セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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14 中学生一年 キャプテン出会い編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1、

 

 京太郎の生活圏に『何でも』揃う店というのは少ない。普段の買い物ならば近所の店でも事足りるのだが、少しレア度が上がると都市部まで遠出をしなければならなかった。

 

 面倒と思わないでもないが、理由を考えれば楽しみも出てくる。照に作るケーキの材料。それを少し凝ってみようと思ったのだ。自分で思いついたことだから照たちには内緒にしていたのだが、どういう訳か照には看破された。麻雀における勘のよさが、現実にも出てきたのかもしれない。

 

 一緒についていきたいと言ってきた照であるが、京太郎にも作る側の意地がある。サプライズ的にケーキを出して驚く顔が見たかった。その気持ちが勝った京太郎は、照からこんなケーキを作ってくれという要望がない限り、どんなケーキを作るのかは秘密にすることにした。

 

 しょんぼりする照を見るのは断腸の思いだったが、こればかりは仕方がない。その代わりちゃんと美味しいケーキを作ると約束した京太郎は、今日も一人で電車に乗っていた。

 

 着いたのはショッピングモールである。休日ということもあって人、人、人で混雑していた。他に行くところはないのか、と若干うんざりしながらも、食品コーナーを目指す。

 

 そこには近所のスーパーにはない物が沢山揃っていた。カラフルな見た目と、鼻を楽しませる匂い。どれもこれも使ってみたくなるが、何かわからないようなものは使うことはできない。料理はあくまで趣味の範疇を出るものではない。京太郎も自分の腕くらいは自覚していた。

 

 自分でも使えそうなものを、それでも真剣に吟味して、二十分ほどで材料を選び終わる。

 

 それでこの日の目的は終わってしまった。そうなると、ここまで時間をかけて電車で来たもの勿体無い。中学に入って以来麻雀教室に通わず、主にネットで麻雀を打っている京太郎は、今までに比べると自由に使える時間が増えていた。

 

 だからと言って暇になった訳ではないが、降って沸いたように時間ができると途方に暮れるのである。

 

「本屋にでも行くか……」

 

 麻雀論はネットでも見ることができるが、情報の正確さ、量では書籍に軍配があがる。咏や良子の紹介で色々なものを読んできたが、久しぶりに自分で探してみるのも良いかもしれない。

 

 

『――イベント、参加できるのは残り、あと二名です!』

 

 

 本屋を目指して歩く京太郎の耳に、そんな声が飛び込んできた。

 

 見ればイベントスペースには大勢の人が集まっていた。中央に五十人くらいの人がいて、それを取り巻くように観客がいる。ステージには進行役のお姉さんがおり、その横にはビニール製の巨大な一筒が置かれていた。

 

 何故一筒? という疑問は残るものの、これが麻雀関連のイベントであることは疑いようがなかった。麻雀という言葉に、京太郎の好奇心が首を擡げる。幸いにして、時間もできたばかりだ。ステージ上で対局となれば勝ち目はないが、当日に会場で人を集めるようなイベントで、そこまで時間のかかるものをするはずもない。

 

 知識での勝負ならば、自分にも勝機はある。呼び込み係の人に参加したい旨を伝えると、ナンバープレートとバインダー、それから解答用紙を渡された。

 

 早い話がクイズ企画であるという。詳しい説明は司会のお姉さんが説明してくれるということだ。

 

 会場の中央。用意されたパイプ椅子に腰を下ろした京太郎は、解答用紙に目を落とした。記入する場所は二箇所しかない。待ちとその理由である。用紙は三枚あるが、そのどれもが同じものだった。

 

 映像か何かを見て、プレイヤーの待ちを推測する。そういうゲームなのだろう。俄然、勝てそうな気がしてくる。理由を書くスペースがあるのも良い。これならばマグレ当たりと答えが被っても、こちらが不利になることはない。

 

 勝つべくして勝てる。こういう条件で麻雀ができること自体、珍しいことである。ワクワクしながら説明を待っていると、残りの一席が埋まりイベントが始まった。

 

『はーい! みなさんこんにちはーっ!!』

 

 こんにちはー! と、会場前方から元気な合いの手があがる。前の方にいるのは小学生らしい。まとまった数とチームワークの良さから、同じ教室のメンバーなのかもと推測できる。自分にもあんな時代があったなぁ、と過去を振り返るも、現実を見ればあの小学生たちと同じ土俵で勝負するのだという事実が京太郎の肩にのしかかった。

