セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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13 中学生一年 宮永家姉妹喧嘩解決編

1、

 

「ツモ。1400オール」

「ロン。3900の5800、二本場で6400」

「ツモ。2900オール」

 

 照の独断場はその後も続いた。モモなどは鳴きを入れてツモをズラすなどの小技を使ったが、それでも照は自分でツモり、点棒を積み上げていた。振り込まないように打ち回しているものの、全ての局でそれを避けることはできなかった。

 

 モモも注意深く打ってはいるが、最初の平和のみに続いて二度目の打ち込みをしている。ステルスが効かないこともあって、既に精神的に参り始めていた。

 

 良くない兆候である。技術と運量で上回る照を相手に気持ちでまで負けてしまったら勝てるものも勝てなくなる。どうにかしたいとは思うものの、何も打つ手がないまま京太郎は照が積み棒を増やすのを黙ってみているしかなかった。

 

 幸運があるとすれば、咲である。

 

 運量以外は実力が全く解らないままの同卓だったが、打ちまわしは非常に丁寧で打ち込みもない。テンパイも察知しているようで、モモが二度目に振り込んだ際も回避していた。運以外の実力も高いようである。嬉しい誤算であるが、それでも照の連勝を即座に止めるには至っていない。

 

 だが、勝負を諦めている風ではなかった。咲の目はきちんと卓上に落とされており、照の手をしっかりと観察しているのが見えた。照以外は眼中にない風である。これなら自分達は大人しくしていた方が良いだろうと、視線を送ってもこちらを見向きもしない咲を見て、京太郎は思った。

 

 東一局 四本場。

 

 咲の空気が変わった。ここが勝負所と定めたようである。その空気を察知した京太郎が顔を上げると、照もまた、咲に視線をやっていたが、またすぐに卓上に視線を戻した。

 

 この局、すぐに勝負がつくなと京太郎も直感する。

 

 魔物クラスの対決に巻き込まれては敵わない。配牌こそ悪くなかったが、この局は見だと決め、京太郎は固く打ちまわすことを決めた。一巡目、二順目と、全く前に出ない京太郎の捨牌に意思を感じたモモも、それに同調する。

 

 勝負が動いたのは5順目だった。

 

「カン」

 

 照の捨牌を、咲が明カンする。決めでは、大明カンは責任払いである。そのルールから狙ってそれをやりたがる人間は多いが、実際には滅多に決まるものではない。咲もその口かと一瞬幻滅した京太郎だったが、カンの声が上がった段階で照はパタリと牌を伏せた。

 

 まるでツモられることを確信しているような動作を訝しがる間もなく、咲は澱みのない動作で山に手を伸ばし――

 

「ツモ」

 

 アガリを引き寄せた。嶺上開花のみ。4本場で2200点と点数としては少ないが、照の連荘を止めることができたのは大きい。無言で点棒を支払う照に、無言でそれを受け取る咲。その間、視線は交錯しない。

 

「仲悪いんすね、やっぱり」

 

 あまりの余所余所しさに、モモが顔を寄せて耳打ちしてくる。姉や兄と仲が悪いという同級生も結構いる。彼らに比べるとこれくらいならと思わないでもないが、実際に目にするとどちらとも友人であるだけに心が痛む。

 

 どうにかして仲直りをさせたい。そう思って企画したこの麻雀だが、照は咲を見ていないし咲は何だか気後れしている。ケーキをかけたのは間違いだったかと、賞品の選定を後悔し始めていた京太郎の前に出てきたのは、やはり照だった。

 

 東二局、三局、四局と綺麗に安手で、しかし段々と点数は上げて流していく。咲もその間奮闘していたようだが、先ほどのように嶺上開花で割り込むことはできなかった。

 

 打ってみて肌で実感する。照の麻雀はやはりアガり続ける麻雀だ。爆発力こそ少ないが、持続力は驚くほどに高い。麻雀は四人で打つゲームである。いかに自分の運が良くても他のプレイヤーの運の方が良ければ、アガれないゲームだ。

