セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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25 中学生二年 須賀京太郎、西へ 前編②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 松実館にやってきて、三日目。

 

 宥と一緒の食事で疲れを吹き飛ばした京太郎は、初日以上の熱意を持って仕事に取り組んだ。一日仕事を経験したこともあり、明らかにミスは減り、他人へのフォローもできるようになった。それでも駆け出し、初心者の域を出ることはなかったが、中学生という年齢、バイト二日目ということを考えれば上々のものだったろう。

 

 猫の手も借りたいと思って手配したバイトが意外と使えることに松実館の従業員は舌を巻き、重宝しつつも厳しく接することになった。そのおかげで仕事は増えた訳だが、自分の働きぶりが認められたような気がして、京太郎は嬉しかった。程よい疲れを持って部屋に戻ると、この日も宥が待っていてくれた。

 

 食事の豪勢さは昨日に比べるとグレードダウンしていたが、宥が配膳してくれることに比べれば、些細なことだった。相変わらず美味しい食事に舌鼓を打ち、宥の淹れてくれたお茶を飲みながら一息入れる。

 

「京太郎くん、そろそろお風呂に入ったら?」

 

 時計を見た宥が、ぽつりと呟く。臨時のバイトであるが、従業員側である京太郎は客用の大浴場を使うことはできない。昨日使ったのも、従業員用の小浴場だ。小とついてはいるが、須賀家のものよりも大分大きく、旅館だけあって温泉である。宥と一緒の食事の後に入るととても気持ちが良く、昨日などは湯船に漬かりながら寝落ちしたほどだった。

 

 これで宥が背中でも流してくれたら最高なのだが、と宥の身体に無遠慮な視線を向けるのを、寸前で堪える。流石にそこまでは高望みだろう。宥のような美少女が一緒に食事をしてくれるだけでも十分なのだ。これ以上望んだら、罰が当たる。

 

「そうですね。そうさせてもらいます」

「いってらっしゃい。片付けは私がしておくから、ゆっくりね」

 

 にこにこと微笑む宥に見送られ、小浴場に向かう。昨日はこの間に、宥が布団を用意してくれていた。部屋に戻った時にはもういなかったが、他人が用意してくれた布団で眠るなど初めてのことだった。それを用意したのが宥となれば、感動も一入である。布団は柔らかく良い匂いがして久しぶりに快眠できた。今晩もそれを味わえると、京太郎の心も躍った。

 

 途中、すれ違った仲居さんたちに挨拶しながら、小浴場の扉を開く。

 

 向けられる視線が、何やら下世話な感じににやにやとしていた気がするのだが、気のせいだろう。女性はたまに、男から見て訳の解らないことをするものだ。手早く着替えて、小浴場の扉を開ける。

 

 温泉特有の空気が、胸に心地良い。

 

 座椅子に座り、頭から湯を被る。もう一度、ざばり。熱めの湯が、肌に気持ちが良い。

 

 さて、と持ってきたアカスリに手を伸ばしたところで、京太郎はがらり、と戸の動く音を聞いた。

 

 小浴場の入り口には、使用中の札を下げてある。京太郎がここを利用することは全ての従業員が知っており、それが下げられている時は、京太郎がいると解るようになっているのだ。松実館に従業員は多くいるが、松実家以外は全員が通いである。一応、という形で小浴場は用意されているが、ここを利用する人間は京太郎が思った以上に少ない。

 

 気持ち良いのに何で、と調理場で問うたが、松実館に勤めて長い彼らは笑いながら『だからこそ』と答えた。ここで湯船に浸って疲れを癒すと、家に帰るのすら億劫になるというのである。京太郎が違和感なく使えるのは、旅館に泊まっているからだ。

 

 そんな人気はあるが使う人間の少ない小浴場に、人である。誰だか知らないが札は間違いなく下げたから、件の人物はそれを押してまで入ってきたということだ。何か緊急の用事だろうか。自分が入っているのを知った上で入ってくるなど、京太郎にはそれくらいしか思いつかなかった。

 

 座椅子から僅かに腰を浮かせて、振り返る。擦りガラスの向こうに映ったのは女性のシルエット。直感で、京太郎はそれが玄であると判断した。何か連絡を持ってくるなら、付き合いのある宥か玄がやるのが都合が良い。宥は今部屋で片付けをしているはずだから、態々来るとしたら玄としか考えられなかった。

 

「玄さん、どうしました?」

 

