セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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ころたん編よりも先に書きあがったので、すこやん編を先に投稿します。


業務連絡っぽいものです。

今回のインターハイ編は登場キャラが多く、また初めて出てくるキャラもニ、三いるため時系列順に掲載するのを見送りました。
便宜上①、②と振っていますが、若い番号の方が必ずしも前ということではないのでご注意ください。

共通ルールは

・咲さんは夏風邪を拗らせて寝込んでいるため、京ちゃんだけ先に東京入り。咲さんは個人戦が始まるくらいから合流します。
・モンブチーズは個人戦には参加してません。団体戦が終わったら個人戦を見ずに帰ります。咲さんとは入れ違いです。
・今回のシードは白糸台、千里山、姫松、臨海の4つです。白糸台と千里山がAブロック。臨海と姫松がBブロック。モンブチはBブロックで、姫松のグループです。


45 中学生三年 二度目のインターハイ編④

 インターハイに参加するのは現役の高校生であるからして、当然参加選手のほとんどはアマ選手となる。そんな彼ら彼女らの解説に駆り出されるのは、現役のトッププロたちだ。地方予選は主にその土地出身のプロが解説を務め、本選ではその中でも特に人気のあるプロが駆り出されることになる。

 

 連続して呼ばれると人気者の証などと言われることもある解説だが、ここ三年以上連続で本選においてこの仕事を請け負っているプロは小鍛冶健夜、瑞原はやり、三尋木咏の三人である。いずれも人気、実力共に申し分ないプロであるが、解説の内容にもまた個性があった。

 

 例えばはやりは教育番組を担当しているアイドルということもあり、初心者向けの解りやすい解説に努めている。子供受けは良いのだがその分、競技者などの経験者にはいまいち物足りないと、あまり評判が良くない。

 

 逆に三尋木咏は自己流の解釈を導入したり、思ったことをそのまま口にしたりとはやりと真逆の路線を行っているが、それがとても解りにくいと子供にあまり評判が良くない。真面目にやればきちんとした解説もできるのだが、人を煙に巻くような物言いは見る人間を選んでしまう。これで咏が持っている要素の内何か一つでもかけていたら連続で呼ばれるということはなかっただろうが、良くも悪くも個性的な解説はある種の人気を集めていた。

 

 小鍛冶健夜の解説は、ちょうどその中間と言える。他の二人に比べて華はないものの、地味で適切な解説は幅広い層に人気が高く、特に彼女が二部リーグに移動し時間の余裕ができてからは関東のアマ大会を中心に解説の仕事も増えるようになっていた。インターハイの解説も、もはや定番である。

 

 そんな健夜が近くに来ているならば、挨拶をしに行った方が良いのではないかと思った京太郎だったが、相手は元世界ランキング二位のトッププロである。連絡先を交換した程度の仲とは言え、果たして軽々しく会いに行っても良いものだろうか。判断に困った京太郎は電話で師匠の咏にお伺いを立てた。

 

「そりゃあ、行けば喜ぶとは思うけどねぃ……」

「やっぱり止めておいた方が良いんでしょうか」

 

 いつでもどこでもどんな時でも頼りになる師匠の反応は、京太郎の予想の通りに芳しくはなかった。別に呼ばれている訳でもないのだし、何かと忙しいだろうプロの時間を取るのも不味いのかもしれない。京太郎が心配していたのはそういう真っ当なことだったのだが、咏が気にしていたのは全く別のことだった。

 

 本番前とは言え、控室というのは皆油断するものであり、特に健夜はその落差が激しいことで仲間の女子プロに知られていた。京太郎の前ではまだ猫を被っている彼女の見栄を粉々に打ち砕くような真似をするのは、流石に友人として忍びないと思った咏だったが、京太郎が挨拶に行けば彼女も喜んでくれるだろう。同級生のはやりが下心なく男の子と話がしたいというくらいなのだ。年下の男性と麻雀談義ができるとなれば、あの健夜だって喜ばないはずがない。 

 

 何より、かわいい弟子である京太郎の頼みだ。叶えてあげたいと思うのが師匠というものである。京太郎の好みを体現したようなはやりの時は力の限り抵抗したものだが、健夜相手ならば間違ってもそんな感情を抱くことはないだろう。安心した咏は、非常に軽い気持ちでゴーサインを出した。

