セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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17 中学生二年 モンブチーズ導入編

1、

 

 

「京太郎。次の日曜日に時間作れるか?」

 

 藪から棒な父の問いに、京太郎は脳内で予定を確認した。モモとの約束はその次の日曜だし、照たちとの約束はその前の土曜日である。日曜日にはこれといった予定はない。

 

「別に暇だから良いけど、何の用だ?」

「俺の仕事につきあってくれ」

 

 父の顔は真剣だった。冗談で言っているのではないと理解した京太郎は、居住まいを正した。父親が仕事の話をすること自体が珍しく、手伝ってくれなどと言うのは勿論京太郎にとって初めてのことだった。

 

「実は今会社で、大きなプロジェクトが動いている。その一環で次の日曜、大事な取引先の女社長に会いに行くことになってる。でだ。その女社長の娘さんが、麻雀に打ち込んでるらしくてな。話の流れでうちの息子もですと言ったら、連れてきてくれと言われてな……」

 

 父の渋面から、どうにか話を修正しようとしたのは見て取れた。大人の世界に首を突っ込むのはできれば遠慮したかったが、麻雀ができるというのなら話は別だった。相手が誰でどういう状況だろうと、麻雀そのものに罪はない。

 

 それに不本意ではあるが、相手を気持ちよく勝たせることについて、京太郎には絶対の自信があった。京太郎と対戦した相手はツモれないはずのところがツモれ、アガれないはずのところでアガれるようになる。父親の仕事の麻雀が絡むのだとしても、不味いことにはならないはずだ。

 

「それから京太郎。何かの間違いでこのプロジェクトが流れたら、お前の小遣いは少なくなるからそのつもりでいてくれ」

「それは流石に横暴じゃないか」

「俺もそう思うが仕方がないのだ。この仕事が流れたら、俺は今の会社にいられなくなる……」

 

 大人ってのは大変なのだな、と思う京太郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2、

 

 社長の家というからざっくりと、金持ちハウスを想像していた京太郎だったが、実際にそこには家などなかった。

 

 家ではなく屋敷である。自分の背丈の倍はあるだろう門を前に、父親と共に呆然とする。仕事用のスーツを着込んだ父親とは対象的に、京太郎はラフな格好だった。制服でも着ようかとかと一応聞いたのだが、お前までかしこまる必要はないと言われたのだ。

 

 だが、門を見ただけで京太郎は自分の判断を少しだけ後悔した。この門の向こう側に、カジュアルな服を着た人間がいるとは思えない。

「須賀様ですね、お待ちしておりました」

 

 須賀親子を出迎えたのはメイドだった。おっぱいが残念なこと以外は、一分の隙もないメイド姿である。人の良さそうな笑顔にぼーっとしている親子を他所に、メイドは二人を先導して歩き出す。門から屋敷までは、距離があった。金持ちパワーに感心しながら歩いている京太郎の前に、今度は長身の男性が現れた。

 

 執事だった。一分の隙もない執事だった。黒い髪に上等なスーツ。穏やかな物腰は上品さを感じさせつつも、見るものを安心させた。同じ男に『こういう男になりたい』と思わせるだけの力が、その立ち姿にはあった。

 

「お父上はそちらの歩について本館の方へお進みください。ご子息はこちらに」

 

 ぎくしゃくした動きでメイドさんについていく父の背中を見送った京太郎は、完璧執事の後ろについて歩き出した。門を入ってしばらく……そう、しばらくである。しばらく歩き続けても、目的地が見えないのだ。金持ちの凄さを実感していたと思っていた京太郎だが、まだまだ甘かったと痛感する。金持ちというのは庶民の想像の、遥か上を行くのだと、頭ではなく心で理解した。

 

 執事は余計なことは全く話さないが、沈黙は全く苦にならなかった。御用があればいつでも、と背中が語っている。心地よい沈黙とはこういうことを言うのだろう。何もしていなくても、傍にいる人間に安心感を与えているのである。これがプロの仕事かと、京太郎は感心した。

 

「あちらになります」

 