 先手を打って声をかけると、脱衣所で『わっ』と驚く声がした。

 

「……良く気づいたね。こっそり来たつもりだったんだけど」

「音はしましたからね。それから影で、玄さんじゃないかと思いました」

「流石京太郎くん。入る前に悟られるとは思わなかったよ」

 

 ん? と京太郎がその言葉の違和感を鮮明にするよりも先に、小浴場の戸が開いた。

 

 ぺたぺたと足音を立てながら、玄が入ってくる。仲居用の着物に襷がけをし、腕と裾を捲くった玄の目的は明らかだったが、あまりのことに処理落ちした京太郎の脳は、理解を拒否していた。

 

 フリーズし、対応が遅れる間に、玄はにこりと笑って話を進める。

 

「お背中流しにきましたー」

 

 遅まきながら、仲居さんがにやにや笑っていたことの理由に思い至る。

 

 年若い少年に、選択肢など存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり背中広いねー」

 

 ごしごしと、暢気に背中を擦る玄の声を聞きながら、京太郎は一言も発せずに俯いていた。

 

 バスタオルとか実は全裸とか水着とか、いやらしい格好をしている訳ではない。肌色の面積こそ増えているが、着ているものは同じなのだからほとんど誤差のようなものだろう。それでも視線を向けることができないのは、知った仲の美少女が背中を流しにきてくれているという事実が、中学生男子の京太郎にはあまりに刺激的だったからだ。

 

(おかしい。衣姉さんの時はここまでではなかったのに……)

 

 一つ年上、美少女という点で、衣と玄は同じカテゴリーに分類されるはずなのに、興奮度合いは段違いだった。やはりおもちの差だろうか……衣の前では絶対に口にできないことであるが、事実なのだから仕方がない。

 

「はい、流すよー」

 

 適度に温かいお湯が、背中の泡を流していく。背中を流すといっていたが、肩や腕なども丁寧に洗ってくれた。流石に前は、と遠慮したが、京太郎が抵抗しなければ普通に玄は手を出していただろう。部屋にこっそり所蔵している卑猥な本のような展開にはなるまいが、美少女が近くにいるという環境は良くもあるが、あまり精神によろしくはない。

 

「ありがとうございました」

「いいってことだよ。お姉ちゃんはご飯のお世話してるんだし、私もこれくらいはね。あ、明日もしてあげようか?」

「それは遠慮します。毎日玄さんに頼ったら、転がり落ちるようにダメな男になりそうで」

「そうなったらお世話してあげるよー」

 

 明らかに冗談と解る口調で言う玄に、京太郎は見えないように苦笑した。誰にでもこの調子なら、勘違いする男子も出てくるだろう。玄が通うのが女子高で良かったと思う。共学だったらお嬢様という背景もあって、男が放っておかなかっただろう。

 

「ところでさ、京太郎くん。前から聞いてみたいことがあったんだけど――」

 

 心中で身の心配をされていることを知らずに、玄は暢気な口調で言葉を続ける。振り向くと色々なことで大変になりそうだと思った京太郎は、ちょっとやそっとでは振り向かないことを、心に決めた。

 

「――京太郎くんは、麻雀好きだよね?」

「はい。すげー好きです」

「私たちが考えるには少し早いかもしれないんだけど、京太郎くん、将来はどうするのかなって」

「将来ですか……」

 

 久しぶりに聞いた言葉である。小学生の頃には、将来の夢は何か、という話を学校でしたこともあるが、皆が漠然と答えるに合わせて、京太郎も漠然と答えていた気がする。何と書いたのかは、覚えていない。少なくとも麻雀プロになりたいと書いたことは、言ったことは一度もないはずだ。

 

 その頃よりは大分マシな実力になったと自負しているが、それでもプロへの道は遠い。

今の京太郎にとっては正しく、麻雀プロというのは夢である。

 

 だが、麻雀を離れてみると、将来というものがとんと浮かばない。十年後でも二十年後でも麻雀をやっている自信はあるが、将来の展望と言えばそれくらいだった。麻雀をしている、と答えようと思ったが、玄が聞いているのはそういうことではないのは、京太郎にも解っていた。

 

 沈黙する京太郎を見て、玄はくすりと笑う。

 

「聞いておいて何だけど、私も良くは解らないんだ。旅館を継いでるかもしれないし、別の道を見つけてるかもしれないし、何か本当にやりたいことが見つかって、それをやってるかもしれない。京太郎くんは麻雀と一緒に生きていくんだと思うけど、でもそれは、麻雀で食べていくってことと同じじゃないよね?」

