セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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SSの神が私にさっさと書けと囁いているのかもしれません。
かつてないほどのスピードで書きあがりましたが、咏さんが似てる自信がありません。最後の方は特に咏さんっぽくないかもですが、広い心を持って読んでいただけると助かります。

ちなみに投稿する直前まで咏さんが詠さんになってました。修正しきったはずですが、まだ残っていましたらご報告いただけると嬉しいです。


3 小学校二年 神奈川横浜にて

 

 京太郎が麻雀教室に通うようになって早一年が過ぎていた。親の都合でまた引越し通う教室は変わっても、京太郎は飽きもせず麻雀を続けている。

 

 年の割に頭の回転は速いとよく先生には褒められる。同級生はとにかく打ちたがるが、京太郎は良く教本を読んだり先生に意見を聞いたりと非常に勤勉だった。

 

 子供らしからぬその態度は、京太郎の先生達からの覚えを良くしていた。彼らはきちんと京太郎の疑問に答えてくれたし、京太郎が理解できなければ理解できるまで説明してくれた。それが更に京太郎の読みの鋭さに磨きをかけていく。

 

 後は実力が伴えば、と誰よりも思っていたのは京太郎自身だった。教室に通いはじめてからの勝率を見る。トップ率は何と一割を切っていた。卓抜した読みから振込みこそ極端に少なかったが、マイナス方向のイカサマでもしているのかと疑われるほど、京太郎のヒキは弱かった。

 

 引けるはずのところで引けず、勝てるべきところで勝てない。振り返ってみれば、この時が人生の岐路だったのだろう。この時もっと倦んでいれば、牌を握ることをやめていたかもしれない。それほどまでに京太郎は、麻雀で勝てない自分を嫌っていた。

 

 そんな京太郎を、先生はしっかりと見ていた。せめて気分転換にでもなってくれれば、と教室に一つしかなかったイベント枠を京太郎のために使ってくれた。地元の有名校が開催する麻雀教室である。インターハイ常連の超名門校が小学生向けに開催するそのイベントは、神奈川で麻雀教室に通う子供ならば皆が行ってみたいと思うイベントだったのだ。

 

 もちろん、京太郎もその一人である。麻雀をすることが嫌になってはいたが、やはり麻雀は好きなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 妙香寺高校。

 

 神奈川県では一二を争う強豪校で、近年は特に女子が強いことで有名……らしい。女子リーグにあまり興味がなかったから誰がどの程度強いのか知らなかったが、教室の先生が言うには今年のIHで団体戦全国二位。その団体戦で先鋒を務めた少女は、個人戦優勝という快挙を成し遂げたという。二年生なのに既に複数のプロチームから声がかかっているとか。その人は地元の名家の出身らしく、おそらく地元のチームを選ぶだろう、というのは近所の麻雀好きのおじさんの弁だった。

 

 守衛さんのいる校門に来校目的を告げ、チケットを見せる。君一人? と穏やかに問うてくる老齢の守衛さんに、京太郎は一人です、と答えた。親子連れでないことに守衛さんは驚いたようだったが、子供一人だと通してはいけないという決まりはない。親切なその守衛さんは会場までの道のりを丁寧に教えてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 丁寧に頭を下げて、高校の中に入る。休日なのに高校の中には人の気配が沢山あった。校庭では運動部の生徒が汗を流し、遠くに吹奏楽の音が聞こえる。小学校の印象から、休日の学校は閑散としているものだと思っていた京太郎は、その活気に心を躍らせていた。

 

 ここしばらく倦んでいたことも忘れて、会場を目指す。

 

 小学生のために解放された教室は、麻雀部の部室だった。受付の女生徒に、チケットを渡すとここでも『一人?』と聞かれた。二度目でも照れくさい。一人です、と突き放すように答え、会場の中に。

 

 麻雀部というだけあって、広い部屋には沢山の全自動卓が置かれていた。

 

 ホワイトボードにはマグネットの牌カードが張られ、男子高校生が牌効率について小学生に講義していた。京太郎の教室ではあまり人気のある内容ではないが、態々名門校まで足を運ぶ小学生は流石に熱心に、男子生徒の話に耳を傾けていた。

 