 歩いて五分もしただろう。開けた場所で執事は足を止めた。道の先には東屋があり、そこに何人か女性がいるのが見て取れた。

 

「それでは、私はこれで失礼します」

「貴方は一緒にいないんですか?」

「傍に控えておりますので。御用がありましたら、何なりと」

「わかりまし――」

 

 振り返ると執事の姿はそこにはなかった。

 

 帰ったのか、と思えば何となく気配は感じる。本当に傍に控えているのだろう。その傍がどこかは良く解らないが、気にしないことにした。小学生の時には様々なオカルトに直面した。今更パーフェクト執事が現れたところで、驚いたりはしないのである。

 

 さて、と京太郎は歩みを進める。 

 

 東屋には四人の少女がいた。

 

 中央にはテーブルがあり、それに座っているのが白いワンピースを着たいかにも『お嬢様』な少女である。綺麗な金髪と優雅な居住まいから、この少女が女社長の娘であることがわかった。その背後には、これまた解りやすいメイドの格好をした小柄な少女がいる。黒いセミロングの髪を頭頂部でひっつめた、子供っぽい雰囲気の少女である。目元にある星のタトゥーシールが印象的だ。

 

 お嬢様の対面に座っているのは、銀髪の背の高い少女だ。最初は少年かと思ったが、椅子から投げ出されたすらりと長い足には、黒ストにスカート。雰囲気が男らしいだけで、装いは一応女性である。セーラなどは男の格好をしているだけで少女と疑う余地はないが、こちらは見ようによっては本当に男性に見えかねない鋭い雰囲気があった。さぞかし女性にモテるのだろうとは思うが、けだるげにハンバーガーを食べるその仕草が、色々なものをぶち壊しにしていた。

 

 残りの一人は、物静かな雰囲気の少女だった。咲や照などはたまに自分のことを『文学少女』と表現することがあるが、あの二人よりもこの少女の方がその表現には嵌っているような気がした。地味な服装、やぼったい髪型、もっさりした露出の少ないかっちりとした服装、極めつめはメガネである。無言でノートパソコンに視線を落とし、静かに、しかし高速にタイプをする姿は優秀な秘書を思わせる。地味ではあるがデキる人に違いない。

 

「はじめまして、須賀京太郎です。本日はお招きに預かりまして」

 

 型どおりの挨拶の途中で、京太郎はお嬢様が机上から全く視線を上げないことに気付いた。少女の視線の先にはチェス盤がある。誰かと勝負をしている風ではないから、詰めチェスだろう。それにしても駒の数が多い。手数の多い難しい問題に挑戦しているのは、想像に難くなかった。

 

「取り込み中ですか?」

「ああ。こいつ、これが解けるまで動かないってきかねーんだ。あぁ、俺は井上純だ。よろしくな」

「ごめんね、せっかく来てもらったのに。あと、ボクは国広一だよ。よろしくね」

「沢村智紀。よろしく」

 

 メイドを含めた三人が自己紹介をしても、お嬢様は顔をあげない。鬼気迫る横顔は魅力的ではあったが、無視されているようで気分が良くない。せめて耳に入ればと、心持大きな声で、この場で一番質問に答えてくれそうな純に問う。

 

「随分熱心に取り組まれていますが、どのくらい?」

「三十分くらいかな。先に智紀が解いちまったもんだから、意地になってんだよ」

「ボクたちの誰にもヒントを出すなって言われちゃってね。といっても、ボクと純くんはチェスなんて解らないんだけどね」

「そうですか……」

 

 小さく呟いて、京太郎は盤面に視線を落とした。

 

「じゃあ、俺がヒントを出す分には何も問題はない訳ですね?」

「言ってくれますわね」

 

 お嬢様の声に少し険が混じる。立ち上がった彼女の顔は京太郎よりも大分下にあったが、こちらを睨み上げる目には異様に力が篭っていた。

 

(流石お嬢様……)

 

 と、京太郎は内心で静かに喝采を送った。こうでなくては、と思いながら直立不動の姿勢でお嬢様の言葉を待つ。こういうタイプには、とにかく逆らわないのが生きるコツである。

