セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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業務連絡っぽいものです。

今回のインターハイ編は登場キャラが多く、また初めて出てくるキャラもニ、三いるため時系列順に掲載するのを見送りました。
便宜上①、②と振っていますが、若い番号の方が必ずしも前ということではないのでご注意ください。

共通ルールは

・咲さんは夏風邪を拗らせて寝込んでいるため、京ちゃんだけ先に東京入り。咲さんは個人戦が始まるくらいから合流します。
・モンブチーズは個人戦には参加してません。団体戦が終わったら個人戦を見ずに帰ります。咲さんとは入れ違いです。
・今回のシードは白糸台、千里山、姫松、臨海の4つです。白糸台と千里山がAブロック。臨海と姫松がBブロック。モンブチはBブロックで、姫松のグループです。


46 中学生三年 二度目のインターハイ編⑤

 日々応援しているチームの変わる京太郎だが、今日この日は、龍門渕の面々と一緒に行動していた。

 

 空いた時間を使っての東京観光である。これが名門校ならばやれ検討だ、やれ対策だと中々遊びには出られないだろうが、この龍門渕ご一行は気楽なものだった。

 

 もちろん、透華たちも頂点を目指していない訳ではないが、彼女らにとっての麻雀は手段であって目的ではない。名門としての気負いとかそういうものはほとんどないと言っても良く、ある意味、インターハイに出場した学校の中で、最も気負いのない面々と言えた。

 

 それにしても、と京太郎は思う。

 

 先頭をちょろちょろ歩いている衣は、周囲を興味深そうに眺めていた。お嬢様であれば東京など何度来ていても良さそうなものであるが、ご両親が健在であった頃ならばいざ知らず、今の衣ハウスに住むようになってからは、衣は相当な出不精であると聞いている。仲良し六人組とは言え、早々衣を引っ張り出して旅行には行けないだろう。全員で外に出るというのは、衣にとってはそれだけで楽しいのかもしれない。

 

 そんな衣を、お母さんの表情で眺めている透華が衣の後に続き、その隣を一が歩いている。何をするでもなく、ぶらぶらとその後に純が続き、更にその後を歩いているのが、京太郎と智紀である。純ですら、東京という雰囲気にどこかふわふわしているというのに、智紀の態度はどっしりとしたものである。もう何度も来てますといった頼もしさに、思わず京太郎は問うてみた。

 

「智紀さんは、東京に来たことあるんですか?」

「薄い本を買いに何度か」

「あぁ、秋葉原とかそっちですね」

 

 興味がないではなかったが、自身の興味が概ね三次元で解決していた京太郎は、二次元の都たる秋葉原には行ったことがなかった。あの街には十八歳未満お断りのエロいアイテムがごろごろしていると聞いている。そういう物も買ったことがあるのだろうか。男として興味は尽きなかった。

 

 盗み見るようにして、智紀を見る。

 

 智紀は全体的に控えめな龍門渕の中では唯一のおもちと言って良い。意外と着痩せする歩という例外はあるが、今は良いだろう。ともあれ智紀は服装とかに気を遣えば、十分、十八歳以上に見える。身長の高い純と並んで歩いていればもう完璧だが、逆に衣や一と並んで歩いているとその幼い印象に引きずられ、年齢相応に見えるようになる。

 

 悪く言えばどっちつかずという印象であるが、どちらの雰囲気も楽しめるのだから、京太郎から見ればそれは長所だった。背伸びしてどこかに遊びに行くなら、智紀とだな、と心に決めた京太郎に、今度は逆に智紀が問うてきた。

 

「京太郎は東京に住んでたことがあるって言ってたけど」

「住んでましたけど、俺が住んでたのは西の方で都心にはあまり縁がありませんでした。それでも長野の今住んでるところよりは都会でしたけど、この辺とは比べ物になりませんね。都心にも行ってみたいなとは思うんですが、中々機会がなくて」

「私が行くところでも良ければ、いつでも案内してあげるけど――」

「俺はドカ盛りの店とか行ってみてーな。全く調べて来なかったから、どこに何があるのかも解んねーけど」

 

 話を聞いていたらしい純が、歩みを寄せて会話に入ってくる。会話を邪魔された智紀はメガネの奥から純を睨みやるが、龍門渕の不動の先鋒はそんな視線もどこ吹く風である。

 

「それは来年でも良いでしょう。どうせ来年も、私たちが代表になるんですから」

 