 奥の方の卓では、高校生同士の対局に熱を上げている男子がいる。高校生と同卓している女子もいた。皆が麻雀をしている。京太郎も、麻雀が打ちたくなった。

 

 しかし、どうしたら麻雀ができるのか解らない。イベントは既に始まっていた。誰かに聞けば良いのだろうが、高校生は皆忙しそうだし小学生は皆楽しそうだ。それに水を差すのは、京太郎も気が引けた。誰か暇そうな人は……と視線を彷徨わせると、着物を着た少女が目にとまった。

 

 美人、というよりもかわいい感じのその少女は、空いた卓の椅子に座って足をぶらぶらさせながら、一人暇そうにジュースを飲んでいた。

 

「すいません。麻雀するにはどうしたら良いんでしょうか」

「面子集めて、その辺の卓使えば良いんじゃね?」

 

 少女の言葉はにべもない。京太郎はその対応に、少しカチンときた。

 

 だが、相手は少女で年上だ。我慢我慢、と京太郎は心の中で念じながら下手に出て言葉を続ける。

 

「空いてる卓は勝手に使っても良いんですか?」

「これだけあるんだから、文句は言われないっしょ。というか私が許す。使っても良いよ」

 

 床を蹴って、くるくるー、と椅子が回転する。肩口まで伸びた少女の髪が風に舞った。微かな匂いが届く。京太郎はそれを線香みたいだ、と思った。

 

「じゃあ、俺と打ってくれますか?」

「私が?」

 

 少女は目をまん丸にして、京太郎を見つめ返した。それから、腹を抱えて笑い出す。

 

「あはっ、少年、命知らずなことを言うね。お前は打つなって言われたから隅で大人しくしてた私に、一緒に打てって、少年はそう言うんだね?」

「少年じゃないです。須賀京太郎です」

「京太郎か。その蛮勇に免じてお姉さんが適当に相手を連れてきてやろうかねぃ。その辺の暇そうな部員を一人二人――」

「あの、できれば俺たちと同じ小学生が良いです」

 

 高校生と打つのは、何となく怖かったのだ。小学生の感性として、それは当たり前といえる。

 

 しかし、眼前の少女にとって当たり前でないことがあった。京太郎の言葉を聞いた少女は、

 

「ほう、俺達と同じ、ときたか……」

 

 腹の底から搾り出すような声をあげた。誰がどう聞いても、激怒している。何か怒らせるようなことを言ったのだろうか。いきなりの事態に京太郎は自分の発言を振り返るが、何も落ち度は見つけられなかった。

 

 自分はただ、同じ小学生の少女と一緒に、小学生の相手を見つけて麻雀をしようと言っただけだ。それのどこが悪いのだろうか。京太郎には理解できなかった。

 

「あはは、京太郎。お前は面白いことを言うねぃ。俺達っていうのはひょっとして、私と、京太郎ってことなのかね。あぁ、答えなくてもいい。そうだってのは解ってるからさ」

 

 からから、と少女は扇子を広げて優雅に笑う。少女に周囲の視線が集まる。

 

「気が変わった。優しくしてやろうかと思ったけど、全力で潰す。泣いたりするなよ、男の子。高校生のお姉さんの強さを、今から見せてやるから」

 

 ぴしゃり、と扇子を閉じた少女の顔は思わず見とれてしまいそうなほどかわいらしかったが、まとう雰囲気はまるで鬼だった。

 

 あぁ、と京太郎は溜息を漏らす。

 

 自分は地雷を踏み抜いたのだ、と遅まきながらに理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな身体を怒らせて、咏が着席した。高校生にしては身長の低い彼女は、高校生用に合わせた椅子に座ると、足が地面につかない。低い身長は麻雀について天賦の才を持つ咏の、数少ないコンプレックスの一つだった。

 

 今回のイベントは私服でOKというから、お気に入りの着物を着てきた。最近は制服ばかりを着て過ごしていたから、久しぶりに着物に袖を通すことを楽しみにしていたのだ。同級生がやたらと遠まわしに制服の方が……と勧めてきたことは、別に気にしていなかった。

 

 今にして思えば、それは小学生に小学生と間違われないための配慮だったのだろう。同級生の気遣いが胸に染みるが、だからと言って自分を小学生と言った小学生を見逃してやるつもりはなかった。