 

「貴方、チェスができますの?」

「たしなみ程度には」

「結構。それではお手並み拝見と行きましょうか」

「俺が解いても良いんですか?」

「構いませんわ。もう解けましたもの」

 

 嘘だな、と京太郎は直感する。取り組んでいた難題が解けたような顔には見えない。どうにかして打ち切りにしたかったが、自分から言い出すのは心苦しいと思っていたところに、思わぬ客が現れたから、それに乗っかりましたという風である。

 

 指摘するのは流石に無粋だろう。女性に恥をかかせないのも、男の役目である。解りました、と短く答えた京太郎はお嬢様の示した盤に視線を落とす。

 

 そうして、迷いなく駒に手を伸ばした。白の駒が、黒の駒を追い詰めていく。駒を動かす音が、都合13回。それで、白の軍団の包囲は完成した。それまで五秒とかかっていない。唖然とするお嬢様に、何でもないように京太郎は言った。

 

「十三手でチェックメイトでしたね」

「……貴方、チェスはできますの?」

「たしなみ程度には。麻雀に打ち込んでいる、片手間のようなものですけどね」

 

 同じ問いの繰り返しに、京太郎の顔に苦笑が浮かぶ。かけている時間は麻雀の方が圧倒的に長いが、出した成果はその逆だった。運が絡まない、理詰めのゲームの方が向いていることは、京太郎自身が良く理解している。

 

「なら、麻雀の腕も期待できますわね!」

 

 幸か不幸か、お嬢様は事実と全く逆の解釈をした。優雅な仕草で椅子を立つと、手を差し出してくる。

 

「私は龍門渕透華と申します。よろしくお願いいたしますわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3、

 

 流石に屋外では麻雀はできないと、移動している最中。話のネタに困った透華たちは、京太郎のことを根堀り葉掘り聞いてきた。話して困るようなことはない。引越しばかりだった京太郎の生い立ちに、透華たちの反応は良かった。特に一は父親が売れないマジシャンという職業柄、それに付き合って全国を飛び回ったことがあるらしく、親の仕事に振り回される子供という思わぬ共通項に、共感を覚えてくれたようだった。

 

「……それにしても、相対弱運ですか。随分変わった力を持ってますのね」

「自分で言っておいて何ですけど、疑わないんですか?」

「私たちも似たような環境におりますからね。今更それくらいで、驚いたりはしませんわ」

 

 鹿児島で神境に通った際、その経緯を話す段になって、京太郎は自分の性質についても披露した。普通はこんな話はしない。牌に愛された人間が暴れまくる女子麻雀界が認知されている世の中でも、公然とオカルトを受け入れるということは少ない。なのに透華はもとより、一や純、智紀までもが京太郎の話を当たり前のように受け入れた。話したことはこれが初めてではないが、あまりないことである。

 

「京太郎。いえ、失礼。京太郎と呼んでもよろしいかしら?」

「構いませんよ。俺の方が年下みたいですからね」

「結構。それでは、京太郎。貴方、そんな能力を持っていたら、麻雀には勝てないのではなくて?」

「ええ。さっぱり勝てません。ネット麻雀でもR1500に届かないくらいですからね」

 

 ははは、と笑い話といった風に京太郎は流すつもりだったが、それを聞いた透華たちはお通夜ムードになった。暗い雰囲気に京太郎が戸惑っていると、純に肩を叩かれる。

 

「それでも麻雀続けられるってことは、お前、麻雀好きなんだな……」

「ええ。大好きです」

 

 女性の前で好きという単語を口にするのは中々に抵抗があったが、事実なので仕方がない。相手が誰でここが何処であっても、須賀京太郎が麻雀好きであることに変わりはない。

 

「勝てないのもアガれないのも、俺にとってはいつものことです。どれだけ理不尽だろうと、それも麻雀ですからね。その程度で腐るなら、もうとっくに麻雀やめてますよ。なので、誰が相手でも喜んで勝負を受けます。ただ――」

 