 

 全力を出して勝利をもぎ取るのは大人気ないだろうか。こっそりと手を抜くのがデキる中学生のスタイルなのかと葛藤するも、解答する権利でもある解答用紙を持つ人間の中には、普通に高校生や大人もいた。彼らは真剣にステージを見ているから、手を抜く様子がないのは見て取れる。

 

 手を抜く必要は、おそらくないだろう。ちびっこ達には申し訳ないが、京太郎だってたまには勝ちたいのだ。

 

『それではこちらの映像をどうぞ!』

 

 司会のお姉さんがモニタを示すと、そこに対局の風景が映し出される。まずは、と映し出される対局者。どれもプロだった。解説も入っているから何かの大会の記録映像なのだろうが、通常のテレビ放送と違いカメラが固定だった。

 

 手前のプレイヤーの手は見えるが、それ以外の三人の手は見ることができない。普通はカメラが切り替わり、全員の手が見えるのだが、今回はそれがなかった。

 

 しかし、解説は全員の手が見える前提で進められている。手違いだろうかと司会のお姉さんを見れば、彼女を含めた運営側の全員が落ち着いた様子で映像を眺めていた。これが間違いということはなさそうである。

 

 何か意図があると感じた京太郎は、いつも以上に集中して映像を見ることにした。

 

 観戦映像としては不親切でも、普段打つ麻雀と同じと考えればそれほど不都合もない。普通、相手の手は見えないものだ。

 

 東一局。カメラに背中の映っているプレイヤーを基準として、対面にいるプレイヤーが3900をアガった。

 

 東二局。その次も、対面のプレイヤーである。平和、ドラ1の2000点。高めに振り変わるのを待っていたところを、思わずロンしてしまったという風である。手を開いた瞬間、観客からあーという声が漏れた。手代わりを待つのも、その間に当たり牌が出るのも、それで思わず倒してしまうのもよくあることである。

 

 プロとしてそれはどうなのかと思わないでもないが、ゲームはそのまま進んだ。

 

 東三局目。特に何事もないまま映像が進むが、七順目。対面のプレイヤーがツモを手牌に入れたところで映像が止まった。

 

『さて! ここで今回の問題です! こちらのプロはこれからリーチをすることで三順後に満貫の手をツモります! その待ちは何でしょうか! 一番の解答用紙に記入してください! ヒント! 高め安めはありません! 出アガリでも倒した時点で満貫です! ちなみに裏ドラは乗りませんでした! 制限時間は五分です!』

 

 司会のお姉さんの声に、ちびっこ達からはむずかしいーと率直な意見が出るが、時間は待ってはくれない。あーでもないこーでもないと周囲と相談するちびっこ達を微笑ましく眺めながら、京太郎はさらさらと解答用紙に答えを記入する。

 

『しゅーりょーでーす!』

 

 解答の理由の記入が必要な問題で、五分というのは非常に短い。まだやりたいと主張するちびっこの主張をやんわり無視して、スタッフの人たちが解答用紙の回収を始める。

 

『さて、今解答用紙の集計が行われていますのでしばらくお待ちください! でも、この時点で正解が出る訳――』

 

 ないですよね、と続けようとしたお姉さんに、解答用紙が突き出された。言葉を失うお姉さんの目が、解答用紙に落ちる。しばしの沈黙のあと、

 

『正解者がでました!』

 

 というお姉さんの発表に、会場が沸いた。正解を半ば確信していた京太郎は、自分の番号が呼ばれるのを、明るい気持ちで待つ。

 

『番号を呼ばれた方はステージの方までお越しください。99番!』

 

 椅子の下に荷物を置いて立ち上がる。正解したのはどんな人間か。期待の視線が一斉に京太郎に向き、そしてそれが予想よりも大分若いことに驚いた。

 

 その驚愕の視線が、気持ちいい。生まれてこの方、ほとんど受けていない視線だ。決してヘボなつもりはないが、持って生まれた運のせいか観衆の下に視線を浴びることはなかった。

 

 こういうものは咏やはやりんのようなスター選手の特権である。凡人の自分が受けても良いものかと思わないでもないが、とにもかくにも、視線を浴びるのは気持ちが良かった。

 

『続いて、もう一人。100番!』

 

 そのコールは京太郎にとって予想外のものだった。慌てて100番に該当する人間を探す。

 