 

 実力に開きがありすぎるから、と顧問と部長の両方から打つなと言われていた咏だったが、そんなことは気にしなかった。名門校の中にあっても、比類なき強さを持つ咏を相手に、本気で意見できる人間などいない。

 

 咏がやると言えば、それは決定事項である。普段は皆の顔を立てて大人しくしているだけ。やると決めたことは、咏は必ず成し遂げた。

 

 それが大人気なくも小学生の少年を全力で叩き潰すことでも、である。

 

 少年――京太郎は地雷を踏み抜いたことを理解したらしく、必死に謝ろうとしているようだったが、咏はそれに気付かないふりをした。すぐに謝ろうとした姿勢は認める。実に男らしい潔さで、好感が持てた。

 

 しかし、それを受け入れるのは勝負が片付いてからだ。女の尊厳を傷つけた男がどうなるのか、学んでおいて損はないだろう。

 

(さて、どうやって料理してやろうかねぃ)

 

 心中で舌なめずりをしながら、咏はサイコロのボタンを押す。出親は咏だ。牌がせり上がり、さて牌を――と手を伸ばしたところで、咏は自分の手に不意に熱が篭ったように感じた。

 

 牌を起こすのをやめ、手を見下ろす。

 

 こういう感覚は、良くある。引ける、引く、と強く思った時、意志は牌に伝わるものだ。他人にはほとんど理解されないが、念ずれば通ずるというのは咏にとっては当然の理だった。調子が良ければ、欲しい牌を引き寄せることだってできる。

 

 IH会場を焦土にしたと後に語られる個人戦は、その力が猛威を振るった結果だった。

 

 無論、その能力は出し入れすることができる。勝手に出てきて欲しい時に使えないのでは能力と呼べないし、能力に振り回され麻雀を打たされているのだとしたら、そんなプレイヤーは格好悪すぎる。そんな無様は咏のプライドが許さなかった。能力とは、制御できて当たり前のものなのだ。

 

 だが、今咏の手には熱が篭っている。欲しい牌を引き寄せる時の、あの感覚が手に宿っていた。何もしていないのに好調の波がきた。その不可解な現象の原因を、咏は一瞬で看破した。

 

(こいつか……)

 

 目を細めて、京太郎を見る。自分に好調を呼び寄せることのできる咏は、ある程度までなら他人の運を視ることができる。その感性で視ると、京太郎の周囲は歪んでいた。運がないどころか、マイナスである。元々運が細いのだろう。卓に座った京太郎の姿は咏には実に小さく見えたが、ただでさえ細い運が、周囲に思い切り拡散されていた。

 

 咏に集まってきたのは、京太郎が自身の運をマイナスに落としてまで放出した運である。それが元々の強運と相まって、咏に好調の波をもたらしていた。望んでやった訳でないのだろう。制御できていない、いや、制御できない類のものなのか。

 

 咏が麻雀に関する絶対的な強運を持って生まれたように、京太郎にはおそらく絶対的な不運が付きまとっている。咏の優れた感性が相手とは言え他人に見えるほどなのだから、それはもはや呪いの類。これを祓うとなれば、もはや霧島仙境の巫女にでも頼るしかない。

 

 意を決して牌を開ける。どうなっているのかは視るまでもなかったが――

 

 ①⑧⑨東東東南南西西北北發 北 ドラ『五』

 

 溜息をついて、咏は①を切り出した。京太郎以外は、麻雀部の後輩を使っている。特に何もするなと言い含めておいたから、普通に打ってくれるだろう。京太郎にも咏にもアシストをしない。つまり、京太郎が振り込まないように先に振り込むということも、期待できない。

 

 ⑧⑨東東東南南西西北北北發 南 ドラ『五』

 

 ⑧を切る。運を集めることは得意だが、放出することなど考えたこともない。このままでは良くないことになるだろう。そう思いながらも、咏は自分の好調を止めることはできなかった。

 

 ⑨東東東南南南西西北北北發 西 ドラ『五』

 

 ⑨を切る。大四喜字一色四暗刻、發の単騎待ち。ダブル役満はないからトリプルだが、それは振り込む人間には何の慰めにもならないだろう。ギャラリーからざわめきが起こる。咏の手は多くの人間に視られていた。流石三尋木、と賞賛する声も聞こえる。

