音に振り向くと、そこにいたのは巫女の衣装の巴だった。ここが本当に霧島ならば当然の人選とも言えるが、同級生の春や姉貴分の霞や初美よりも先に巴が現れるのは、やはり違和感を覚えなくもない。考えがまとまらない京太郎を他所に、巴は手を伸ばして京太郎の頬に触れた。

 

「――接続完了。うん、久しぶりに試してみたけど、良い感じだね」

 

 その言葉でこの不思議な現象が巴の仕業であることを、京太郎は理解した。

 

「あのお守りですか?」

「その通り。普段からこんなことできる訳じゃないよ? 二人とも東京にいて、京太郎が私が用意した触媒を持ってるからできることなの。あのお守り、一つを一組に分けた特別製で、私の枕の下のはもう一つ同じ物があるの」

「どうしてそんな回りくどいことを?」

「こうでもしないと、独り占めできないしね……鹿児島だと中々私の番は回ってこないし、京太郎の方が友達と一緒なら尚更ね。ずっと鹿児島にいてくれたらなぁって思うよ、私は今でも」

 

 縁側の隣に、巴が座る。霧島神境で、巴と二人きりだ。あそこでは常に誰か一緒にいた気がするが、巴と二人きりということはほとんどなかった気がする。美人のお姉さんが一緒にいたいと言ってくれているのだ。男としてこんなに気分の良いことはないが、そうなると懸念が一つ持ち上がる。

 

 巴ができるということは、他の巫女さんにもできる可能性がある。そして、小蒔の応援で東京にやってきているのは物的守護担当の巴だけではない。

 

「霞さんと姫様も同じ物を用意はできないと思うよ。姫様も霞さんもこういう術はそんなに得意じゃないし、同年代の中ではそこそこ得意な私が準備しても、触媒一組作るのに一年かかったから」

 

 だから、安心という訳にはいかない。巫女さん力に関して京太郎は専門外だ。プロである巴が大丈夫というのだから大丈夫と思うのだが筋なのだろうが、相手も同様に巫女さんであり、京太郎が頭の上がらない女性のナンバー2に君臨する霞が相手だと、全くもって油断はできなかった。

 

 自分の言葉にも全く安心していない京太郎に、巴は気持ちは解るよと苦笑を浮かべた。

 

「できることがあるなら、しそうではあるよね霞さんも。それに、鹿児島以外にも、私たちみたいに考えてる娘は一杯いそうだし。でも、どれくらい? とは聞けないね。これでも臆病なんだ、私」

 

 すっと細められた巴の目が、京太郎を捉える。浮気を疑われている夫というのはきっと、こういう心境なのだろう。男というのは大概に、美人に凄まれると言葉が出ない生き物だ。きょどりだした京太郎に、巴は微笑みを浮かべると、正面から京太郎の身体を抱きしめた。

 

「だから、今の私はしたいことをするよ。私一人、京太郎も一人。うん、一人占めだね?」

「何か、今日の巴さんは巴さんらしくないですね」

「私だって、たまにはしたいことをするよ? でも、これが夢だからっていうのもあるかな。私でも半々くらいの確率だけど、京太郎の方はほぼ間違いなく、ここでのことを憶えていられないと思うから」

「相手が忘れるようなことのために、一年も準備したんですか?」

「そんなことってのは酷いなぁ……私にとって、京太郎にはそれだけの価値があるんだよ」

 

 そっと、目を閉じた巴の顔が迫ってくる。京太郎が考えたのは、自分を抱きしめる巴の身体が柔らかいことと、巴はやっぱり美人なのだな、ということだけだった。夢の中というのが影響しているのか、微妙に考えがまとまらない。ここでこうするのは良くないことのような気もするが、巴がしたいならさせてあげたい気もする。

 

 そしてそれが、巴の望むところだった。どうせここは人の夢の中。文字の通り儚く消えるものであれば、恥はかき捨て。したいことはするべきだと巴は開き直っていた。現実では絶対にできないことをしよう。そのために一年もかけて準備をしたのだ。時間は有限。まずはちゅーからと気合を入れたその矢先、巴は背後に悪寒を感じた。

 

 それと同時に、巴の身体は反射的に動いていた。振り向き、指先に霊力を込め、振りぬく。長年の訓練のたまもの、流れるようなその動作はこの年齢としては100点満点に近い物だったが、ここは夢の中。現実とは環境が異なる上、反撃が来ると身構えていれば、防げることもある。

 

 巴の会心の一撃は、あっさりと防がれた。腕を振りぬいた巴と、その腕を受け止めた霞。接触した状態で交錯した視線には、火花が散っていた。

 

「……一応聞いておきますが、どうやってここに?」

「巴ちゃんが準備をしてるのは知ってたから、それに便乗させてもらったの。あれだけうきうきしてたら、小蒔ちゃん以外は気付くわよ?」

 

 ぬかった、と巴は心中で後悔した。この手の術で何が難しいかと言えば、夢を繋ぐための触媒を準備することと実際に夢を繋ぐことである。誰かが夢を繋いだ後ならば、それに相乗りすることは六女仙に選ばれるくらいの巫女ならば造作もない。霞の専門は小蒔と同じ『神降ろし』であるが、通り一遍の術は習得している。夢に相乗りするくらい訳はないだろう。

 

「そんなにうきうきしてました?」

「してたわ。それはもう、恋する乙女ってくらいに」

「へぇ、それはいつもの霞さんと同じくらいってことですか?」

「何を言ってるのか解らないわね。それより、せっかく一緒になったんだから私も同席させてもらっても良いかしら?」

 