 目当ての人間は真後ろにいた。残り後二人で、京太郎が99番だったのだから、その次にきた人間が100番なのは道理である。背後にいたのにまるで気付かなかった自分を恥ずかしく思いながら、改めてその女性を観察する。

 

 一言で言うなら美人だ。薄い茶色の髪はおかっぱにされており、肩口でばっさりと切りそろえられている。髪型だけならばモモに近いが、持っている雰囲気は同級生には見えなかった。

 

 片目を閉じたその美人は買い物袋を持ったまま、あたふたとしている。呼ばれたから立ったのは良いが、ステージまで行くのは気が引けているようだ。

 

 その顔をじっと見た京太郎の脳裏に、ふいに閃くものがあった。

 

 この女性は、見たことがある。照が参加したインターミドル。長野県の個人戦で二位になり、全国へのキップを手にした選手だ。名前は確か福路美穂子。表彰台に並んだ三人のうち、照だけおっぱいが残念だったのが印象的だったから良く覚えている。

 

 最も目を引くのはその仕草だ。美穂子はいつも片目を閉じている。視覚が制限されることは、人間にとってとてつもないハンデになるが、県大会でも彼女はほとんどのゲームで片目を閉じて戦っていた。目を開いたのは照ともう一人、表彰台に上った選手と戦った時だけである。

 

 照の力量は傑出していたが、美穂子ともう一人の実力も頭一つ抜けていた。目を開くことが彼女が本気になる合図だとしたら、本気になるに値するプレイヤーが二人以外にいなかったということでもある。

 

 公式戦で縛りプレイを敢行するその精神力に心引かれるものはあったが、今はそれを詮索する時ではない。自分一人と思っていたところにもう一人登場というのは肩透かしも良いところだ。

 

 しかし、京太郎も男だ。自分一人で受けるはずの栄誉を邪魔されたのだとしても、これだけ美人さんであるなら話は別だった。

 

 男の義務として道を譲る。美穂子は戸惑いながらもその誘いに乗り、先に立って歩き始めた。美穂子の後について歩いていく京太郎。会場に集まった面々から、二人に拍手が送られた。

 

「正解者のお二方、名前を伺っても?」

「ふ、福路美穂子です」

「須賀京太郎です」

「早速ですが、どうして解ったのか解説していただいてもよろしいでしょうか」

 

 別に異論はないが、問題はどうやって解説するかだ。京太郎は美穂子を知っているが、美穂子の方は知らないだろう。当然、打ち合わせなどしていないから協力して解説というのもグダグダになる可能性がある。集まった人に理解してもらうならば、解説するのは一人の方が良い。

 

 どちらがやる? という確認の意味を込めて京太郎は美穂子を見たが、美穂子は小さく首を横に振って京太郎を縋るような視線で見た。

 

 それ一つで、京太郎の心は決まった。麻雀に関することなら、大抵の苦労は厭わない京太郎である。それが今日は美人さんの役にも立てるという。ここまで大勢の人間に解説するのは始めてだったが、対価に比べてばこの緊張も悪いものではなかった。

 

「では俺が」

 

 お姉さんからマイクを受け取り、前に出る。答えを記入した時には絶対と言えるほどの確信はなかったが、正解という保証を貰った以上、安心して解説することができた。

 

「まず大前提として。司会のお姉さんが『三順後に満貫をツモる』と言いました。これにより翻数はリーチツモを含めて5以下とすることができます。まず役満と清一色が消えました。三順後なので一発はありません。見たところ赤も入っていないようなのでそれも外します」

 

 ヒントは映像だけであるが、そこから解ることは多い。司会のお姉さんの言葉もヒントになった。何より、このルールで値段を知ることができたのは大きい。これがなかったら京太郎も、手牌の推測はできなかっただろう。

 

「続いて理牌の癖ですが、競技麻雀のなので牌を揃えてやってくれてます。対面のプロはこっちから見て右から萬子、筒子、索子、字牌と並べていました。おそらく今回も同じでしょう」

 

 まくし立てるような京太郎の説明に会場は静まり返っていた。

 

 反応は渋い。話している側としては、リアクションがあった方がやりやすい。同じような解説は奈良にいた時にもやったが、その時は穏乃やギバードなど優秀な聞き手が多くいた。彼女らは本当に、人を気持ちよく話させる天才である。おー! という歓声やキラキラした目の輝きは、話し手にとって何よりも必要なものだった。

