セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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37 中学生二年 須賀京太郎、西へ 後編⑧

「ツモ。2000オールでラストね」

 

 宣言の通り、霞の逃げ切りトップで半荘は終わった。集中の糸を自分で切った京太郎は大きく息を吐いて、全身の力を抜く。永水の巫女達を相手に三連戦。他の三人は交代したが、京太郎はずっと参加している。集中を切らさずに卓を見続け、思考を続けるのは自分で思っている以上に体力を使う。

 

 春がついていてくれたこともあり、運の激しい上下を肌で感じることこそなかったが、そうでなければもっと速く集中力が途切れていたことだろう。密度の濃い麻雀をやった後特有の重い疲れを味わう京太郎の肩を、良子が突いた。

 

「読みが前よりも速く鋭くなってるね。場も良く見えてるようだ」

「でも春に手伝ってもらったのにトップが取れませんでした」

「いやいや、この面子相手に二着三回取れるなら十分さ。今日は日が悪かったということにしておこう」

 

 良子はそう言って京太郎を励ましたが、春を背負ってまで戦い、それでも一度もトップが取れないというのは京太郎にとってはやはり悔しいことだった。背中にひっついたままの春のくるくるを弄びながら、河に視線を落とす。

 

 三半荘目のオーラス。北家でラスだった初美が一発逆転を狙って東と北を暗カン。後はツモるだけという段階になってトップでラス親の霞がホンイツドラ1で場を流し、試合は終了した。必殺技を軽く流された初美はこれ見よがしにぶーたれているが、トップを守りきった霞は嬉しそうな一方、珍しく目が冴えて全く神様を降ろさなかった小蒔は低空飛行を続け、特に活躍もしないまま三着に終わっていた。

 

「京太郎が霞をひーきしたのですよー」

 

 初美の静かな怒りの矛先は京太郎に向いた。贔屓とは言いがかりも甚だしい、とは微妙に言い難い勝負内容である。何しろ西家だった京太郎が北家である初美のツモ番を飛ばすように、霞に必要な牌を二度も鳴かせた。あくまでトップを狙うのであれば絶対に切らなかった牌である。京太郎の腕と読みを知っている初美からすれば、彼が霞にアシストをしたのは明らかだったのだ。

 

「やっぱりアレですかー、おもちなんですかー? 私のようなぺったんこには生きてる価値がないとかそういうことですかー?」

「初美さんにアガられたら俺二着から三着に落ちますし、着順を落とすくらいなら、トップに逃げ切ってもらったほうが……」

「言い訳なんて聞きたくないのですよ!!」

 

 うがー、と吼えた初美は京太郎の背中に張り付いていた春をぽいと投げ捨て、それが当然とばかりに彼の膝に腰を降ろした。自分の場所を奪われた春は初美に飛び掛って抵抗したが、そのたびに投げ飛ばされ畳の上をごろごろと転がった。初美の霧島神境の小さなジャイアンの異名は伊達ではない。

 

 そんなジャイアンに対抗するには自分一人ではどうにもならないと悟った春は周囲に視線で助けを求めたが、三半荘中ずっと京太郎の背中に張り付き、彼を独り占めしていた彼女に味方する人間は一人もいなかった。小蒔ですらすーすーと下手な口笛を吹く真似などしながら、春から視線を逸らしているくらいである。味方はいないと悟った春は、がっくりと肩を落とした。

 

「そうそう、小耳に挟んだことがあるのだけど、聞いても良いかしら」

「何でしょう、霞姉さん」

「先週、奈良にある貴方の知人の旅館でアルバイトをしたそうだけど、どんなことをしたの?」

 

 京太郎はきたな、と思うと同時に遠く奈良にいる憧の読みの鋭さに戦慄した。誰か聞いてくるだろうと思っていたが、霞が聞いてくるとは彼女らのことを知っている京太郎でも、確信が持てなかった。それを憧は集合写真を見ただけで見抜いたのだ。恐るべきは、その洞察力である。

 

 憧には下手に隠し事はしないと心に決めつつ、宥にたかいたかいをしたことや、玄に背中を流してもらったことはきっちりと省きながら、霞たちにバイトの内容を説明した。

 

 この日に何をした、あの日にアレをした、とやったことをただ報告するだけのものだったが、京太郎が驚いたのは、プロになることが決まった良子でさえ、京太郎の話を熱心に聞いてくれたことだった。バイトの話がここまで受けるとは、と巫女さんたちの食いつきっぷりに驚いている京太郎に、良子が苦笑を浮かべながら、その原因を教えてくれる。

 

「皆実家が神職だからね。よほどの事情がないと、外でバイトということにはならないんじゃないかな」

「良子さんもバイトしたことはないんですか?」

「これから研修で雀荘に行かされるらしいんだけど、それが人生で最初のアルバイトだよ」

「あー、いいですよね。雀荘のアルバイト」

「旅館の手伝いだって、相当だろう? 私は泊まったことはないけど、地元では有名な旅館だそうじゃないか」

「そうみたいですね。大浴場はとても広かったですし、料理も美味しかったです」

「それは羨ましいことだね。あと、これも聞いた話なんだけどその旅館、看板娘のお嬢さん二人がとても可愛らしいそうじゃないか。京太郎、知り合いだろう? 愛媛にいた時、松実という名前を君から何度か聞いた記憶がある」

 

 逃げようと思った訳でも、ましてや逃げられると思い上がっていた訳でもないが、反射的に動こうとした京太郎の身体は、いつの間にか背後に回っていた巴によって、その動きを封じられた。肩に手を置かれているだけなのに、全く力が入らないのは一体どういう訳なのだろうか。特に疚しいことをした訳ではないのに、冷や汗がだらだらと出ている。浮気がバレた時のお父さんというのはきっと、こういう気持ちなのだろうと思った。