 確認の体を取ってこそいたが、それは実質的な強制だった。今や全員の夢が繋がっているとは言え、所詮は夢である。この術を構築した巴ならば今すぐにでも霞を叩きだすことも可能ではあるが、巴と霞は非常に近い場所で寝泊まりをしている。一足先に目覚めた霞が、その報復として巴までたたき起こすことは想像に難くない。

 

 全てを台無しにされたくなかったら、私にも良い思いをさせなさいと霞は言っているのだ。こうなってしまった以上その提案を受け入れるしかないのだが、タダで引き受けることは、納得しがたかった。何しろこの一晩のためだけに一年も準備を費やしたのである。それに何の協力もしなかった霞にタダで相乗りをさせるのは、とても悔しい。

 

「勿論、お礼はするわ。まだ何も決めていないけれど、それは追々二人で決めていきましょう」

 

 言質は取った。悪くはない落としどころだろう。一人で楽しむのが二人になったのは正直痛いが、背に腹は代えられない。夢の中とは言え、京太郎相手に好き放題できるチャンスなのだ。京太郎は普段は長野にいる。触媒を準備できて、かつ接近できるような絶好の機会は、これを逃したらいつになるか解ったものではない。

 

 霞の提案を飲もうとしたその瞬間、巴の脳裏に懸念が思い浮かんだ。

 

「ん、ちょっと待ってください。霞さんがここにいるってことは、姫様は今一人ってことですか?」

「小蒔ちゃんの寝入りの深さは巴ちゃんも知っているでしょう?」

 

 それを聞いた巴の血の気が引いた。巫女としての技術力について、実のところ小蒔はそれほど高くはないのだが、資質は六女仙の誰と比べても――それどころか、歴代の神代の巫女全ての比較しても五指に入る程の資質を持っている。技術がそれに及ばなかったとしても、九柱も神を降ろすことのできる膨大な霊力を使って、力技で介入することなど造作もないことだ。

 

 術そのものの構築に専念するあまり、巴は外部からの攻撃に対して何の備えもしていない。霞がすんなり介入してきたのが良い例だ。こんな状況で小蒔に力技で介入されたら、巴にはなす術がない。しかもここは夢の中。小蒔の膨大な霊力の前には、巴など風の前の塵に同じである。

 

 加えて、小蒔は夢とは相性が良い。巴たちは三人とも別の部屋で寝ているが、お守りを触媒に離れた京太郎の夢を繋いだことを考えたら、そんな距離はないに等しい。巫女というのは一般人が思いもしないことをやってのけるものだが、神代の長い歴史の中でも有数の、九柱の神を降ろすことのできる小蒔は当代では筆頭だ。

 

 じわりと、悪寒が形になっていく。それは巫女である巴と霞は当然として、ただ人である京太郎もそれを感じ取っていた。巴と霞の後ろに、すさまじい存在感を持った小蒔が立っていた。いつも日の光のような微笑みを浮かべている顔は能面のようになっており、見る者を例外なく跪かせる程の神々しさを身にまとっていた。

 

 神が降りている。それを理解できたのは巴と霞だけだった。巴は一応、戦う素振りを見せていたが、自分も神を降ろすことができる霞は、それが如何に無謀なことかを良く知っていた。軽く両手を挙げ、あっさりと降参した霞に、巴は猛然と抗議の声を挙げた。

 

「ちょっと霞さん、諦めないでくださいよ! ここで諦めたら一年分の苦労が――」

「残念だけど、また一年苦労してちょうだい」

「ちょ、姫様、今すぐ起きて――」

 

 巴の必死の抵抗も空しく、小蒔は無造作に腕を振りぬいた。瞬間、不可視の力が飛んで巴と霞を消し飛ばす。見たままを受け入れるのならば、巴と霞にとってはまさに大惨事なのだが、巴が説明した通りにここは夢の中。多少不思議パワーで消し飛ばされたところで、朝がくれば普通に目覚めるだろう。

 

 イレギュラーが起こった時にどうなるのか。そんな説明を受けた覚えはないが、何故だか京太郎はそれに確信を持っていた。それを不思議だとは思わない。何故ならこれは、夢なのだから。

 

 京太郎の隣には、小蒔が座っている。神々しい雰囲気は消え去り、いつものぽやーっとした小蒔に戻っていた。夢の中なのに寝ぼけ眼の小蒔は、隣に京太郎が座っていることに気づくと、ぱちりと目を開いた。

 

「京太郎!」

「はい、京太郎ですよ。小蒔姉さん」

「ああ、本当に京太郎です!」

 

 感極まった小蒔は、思う存分京太郎を抱きしめた。豊かなおもちの感触に思わず頬が緩むが、間近に迫った小蒔は興奮した様子でまくしたてた。

 

「予選突破できましたよ! これも京太郎が電話で励ましてくれたおかげです!」

「見てましたよ。流石小蒔姉さん、かっこよかったですよ」

「当然です! 私はお姉ちゃんですから!」

 

 むふー、と得意そうに息を漏らす小蒔に、京太郎は内心でかわいいなぁ、と思った。それから、小蒔は嬉しそうに、今日の予選でどう打ったということを話した。照の応援をしながらも、小蒔のこともモニタでみていた京太郎は、小蒔の言うことは全て理解していたが、今初めて聞いたという風に黙って耳を傾けた。

 

 小蒔は嬉しそうにほほ笑んでいる。朝起きたらこれを忘れてしまうことを、京太郎は寂しいと思った。




一方、姫様にやられてしまった二人は即座に跳ね起き、悔しさのあまり蒲団の上をごろごろ転がりました。


忘れてることがなければ、これで全国編は終わりで次回からあわあわ編になります。

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