 言葉を切った京太郎に、全員の視線が集中する。タイプは違うが、皆美人だ。美人の視線を集めていることに少しだけ気を良くしながら、京太郎は言葉を続けた。

 

「点棒を投げて渡したり、一々プレイングについて批判してくるような人とは、あまり同卓したくありませんね」

「その点は心配ありませんわ! 私達の衣は、とっても良い娘ですもの!」

 

 透華は誇らしげに胸を逸らしたが、京太郎は『良い子』という表現にひっかかりを覚えた。無論、それは好評価であるが、相手を聊か下に見た表現である。ここに集まった四人は同年代なのだから、最後の一人もそうであると思っていた。その予想は今も揺らいでいないが、最後の一人については何か秘密がありそうだ。

 

「ただねぇ、ちょっと強すぎるんだよね。それで麻雀が嫌になることもあるかもしれない訳さ」

「だがそこまで言うなら大丈夫だよな。これで負けたくらいでガタガタ抜かしたら、かっこ悪いにも程がある」

 

 カカカ、と笑う純に合わせて京太郎も笑う。

 

 そうこうしている内に、五人は目的地に到着した。小屋というには大きい、まさに離れである。外観は如何にも優美であるが、その扉はまるで牢屋だった。少女の細腕では出入りも不便に違いない。事実、透華はその扉を見て一瞬、沈痛な面持ちになった。この境遇を正しいと思っていないが、さりとて解決する方法も見出せないという苦悩が見て取れる。その顔を見て、京太郎は心根の優しい人だと思った。仲間のために心を砕ける人間に、悪い奴はいない。

 

「代わりましょう」

 

 力仕事は男の役目だ。先頭に立っていた透華と場所を代わり、重いドアを一気に開ける。

 

 そこは一切が少女趣味の部屋だった。所狭しと並んだぬいぐるみはきちんと手入れされており、ベッド含めた全ての調度がきちんとメンテナンスされている。持ち主の性格というよりも、世話をしている人間の性格が出ている部屋だった。それだけ部屋の主は、大切にされていることでもある。

 

 その部屋の真ん中に、全自動卓があった。これまたきちんと整備された最新の機種である。その椅子の一つに腰掛けていた少女が、顔を上げた。

 

 お人形のような少女である。腰より長く伸びた金色の髪はさらさらで、真っ赤な色をしたウサ耳バンドが良く映えている。薄手のキャミソール一枚という聊か寒そうで露出過多な格好であるが、少女の可愛らしさの前にはそんなもの、どうでも良いことだった。

 

 少女の青い目が、京太郎を見ている。深い色をしたその瞳を前に、京太郎は自然と膝をついて目線を合わせていた。

 

「はじめまして、須賀京太郎といいます。今日はよろしくお願いします」

「衣は、天江衣だ。よろしく頼むぞ。きょうたろー」

 

 うむ、と鷹揚に頷く衣に、京太郎は笑みを返す。立ち上がって振り向くと、驚いた顔をした透華と目があった。何故、とは聞かない。透華の企みは全て、理解していたからだ。訳知り顔でいる京太郎の肩を、純が掴んで引きずっていく。衣に聞こえないよう、顔を付き合わせた四人は、ひそひそと言ってくる。

 

「貴方、そういう趣味がありますの!? 可愛らしい子供が好きとか!?」

「女性的な身体つきをしている方が好みの健全な男子ですよ」

「ならあれはないだろ。あいつは何というか……どうみたってティーンじゃないだろ」

 

 衣に気付かれないよう、肩越しにこっそりと盗み見る。椅子に座って足をぷらぷらさせている衣はなるほど、ティーンには見えない。小学生でも中学年か、下手をしたら新一年生と思われてもおかしくない容姿をしている。

 

 四人が衣の年齢について言及しなかったのは、見た目通りと解釈することを狙ってのものだろう。誰もが通った道を、新入りにも通ってもらおうという、物事の先輩特有のいやらしさが、四人からは感じられた。京太郎はその目論見を外してしまった訳だが、四人に怒りはない。純粋に、どうして見抜けたのか疑問に思っているだけだった。