 

 段々、話が難しくなってきた。話に着いていけなくなりつつあった京太郎は、早速誓いを破って肩越しに振り返る。腰にタオルを巻いただけの年下の後輩の視線を受けた玄は、困ったように微笑んだ。玄も年頃の女性である。実は意外に男らしい身体をしていた京太郎にどきどきしており、京太郎以上に目のやり場に困っていたのだが、男である京太郎はその機微に気づくことはなかった。高鳴る胸の鼓動を意識しないようにしながら、玄は言葉を続ける。

 

「競技プロって道もあるし、レッスンプロ――赤土先生みたいに、人に教えるプロやアマチュアだってあるし、そういう記事を書く人だって、麻雀に関わってると思うよ。でも、麻雀を仕事にしなくても、麻雀と一緒に生きていくことはできるよね? 別のお仕事をしながら、麻雀をしてる人だって沢山いるよ」

 

 確かに、アマチュアでも強い人は沢山いる。教室にはそういう人も教えにきてくれていたことがあった。勿論、プロとして活躍している人に比べれば実力で劣るものの、彼らは総じて麻雀を楽しんで打っていて、また、他人に教えるのも上手かったように思う。

 

「麻雀に縛られて、それしか見えないのは京太郎くんにとっても損だと思うんだ。麻雀がいけないって言ってる訳じゃないよ? でも、他の道もあるってことを、知っておいてほしいなぁ、とお姉さんは思うのです」

「玄さんは、俺にどんな仕事が向いてると思いますか?」

「旅館の旦那さんとか、向いてると思うよ。仲居さんや板場の人にも評判が良いし」

 

 ふむ、とただ頷く京太郎を他所に、玄の顔は段々と赤くなっていく。風呂場が暑いから、というだけの理由ではない。京太郎にとっては向いている仕事を薦められただけであるが、実家が旅館である玄にとっては違う意味を持っていた。理性はここで止めておけと言っていたが、滑り出した口は止まることはなかった。

 

「私は京太郎くんが一緒に働いてくれたら……うん、凄く嬉しいかな」

 

 理性と戦っていた羞恥心が、この時漸く勝利を掴んだ。難しい話に混乱している京太郎を他所に、我に返った玄は、自分が何を言ったのかをきちんと、正確に理解した。

 

「はい。お姉さんの話はおしまい!」

 

 慌てて京太郎から距離を取った玄は、手近にあった桶を掴み、京太郎に中身をぶちまけた。桶一杯の湯を頭から被った京太郎の視界がふさがっている内に、玄は小浴場から出て行く。いきなり出て行ってしまった玄の行動の意味が理解できなかった京太郎は、髪の湯を払いながら首を傾げる。ほとんど玄が喋っていたから、何か不必要なことを言ったとは思えない。せっかくいつもはしない話をしていた所だ。できることならもっと話がしたかったし、聞いてほしいことも今更ながらに出てきたのだが、玄の気配は遠くなっていくばかりだった。

 

「まぁ、いいか」

 

 将来のことは、難しい。色々考えてはみたが、今すぐ結論が出ることでもなかった。蛇口から冷水を出した京太郎は、それを勢い良く頭から被った。ぶるり、と震えると思考がクリアになっていく。疲れてはいるが、頭は冴えていた。麻雀の勉強をするには最適なコンディションである。

 

 今日は何の教本を読もうか。麻雀のことを考えている京太郎の頭から、将来のことはすっかり抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京太郎の部屋を片付け終わった宥は、伸びをしながら一息ついた。京太郎はまだ風呂にいるが、その間に布団の準備もしておかなければ。普段のぽややんとしてる雰囲気と異なり、着物を着て、仲居のように働いている宥は実にきびきびと動いていた。

 

(まるで新婚さん……)

 

 当たり前と言えば当たり前のことに思い至った宥は一人でもだえる。男のために甲斐甲斐しく働く宥は、新婚さんに見えなくもない。甘酸っぱい想像に前後不覚になった宥は足をもつれさせ、これから敷く予定の布団にダイブする。きちんとメンテナンスされている布団には誰の匂いもしなかったが、これからここに京太郎が寝るのだと思うと、宥も少しおかしな気分になった。

 

 ここに自分の匂いをつけても良いのでは。邪な考えが宥の頭をよぎるが、旅館の娘としてのプライドがそれを押し留めた。慌てて起き上がり、身体の熱を追い出すように、大きく溜息をつく。この部屋にいたら、もっと邪なことを考えそうだ。片付けも終わったことだし、さっさと帰ろう。てきぱきと布団の準備をし、荷物をまとめて部屋を出て行こうとしたところで、宥は誰かの足音を聞いた。

 

(玄ちゃん?)