 透華の言葉には、自信が満ち溢れていた。それもそのはずである。

 

 まず龍門渕麻雀部の実情であるが、現状、在籍しているのは透華たちしかいない。これは衣を含めた一年生五人で殴り込みをかけた結果、全部員をこてんぱんに蹴散らした結果であり、元いた部員は透華たちに追い出される形で部から離れている。

 

 無論のこと、透華たちの強硬な行いに抗議する生徒もいないではなかった。彼女らは人数を集めて顧問と教師陣に抗議に行ったのだが、では普段団体戦のメンバーをどうやって決めているんだ、という話をされると言い返せなくなってしまった。

 

 元より、龍門渕高校は高校女子麻雀においては強豪校であり、建前上は対外的な結果を求めて活動している。部に貢献したとか、三年生だから優遇してあげようとか、人情的に優先してあげたい事柄は日々あるだろうが、そういうことをしていたら勝てるものも勝てなくなるのは道理である。

 

 これは麻雀部に限らず、順位が決定つけられる全ての競技に共通する原則である。

 

 すなわち、強い奴が偉い。

 

 元々透華たちが君臨するまでの麻雀部も、直前までの成績を元に機械的に代表を選出していた。本番にはこいつの方が強いから、等の理由でその基準を無視することもたまにはあるが、圧倒的な実力差があればそれも考慮されない。唯一懸念があるとすれば、透華たちでは九人野球ならぬ五人麻雀をせざるを得ないところであるが、それは突き詰めて言えば、透華たち以外の部員は彼女らの中から欠員がでない限りは団体戦には出場する目が皆無ということである。

 

 それくらいに、透華たちと他の部員たちの実力差は歴然だった。

 

 透華たちの行いが急なことであることは否めないが、彼女らの方が圧倒的に強いというのは厳然たる事実である。まだ一介の高校生である彼女らに、実力で劣る人間が勝る人間よりも優先的に大会に参加しても良い理由、というのをでっちあげることは不可能だった。

 

 結果、透華たち以外のほとんどの面々は、新たに同好会を立ち上げてそこで活動することになった。彼女らにはいつでも麻雀部に挑む権利が与えられており、もし勝つことができれば、代表は譲るという約束までしている。一つの部として存在していたものが、一つの部と一つの同好会に分かれてしまったのだから、龍門渕としては大事件と言っても良いのかもしれないが、見方を変えれば、普段の部活が形を変えただけとも言える。

 

 透華たちが代表になったことは素直に嬉しいが、追い出されてしまった人間のことを考えると、いつも打ち負かされる側の京太郎としては心も痛む。

 

 この胸の燻りを誰に相談したものかと、京太郎は敬愛する師匠とその友人のプロたちに事のあらましを伝えてみたのだが、彼女らは一瞬も考えることなく、一様に、口を揃えるように透華たちを支持した。

 

『強い奴が偉いってのが当然だろ? それ以外の方法で代表決めるなら、普段から部内リーグ戦とかで序列を決める必要とかねーんだし』

 

 咏の言葉は確信に満ちていた。強い奴が偉いというのは、実力主義のプロの世界では当然とも言える理屈である。

 

『若い可能性の目が摘まれることにだけは、先達として心が痛まないでもないけどねぃ。でもそいつらは同好会作ってまでまだ麻雀やってるんだろ? ほとんどの奴は、お嬢さんたちのことを認めてるんじゃねーかな。牌を置く奴もいたんだろうけど、多少負けたくらいでいずれ立ち上がってやるって意思まで失うような奴は、そもそも競技には向いてねーって』

「……仰る通りです」

『まぁまだ中学生なら思うところもあるだろ。悩める若人を導いてやるのが、師匠の役目でもある。大歓迎はしねーけど、たまになら相談に乗ってやるけどな? 私が捕まらないからって、はやりんとかルーキーの銀髪巨乳とかを頼るんじゃねーぞ。お前の師匠は私だってこと、忘れるなよ』

 

 咏から刺された釘に、京太郎は電話越しに苦笑を返した。なぜなら既に、咏の懸念の通りの事態になっていたからである。

 

 須賀京太郎の師匠は三尋木咏であるから、相談しようと思ったのは当然一番最初だったが、連絡が着いたのは咏が一番最後だったのだ。これで質問した相手の意見が割れていたら、京太郎も困っていただろう。

 