 

「皆さんとつるんでるのに小学生ってのは考え難いですからね。それに身体は小さいですが、何というか貫禄が……」

「衣を指して貫禄とか言ってるよこの子……」

「ちょっと独特の感性の持ち主」

 

 皆の視線に、京太郎は少し危機感を覚えた。単純な感心と警戒の色が綺麗に半々になっているような気がする。『そういう趣味でもありますの!?』という透華の言葉は、全員の意思の代弁だったのだろう。京太郎が視線を向けると、一は僅かに距離を取った。この中で衣に一番近い容姿をしているのは一である。そういう前提に立てば警戒は無理からぬことであるが、女性にそういう対応をされると傷つくものである。

 

 打ちひしがれた内心を顔に出さないようにしていたつもりだったが、やはり顔に出ていたようだった。顔を背けると、一は慌てて駆け寄ってきた。

 

「その……ごめんね?」

「いえ、それも当然のことです。汚名はここで返上していきますので、安心してください」

「ふむ。ところできょうたろー。お前は麻雀をしにきたと聞く。面子はどうするのだ?」

「京太郎は入るとして後は衣と……残りの二人はどうしますの?」

「私は見てる。京太郎がどういう麻雀をするのか興味がある」

「ボクも遠慮しておくよ。純くんもとーかも、凄く打ちたそうな顔してるしね」

「なんだよ悪いな国広くん」

「いいってことだよ純くん」

「それなら遠慮なく行きますわ!」

 

 衣が既に座っているところに、三人が集まる。卓を操作して東西南北の牌を選びそれを伏せてシャッフルする。

 

「それでは、京太郎からどうぞ」

 

 透華に促され、京太郎は四枚の中から一枚選んで手元に寄せた。続いて衣が引き、透華が引き、純が最後だ。

 

「じゃ、いくぞー。せーの!」

 

 一斉にめくる。京太郎が引いたのは北だ。透華が南、純が西で――

 

「衣が出親だな!」

 

 ここ! と衣が自分の前に東の牌を置く。衣を中心に席が決まった。京太郎から向かって右に衣、左に純、対面の透華である。

 

「ルールは競技ルールでよろしいかしら?」

「競技ルールって言ってもいろいろあるだろ。細かい決めとかしておかねーと不味いんじゃねーの?」

「25000点持ちの30000点返し。赤三枚入り。發なしでも緑一色成立……役満の重複はどうします?」

「重複アリで良いのではなくて? というか、競技ルールと言ったのに巷の雀荘みたいなルールになってますわ……」

「その方が盛り上がって良いだろ。一発も裏もない麻雀じゃ、盛り上がりも何もねーって」

「衣もそう思う!」

 

 一発と裏については麻雀に打ち込んでいるものでも意見が分かれるのだが、純と衣は肯定派のようだった。対して透華は若干渋い顔をしているところを見るに、所謂競技ルールの方が好みのようであるが、提案した京太郎を含めて三人が賛成しているこの状況では、反対もし難いだろう。不承不承という形で、透華は頷く。

 

「……では、そのルールでOKでしてよ?」

「うむ。でははじめようか。衣の親だ! サイコロをふるぞ!」

 

 衣の小さな指がボタンに触れる。からころとサイコロが回る音に合わせて、京太郎の運はいつものように他のプレイヤーに――

 

 眩暈を覚えた京太郎は、とっさに卓に手を突いた。急激に運が失われたことが、身体にまで影響している。こんなことは初めてだった。咲と照を両方一度に相手にしたあの対局でもここまではなかった。あの二人にモモを合わせたあの対局よりも、さらに運が吸われていることになる。

 

(予想はしてたがここまでとは……)

 

 純の運は霧島の巫女さんたちと比べても遜色のないものだ。流石に神を降ろした小蒔ほどではないが、それに次する力を持つ霞と同じくらいの運の強さを感じる。『本物』の巫女である霞たちは、運をやり取りする術を知っている。霞の運は巫女パワーも含めてのものだ。元々の太い運に加えてオカルトパワーで若干増幅されているその運に、純の運は匹敵していた。特殊な訓練や血を引いている訳ではない一般人にしては、相当強い運と言えるだろう。