 

「行っとけ、行っとけ。上の方には私が話を通しておくよ。名前を言って、すこやんと約束があるって言えば通れるようにしておくぜ」

「ありがとうございます!」

「良いってことさね。その代わり、私の時にもちゃんと挨拶に来いよ?」

「もちろんです。差し入れ持って、伺わせていただきます」

「約束だからな。楽しみにしてるぜ?」

 

 咏とも約束を取り付けた京太郎は電話を切り、少しだけ時間を潰してからプロの控室がある区画に向かった。いつかのプロの大会のように、そこに続く道にはしっかりと警備員が立っており、京太郎が近づくと油断のない視線を向けて来たが、

 

「小鍛冶プロと約束があります、須賀京太郎といいます」

 

 自己紹介をし、要件を告げると強面の警備員は相好を崩した。

 

「あー君か。三尋木プロから話は聞いてるよ。小鍛冶プロの控室は102だ」

「ありがとうございます」

 

 咏の権力が絶大なのか、そもそも警備が緩いのか判断のつきかねるところである。逆にこんなに簡単に通れてしまって良いのだろうかと不安になる京太郎だったが、これで問題なく挨拶できるのだから、気にすることでもない。

 

 警備員のおじさんが教えてくれた控室の前に立ち、ノックをする。すると、

 

『どーぞー』

 

 という、やけに間延びした声が返ってきた。その声に、京太郎は思わずネームプレートを確認したが、そこには間違いなく小鍛冶健夜の名前があった。彼女の控室の中からどうぞというのだから、普通に考えれば先の声の主は健夜のはずなのだが、京太郎の脳裏にある健夜の姿と先ほどの間延びした声は一致しなかった。

 

 もしかして自分は、見てはいけないものを見ようとしているのではないか。女性に関する嫌な予感は、それなりに当たる京太郎である。考えれば考えるほど疑念は深くなっていくが、してしまったノックを取り消すことはできなかった。

 

 覚悟を決めて、そっと京太郎がドアを開けるとそこには、

 

「こーこちゃん、おかえりー」

 

 ジャージ姿でだらけながら、畳の上でごろごろしている健夜の姿があった。あまりと言えばあまりの光景に、京太郎は絶句してしまう。

 

 物心ついてから現在に至るまで、男子よりも女子と遊んできた京太郎にとって、女性というものは程度の差はあっても基本的にはいつも着飾っているもので、男の前では決して油断をしない生き物だった。間違っても、男の前でジャージ姿で寝ころんで、ごろごろしたりはしないのである。

 

 女性観としては聊か偏ったものだと言わざるを得ないが、一概に京太郎のせいとも言えない事情が彼の人生にはあった。京太郎の周囲にいる少女らは概ね彼への好感度が高く、少しでもかわいく見てもらいたいと思ってその通り行動していた。女性としての油断など入り込む余地のなかった環境が、京太郎の偏った女性観を形成するに至っていた訳だ。

 

 そんな周囲の少女たちの努力もあり、幸か不幸か、京太郎にはこの年になるまで『女子でも人が見ていないところでは油断することがあるのだ』という当たり前の認識が欠落していた。そんな幻想をぶっ壊したのが史上最強の雀士その人であると、一体誰が予想できるだろうか。多感なこの時期に少年が受けたダメージは計り知れなかった。

 

「こーこちゃん?」

 

 いつまで経っても反応のない相方を不審に思い顔を挙げた健夜は、そこで言葉を失っている少年の顔を見て、同じく言葉を失った。ここは何が何でもごまかさないといけない場面だったが、おせんべいを食べながらジャージ姿というのは動かしようのない事実だった。これはもう、時間を巻き戻すか見た人間の記憶を消すしかない。

 

 そしていくら全冠(グランドマスター)と言えど、時間を思い通りにすることはできなかった。

 

 これはもう、そこの地球儀でもって記憶を消すしか――追い詰められた健夜の思考は大分危ない方向に傾き、その手は傍らにあった地球儀にそろそろと伸びていく。このまま何もなければ大惨事の流血沙汰になっていたかもしれなかった、その時、

 

「おーっす、すこやん! 戻ったよ――」

 

