セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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元々ほとんどかけていたので久しぶりのスピード更新でした。
あぁそれにしてもリッカがドロップしない。


23 中学生二年 須賀京太郎、西へ 導入編

 

 

 

 久しぶりに連対率四割を超え、気分良くネット麻雀を終えた時、携帯電話が鳴った。憧か怜かと思ってディスプレイを見ると、そこには松実玄という名前があった。

 

 メールでのやり取りは頻繁にするが、電話というのは珍しい。声を聞くのは何年ぶりだろうか。考えながら電話に出ると、懐かしい声が耳に届いた。

 

『京太郎くんの電話……で、あってるかな』

「はい、須賀です。玄さん、お久しぶりです」

『良かった。電話かけるの久しぶりで緊張しちゃった。京太郎くん、今時間大丈夫?」

「ええ。ちょうどネット麻雀にも区切りがついたところでしたから、大丈夫ですよ」

『なら良かった。それで早速なんだけど京太郎君、来週一週間、うちでバイトしない?』

「松実館でですか?」

『そうなんだ。仲居さんの一人がちょっと出られなくなっちゃって……もちろん、バイト代は出すし、部屋はうちをタダで使ってくれて構わないし、ご飯もこっちで用意するつもりだけど……どう?』

 

 心配そうな玄の声を聞きながら、カレンダーを確認する。IHを制覇した照も咲やモモと一緒に遊んで東京に戻っていった。龍門渕の面々とは今週遊んでいる。夏休みの前半は女の子と遊ぶことだけに費やした気がするが、その反動か来週以降には予定がさっぱりなかった。

 

 バイトを率先してしようと思ったことはない。小遣いに不自由していないというのもあるが、それをするなら麻雀の勉強に費やしたいというのが京太郎の考えだった。何もなければ教本を読み、ネット麻雀をするのが日々の過ごし方であるが、麻雀大好きの京太郎でもたまには他のことをしてみようという気になることもある。何より他ならぬ玄の頼みだ。奈良にいた時は世話になったし、自分で力になれるのならば力になってあげたい。

 

 それに、転校して以来奈良には行っていない。久しぶりに玄や憧たち、麻雀教室の仲間の顔も見てみたかった。一応両親に相談する必要はあるが、まず反対はしないだろう。玄の家のことは二人とも知っているし、人手が足りなくて困っていると言えば問題ないはずだ。滞在費がかからないのならば、尚更である。

 

「良いですよ。一週間お世話になります」

『ほんと? ありがとー!! お料理はすっごいの用意するから期待しててね!!」

「それは楽しみですね。期待させていただきます」

『あと、お姉ちゃんもいるから一緒に麻雀も打てると思うよ。面子は……うん、当日までに誰か見つけておくから心配しないでね」

「そっちも期待してます」

『それじゃ、本当にありがとう! 詳しい話は、またメールで連絡するから!』

 

 何度も礼を言って、玄は電話を切った。玄の脳がとろけそうな声が、今も耳に残っている。そこまで感謝をされると身体がこそばゆい。受けて良かったと、久しぶりに善行をして気分が良くなった京太郎は、そのまま風呂場へ行こうと腰を上げる。

 

 狙い済ましたように携帯電話が着信を知らせたのは、その直後だった。

 

 何か連絡でも忘れたのだろうか、とディスプレイを見ると、そこにあったのは玄の名前ではなかった。

 

 石戸霞。

 

 思わず、ディスプレイを見つめたまま、固まってしまう。

 

 京太郎の十三年の人生の中で、頭の上がらない女性というのが何人かいる。石戸霞というのはその内の一人だ。いっそ居留守を使おうかとも思ったが、霧島の巫女は総じて勘が鋭い。居留守を使ったと確信をもたれたら、例え証拠がなくとも色々と反撃をしてくるだろう。不可思議な力を扱うことに長じた人たちである。地味に不幸になる呪いなどをしかけられたら、たまったものではない。

 

 霞の連絡手段は急ぎでない限りは手紙である。それが直接電話をかけてくるのだから、それなりに緊急の要件なのだろう。深呼吸して、気持ちを落ち着ける。玄と同じで声を聞くのは久しぶりだが、軽い気持ちで電話に出たさっきと異なり、京太郎の手は緊張で震えていた。取って食われる訳ではない。と自分に言い聞かせて、電話に出る。

 

「もしもし、京太郎です」

『霞です。出るのが遅いから、居留守でも使おうとしてるのかと思ったわ』

 