 

 いつもならば気分良く聞ける賞賛の声が、逆に咏を憂鬱にした。自分に更に運気が寄って来るのを感じたからだ。自分に運が寄るということは、京太郎が運を更に放出するということでもある。

 

 プラスの運気が赤く見えるとするなら、マイナスの運気は黒々としている。京太郎の周囲はもはや、真っ黒だった。最高の幸運と最低の不運。それがぶつかった時、どうなるかは考えるまでもない。直撃の方が点差は広がるのだ。複合役満がアリならば、団体ルールの点棒でも一撃でふっとばすことができるこの火力。何も知らない小学生を葬るには、十分過ぎた。

 

 京太郎が、無警戒に發を切る。まだ四順目だ。誰も京太郎の判断を責めはしないだろう。彼は正しい行いをした。

 

 だが、それが勝利に必ずしもつながらないのが、麻雀というものである。

 

「ロン」

 

 勝者の義務として、咏はその声を発した。アガって、こんなに重苦しい気分になったのは生まれて初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東一局四順目、無警戒にきった發がトリプル役満に刺さった。大四喜字一色四暗刻の發単騎待ち。勿論、即死だ。二万五千点持ちの三万点返しのルールである。箱下のアリナシはきめていなかったが、ここで勝負を切ったとしても、誰も文句は言わないだろう。

 

 パタリ、と牌を伏せる。トリプル役満が出たとは思えないほどの沈黙が、辺りを覆っていた。アガった少女も気まずそうに視線を逸らしている。勝者の彼女に気を使わせている。そう思うと、京太郎の心は逆に晴れていった。今まで倦んでいたのが嘘のように、牌を見つめることができた。

 

「ありがとうございました! それから、ごめんなさい!」

 

 素直に頭を下げる。ついでに小学生に間違えてしまったことも、謝罪した。頭を下げた京太郎を、少女は目を丸くして見つめていた。礼を言われることが解らない、そんな顔である。

 

 その顔を見て、京太郎はヤるなら今だ、と直感した。

 

「ところで高校生のお姉さん、俺に麻雀を教えてくれませんか!」

 

 勢いに任せて、少女に詰め寄る。少女は京太郎の瞳を見つめ返すと、やがて小さくこくり、と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっかんねー、わっかんねー、なんで私が小学生の小僧とお茶してるのかわっかんねー」

 

 ぶつぶつ言いながらも、咏は湯のみに優雅に口をつける。もっとざっくばらんに、と思っていても身体に染み付いた作法というのは消えないものだ。三尋木は神奈川の名家で、金持ちだ。その縁で咏は幼い頃から色々な場所に顔を出している。高校近くのこの茶屋も、咏が幼い頃から贔屓にしている場所だった。

 

 馴染みの店主が京太郎を連れてきた咏を見て、眼を丸くして微笑んでいたのを思い出す。

 

『あの三尋木の咏さんが殿方と逢引するようになりましたか、いや、時が流れるのは早いものですな』

 

 無論、本気で小学生を連れ込んだとは思っていないだろう。見た目が小学生であっても、中身が高校生であることを主人は良く知っている。その上でからかってきたのだから、腹が立つのだ。大人というのは全く、いつまでも子供を子供扱いする。彼らから視れば確かに子供だろうが、それでも腹が立つものは立つのだ。

 

 咏の後を大人しくついてきた京太郎は、出されたお茶を普通に飲んでいた。一杯1000円はすると聞いたら、この小僧は一体どんな顔をするのだろう。詮無いことを考えながら、咏は鞄から扇子を取り出し、ぱたぱたと自分を扇いだ。

 

「でさ、京太郎。お前、私に麻雀教えてほしいって?」

「そうですししょ-。俺に麻雀を教えてください」

 

 湯のみを置いた京太郎は、真剣な目で咏を見つめてきた。その目に、頭のネジが吹っ飛んだ人間特有の危うさを感じる。それがますます、咏の良心を刺激した。ネジが吹っ飛んだことに原因があるとしたら、それは間違いなく先ほどのトリプル役満だろう。京太郎のこの状態には、咏にも責任があるのだった。

 