 最終的に師匠である咏の意見に従うことは間違いないが、はやりや良子の反対側に回ることに抵抗があるのも事実だった。全員の意見が一致したのは、不幸中の幸いと言える。

 

 そんなプロにも支持される激闘を繰り広げた透華たちは、五人は全員が一年生で、補欠なしの全員麻雀という漫画のような光景は、県内の耳目を集めた。長野では風越黄金時代が久しく続いていたこともある。一年生が相手をばたばたなぎ倒していく様は、傍から見ている分には大層気分が良いのだろうが、倒される側に知り合いがいる人間としては、手放しに喜ぶ訳にもいかなかった。

 

 透華たちが全国出場を決めたことは、自分のことのように嬉しかったが、その陰で美穂子が負けてしまったのだと思うと心が痛かった。

 

 美穂子は団体戦では風越の先鋒として出場し純を相手に一歩も引かない戦いを演じたものの最終的に風越は龍門渕に大差をつけられて敗北してしまった。大敗したことが尾を引いたのか風越の面々は透華たちが参加しなかった個人戦でも結果を残せず、風越から全国に行くのは美穂子だけという結果となった。これから部を引き継ぐことになるだろう美穂子のプレッシャーは計り知れない。

 

 誰かが勝ったその陰で、誰かが負けるのは勝負事の道理である。全員で手を取り合い、良かったねとは中々言えないものだ。

 

「ところで、京太郎。進学の件は本当に良いんですの?」

 

 長野で今日も麻雀の練習に精を出しているだろう美穂子のことを思い、ブルーになっていた京太郎に対して透華が発したその言葉に、純はまたか、という顔をした。

 

 龍門渕高校は私立の学校であり、優秀な学生を方々から集めている。試験をパスするなどした優秀な学生は特待生として様々な特典を持って入学することができ、衣を始め麻雀部の五人は全員、麻雀関係の特待生として入学した。透華は京太郎が龍門渕に入学するものとして、衣たちと同等の待遇を用意したのだ。学費は一切免除。必要ならば寮費も負担するという破格の待遇である。

 

 それが透華なりの気の使い方というのは解った。何も柵がなければ京太郎も二つ返事でうなずいたのだろうが、最終的に彼は首を横に振った。

 

 一番の理由は、咲のことだ。

 

 麻雀から遠ざかっていた彼女を、再び引き込んだことに京太郎は強く責任を感じていた。事情を話せば透華のことだ、咲も一緒に面倒を見ると言ってくれるに決まっているが、既に完成された五人の中に咲を放り込むのは咲の数少ない友人の一人として、気が引けた。次いで麻雀の実力である。現時点で、透華たちと比べても遜色ない。実力でメンバーを決めるのであれば、この五人の内誰かが補欠に回ることになるだろう。

 

 そうなったとしても、透華たちは誰一人文句を言わないだろうが、透華たちよりも咲がそれを気にしてしまうに違いない。

 

 それに、透華たちは一つ上の学年だ。

 

 一足先に卒業する彼女らの後には、彼女らがロートルと呼んだ部員たちの時代がやってくる。咲が実力で彼女らに勝っていたとしても、数に勝つことはできない。それでも龍門渕の代表にはなれるだろうが、居心地の悪い部活になることは目に見えていた。

 

 翻って言えば、それは京太郎自身にも当てはまる。京太郎は咲とは異なり、他人を黙らせるような対外的な実力を持っていない。自分が陰口を叩かれるだけならばまだ我慢できるが、それで透華たちにまで迷惑がかかっては目も当てられない。

 

 透華の気持ちは本当に嬉しいが……という話はもう何度もしたのだが、未だに透華は納得してくれていない。最初は透華の味方をしていた衣や純も、今では京太郎の味方をする程である。

 

 何度目か知れない透華の言葉に、今日立ち上がったのはいつも通りの順ではなく先頭を歩いていた衣だった。

 

「透華、その話はもう済んだことだ。きょーたろをあまり、困らせるものではないぞ」

「ですけど衣。京太郎が他の学校に行くことに、貴女は納得できまして?」

「それは……衣だってきょーたろが同じ学校に来ないことは寂しいが、きょーたろはきょーたろで衣たちのことも考えた上で結論を出したのだ。立てるべき時に殿方を立てるのが、良い女というものだと母上も言っておられたしな」

「衣がそこまで言うのなら……」

 