 

 アガり続けるのはそれだけ難しいことなのに、照の運はそれを可能としていた。それだけ照の運と技術が優れているということでもある。同程度の運量である咲が同じ卓にいても、その冴えは変わらなかった。

 

 更に、アガり続けることで照の運も増している。京太郎は自分の能力でそれを敏感に感じ取っていた。咲にアガられたことで運にも若干かげりが見えたが、更に三度のアガりでその運は持ち直しつつあった。

 

 南場。照の親番である。現在照の持ち点は約53000点。コールド勝ちのルールがある雀荘ではあと1アガりで終わりが見える点数だ。箱下の設定をしなかったから、誰かが飛んだところでゲームは続くが、インターミドルを制した選手を前にここから逆転しようという強靭な精神を持てる中学生は中々いない。

 

 モモは既に諦めモードに入っている。悪い言い方をすれば数合わせで呼んだ彼女に、最後まで闘志を燃やせというのも無理な話である。京太郎とてまだ諦めてはいなかったが、照を相手に自分の能力と運でどうにかできると思えるほど、楽天的ではなかった。

 

 現実問題として、京太郎自身が勝つのは難しい。頼みの綱は咲である。嶺上開花という特殊な方法で照の連荘に割り込みをかけるなど、並の人間にはできない。それが特性なのだろうと思うものの、嶺上開花は照に割り込みをかけた一回だけで、後は鳴りを潜めていた。

 

 連発できるような特性ではないのか、それとも単純に照の勢いが凄まじいのか。勝てる可能性があるとしたら咲だけであるが、次の嶺上開花もそれのみだとすると、既に点棒が積まれ過ぎていて、逆転は不可能になる。

 

 もっとも、大明カンの直撃からの責任払いは青天井と並んで麻雀漫画における逆転劇の定番でもある。ラス親である咲が照に役満を直撃させれば、積み棒なしで96000点差まで逆転できる。箱下アリのこのルールならば逆転の目は最後まで残されているが、照を相手にはそれも望みが薄い。

 

 気持ちが牌に乗るということがある。頭の中がケーキ一色になっている照には、雑念が混じる余地がない。麻雀という競技の面から見れば不純な動機であるが、ブレない気持ちというのはそれだけで強い。照の打ち回しには、彼女の何としても勝つという気持ちが十二分に乗っていた。

 

 一方の咲も、この勝負にかける意気込みは伝わってくるが、照ほどの強さを感じない。姉妹仲を何とかしたいという咲の気持ちに嘘はないのだろう。それは京太郎にも解るのだが、それだけでは照の麻雀を打ち崩すには至っていなかった。

 

「京太郎。リクエストがある」

 

 どうやって打開したものか。考えていた京太郎に、照が不意に声をかけた。点棒は既に五万点を越えている。照くらいの実力者ならば、既に安全圏にも片足を突っ込んだ状態だ。そこに京太郎は気持ちの緩みを感じた。ここから油断してくれれば、という淡い期待を込めて話を繋ぐ。

 

「承りましょう。何か要望が?」

「今京太郎が作り方を知らなくても、覚えて作ってくれる?」

「それが希望ならやりますが……あまりデキには期待しないでくださいよ? あくまで俺は素人ですからね」

「何の話っすか?」

 

 先の見えない話に、モモが乗ってくる。咲も頭の上にハテナを浮かべていた。照と個人的に賭けをしているとは、二人には伝えていない。どう伝えたものかと頭を悩ませる京太郎が答えを出すよりも先に、照が口を開いた。

 

「この勝負に勝てば、京太郎がケーキを作ってくれることになっている」

「へー、京さんお菓子とか作れたんすね」

 

 モモは照の話に食いついた。甘い物が嫌いな女子はいないと、本格的に料理を学ぶ切欠を作ってくれた塞の顔が思い浮かぶ。彼女に教わったのは日本の家庭料理がほとんどで洋風なお菓子などはむしろ専門外だったが、初めて一緒にケーキを作った時のことは京太郎にとって大事な思い出だった。塞と二人で作ったケーキを、シロや胡桃と一緒に四人で食べたことは、今でも忘れない。