 

 急ぎ足のそれは、間違いなく妹の足音だった。

 

 そも、旅館で働く仲居さんは身体を揺らさずに歩くため、足音はほとんど立てない。この時間、この辺りを通る可能性がある人間で、足音を立てるのは玄だけだ。仲居さんとして働いている以上玄もそういう訓練はしており、普段は足音を立てずに歩くのだが、今はぱたぱたとしっかりと足音を立てていた。よほど急いでいるか、慌てているのだろう。いずれにしても、お客様の目に留まる可能性がある場所で、足音を立てているところが父に見つかったら大目玉である。

 

 やんわりと注意しようと部屋から顔を出すと、玄は早歩きしていた勢いそのままに、宥の胸に飛び込んできた。まさか抱きつかれると思っていなかった宥はバランスを崩した。堪えようと二歩、三歩と後ろに下がり、先ほど煩悩と共にダイブした布団に、今度は妹と一緒にダイブする。三人で……という邪な妄想が宥の頭がよぎるが、今は遠い未来のことよりも近くの妹だ。

 

「どうしたの? 玄ちゃん」

「聞いてよ、お姉ちゃん!私予定の通りに京太郎くんのお世話にいったんだけど……」

「あぁ、お背中を流すって言ってたね」

 

 昨日仲居さんにアドバイスを貰ったと、得意そうに話していた今朝の妹の姿を思い出す。

 

 玄が京太郎を弟のように思っていたのは知っている。姉しかいない玄は、弟が欲しいと言っていたことがあった。

 

 女性に優しく紳士的で、年上に気を使うことができる。少しデキが良すぎる気もするが、弟として京太郎は理想の存在だろう。

 

 だが、背中を流しに行くというのは玄の冗談だと思っていた。自分と違い玄には行動力があるが、そこまでとは宥も思っていなかったのだ。抱きしめる玄の温かさを見るに、本当に行ったのは間違いない。裸にバスタオル? と宥の手に言い知れない力が篭ったが、玄の着物には襷がけの跡があった。こっそり視線を下に向ければ、裾に濡れた後もある。最悪の事態は回避できたと見て良い。

 

 とは言え、入浴中にいきなり異性が入ってきたのだ。京太郎は女の子に慣れている節があるが、流石に緊張しただろう。

 

 そして、緊張したのは玄も同じはずである。腕の中の玄は、心臓の音が聞こえるくらいにドキドキしていた。羨ましい、とはっきりと思う宥だったが、京太郎の裸を直視して平静でいられる自信はなかった。勢いこんで小浴場に行っても、逆上せ上がって倒れてしまうのがオチである。

 

 お世話にいったのにそれでは本末転倒だ。京太郎に介抱されるというシチュエーションは魅力的ではあるが、どうせならお世話をして、そしてありがとうと言われてみたい。今は甘えたいよりも、甘えられたいだ。お姉ちゃんなのだから、当然の欲求である。

 

「それで、どうしたの玄ちゃん」

「あのね。話の流れで、前から言いたいことを言ってみたんだ。将来のこと。京太郎くん、麻雀以外にも目を向けた方が良いんじゃないっかなって」

 

 玄の言葉に、宥は小さく頷く。

 

 京太郎が麻雀を大好きなのは彼を知る誰もが知っていたが、同時に、今のままでは競技プロにはなれないだろうことは、宥にも解った。麻雀という競技に対する理解は、あの年代では全国でも屈指だろう。もし運の介在しない麻雀などがあるとしたら、それこそ京太郎が全国の頂点に立ってもおかしくはない。

 

 しかし、実際の麻雀は運が介在する余地が多いにあった。京太郎はそういう麻雀では無類のハンデを背負っている。理解が深くても、運が細くては勝てるものも勝てない。それがより、京太郎を麻雀に引き込んでいるのだろうが……見ている人間は時折、不憫に思うことがある。あんなに麻雀を愛している人間が勝ちに見放されているのだ。他にもっと向いていることがあるんじゃないか、と思うのは当然の帰結である。