 

 問題は衣と、そして透華だ。

 

 単純な運量だけでも咲や照に匹敵するが、衣からはさらに運の流れにおかしなものを感じた。細かな性質は良く解らないがざっくりと解釈するなら『相手を不運にする』類のものである。京太郎の相対弱運とは逆の性質――あえて名前をつけるならば、相対強運とも呼ぶべきものだ。

 

 それにしても衣や透華が持つ運の太さに比べればオマケみたいなものだ。運がとても強いという、そのただ一つの要素だけで、他人に勝負を諦めさせるだけの格差を感じる。人一倍運の流れに敏感な京太郎であるから感じられるというものでもない。おそらくそこそこに感性が鋭ければ、この異質さは感じ取ることができるだろう。対局するまでもなく、この三人は牌に選ばれた人間であるのが解った。

 

「京太郎……これはお前の力か?」

 

 運の隔たりに愕然としている京太郎に、小さな手を握ったり開いたりしながら衣が声をあげた。透華は降って沸いた感覚をどう処理して良いのか解らないのか、卓に視線を落として何かを堪えている。外野の一が心配そうに、透華に寄っていくのが見えた。対して純は興奮冷めやらぬといった顔だ。早く麻雀を打ちたくて仕方がないという、溢れんばかりのやる気を感じる。

 

 全員が全員とも、相対弱運の力を感じ取っていた。この力は運が強い人間ほど強く影響を受ける。これだけの運があれば、よほど体調が悪くない限り、自身の運の変化を感じ取ることができるだろう。

 

「衣の身体に力が満ちていくのが解るぞ? 逆にお前の気は目に見えるほどに細くなっていく。これでは勝負になるまい」

「お気になさらず。運が良い人間が必ずしも勝てる訳じゃないのが、麻雀ってものでしょう? こういう差をひっくり返してこそ、勝利の喜びも大きいってもんです」

「……最初に謝っとくわ。悪い。俺はお前のことまだ侮ってた。お前はすげーよ。ここまで差を感じて、まだそういうことが言えるんだからな」

「俺の麻雀人生、こういうことの連続でしたからね」

 

 衣ほどではないにしても、才能に溢れる人間とは何度も対局してきた。今でも連絡を取り合っている全国の友人は皆、京太郎よりも太い運を持ち、中には特殊な能力を持っている人間もいる。玄のドラゴンロードなどが良い例だが、単純な火力でごりごり押してくる咏のようなタイプもいる。能力を持っている人間が一概に強いという訳ではないが、強者というのは常に圧倒的だった。

 

 総合力では確実に、持っていない人間の上を行く。それが牌に選ばれるということだ。

 

 だが、それで麻雀を諦めるという理由にはならない。運に見放されていたとしても、麻雀に勝つことがある。持って生まれた能力だけで全てが決まる訳ではないのが、麻雀の良い所で、面白いところだ。下手糞に負けるのが許せないと麻雀を嫌う人間がいるが、京太郎にすればとんでもない。素人が玄人の背中を刺せることこそが、麻雀の醍醐味なのだ。確かに勝ち目は薄いが、それだけにやり甲斐はある。強くなっている実感を得ることができる。いつか選ばれた人間と並び立つことができると信じて、勉強し続ける。

 

 須賀京太郎は、それが何より楽しかった。

 

「ふむ。諦めぬというのなら、それもまたよし。衣と半荘打ってまだそう言っていられたら、お前のことを認めよう」

 

 

 

 

 

「好いているだけでどうにかなるのか、ならないのか。存分に試すと良いぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ころたんイェイ。

これからしばらくモンブチのターンが続きます。
ころたんルートになるかと思いきや、既に書き始めている次話ではともきーがポイント稼いでるという不思議。

悪友ポジションのイケメン以外は順当にポイントを稼ぐことでしょう。
もしかしたら歩さんにもターンがあるかもないかも。

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