 

 モモも反応を見る限り、食いつきは悪くない。元より照に限定した話でもない。全員に纏めてご馳走するのも悪くはないかと、軽く考えていた矢先、空気が凍った。

 

「須賀くん、お姉ちゃんとそういう約束をしてたの?」

 

 声の主は咲である。俯いていて表情は見えないが声は冷えており、殺気すら感じられた。この悪寒は荒い気性の神を降ろした時の小蒔に匹敵する。これは地雷を踏んだと京太郎でも理解したが、顔をあげた咲の視線は一切の物言いを遮る迫力があった。

 

「南場だね」

 

 それを開始の合図として、照がボタンを押した。からころとサイコロが回る音を背景に、運が凄い勢いで咲に傾いていた。急激な不運に見舞われた京太郎が眩暈を覚えるほどに、咲の運が上昇していく。それはこの時点で既に三回アガり続けリズムに乗っていた照をあっさりと上回り、さらに上昇している。運が全てではないと言っても、ここまでとなると手が付けられない。

 

 照に対抗できるのが咲しかいなかったように、こんな状態の咲に対抗できるのもまた、照しかいなかった。咲に運が傾いたのは、照も実感できたことだろう。ここまでの偏りならば、運をやり取りするような能力を持っていなくても、怪物クラスの感性を持っている照ならば感じ取れるはずだ。

 

 照は見たこともないような真剣な表情で牌を見つめている。切り出しが遅い。これまでの照ならば配牌で長考などしなかった。それだけ牌勢が落ちているのだろう。リズムを掴んでいたはずなのに、後手に回る。照の麻雀人生でそんなことが今まであっただろうか。咏を除けば照は京太郎が知る限り、一番強い。そんな照が苦戦するなど思いもしなかった。

 

 咲が簡単に照に勝てると言ったのはこういうことだったのかと実感する。二人の勝負を邪魔してはならないと、京太郎は普段以上に神経を尖らせて打ちまわした。

 

「リーチ」

 

 六順目。均衡を破ったのは照だった。宣言をし、リーチ棒を出す。この危険な状況で、リーチをかけることがどれだけ危険か解らない照ではない。本当ならば照だってリーチなどかけたくないのだろうが、照には守らなければならない法則がある。他人のドラをツモらせない玄は、ドラを手放すとドラに見放されるようになった。照もリズムを崩すと、同じように冷えるのだろう。この勝負だけで終われば良いが玄のペナルティもその後数ゲーム続いた。

 

 打撃力の低い照は、ここでリズムを崩すと逆転が不可能になる。振り込むリスクを冒してでも前に出なければ、咲にアガられた時逆転が不可能になる。邪魔をされたら最初からだ。この局が流れたら残りは三局。しかもラス親は咲である。ここが勝負所と思い定めた照の目には、闘志が宿っていた。

 

 反面、咲の目は氷のように冷たい。淡々とツモっては牌を切る咲には、今も運が流れこみ続けていた。

 

 十二順目。ツモった牌を見た照の表情が凍った。リーチをかけている照はそれがアガり牌でなければツモ切るしかない。自分の捨て牌に視線を落とした照に、咲は薄い微笑みを浮かべた。

 

「どうしたの? お姉ちゃん?」

 

 重く、深く息を吐いて、照はその牌を切った。

 

「ロン」

 

 

 ⑦⑧⑨南南南北白白白中中中 ロン北 ドラ西

 

 

「混一色、チャンタ、ダブ南、白、中、三暗刻。三倍満、24000」

 

 淡々と点数を深刻する。倍満の直撃だ。一アガリでの逆転に呆然としている照を他所に咲は立ち上がり、照の横に立った。

 

「私、やっぱり悪くない」

 

 呟くような言葉から始まった咲の言葉は、次第に熱を帯びていく。

 