 

「リーチの宣言牌の五筒が一番右から出てきたので、今回も同じ様に牌を並べているなら、萬子は一枚もないことになります。ドラは二萬なのでドラもありません。ここから萬子の混一色、一通、それから筒子の一通と三色二つも消えます」

 

 一つ一つ可能性を潰していく。ガン牌を疑われるほどの読みも、実際には小さなことの積み重ねなのだ。役を次々に削っていくと、消去法で手牌が見えてくる。萬子が消えて、役がいくつか消えた。正解にたどり着くのも、もうすぐだ。

 

「それから三順目、手出しの西が左から三番目から出てきました。これにより左二つが字牌であることが推測されます。それ以降、この近辺に牌は入れていないので、高確率でこれが雀頭です。これで純チャンが消えました。全自動卓の表示から今が東三局、対面が南家なのがわかります。役牌として使えるのは東、南、と三元牌ですが、東と南は場に二枚切れていて、順番通りに並べているなら三元牌が役牌という形で入る余地はありません。これで役牌とタンヤオが消えました。さて。リーツモの二役を含めて満貫ということは、他に2から3役必要になります。役を絞ると今の条件で可能なのは、平和一通、筒子の混一色、索子の混一色、チャンタ、二盃口の6つです」

 

 これで、手牌の形がある程度決まった。後はここから、さらに絞りこむだけである。観客は誰も横槍をいれずに、黙って京太郎の言葉を聞いていた。視線を横に向けると、美穂子まで真剣に話を聞いてくれている。全国大会に出るようなプレイヤーに後ろに立たれているだけで、実はかなり緊張している。話しながら、何か間違ったところはないかと、気が気ではなかった。ここまで得意気に話して、後で美穂子に間違いを指摘されたら、男としてしばらく立ち直ることができない。

 

 京太郎は、大きく息を吐いて気を引き締めた。ここまできたら、後はもう少しである。

 

「リーチ宣言牌の五筒ですが、赤でもないド真ん中の牌がリーチをかけるまで孤立していたとは考え難いです。最低でも一つは筒子の面子、ないし塔子があると考えられます。これで混一色が消えました。また九筒が四枚、一索と九索が三枚ずつ見えており、西はカメラ前のプレイヤーが暗刻なので、チャンタも消えます」

 

「四順目。右から四枚目から手出しで九筒が出ました。それからリーチまでここよりも右に動きはありません。最終形での筒子は一面子で確定し、よって二盃口もありません」

 

「これで、役は平和一通に絞り込むことができました。頭は北、一通は索子。残りは筒子です。出アガリでも満貫なので一通は既に完成しているとみて良いでしょう。五筒回りでの待ちということで、待ちは④-⑦としました。リーチツモ平和一通で、2000、4000です」

 

 まくし立てるような説明が終わると、会場は静寂に包まれた。反応が薄い。正解というのは主催者から保証を貰っているから、見当違いのことを言っているはずはないのだが、ここまで何もないと不安になってくる。

 

 ぱちぱち、という最初の拍手は、京太郎の後ろから聞こえた。一緒にステージに上がった美穂子が満面の笑顔で手を叩いている。それを皮切りに、観客からも拍手が沸き始め、最終的に会場は大拍手に包まれた。

 

 これだけ大勢の人に、麻雀で褒められた。それは京太郎にとって、生まれて初めてのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2、

 

「年下だったの!?」

 

 イベント終了後、二人で賞品を貰った後、お礼をしたいからと美穂子に誘われて入った喫茶店である。お互いにコーヒーを注文した席で自己紹介をすると、まず美穂子が驚きの声を挙げた。

 

「よくそういう反応をされます」

 

 コーヒーを啜る京太郎は、しかし悪戯に成功した子供のような微笑を浮かべていた。年上の美人さんにこういう反応をされるのも、悪い気分ではない。対して美穂子は京太郎が気分を害したと思ったのか、慌てて頭を下げる。京太郎は良いんですよ、と軽い調子で返し美穂子にコーヒーを勧めた。

 

「須賀くんは、すごいわね。私より2つも年下なのに、あれだけの時間で正解を出すなんて」

「それを言うなら福路さんもでしょう」

 

 強い奴が偉くて凄いという単純な図式が通用するのが、麻雀打ちの世界である。そこに年齢は関係ないし、性別も関係ない。同じ結果を出した、ただそのことだけを見るならば、京太郎と美穂子の価値は同等である。

