セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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業務連絡っぽいものです。

今回のインターハイ編は登場キャラが多く、また初めて出てくるキャラもニ、三いるため時系列順に掲載するのを見送りました。
便宜上①、②と振っていますが、若い番号の方が必ずしも前ということではないのでご注意ください。

共通ルールは

・咲さんは夏風邪を拗らせて寝込んでいるため、京ちゃんだけ先に東京入り。咲さんは個人戦が始まるくらいから合流します。
・モンブチーズは個人戦には参加してません。団体戦が終わったら個人戦を見ずに帰ります。咲さんとは入れ違いです。
・今回のシードは白糸台、千里山、姫松、臨海の4つです。白糸台と千里山がAブロック。臨海と姫松がBブロック。モンブチはBブロックで、姫松のグループです。


42 中学生三年 二度目のインターハイ編①

 自分はもしかして世界で一番強いのではないか。

 

 いわゆる天才と、幼い頃から周囲に持ち上げられる人間が一度はかかる思考的な病気である。ハオもその例に漏れず、少なからず自分の才能を認識していた。

 

 実際、麻将という競技において、同年代の中でハオに追随できる者はいなかった。それならばと、ルールの異なる麻雀の大会である仁川の国際大会に出場したが、結果は銀メダルである。

 

 この時、金メダルを獲得することができなかったことが、ハオの人生で最初の躓きとなった。

 

 少なくとも最強ではなかったことを思い知ったハオは、見聞を広めるために本格的に麻雀にも手を伸ばしたが、これが思うように勝てない。役が少ない、ゲーム数が少ないなどの違いはあるが根本的には同じものである。麻将で勝てるのならば麻雀でも、と思っていたハオはそこでもまた打ちのめされ、それが麻雀にのめり込む切っ掛けになった。

 

 元より、世界では麻将に比べてシンプルで試合の時間の短い日本式の麻雀の方がスタンダードである。ハオも十五歳だ。そろそろ将来のことを考えても良い時期である。麻雀と麻将のどちらを続けるのか。そもそもどの程度本気で続けるのか。

 

 悩み続けるハオの元に、日本からドイツ人がやってきた。

 

 日本の強豪校で監督をしているらしい、アレクサンドラ=ヴィントハイムという女である。彼女の学校は留学生を積極的に集めており、その関係で自分にも白羽の矢が立ったという。学費、生活費は『成績が優秀である限り』全て学校が持ってくれるという考えられる限りおよそ最高の待遇に、ハオ本人よりも先に両親が折れた。

 

 まだ明確な返事はしていないが、両親も学校もハオが留学するものということで話を進めている。

 

 そして、夏。

 

 日本の高校生たちによる全国大会の会場に、ハオは足を運んでいた。臨海が出場するから時間が取れるようならば見に来て欲しいと、アレクサンドラから招待があったのだ。

 

 海を渡り、ハオは初めて日本の地を踏んだ。

 

 アジアというざっくりとした括りでは香港と日本は仲間であるが、やはりハオの地元とは色々なものが違った。前乗りした初日はホテルにつくなり泥のように眠り、大会三日目。シード出場校である臨海の第一試合の日、早起きしたハオは時間に余裕を持って会場入りし――そこで道に迷った。

 

 日本語の勉強はしたが、辛うじて日常会話ができる程度で、読み書きはまだ得意ではない。日本人ならば案内板を見れば事足りるようなのだが、ハオはそれすらも一苦労だった。ならば英語で、と道行く人に話しかけてみても、ほとんどの人間は『I can't speak English』と足早に立ち去ってしまう。

 

 じゃあ、お前が今使ったのは何語なんだと、何度広東語で悪態を吐いたか知れない。いらいらしながら無駄に会場をうろうろしていると、ハオの背中に日本語でも英語でもない言語で言葉がかけられた。

 

 声のした方に視線を向けたハオは、絶句した。

 

 ひらひらとした服に真っ白な日傘。儚げな顔立ちに金色の髪。これで犬でも連れて海辺を歩いていたらお話に出てくるような良家のお嬢様で通るのだろうが、ここは日本で、屋内で、インターハイの会場だった。この国では日本人でないと人の目を集めるというのに、眼前の少女は金髪で日傘である。周囲の人間は漏れなく彼女を見ており、近くにいるハオまで巻き込まれ、悪目立ちしていた。

 