「負けたらお年玉持って行かれた! 勝ったらお姉ちゃんには怒られた! 勝ちも負けもしなくなったら、今度は無視された! だから麻雀から離れてたのに、何もしなくなった私はケーキ以下!? じゃあ、私はどうすれば良かったの!? それでもお姉ちゃんは私が悪いって言うの!? 私は、絶対、悪くないっ!!」

 

 そこまで言った咲は、声をあげて泣き出した。周りに人がいることも忘れても、本気の号泣である。中学生にもなれば泣くことも少なくなる。まして他人が泣くところを見る機会などないだろう。できたばかりの友人の号泣に、モモは引いていた。どうするっすか? と救援の視線を求めてくるが、京太郎にはもうどうしようもなかった。

 

 これを助けられるとしたら、一人しかいない。京太郎とモモは藁にもすがる思いで照を見たが、この場に集まった人間の中で照が一番慌てていた。号泣する妹を前におろおろしている照は、とてもインターミドルの覇者には見えなかった。中学三年という年齢から見ても、幼く見える。初めて見る素の照にこんな状況にも関わらず京太郎は噴出してしまったが、今は何より咲のことだ。

 

 両手を差し出し咲を示すと、照はうーと唸りながら咲の横に腰を下ろした。そのまま数秒。照は咲にかけるべき言葉を探していたが、やがて観念したのか大きく溜息をついた。微かに、照が微笑む。

 

 それは宮永照という麻雀打ちではなく、一人の姉の顔だった。自分には妹などいないと言う人間には決してできない、お姉ちゃんの顔だった。

 

「ごめんね、咲。私が悪いお姉ちゃんだったね」

 

 照の素直な謝罪に、咲は顔をあげた。それが一番聞きたかった言葉だったのだろう。咲は照の胸に飛び込んで、声をあげて泣いた。元より、心の底では相手を嫌っていなかった姉妹である。切欠さえあれば、また仲良くなれるだろう。しばらくはぎくしゃくするだろうが、それも時間が解決してくれるはずだ。

 

 うんうん、と一人で頷いてそっと席を外そうとしたモモの袖を、京太郎は掴んだ。モモが『空気読め』という胡乱な目を向けてくる。京太郎もそうしたいのは山々だったがどうしても席を外せない事情が京太郎にはあった。

 

 それを伝えたかった京太郎は、咲が泣き止むまで辛抱強くまった。その間ずっとモモは二人にしてやるっすと視線を送ってきたが、それも京太郎は無視した。

 

 咲が泣き止んだのは、それから五分もした後だった。涙を拭いて立ち上がった咲は、椅子に座ったままの京太郎とモモを見て、ここがどこだったのかを思い出して赤面した。照もどこかつき物の落ちた顔で、京太郎を見つめている。仲の良い姉妹に戻った二人を見て、京太郎は微笑みを浮かべた。

 

「さ、まだ南二局です。麻雀しましょう」

 

 京太郎としては当たり前の主張だった。どんな理由があれ、途中で勝負を打ち切るなど京太郎にはありえない。これから面白くなるところなのに、姉妹が仲直りでめでたしめでたしでは、納得できない。

 

 目が点になった三人の視線を受けても、京太郎は動じなかった。むしろ、早くしろと宮永姉妹をせかすほどである。

 

「……京太郎は本当に、麻雀が好きなんだね」

「こいつは俺のことそんなに好きじゃないみたいですけどね。だからこそ、振り向かせてみたいと思うんです。宮永も、勝手に勝った気分になるんじゃないぞ。まだ俺の親もあるし、三局も残ってるんだからな」

 

 それが強がりであることは、言っている京太郎が一番解っていた。咲や照に勝てる要素はない。負ける要素が積み上げられた京太郎は、ゲームとしての麻雀には酷く不向きである。それでも勝ちを諦めず、腐らずに麻雀を続けていられるのは麻雀が好きだからだ。勝てないから、自分に才能がないからと牌を握るのをやめるのならば、京太郎はとっくの昔に麻雀をやめている。