 

 そう考えると自分のことが誇らしく思えるが、プレイヤーとしての実力は美穂子の方が圧倒的に勝っている。自分には逆立ちしてもインターミドルに出場することはできないだろう。照に負けたとは言え、美穂子の実力も相当なものだ。その腕を、京太郎は純粋に尊敬する。

 

「県予選の会場でも思いましたけど、凄い読みですよね。振込みとかほとんどしませんでしたし」

「それだけが得意技みたいなものだから……え、須賀くんも会場にいたの?」

「先輩の応援で。宮永照って言うんですけど……」

 

 知ってますよね、とは聞かなかった。インターミドルを二年連続で制した最強の女子中学生の名前を、美穂子が知らないはずもない。

 

 美穂子は記憶を探るように両目を閉じると、やがて感嘆の溜息を吐いた。

 

「そういえば、宮永さんと一緒にいるのを見た気がするわ。一緒にいたのは妹さん?」

「茶髪のちっこい奴のことを言ってるなら、そうです」

 

 会場にはモモも一緒にいたが、それは言わないでも良いだろう。ステルスを遺憾なく発揮していたモモは、京太郎以外のほとんどの人間に認識されなかった。照もあの時の大会以来常時捕捉することはできなくなり、モモが気付いてもらえるような行動をしないと、いつでも見失うようになっている。

 

 一緒にいる身内だけにでも、どうにかして常に見えるようにならないものかと京太郎も咲も頭を悩ませていたが、良い案は浮かんでいなかった。

 

「妹さんも麻雀は強いの?」

「強いですね。照さんにも勝てるくらいです。中学の麻雀部には入るつもりがないみたいですから、知らないと思いますが」

「宮永さんに勝てるって、凄いわね」

 

 両手を胸の前で合わせ、美穂子は驚きの表情を浮かべる。宮永照は全国的にも有名であるが、妹の咲の存在は知られていない。それは京太郎たちの母校でも同様だ。最近まで仲違いしていたのだから当然と言えば当然だが、あの宮永照の妹で麻雀をしていないというのが、咲のマイナーさに拍車をかけていた。実際に打てば強いのだが、目立つことがあまり好きではない咲は、京太郎がけしかけないと麻雀をやりたがらない。

 

 咲には咲の苦悩があるのは、見て取れる。京太郎だって自分の姉が宮永照だったら、人前で打つことにしり込みをしていただろう。姉として選手として、今の咲は照を純粋に尊敬し好いていたが、それとこれとは話が別だった。

 

「須賀くんは、麻雀部に?」

「いえ。俺も入ってません。読みには自信があるんですが、本職の巫女さんに太鼓判押されるくらい、引きが弱いので。今は主にネット麻雀で腕を磨いています」

「そう。いつか解決できると良いわね」

「できない訳ではないみたいなんですけどね。巫女さんが背中に張り付いていないといけないらしいので、実戦には使えません」

 

 冗談だと思ったのか、美穂子は小さく噴出した。無論冗談ではないのだが、これを信じさせるには巫女さんが本職であること、そして巫女さんを背中に張り付かせた自分を見せなければならない。前者を信じさせることは難しく、後者はできれば人前でやりたくないので、実質的に美穂子を納得させるのは不可能だった。

 

「福路さんはネット麻雀とかしないんですか?」

「私、機械とは相性が悪くて……」

 

 美穂子の苦笑には説得力があった。おっとりした話し方と言い、家庭的な雰囲気と言い、機械をバリバリ使いこなすタイプには見えない。得意な友達に『どうやって使うの?』と聞くのが似合いそうなタイプだった。この辺りは、咲にも通じるものを感じる。女性としての完成度は圧倒的に美穂子の方が高く見えるが、本質的なところでは色々とポンコツなのだ。

 

「携帯電話とかも持ってたりしませんか?」

「持ってはいたんだけど、二台とも壊してしまって。だから連絡を取るのが大変なの」

 

 確かに今の時代に持っていないのは不便だろう。全国に行くくらいの実力者であればそういうやり取りも多いに違いない。友達は多そうには見えないが、これだけの短いやり取りからも面倒見の良い性格が見て取れる。連絡の取りにくい先輩のことを、後輩もやきもきしたに違いない。

 