 何事もなければハオも係わり合いにならない手合いだが、日傘金髪は明らかに自分に向けて話しかけている。無視しても、この手合いはしつこいというのが世の定番である。彼女が何語で話しているのかも解らなかったが、金髪ならば通じるだろうという楽観で、ハオはとりあえず英語で切り替えしてみた。

 

『何かお困りですか?』

『――――』

 

 日傘金髪は相変わらず、何語か解らない言語で切り替えしてくるが、その表情にハオは理解の色を見た。明らかに英語を理解している。ハオは今度は幾分強い語調で問い返した。

 

『私はあまり気の長い方ではありません。悪ふざけがしたいなら、他を当たってください』

『これは失礼しました。私と同じ『おのぼりさん』を見つけたので、つい嬉しくなって』

『……西洋人はアジア人の区別がつかないと聞いたことがありますが?』

『こんなナリですが、私は母がそのアジアの人間なので、なんとなく区別がつくんです』

 

 言われて見ればという程度であるが、日傘金髪の容貌には東洋人的な雰囲気しがあるような気がしたが、彼女の容貌の中で最も目立つのは金髪だ。その姿を見てアジア人の血が入っていると感じる人間はほとんどいないだろう。

 

『それで、『おのぼりさん』の貴女がどうして私に声を? まさか本当に悪ふざけがしたかっただけですか?』

『実は迷子なんです、私。英語が通じて日本語が読めるお仲間を探していたんですけど、貴女は違ったようですね』

『現実は厳しいですね……』

 

 隣に言葉の通じる人間がいるというのは心強いことであるが、水に水を注ぎ足しても水にしかならず、問題の解決にはならない。

 

 こうなったらプライドも何もかも捨てて、アレクサンドラに連絡を取ろうか。ハオが本気でそう考え始めた時、二人の前を一人の青年が横切った。その青年が燻った色の金髪をしていたのを見た瞬間、ハオは声を挙げていた。

 

「すいません!」

 

 周囲に人は多かったが、その青年は自分が呼ばれたということに気づいてくれた。振り返った青年はハオを見て、そして隣に屋内なのに日傘を差した金髪少女がいるのを見て、困ったように微笑んだ。日本人特有のアルカイックスマイルである。これはまた『I can't speak English』か、とハオが諦めかけたその時、

 

『お困りですか? 俺で良ければ力になりますが』

 

 青年の口から出てきたのは、決して流暢とは言えないものの、中々堂に入った英語だった。これにはハオたちからも驚きの声が漏れる。

 

『どうかしましたか?』

『いえ、正直日本人を侮っていました。日本人は六年英語を学んでも、会話もできないと聞いていたもので』

『まぁ、普通はそうかもしれませんね。俺は麻雀を教えてくれた人が海外でレートやルールを誤魔化されたりしないために、って教えてくれたんで』

『良い先生をお持ちのようで羨ましいです』

『ありがとうございます。それで、何にお困りで?』

『恥ずかしながら道に迷ってしまいまして。良ければ臨海女子の試合を観戦できる場所を、教えてくれないでしょうか』

『それなら案内できますよ』

『……ご迷惑では?』

『全く。麻雀を見に来たんなら、俺の仲間も同然です。気にしないでください』

 

 こんな人間もいるものだ。海外で現地の人に良くしてもらった、という話は香港でも枚挙に暇がないが、自分がそれに巡り合って見ると感動も一入である。これなら留学しても、上手くやっていけるのではないか。年頃の少女なりに海外での生活に不安のあったハオだが、青年を見ているとそういう不安も薄れていく。

 

『失礼ですけど、海外から?』

『はい。私は香港から来ました。名前は――』

「私は雀明華です。フランスから来ました」

 

 ハオの言葉に割り込んだ日傘金髪は流暢な『日本語』で自己紹介をし、手を差し出す。青年は色々なことに面食らっていたようだが、すぐに笑みを浮かべると日傘金髪改め明華の手を握り返した。

 

「よろしくお願いします。俺は、須賀京太郎です。日本語、お上手ですね」

「来年から日本に留学する予定なんです。それで頑張って勉強しました」

「ああ、それで臨海の試合なんですね。ヴァントゥールが日本に来るとなったら、女子は大変だ」

「あら嬉しい。私のことを知ってるんですか?」

「歌う雀士というのは、中々珍しかったもので……」

 

 すいません、と恥ずかしそうに言う京太郎に明華はにこりと笑った。彼女が笑顔になるのと対照的に、ハオは気分が暗くなっていく。当て馬に使われたようで、とても気分が良くない。放っておくといつまでも二人で会話していそうだ。意を決したハオは、二人の間に強引に割って入った。