 明らかに納得していない様子で、透華は引き下がる。それだけ心を砕いてくれるのは男としても弟分としても嬉しいのだが、何度も断らなければならない側面を考えるとそろそろ勘弁してほしいとも思う。透華以外が味方についてくれているのが救いであり、特に衣が味方になってくれているのが大きかった。衣まで向こうにいたら、流石に京太郎でも押し切られていただろう。

 

 普段はどちらかと言えば我儘を通すタイプなのだが、こういう時には味方をしてくれる。自分で言っているだけあって、姉であろうとしてくれているのだ。弟が困っている時には基本的に、それを助けるように行動してくれる。京太郎から見て、透華たちは全員姉貴分であるが、その中でも一番姉であろうとしてくれているのは、一番身体の小さい衣だった。

 

 衣の言葉で、透華が引いた。それで京太郎の進路に関する話は片付いたが、代わりに空気は重くなってしまった。これについては、衣ではどうしようもない。次に何を話したら良いか解らない、という顔をした衣に助け船を出したのは、

 

「そろそろお昼だけど、どうする?」

 

 智紀だった。明らかにほっとした表情をする衣と透華に、智紀は優しく苦笑を浮かべながらタブレットを操作する。近隣の店をリストアップしているのだ。高校生と中学生だけでも入ることができて、それなりの味の店である。ちらっと覗き込んでみれば、高校生が行くにはお高めの店ばかりであるが、透華と衣がいるのであればこれが普通である。以前に二人のお供をした時も、連れて行ってもらったのは少しお高い感じの店だった。

 

「智紀、少し待て。衣に行きたい店があるのだ」

「あら珍しいですわね。衣がレストランのリクエストをするなんて。それで、どこのお店ですの?」

「ハミレスだ!」

 

 衣の舌足らずな言葉に、その場にいた全員の理解が遅れた。お金持ちのお嬢様である所の衣が、ファミレスに行きたいと言っているのだ。実に高校生らしい提案ではあるが、金銭的には恵まれている層が行く店としては、リーズナブルに過ぎる感がある。根が庶民の京太郎はその方が安心できて良いが、逆に根がセレブな透華は少しだけ不満そうな顔をしていた。

 

 少しで済んでいるのは、彼女を始め、龍門渕のメンバー全員が衣の意思を優先して動くからだ。個々人がどう思うおうと、衣がハミレスと行ったら、ハミレスで決まりである。

 

 しかし、透華の言う通りに衣が食事の行き先で意見を言うのは珍しい。良い子であるところの衣は好き嫌いなどはないが、食に関する執着は薄い。良い物を食べているから舌こそ肥えているものの、何を出されても喜んで食べてくれる。彼女にとっては何を食べるかよりも、誰が作ったか、そして誰と食べるかが重要なのだ。

 

 衣にとって友人というのは、ここにいるだけで全員である。共に食事することが決まっていて、それでもなお場所を指定するということは、ハミレスに特別な思い入れがあるということである。

 

「姉さん、理由を聞いても?」

「笑わないで聞いてくれるか?」

「俺が姉さんのことを笑うと思うか?」

「……そうだったな。お前はそういう弟だ」

 

「以前、父上と母上と東京に来た時、一緒にハミレスに入ったのだ。そこで食べたエビフライの味が、忘れられなくてな。一人になって、一人ではなくなって久しく経つが、東京に来たのならば、食してみたくなったのだ」

 

 予想してはいたが、衣の口から言われると想像していた以上に重い。衣の両親が他界していることは、京太郎も聞いている。その思い出となれば、思い入れも強いだろう。ならば彼女の弟としてすべきことは、その意を汲んで楽しませてあげることである。

 

 京太郎はちらと、透華たちに目くばせをした。衣を楽しませるという一点について、皆の心は一つである。言葉にしなくても、何をしたいかは伝わった。

 

「それで、その……衣はハミレスに行きたいのだが、もし他に行きたいところがあれば、きょーたろの好きなところで良いぞ?」

「いーや、皆まで言うな姉さん。もうあれだ、好きなだけエビフライを食べようぜ! そうだ、疲れてないか? 姉さんさえ良ければ肩車でも何でもするぞ!」

「本当か!? きょーたろ!!」

 