「須賀くんはネットで麻雀をしてるのよね? 普段は牌を持ったりはしないの?」

「中学に入るまでは教室に通っていたんですが。中学に入ってからは自分の時間が取れなくなるかもと思って辞めました。実際に打つには面子を集め難いんですよね」

 

 できることなら強い人と打ちたい訳だが、そういう人は大抵部活に所属している。部員でない京太郎には彼らと打つ機会はほとんどないし、そもそも照以外の麻雀部員とは接点がない。照は良くしてくれているがそれは個人的なもので、麻雀部は一切関係がない。あれ以来ケーキを持って行ったりと何度も宮永家には足を運んでいるが、姉妹以外の家族がいたことはないので、面子が集まらないのだ。

 

 せめてモモがもっと近くに住んでいればと思うが、ないものねだりをしても始まらない。三麻を打って感覚が鈍るのも上手くないし、宮永家に遊びに行く時には麻雀をしないというのが、慣例となっていた。

 

 京太郎の話を聞いた美穂子は目を両目を閉じると、懐から取り出した手帳にさらさらと何かを書くと、ページを破って差し出した。

 

「これは、私の家の電話番号よ。何か困ったことがあったら、いつでも連絡をしてね?」

「……これはまたどうして?」

「麻雀好きの後輩の面倒を見るのは、先輩として当然のことだわ。部にも入っていないみたいだし、何か助けになりたいと思ったの」

 

 こちらを見つめる瞳に、嘘の色はない。おそらく美穂子は本心からそう思っているのだろう。

 

 メモを見つめながら、京太郎は考える。

 

 美人の先輩の連絡先をゲットできたことは男として嬉しいことだが、いくら何でも早すぎる気がする。京太郎の方は顔を見たことがあるとは言え、美穂子からすればほとんど初対面のはずだしかも京太郎は男で、美穂子は女性。それが美穂子の方から自宅の電話番号を渡してきているのである。

 

 交友関係の八割以上が女性で占められている京太郎だが、ここまで話がスムーズに転がったことは数えるほどしかない。

 

 男として少しは警戒を促すべきなのだろうが、目の前にぶら下げられた餌は美味しそうだった。美穂子が美人であるという邪な動機もあるが、実力者と知己になれるというのは京太郎にとって非常に魅力的な提案だった。加えて読みの深さ、正確さを武器に戦う美穂子は実力に天と地ほどの開きがあるとは言え、京太郎と似たタイプの打ち手である。その打ち筋には大いに参考になるだろう。

 

「もしかして迷惑だったかしら?」

「いえ。お気遣いありがとうございます」

 

 京太郎が素直にメモを受け取ると、美穂子はぱっと花が咲いたように微笑んだ。それだけで、何だか良いことをしたような気分になる。男ってのは単純だなぁ、と思いながら京太郎はコーヒーを飲み干した。見れば、美穂子のカップも空になっている。

 

「そろそろ出ますか」

「そう? もう少しお話していたかったけど、しょうがないわね。買い物の帰りみたいだけど、もしかしてお夕飯のお買い物?」

「近いうちにケーキを作ることになってまして、その材料の買出しです。家の近くにはあまり揃ってないんで、今日は遠出してきました」

「須賀くんもお料理をするの?」

 

 美穂子の目がまた輝く。麻雀の話をしている時も生き生きとしていたが、今はそれ以上だった。家庭的、という読みは外れていなかったようである。これ以上話を引き伸ばすのも、と思っていた京太郎だったが、降って沸いた好機を大事にすることにした。

 

 実は……と話を切り出しながら、コーヒーのお代わりを注文する。美穂子はにこにこと微笑みながら、麻雀と全く関係ない話を聞いてくれた。

 

 

 




小学生編の出会いとか鶴賀編と比べるとパンチが弱い気がする……
出会いの切欠をイベントにしたのがいけなかったのか単純に私の腕が悪いせいなのか。

学校が違う、学年が違う、おそらく携帯持ってなくてネットもできないということで連絡手段が限られているので出番は他のヒロインに比べて少なくなるので、出番の確保が実は一番難しいキャラかもしれませんが、ここで出番終了というのもあまりに寂しいので、どこかで使いどころを探します。

検証はしたつもりですが何分私の仕事なので、前半の絞りこみには穴があると考えられます。
おかしくね? と思った時はどこかでやんわりと指摘してくださると大変助かります。

次回。テルーの進学先決定編を挟み、二年生編になります。
ようやく怜の出番! りゅーかもいます。

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