 

 目の前の男が麻雀バカだと認識した咲は、泣きはらした顔に苦笑を浮かべた。

 

「じゃあ、私が勝ったら京ちゃんは何かしてくれる?」

 

 咲の言葉に首を傾げたのは、モモだけだった。彼女だけははっきりと、今起きた事実に気付いていたが、他の全員は何もなかったものとして話を進める。

 

「照さんと一緒にケーキじゃだめか?」

「それはダメ。私の取り分が減る」

「お姉ちゃんがこう言ってるし……そうだね、何か考えておくよ」

「もう勝った気でいるな? 今に見てろよ、咲」

「受けて立つよ、京ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2、

 

「昨日の牌譜ですか?」

 

 麻雀部の部室で一人、パソコンとにらめっこしている京太郎の後ろから声をかけたのは和だった。

 

 いつの間に近づいてきたのか、和は京太郎の背中越しにモニタを見つめていた。触れそうな距離にある和の胸を見ないようにしながら、椅子から立ち上がる。集中しすぎて目が疲れていた。この辺りで一呼吸入れるのも、悪くはないだろう。

 

「和は何飲む?」

「紅茶でお願いします」

「そうか。コーヒーアリアリとか言うと思った」

「染谷先輩じゃないんですから」

 

 苦笑する和に、紅茶を入れる。仮眠用のベッドやらビーチパラソルやらが常備されている部室には、快適な時間を過ごすためのアイテムが沢山あった。その中には当然、お茶を用意するための道具もある。京太郎は自分にアリアリのホットコーヒー、和には紅茶を入れてパソコンデスクに戻る。

 

「ありがとうございます」

 

 紅茶を受け取った和は適当な椅子に腰掛けた。ふー、と紅茶を冷ますその仕草が一々可愛らしい。美人というのは得なんだな、と今更なことを実感しながら、京太郎はモニタに意識を戻した。童顔巨乳の同級生も大事だが、今は昨日の牌譜のことだ。

 

 あれからさらに三戦行い、咲はその全てに参加した。結果2111と初戦以外はトップという素晴らしい成績を残していた。当たり前の様に勝つ咲に優希などは惜しみのない賛辞を送り、まこや久も頼もしい後輩が来たと素直に喜んでいた。

 

 自分の麻雀で褒められる経験の薄かった咲は、普通に褒められたことが嬉しかったようで、帰ってからも興奮した様子で電話をかけてきた。

 

 あの咲が、と思うとこうなってくれたことは素直に嬉しい。友人としては、昨日の結果は最良のものであるが、麻雀打ちとしては違った。

 

 原因は、やはり初戦である。集中を切らさなければ、というよりも勝ちに執着していれば昨日の成績は四連勝で終わっていたはずだ。勝利への執着をどうやって生み出すか。京太郎を悩ませていたのは、そこだった。

 

「宮永さんのことですか?」

「ああ。あいつにもっと闘争心を持って欲しいんだけどな。これが中々上手くいかないんだ」

「十分に強いと思いますけどね」

「気持ちがぶれなければもっと強いんだ。このままだと成績が残せないまま高校生活が終わりそうで不安なんだよ」

 

 長野には一つ上の学年に衣たちがいる。京太郎の知る限り、県内で咲の才能に匹敵するとしたら、あの五人か美穂子くらいのものだが、勝ちへの執着がないと、彼女らに勝つことは無理とは言わないまでも、かなり難しくなってくる。特に衣には勝てるビジョンが全く見えない。あれだけの才能を持ちながら、衣には勝ちたいという気持ちがある。勝負は水物。やってみるまで結果はわからないが、たった一つの団体出場枠をかけた大事な試合であれば、間違いなく気持ちの強い衣が勝つだろう。

 

 県大会のスケジュールを調べてみたら、決勝戦のその日は満月である。最高のパフォーマンスを発揮する衣が相手では、今の咲ではいかんともし難い。

 