 自分の提案が却下される不安から一転、衣はぱっと目を輝かせた。小さな姉に飛びつかれた京太郎は、彼女を抱え上げるとその肩に乗せる。不安になるくらいに軽い衣はいつもよりもずっと高くなった視線に、大歓声を挙げた。興奮してはしゃいだ衣に頭をばしばしと叩かれながら、京太郎は智紀に目くばせをする。

 

 彼女の役割は数秒前と同じだ。ここから歩いて行ける距離にあり、エビフライがあるハミレス。検索し、その結果を見た智紀は指を顎に当てて僅かに思案すると、手を開いて掲げて見せた。

 

「――歩いて五分だってさ。ならこのまま肩車でも行けるな姉さん」

「うむ。よろしく頼むぞきょーたろ!」

 

 ぱしぱしと頭を叩いてくる衣に気を良くした京太郎は、わざと足を速めてみたりその場で回ってみたりとハミレスまでの五分の道程で、衣を楽しませるために色々なことをした。それに衣は大いに喜び、衣が喜んでくれるから京太郎も更に調子に乗ったのだが、京太郎が何かする度にはらはらしていた透華からダメ出しを貰った辺りで、一行はハミレスに到着した。

 

 智紀の検索でたどり着いたハミレスは、長野にもあるごく普通のハミレスだった。昼時を少し過ぎてはいたが、夏休みということもあり人の入りは上々である。幸いなことに禁煙席には空きがあった。待たされるのでは、という不安もあったが、一先ずは安心である。

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」

「六名です。禁煙席でお願いします」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 

 案内されたテーブルでの席順は、この六人の場合は大体自然に決まる。上座に衣、その左右に透華と一。京太郎は下座の中央で、その左右に智紀と純が座る。ここに歩がいると色々と話がややこしくなるのだが、それはまた別の話である。

 

 ともかく、頭の中がエビフライ一色になっている衣は、きらきらした瞳でメニューを眺めていた。最初から何を頼むか決まっている衣はそのままきらきらとさせて置き、衣の喜びに水を差さないよう、京太郎達はさっさとメニューを決めた。注文を取りにやってきたお姉さんにエビフライ他、注文をしていく所で、衣の揺れるリボンを見ながらあることを思いついた京太郎は、お姉さんにそれをこっそりと伝える。

 

 最初は面食らっていたお姉さんも、視線で衣を示すとまぁ、と小さく声を挙げて納得してくれた。

 

 待つこと、しばし。

 

「おまたせしました、エビフライプレートでございます」

 

 お姉さんの言葉に目を輝かせた衣は、自分の前に配膳されたプレートを見て目を点にした。メニューでは沢山かけられていたタルタルが、実際には全く、これっぽっちもかかっていなかったのである。流石にこれは全くもって想像の外であったらしく、涙どころか言葉も出ない衣は、目を点にしたまま周囲に視線で『これはどういうことだ?』と問いかけた。

 

 それに応えたのは、京太郎の不敵な笑みである。

 

「姉さん。それは俺が姉さんのために、エビフライをタルタルまみれにするためさ!」

 

 吠える京太郎の手には、店員さんにお願いして持ってきてもらったタルタルがあった。小鉢にこんもりと盛られたそれは、衣一人使うには多すぎる程である。これで専用となれば大盤振る舞いも良いところで、弟の意図を遅まきながら悟った衣は、これ以上ないというくらいぱっと顔を輝かせた。

 

「良くやってくれたぞ、きょーたろ! お前はやはりデキる弟だな!」

「はっはっは。そんなに褒めたってタルタルしか出ないぜ? さあ姉さん。冷めないうちにさっさと食べよう。俺がどばどばタルタルをかけるから、姉さんは好きなタイミングで止めてくれ」

「了解だ!」

 

 テーブルに身を乗り出し、遠慮なくどばどばとタルタルをかける京太郎を、衣は楽しそうに眺めている。それは透華の基準で言えば決してエレガントなものではなかったのだが、透華たちを始め、周囲にいた他の客たちも、京太郎と衣のやりとりを微笑ましく眺めていた。

 

 結局、エビフライが見えなくなるくらいにタルタルをかけた衣は、それを美味しそうに食べ始める。かわいいは正義を体現したこの少女を中心に、食べる前から幸福で腹が満たされていた透華たちは、言葉を交わすことなく決意していた。

 

 この笑顔を見るために、来年も必ず全国に来ようと。

 

 

 

 

 

 




次回、ガイトとダヴァンとラーメンと。
次々回(予定)巫女軍団襲来

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