 

 目を丸くする京太郎に恥ずかしくなるハオだが、明華はくすくすと笑っていた。彼女の掌の上で踊らされているようで大変気分が良くないが、まだ自己紹介もしていないことも思い出し、気を取り直す。

 

『郝慧宇です。どうぞよろしく』

『よ、よろしくお願いします……』

 

 言葉に力を込めすぎたのか、京太郎は若干引いていた。これも全て明華のせいだ。

 

『この部屋になります。まだ時間は早めなので、席には座れると思いますよ』

「ご丁寧にありがとうございます。あぁ、よろしければ連絡先を教えてくださいませんか? 何分、まだこの国に不慣れなものですから、困ることもあるかもしれませんし……」

「そういうことなら」

 

 京太郎は懐からメモ帳を取り出すと、さらさらと連絡先を書いて明華に渡した。

 

『貴方は見ていかれないんですか?』

『地元の先輩たちが今日試合なんです。実はそちらの控え室の方に呼ばれてまして』

「では、特等席ですね。楽しんでらしてください。ご友人が勝たれますよう」

「ありがとうございます。お二人も楽しんでください」

 

 それでは、と京太郎は笑みを浮かべて去っていく。彼の姿が見えなくなると、明華は日傘を畳んで観覧室の中に入っていく。人は沢山いたが、まだ席はぽつぽつと空いていた。二人並んで座れる席もある。どうぞ、と席を勧める明華に従い、ハオは椅子に腰を下ろした。澄ました顔で隣に座る明華を、力を込めて睨んでみる。

 

『日本語、上手じゃありませんか? もしかして案内板もきちんと読めるのでは?』

『一人でもここまで来れるくらいには。でも、そういうことにしておいた方が、貴女とお友達になれる気がしたもので、つい』

『その割には最後まで嘘を吐き通しませんでしたね?』

『だって、異国の地で年若い男性に声をかけられたんですもの。良い所を見せたいと思うのが、女というものでしょう? それに良く言うではありませんか、友情よりも愛情と』

『流石フランス人ですね……』

 

 悪びれもなく言う明華に、ハオは溜息を吐いた。友情よりも愛情を優先した結果、彼女はただ案内しただけの京太郎の連絡先をゲットした。振り返ってみれば実に洗練された仕草である。普段からそういうことをやりなれているのだろうと思うと、生まれてこの方恋人ができたことがない身には、少々辛い。

 

『その番号、本物でしょうか?』

 

 早速、京太郎からもらった番号を登録してる明華を横目で見ながら問いかける。俯き、スマホを操作している姿は、同性であるハオが見てもはっとするほど美しい。

 

『誠実そうな人でしたから、嘘は吐かないかと思いますよ。先輩の応援と言っていましたから高めに見ても二年生。でも、身長は高いのにかわいい顔立ちをしてましたから、私よりも一つか二つは下ですね。私の勘は一つ下の中学三年生と言ってますが』

『私と同じ年とは、驚きました』

『再会した時、話すネタができたじゃありませんか。留学はもう決めたのでしょう? 日本人の恋人を作るというのも、良い経験になると思いますよ?』

『……自由な考えができて羨ましいです』

『良く言われます。改めて……私は雀明華。フランスから来ました。あちらでは『風神(ヴァントゥール)』なんて呼ばれていますが、どうぞ明華と呼んでください』

『郝慧宇です。呼び方はお好きなように』

 

 差し出された明華の手を握り返す。白魚のような真っ白な手には、麻雀タコができていた。洋の東西の違い、ルールの違いはあっても麻雀を打つ人間の手は変わらない。こんな性格であるが、この人はこの人で真摯に麻雀に打ち込んでいるのだ。そう思うと、明華のことも好きになれるような気がした。

 

 何でもないことを話しながら、ハオはカバンからメモ帳を取り出した。リアルタイムで牌譜をとって、分析に使うのである。公式戦は高校生のものであっても、公式サイトに牌譜がアップされるが、それでも即日にはアップされない。これだけ技術が進歩しても、打ち筋の分析は手で稼ぐのが基本である。

 

 見れば、隣の明華もカバンからタブレットを取り出していた。

 

 洋の東西。雀士の考えることは、皆同じである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明華は金髪ということで話を進めております。
次回はいくのん編です。

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