 救いの神が颯爽と控室に現れた。今まで京太郎が出会った中で、一二を争うくらいに垢抜けたその女性は、ジャージ姿の健夜とそれを見て絶句している京太郎を交互に眺めて、にやりと笑った。

 

「邪魔者はどっかに行くよ。若い二人でお幸せに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もー、すこやん。元気出してよー。もうすぐ本番だよー?」

 

 回れ右して部屋を出て行こうとした恒子は、必死な様子の健夜に引き留められた。彼女としてはいつも通り気を抜いた健夜よりも、茫然としている少年の方が気になっていたのだが、彼は恒子と二三言会話をするとふらふらとした足取りで部屋を出て行ってしまった。

 

 少年が出て行ってしまうと、健夜は恒子と会話もすることもなく部屋の隅に移動し、後ろを向いて体育座りを始めてしまった。誰とも会話をしたくない、という解りやすいポーズをする健夜に、恒子は慰めるよりも先に笑いがこみ上げてきたが、本番の時間は刻一刻と迫っている。どうにかして健夜のテンションを切り替えるのが、今の恒子の役目だった。

 

 そのためには、先の少年の分析が必要になる。

 

 そも、健夜の部屋にスタッフでもない異性がいることが、恒子には意外だった。健夜の周囲に男の話など全く聞いたことはない。結婚とか恋愛に全く興味がないのか、とすら思っていたのだが、この落ち込みっぷりを見るにそうではなかったらしい。自分の恰好が幼気な少年の心を傷つけてしまったという事実は、少なからず健夜の心にもダメージを与えていた。 その原因となったジャージから着替える気力もない辺りこれは結構深刻であると判断した恒子は、彼女にしては神妙な顔を作って、健夜の隣に腰を下ろした。

 

 華やかな学生時代を送り厳しい就職戦争を勝ち抜き、民放キー局のアナウンサーという花形職業を数千倍の倍率を乗り越えてもぎ取った恒子は、ここまでショックを受けるくらいなら、最初からおしゃれしておけば良いのに、と当然のように思っていた。気を抜いて良い場所と相手をきっちり分けて選んでいる恒子は、健夜のような失敗を全くと言って良いほどしない。

 

 その分、別のところで怒られたり大目玉を食らったりもするのだが、今ではそういうトラブルも楽しめるようにさえなっていた。新人イビリに定評のある年配アナウンサーの地獄のようなシゴキを受けても、一人けろっとしていた恒子は既に同期だけでなく局中の注目を集めるようになっている。一年目でインターハイの実況という大役を任されたのも、明るく豪快なキャラクターもさることながら、その豪胆な精神性を評価されたことが大きかった。

 

 ちょっとやそっとのことではへこたれないと自負している恒子は、落ち込む健夜を前に努めて優しい声を作った。

 

「さっきの子さ、良い子だよね。態々挨拶に来てくれるなんて」

「そうだよね。ジャージで寝ころんでた私は、ダメな大人だよね」

「そうだね。ジャージはないよすこやん。もう少しおしゃれしなって」

「少しは慰めてよ!」

 

 と吠える健夜に、ついつい本音が出てしまった恒子は、態とらしく咳払いを一つ。それで仕切りなおそうとしたが、眼前の健夜がダサいジャージ姿なのを見て、思わず吹き出してしまう。年下の、明らかにリア充コースの女性に笑われた健夜は更に傷つき、本番前であることも忘れて猛然と恒子に襲い掛かったが、嗜み程度に護身術を学んでいた恒子は健夜の攻撃をひらりと避けると背後に回りこみ、健夜と一緒に座布団の上に倒れこんだ。ぐえ、とさっぱりかわいくない声をあげる健夜を、ぎゅー、と抱きしめる。

 

「まぁ、今日が不運だったと諦めて、次からすこやんの大人の魅力で挽回すればいーじゃん」

「……本当にそう思ってる?」

「全然。やっぱり男の子の前でジャージはダメだって。しかもダサい奴」

 

 うぅ……と力なく呻いた健夜が、恒子の腕の中でがっくりと全身の力を抜いた。ダサいジャージはそのままである。どうせ落ち込むなら着替えてからにしなよ、と思う恒子だったが、健夜は慰めないと動いてくれそうにない。めんどくさいなぁ、と思いながらもそんな健夜がかわいいと思った。自分も大概、おかしな趣味をしていると自覚しつつ、恒子は用意していた文言を口にした。