 別に、麻雀を教えることも吝かではない。プロは多かれ少なかれ後進の面倒を見ている。いずれプロになる自分も、その予行演習をしておいて損はないだろう。

 

 問題は、生徒の資質だった。

 

 はっきり言って、京太郎には才能がない。あそこまで強力な不運が、今日たまたまであるはずがなかった。絶対的に、この少年は引きが弱いのだ。麻雀はある程度は技術で強くなることができるが、それは絶対的な運量差を埋めるほどのものではない。この少年が技術を極めたとしても、そこそこの強運を持っただけの素人に敗れるだろう。麻雀を続ければ、辛酸を舐め続けることになる。先達として、それは心苦しい。

 

 咏の中の良心はここで京太郎を諭し、麻雀を諦めさせるべきだと言っていた。話してみれば、この少年は意外と頭が回る。例えば将棋とか囲碁とか、運の要素が限りなく少ない、論理と知性で勝負できるゲームの方が京太郎には向いているはずだ。

 

 だが、咏は諭すことを良しとしなかった。やりたいと言っている人間を突き放すことは、咏の流儀に反していた。気持ちがあれば、何でもできるなんて言うことはできない。全国大会で優勝した咏は、それこそ血の滲むような努力をしてきた高校生達を圧倒的な火力で蹂躙してきた。努力だけではどうにもならないことがあるのだ。咏は持っている側で、京太郎は持っていない側。それは動かしようのない事実であるが、だからこそ、そこで諦めるようなことはしてほしくなかった。

 

 持って生まれた人間が、持っていない人間にそれを望むのは酷だというのは十分に理解している。

 

 だから、咏は祈るような気持ちで、言葉を紡いだ。

 

 

「これから残酷なことを言うけど、最後まで黙って聞くんだ」

 

「いいか、京太郎。お前には才能がない。それは私が保証する。お前が麻雀を続けても、引けるはずのところで引けねーし、勝てるはずのところで勝てない。お前より技術の劣る素人が、あっさりとお前を踏み越えていくはずだ。そいつらはきっと、勝てないお前をバカにする。悔しい思いをするはずだ。泣くことだってあるだろう。麻雀に真摯に打ち込むということは、お前にとってそういうことだ」

 

「いいか、京太郎。私に麻雀を教わって、これからも麻雀を続けていくということはそういう理不尽と向き合っていくってことだ。ここで麻雀と縁を切っても、誰もお前を責めたりしないし、私がそんなことはさせない。ここで諦めることは、お前にとっては逃げじゃない」

 

「それでも……それでも麻雀を続けたいって言うなら、私は途中で投げ出すことを許さないぞ。私の前で諦めるチャンスは一度だけだ。それは今、この時にしかない。ここから先で諦めたら、私はお前を絶対に許さない。心の底からお前に失望し、軽蔑する。私に麻雀を教わるってことは、麻雀と一緒に生きるってことだ」

 

「それが解ったなら、選べ。須賀京太郎、お前はどうしたい?」

「麻雀がしたい!」

 

 それは、清々しいまでにまっすぐな答えだった。肩に入っていた力が一気に抜ける。

 

「全く、バカだねぃ、京太郎は……」

 

 だがそんなバカだからこそ、才能がなくても教えてやる気になったのだ。教えると決めた以上、最後まで面倒は見なくては。

 

「まず三つ、お前に言っておくことがある。お前が強くなるためには、必要なことだ」

 

 師匠らしいことをしよう。そう思った時、それはすらすらと咏の口から出てきた。ぴっと指を、一本立てる。

 

「一つ目。私が良いって言うまでポンチーカンはするな。お前はどうせツモれないしアガれないから。突き放されても追いつく足がないんだし、まずは振らない、負けない麻雀を覚えろ」

 

 うっ、と京太郎は答えにつまった。麻雀を制限されるのは、気分が良くないに違いない。それでも反抗しなかったのは見上げた弟子根性である。京太郎の行儀の良さに気分を良くしながら、咏は二本目の指を立てた。

 

「二つ目。技術を極めろ。少しでも勝てるようになるために、それは絶対に必要だ。読みを鋭くして感性を磨け。牌だけじゃなくて人間を見ろ。お前が勝つためには、ヒキ以外のところで勝負するしかねーぞ」

 