 ならば衣たちが卒業するのを待てば良いのか。逃げの発想であるが、成績を残したいだけならば無理に急ぐ必要もない。後の世代に実力者がいないとも限らないが、衣以上がそこらにいるはずもない。二年の時間があれば咲のメンタルも強化できるかもしれない。咲には経験値が圧倒的に不足している。時間があれば、それもある程度は解決できるだろう。

 

 だが、全国にまで目を広げれば強敵は他にもいる。何よりあの淡が咲と同学年だ。照を追う形で白糸台に入学した淡は、早速頭角を現しているという。麻雀以外では残念な感性を持った淡も、麻雀に関しては闘争心の塊である。相手を下に見る悪癖はあるが、負けるのが大嫌いな淡は基本、勝利に拘る。

 

 今のまま研鑽を積み続けたら、白糸台という恵まれた環境にいる分淡の方が成長度は高いだろう。この大事な時期に積める経験の差が大きいことは選手にとってはさらに大きな差となる。地元に残り清澄に進学したことを京太郎も後悔してはいないが、もっと他に方法はなかったものかと今更ながら考える始末だ。

 

 逃げの発想に偏ってしまった。

 

 ともあれ、今勝てないようではこの先はない。衣に勝てないからと今の勝負を見送れば、この先ずっと衣に勝てなくなるだろう。気持ちの上で下に立ってしまうと、それを覆すのは難しくなる。こいつさえいなければと思いながら、連敗するのがオチだ。咲にはそういう風になってほしくない。

 

「まるでコーチかお父さんですね」

「俺が引っ張り込んだようなもんだからな。あいつにはちゃんとした成績を残してやりたいんだ」

 

 メンタルの強化は急務だが、簡単にできるならばこんなに苦労はしてない。今までだって試さないではなかったのだが、それらは全て失敗に終わっていた。

 

 頭を悩ませる京太郎だが、方法がないではなかった。

 

 だがそれは相当な荒療治であり、他人の手を借りる必要がある他力本願な手だった。宮永咲という人間を麻雀に引っ張り込んだ責任として、できることならば自分一人で解決したい問題だったが、県大会の予選までそんなに時間がある訳ではない。時間は有限。手を打つならば早い方が良いに決まっている。

 

 和を前に覚悟を決めた京太郎は、ポケットから携帯電話を取り出した。視線で和に確認を取る。和はカップに口をつけながら、どうぞ、と返した。

 

 登録から呼び出して、待つことしばし。

 

『こちら、衣さまのお電話です』

「おひさしぶりです、ハギヨシさん。須賀京太郎です」

『お久しぶりです、京太郎さま』

「衣姉さんをお願いできますか?」

『かしこまりました。少々お待ちください』

 

 姉さん? と和が頭の上にはてなを浮かべる。邪魔してくると思わなかったが、電話の内容を聞かれるのも気恥ずかしかったので、京太郎はベランダに移った。春先とは言え、まだ風は冷たい。軽く身震いして、手すりによりかかると、電話に待ち望んだ相手が出た。

 

『京太郎か!?』

「電話では久しぶりだな、衣姉さん。元気にしてたか?」 

『うむ。衣はいつも元気だぞ!』

「それは良かった。で、久しぶりついでに頼みがあるんだけど、聞いてもらえるか」

『何でも言うと良い。弟のわがままを受け入れるのも、姉の務めだからな』

「そう言ってもらえると助かる」

 

 この台詞を誰かに言うのも二度目だな、と思いながら京太郎は苦笑した。

 

「実は叩きのめして欲しい奴がいるんだ。予定はそっちに合わせるから、時間とってもらえないか?」

 

 




現代編はこれで一区切りとなります。
中学回想編のモンブチ編が終わるまでお休みとなりますので、しばらく間が空くことになりますごめんなさい。

短編という形では入るかもしれないので、その時はよろしくお願いします。

なお、ころたんと京ちゃんに血縁関係はありません。

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