 

「……しょうがないから、さっきの子は私がフォローしておくよ。でも本当、ちゃんと挽回しないとただのジャージ女で終わっちゃうから気をつけてね?」

「ちょっと待って。いつの間に京太郎くんの連絡先を聞いたの?」

「えー? ついさっきに決まってんじゃん。おかしなすこやん」

「……今日初めてあった男の子に、特に理由もなく連絡先とか聞けたりするものなの?」

「明らかにアレな人はお断りだけどねー。それに交換じゃなくて聞いただけだよ。私のは教えてないから」

 

 アナウンサーという準芸能人な立場である以上、連絡先を知らせる人間は選ばないといけない、と今も受けている新人研修の際に嫌というほどに先輩から言われた。同期の中には高収入のスポーツ選手と結婚するためにアナウンサーになったと豪語する人間もいるが、別の確固たる目的があってアナウンサーになった恒子はそれを律儀に守っていた。

 

 男性のメールアドレスなど仕事関係以外では0である。恒子の素早い行動に純粋に尊敬の視線を送っていた健夜は、常々思っていた疑問を思い出した。

 

「……こーこちゃんはさ、京太郎くんって彼女いると思う?」

「すこやん、流石に若すぎるんじゃないかな。一回り下ってちょっとどうかと思う」

「そういうことじゃなくて! その、普通の男の子ってあそこまでショックを受けるものなのかなって思って……」

「さっきの子を普通とは言わないと思うけどなぁ……」

 

 高校大学と広い交友関係を維持し、今も繋がりを切らしていない恒子は、色々な種類の人間を見てきた。中でも大学時代にはかなりの変わり種も色々見てきた自負があるが、そういう人間の荒波の中で鍛えた人物眼で見る限り、先ほどの少年は所謂『普通』にはカテゴライズされないと思った。

 

「ある意味純粋培養だったのかもね。女慣れはしてそうだったのに、女の子のキレーな部分しか見てこなかった奇跡の存在と、こーこさんは見るよ」

「それってどういうこと?」

「普通に暮らしてたら他人の目って少なからず意識するでしょ? 異性の視線なら尚更ね。でも、男でも女でも長い時間一緒にいると、どこかでだらけたりするものなんだよ。家で何をしようと自由だと私は思うけど、家でジャージみたいなものが外でも出たりするものなの。でも、さっきの子の周りにいた女の子は、そういう隙を見せなかったってことで、つまり、あの子の周りは基本的に、あの子のことを好き好き言ってる女の子で固められてるってことね」

「そんなにモテモテなら彼女いるんじゃない?」

「一度でも彼女ができたことがあるなら、あそこまでショックは受けないよ。それにあんなにショックを受けるくらい純粋なら、彼女がいたら一人ですこやんには会いに来ないと思う。まったく、今時珍しい好青年だね。ちょっと重い気もするけど、すこやんが気に入るのも解るよ」

「私のお気に入りというか、咏ちゃんとはやりちゃんのお気に入りというか……」

「んー、それは私が聞いても良い話? いやほら、私ってばうっかりぽろっと話しちゃうタイプだから、大事な話なら黙ってた方が良いんじゃないかなーって思ってさ」

「……こーこちゃん、そういう気遣いできたんだね」

「失礼だなすこやん!」

 

 ぷんすこと、まるで野依プロの真似でもしているかのように怒って見せるが、不思議と彼女のようなタイプがやると愛嬌があった。健夜の数少ない友人の中では、はやりが一番タイプが近いだろうか。アイドルとアナウンサーを比べるものでもないが、はやりと比べても華やかさで見劣りしない辺り、やはりアナウンサーになるだけのことはあるなと思った。

 

 こんな押しの強いタイプでやっていけるのかと不安になった健夜だったが、後に彼女は『人生における運命の出会い』の一つとして、この日の出来事を挙げている。かの全冠(グランドマスター)が誰憚ることなく親友と呼ぶ福与恒子とのコンビは、この初顔合わせの日から、出産を機に恒子がアナウンサーを引退するまで、実に十年もの間、インターハイ名物として親しまれるようになるのだが、ダサいジャージ姿の健夜はまだ、それを知らない。

 

  

 

 

 

 


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