 

「写真とか持っているのかしら」

 

 疑問の形を借りた『つべこべ言わずにさっさと出せ』という霞様のご命令に、京太郎は大人しくスマホを操作して、卓の上に置いた。

 

 巫女少女たちは身を乗り出してスマホを覗き込み……そして、良子以外の全員が憧に視線を奪われた。

 

 美女美少女が揃っていて、総じて女子力の高い巫女さん達であるが、全体的に古風であるというのは、自他共に認めるところである。それがアピールポイントになるかは男の趣味嗜好に寄るだろうが、ともかく、そんな巫女さんたちにとって所謂今風の、垢抜けた女の子というのは相性の悪いものだった。巫女さんたちの目に、今風な少女であるところの憧はきらきらと輝いて見えたのである。

 

「何というか……思っていた以上に仲が良さそうだね」

「俺の隣にいるこいつと、手前のジャージの奴が同級生で、麻雀教室にも一緒に通ってました。それ以外は皆年上です」

「ああ、じゃあこの娘が前に言ってたかわいいお猿さんかい? 流石に失礼じゃないかな、こんなにかわいい娘を捕まえて猿だなんて」

「言ってたのは俺じゃなくてクラスの奴らですって」

「この、市松人形のような方は?」

「鷺森灼さんって言って、ボウリング場の娘さんです。この人はすいません、この写真を撮った日に会ったんで、良く解りません。あ、でも小蒔さんと同じ三年生ですよ?」

「看板娘って言うのはどの二人ですかー?」

「この二人ですね。俺の隣にいるのが松実宥さん。高校一年で初美さんの同級生です。その宥さんの隣にいるのが松実玄さん。この人も三年生です。二人とも、とても麻雀が強いですよ」

「ねえ、和菓子屋さんの娘って言うのはどの娘?」

 

 巴が身を乗り出して問うてくる。修験者の話をした時その場にいた、明星と湧も気になっているようだった。

 

「手前のジャージの奴がそうです。山の中を遊び場に育ったそうで、熊野まで走っていったとかって話もあるくらいで」

「…………ここ、確か吉野山だよね?」

 

 鹿児島生まれの鹿児島育ちの巴であるが、全国の霊山の地理には明るい。吉野から熊野まで、しかも山間部を少女の足で踏破するなど霧島の巫女でも数える程しか達成できない難事である。無論のこと、巴は達成できる人であるが、巫女の基準で難事であることを和菓子屋さんの娘さんが達成できるとは考え難い。

 

 京太郎の言葉から判断するにそれがジャージの少女にまつわる冗談の類というのは解ったが、それでも奈良から鹿児島まで移動した京太郎に気配の残滓があるくらいの強力な気である。それくらいやっても不思議ではない、というのが巴の考えだった。

 

 それから全員が思い思いの質問をし、京太郎がそれに答えるというやりとりが続いたが、その途中突然小蒔が立ち上がり、腕を振り上げていった。

 

「私たちも、こういう写真を撮りましょう!」

 

 小蒔の提案に逆らう人間は一人もいなかった。一番近くにいた湧が京太郎のスマホを取り上げると、部屋の棚の中からスマホ用の三脚を取り出す。何でそんなものが、と疑問に思う京太郎を他所に、意外にハイテクに強かったらしい湧がスマホを操作し、あっという間に写真撮影のできる環境が整った。

 

「京太郎はこっちに」

 

 霞に招かれ、京太郎は一同の中央に座らされる。その左隣に小蒔、右隣には霞が立ち中央から序列の高い順番に並んでいく。神境で写真を撮る時の基本だが、外様の巫女である良子は当たり前のように一番外に立った。明星や湧よりも更に外である。それで良いのかと視線で良子に問えば、彼女は小さく肩を竦めてウィンクをして見せた。

 

 気にしている素振りは全く見えない。これが大人の余裕なのだと思うと、いつにも増して良子のことがかっこよく思えた。

 

「これで私達が最新版ね」

 

 隣に座った霞がそっと京太郎に耳打ちする。年上である霞が憧と同じ発想をしたことに京太郎は苦笑を漏らした。笑われた、と感じた霞は目を細めたと思うと、そのまま京太郎の腕を抱きしめた。霞の凶悪で極上なおもちの感触に京太郎の呼吸が止まるが、殿方の事情に巫女さんたちは構いはしない。霞がそうしたのを見て、小蒔も京太郎の腕を取った。純粋な小蒔には霞のような『京太郎を困らせよう』という意図はない。単に姉貴分で親友である霞が、かわいい弟にそうしていたから真似をした、ただそれだけのことだった。

 

 上の二人がそうしたことで、残りの少女たちもそれに続いた。思い思いの姿勢で京太郎に飛びついて、できる限り顔を寄せる。そこにはもう序列など存在しなかったが、ここにいる人間が皆、仲良しだというのは写真を見た全員に伝わるだろう。

 

 この後、白糸台に抜かれるまで学校単位では長らく最新版となる永水女子一同との写真は、長野に帰宅後、狙い済ましたような憧のメールで、阿知賀のメンバーに拡散されることになるのだが、それはまた別の話である。




長くかかりましたが、これで西へ編終了となります。
次回プロ編です。咏さんとはやりんとアラフォーさんが登場します。
その後、特に書くことが思いつかなければ中三編。
これまた長くなりそうな二度目のインターハイ編です。ハミレスにいきます。留学生組に会うかもしれません。

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