 くすくす、と笑う声が聞こえる。冗談のような声音であるが、霞が態々口に出したということは、それを疑いかけていたということでもある。居留守を使わなかったのは正解だった。背中に流れる冷や汗を意識しながら、京太郎は先を促した。

 

「ちょっと立て込んでまして、申し訳ありません。それで霞さん、電話で一体どういうご用件で?」

『……京太郎、私は悲しいわ。鹿児島にいた時私のことを何て呼んでいたのか、もう忘れてしまったの?』

「失礼しました。霞姉さん」

『よろしい。貴方のことだから沢山女性の友達がいると思うのだけど、私のことも忘れないでくれると嬉しいわ』

 

 霞の言葉がちくちくと刺さる。これが針のような小さいものならば良いが、霞の場合は槍の穂先で加減して突かれているような可能性がある。対応を誤ると一思いにグサリ、ということが容易に想像できて怖い。

 

『改めて用件だけど、京太郎、一週間くらい霧島まで来れない? 貴方が東京で良子さんに会ったと聞いて、春ちゃんが少し寂しがってるようなの』

「春がですか?」

 

 マイペースな同級生の顔を脳裏に思い浮かべる。春には悪いが、あまり寂しい思いをするようなタイプには見えなかった。年が同じ、相対弱運の治療を担当してくれたこともあって、春は霧島で一番仲良くしていた。今でも連絡を頻繁に取り合っており、良子と東京で会ったことも、メールで連絡した。霞がそれを知っているのは、春から伝わったからだろう。

 

 伝えた晩に、春とは久しぶりに電話で話したが、その時には特に変わった様子もなかった。勿論、霧島に来てと言われてはいない。霞の『春が寂しがっているから』という話には、少し違和感を覚える。

 

 だが、京太郎も女性の心情にそれ程精通している訳でもない。春にとっては霞は幼馴染の一人である。過ごした時間の長い霞と異性である自分の見立てならば、霞の方が信頼できるだろう。

 

 京太郎はまたカレンダーを見た。机の上からマジックを取り出して来週一週間に『奈良・阿知賀』と印をつける。この予定を短くすることはできないから、一週間の時間を取るとしたらさらにその次の週ということになる。

 

「実は来週予定が埋まってまして。その次の週なら一週間行けると思いますが……」

『できればすぐに来て欲しかったけど、予定があるなら仕方ないわね。その予定で、春ちゃんには伝えておきます』

「解りました。すいません、お手数おかけして」

『良いのよ。私も、そろそろ京太郎の顔を見たいと思っていたから』

 

 電話越しとは言え、耳元で囁かれる霞の声に思わずどきりとする。年上の女性に揉まれた経験から、普通であればここでお世辞の一つも出てくるのだが、霞の声でどきどきしていた京太郎はその反応が遅れた。時間にして数秒、沈黙が流れる。

 

『……俺もです、くらいは言ってくれると嬉しいわね』

「すいません。意外な攻撃にちょっとどきどきして……」

『私が京太郎に会いたいと思うのはおかしいかしら』

「そんなことは……」

 

 十分におかしいと思ったが、それは口には出せなかった。鹿児島にいた時、一番お姉さん風を吹かせていたのが霞である。優しい人ではあるが同時に厳しい人でもある霞は、弟に対する報復には決して手を抜かない。初美は機嫌を悪くしても関節技をかけてくる程度だが、霞のそれは有形無形のプレッシャーが半端ない。

 

『まぁ、今日はこれくらいで許してあげる。一週間後には鹿児島に来てくれるんだもの。お話はその時にね』

「お手柔らかにお願いしますね」

『それは京太郎次第かしら』

 

 くすくすと霞は笑いながら、霞は電話を切った。楽しくて仕方がないといったその雰囲気に、変わらないな、と京太郎は思った。転校して以来、という訳ではないが、京太郎も霞に会うのが楽しみになってきた。他の巫女にも会えるだろう。男の子のようにちんちくりんだった湧や、兄様兄様と慕ってくれた明星は元気だろうか。

 

 予定で埋まったカレンダーを見ながら、京太郎ははたと気づいた。

 

「……しかし女の子と遊んでるだけで夏休みが終るな」

 

 男としてどうなのかと思うが、そんな年もあるさー、と気持ちを切り替えて、京太郎はパソコンに向かった。これから毎年そうなることを、この時の京太郎はまだ知らなかった。

 

 

 


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