 こくこくと、京太郎は頷く。そんな京太郎の口元に、咏はそっと扇子の先を当てた。

 

「三つ目。私をししょーなんて呼ぶな。私は三尋木咏。お前には特別に、名前で呼ぶことを許してやるよ」

「わかりました。咏さん」

 

 呼ばれてみると、悪くはなかった。背筋に走る感覚にゾクゾクとしながら、咏は初めてできた弟子を、見下ろす。

 

「なら、私の弟子。お前を強くしてやるなんて約束はしてやれねーけど、お前が諦めない限り、私はお前の師匠だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそ、部室に本気の沈黙が下りた。

 

 話を聞いた面々は、どういう反応をしたものか心底迷っているようだった。

 

 だから、この話をするのは嫌なのだ。嘘は何一つ言っていないのに、他人からすると物凄い作り話の臭いがする。しかもそれが作り話だとしたら、相当に痛い。高校生にもなって、と気の毒な顔を特に女子にされるのが、京太郎は嫌だった。

 

「……それほんとなの?」

「ほんとです。嘘は言ってません」

「さっきみたいに写真とかないんか?」

 

 まこの問いに京太郎は沈黙で応えた。小学生の時は小学生と同じくらいという事実を認めたがらず、また京太郎の方が大きくなってからは、今度は身長差を気にするようになり、咏はとにかく並んで写真を取ることを嫌がった。だから咏と一緒の写真は大体いつも同じ構図である。携帯で写真を撮った時もプリクラを撮らされた時も、咏はいつも京太郎に抱っこされていた。それなら身長差も何もないというのは咏の弁であるが、腕にすっぽり収まるくらいに小さいのだから、差というのは嫌でも感じられる。何より十歳近く年上の女性を抱っこするのは、京太郎にも恥ずかしいのだ。そんな写真を残しておくなと他人は言うだろうが、残していないとあの師匠は拗ねるのだから仕方がない。

 

「ここは信じましょう。これから一緒にやっていこうって同級生を、ただの痛い人にはしたくありません」

「原村……」

「和でいいですよ。穏乃や憧の友達なら、私にとっても友達ですから」

「私のことも優希でいいじょ」

「解ったよ和、タコス」

「人の話を聞けーっ!」

 

 猛然と突っかかってくる優希を、京太郎は軽い調子でいなす。ちびっ子に何かと縁のある生活を送ってきたから、このサイズの対応には慣れたものだ。

 

「それにしても凄いわね。プロと面識があるなんて。あの三尋木プロが、須賀くんの頼みならって聞いてくれるのかしら」

「そんなに凄いもんじゃありませんよ、ただの弟子ですからね。前に大沼プロに会いたいって言った時は一週間くらい後に会わせてくれましたけど、はやりんに会いたいって言ったら思い切り蹴飛ばされて二週間くらい口をきいてもらえませんでした」

「それは須賀くんが悪いわね」

「おんしが悪いの」

「須賀くん最低です」

「バカ犬だじぇ!」

「いや、だって大沼プロがOKならはやりんもOKだと思いませんか?」

 

 当然の疑問に、女子全員はこれだから男は……という顔をした。そうなると唯一の男子は立場がない。釈然としない気持ちで、京太郎は点棒箱をぱたりと閉じた。振ってこそいないが、ツモられ続け現在東四で15000点。トップは優希ことタコスで40000点で独走。それを23000点の和と、22000点の久が追っている形だ。凄まじいまでの勢いを優希から感じる。東場に風が吹くような特性でも持っているのだろうか。だとしたら都合の良い能力である。

 

 南場に反動でも来てくれれば良いのだが、と祈りながらカラコロとサイコロが回るのを眺めていると、

 

「さて、じゃあ次に行きましょうか。次はどこに引っ越したの?」

「まだ続けるんですか?」

「だって面白いもの。一年二年でここまでなら、高校入学まで一体どんなできごとがあったのか、すっごく気になるわ」

「まぁ、楽しめてもらえてるなら良いんですが……」

 

 男の話を聞いて、そんなに盛り上がれるものだろうか。納得しかねるものの、話せというのならば、新参者は話すしかない。

 

 小学校三年。横浜を離れた京太郎は、岩手に引っ越していた。

 

 


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