 

 もっとも、それを京太郎に口には出来なかった。宥も玄も、京太郎が麻雀を愛していることは良く解っている。自分が今、本当に好きでいるものを諦めろと、どうして言えるだろうか。宥たちにできることは精々、麻雀を諦めずに妥協できる道をやんわりと提案することくらいだ。

 

「それで、玄ちゃんは何て言ったの?」

「…………」

「玄ちゃん?」

「……………………旅館の旦那さん」

 

 恥ずかしさで、玄は俯いてしまう。一風呂浴びている所に旅館の娘が押しかけてきて、背中を流している途中に、旅館の旦那とかどうだろうと薦めてきた。これが意味するところは、年頃の女の子でなくても解るだろう。玄のような美少女が、そういう健気なアピールをしたのだから、普通の男の子ならばころっと落ちてしまいそうである。

 

 真っ赤になって沈黙する玄を他所に、宥は考えた。

 

 京太郎が義弟になるというのも、悪くはない。何しろ義弟だ。甘やかして優しくされて、したいことは沢山ある。桃色な妄想をしながらも、しかし宥は冷静だった。

 

 それくらいでどうにかなるなら、今頃とっくに誰かが勝負を決めていただろう。奈良にいた三年前の段階で京太郎はフリーだった。それから何度か転校し長野に定住。その間に女の子と知り合う機会は何度もあっただろう。既に知り合った女の子と会う機会だってあったはずだ。自分がそうなのだから、他にも同じ気持ちを持った女の子がいてもおかしくはない。特に長野には一年以上腰を落ち着けていて、これからも住む可能性が高い。

 

 京太郎も中学二年生。そろそろ彼女が欲しいと思ってもおかしくはない。それなのに、まだ彼女が一度もできていないという事実は、京太郎の守備力が異常に高いことを意味していた。普通は逆なんじゃないかと思わないでもないが、それを嘆いても始まらない。

 

 解っていることは、京太郎を好いている女の子が自分を含めて複数いることであり、そして今まで一度もその思いが成就していないということ。

 

 悪く解釈すれば、これからも届く見通しが低いということである。ライバルが沢山いる以上、勝率が下がるのは必然だ。おまけに地理的な問題もある。長野にいる女の子は良いが、自分たちは奈良にいる。遠距離というのはそれだけで、大きなハンデだろう。

 

 なら、諦める? 自分に問いかけても答えはNOだった。

 

 これを良い方に解釈すれば、まだ誰にでもチャンスがあるということだ。人生初彼女の座をゲットできるということだ。

 

 何より、自分たちが良いなと思ったのは、麻雀の女神に振り向いてもらえなくても、何度も何度もアプローチを続ける男の子である。多少勝率が低いくらいで諦めたら、あまりに恥ずかしくて、彼の前に立てなくなってしまう。

 

「玄ちゃん。よくやった、だよ」

「お姉ちゃん……」

「京太郎くんが、旦那さんになってくれたら良いね」

「…………何か、私も仲間に引き込まれてない?」

「? そのつもりで言ったんじゃないの?」

「違うよ! や、違わないけど……その、お姉ちゃんも憧ちゃんも好き好き言ってるのに、私が踏み込むのもどうかと思うし、京太郎くんのことはずっと弟みたいに思ってたって言うか、これからも多分そうなんじゃないかなって」

「つまり、好きなんだね?」

「一言で纏めるとそうなんだけど……多分、お姉ちゃんとか憧ちゃんの好きとは違うんじゃないかな。私の仲間は多分、シズちゃんとか桜子ちゃんだよ」

「玄ちゃん」

「なにかな、お姉ちゃん」

「仲間になって、くれるよね?」

「…………了解ですのだ」

 

 妹の了解が気持ちよく得られたところで、宥はふっと肩の力を抜いた。男の子はおっぱいが大好きであると聞くから、玄が仲間になってくれると非常に心強い。自分でなく玄が選ばれるようなことがあっても、その時京太郎は義弟になり、自分は晴れてお姉ちゃんになる。

 

 自分がいて、玄がいて、京太郎がいて、そこにさらに家族が増える。

 

 それはとても幸せなことだと、宥は思った。

 

 




おかしい、クロチャー編のはずだったのに宥ねえの出番が留まるところをしらない……
そして次回は(多分)灼ちゃんのパートです。




 

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