セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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10 中学生一年 宮永咲出会い編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1、

 

 教室探しは早々に諦めた。通える範囲にある教室は、やはり中学生おことわりの雰囲気を強く持っていたからだ。中学生もいるにはいたが、彼らは麻雀をやるためというよりは、小学生の面倒を見るために存在していた。それをどうこう言うつもりはないが、京太郎の目的には合致しなかったのだ。

 

 今までの常套手段だった教室がないとなると、放課後の時間がまるごと余ることになった。教本を読むのでも良いが、それをずーっと続けるとなると流石に退屈だ。

 

 何かないものかと考えながら、あれやこれやと試している内に時間は流れ、どうにか『これ』と京太郎が決めた時には、照と出会ってから一ヶ月の時間が流れていた。

 

「これ」

「いつもありがとうございます」

 

 待ち合わせた放課後。やってきた照は、開口一番にファイルを手渡してきた。

 

 部に保管されている牌譜である。

 

 本当は部外者に見せて良いものではないらしいが照は『私が良いと言ってるんだから良い』と強権を発動して持ってきてくれたのだ。

 

 主に照本人が参加した半荘の牌譜である。照はインターミドルのチャンプだ。公式戦のものであれば牌譜を手に入れることはそれほど難しいことではないが、部内のリーグ戦となればそうは行かない。貴重な体験をしていると実感しながら見せてもらった牌譜は、その全てが東南戦であるにも関わらず、東場――より具体的に言えば東場の照の親で終了していた。

 

 数は少ないが、照が東パツの親であればそこで試合は終了する。牌譜を見るに手加減するということはしないようだ。

 

 照の所属する部であるから、彼女に引っ張られた部員の実力はそれほど低いものではないはずだが、京太郎たちの中学は特に名門校という訳ではない普通の公立の中学である。

 

 照のワンマンチームという外の評判通り、照とそれ以外の部員には相当な実力差があるようだった。

 

 照と戦う度に痛い目を見る部員には同情しないでもないが、部員でない京太郎の目的は牌譜だけだった。食い入るように読み込んだ照の牌譜には、彼女の思考が見て取れた。どういう根拠でこの牌を切るのか、照の考え方が良く理解できる。

 

 並外れた才能を持った人間は、よくよく努力していないと思われがちである。京太郎も最初から照くらいの才能を自覚していたら、今ほど麻雀に真剣に打ち込んではいなかったかもしれない。

 

 だが、照は違った。そのうち回しからはきちんと勉強をしたことが窺い知れるし、当たり牌を掴んだ時は回すこともしている。回しても引けるという自信があるからこその行動だろうが、圧倒的な実力の裏に隠れた繊細なうち回しに、京太郎は驚きを隠せなかった。

 

 どうして、と質問を投げかけても照からは即座に返答が帰ってくる。考えて牌を切っている証拠だ。同じ質問を同級生にしても、具体的に答えられないことがしばしばある。それに比べると雲泥の差だった。

 

 圧倒的な才能もさることながら、基本的な能力が全て高水準でまとまっている。話せば話すほど、宮永照という人間の、プレイヤーとしての完成度を知る京太郎だった。

 

「中卒でもプロができるんじゃありませんか?」

 

 それは照の実力を知った人間として当然の疑問だった。若すぎるというのはネックだろうが、今の照でも十分にプロの世界で結果を出せるように思えたのだ。咏やテレビでしか見たことのない小鍛治健夜に勝てるか、と言われると首を捻らざるを得ないが、そういうトッププロを除けば、照の実力はプロと比べても見劣りしないように思えた。

 

 興奮気味の京太郎の言葉は、彼にすれば最大限の賛辞を込めたものだったが、照はその言葉に苦笑しながら首を横に振った。

 

「どうしてですか?」

「高校生活をしてみたい。できれば、大学生活も」

「プロでやってみたいとか、思わなかったりします?」

「私で通用するならいつかはやってみたいけど、それは別に今すぐじゃなくても良い。高校生や大学生っていうのはその時しかできないんだから、それを経験してからプロになっても、遅くはないと思う」

「そんなものでしょうか……」

 

 あまり学校生活に執着したことのない京太郎であるが、照が言うならそういうものなのか、と思えた。京太郎はまだ中学生になったばかり。この前までランドセルを背負っていた年齢だ。将来を考えるにはまだ早い年齢であると本人でも思っているが、二つしか違わないはずの照はきちんと将来を見据えていた。

 

 立ち位置が違うと、考え方まで変わるものなのかと、京太郎は感心する。咏と初めて出会った時彼女は高校生だったが、今の照と比べて二つ上だった彼女は、今の照よりもずっと好き放題生きていたような気がした。照が特別大人っぽいのか、咏が年の割りに子供っぽかったのか。京太郎はその両方であると思ったが、尊敬する師匠の名誉のため、口にはしないと心に決めた。

 

「勉強は捗ってる?」

「はい。最近は照さんから貸してもらった牌譜を読み込んだり、後はネット麻雀をしてます」

 

 教室に通うことを諦めた京太郎は、ネットの世界に活路を見出した。世界に繋がる世界だけあって、無料でできるネット麻雀には結構な猛者もいる。プロも身分を隠して参加しているという噂もあるほどだ。

 

 電子の世界であれば相対弱運も鳴りを潜めるかと思ったが、そんなことはなかった。画面ごしの勝負でも、自分から運が抜けていくのがはっきりと感じられた。ただ、どのプレイヤーにどれだけ運が吸われているのかを認識することができなかった。これは、顔を見ないで対戦している影響だろう。もしかしたら、相手には運がいかず、自分から運が出て行っているだけなのかもしれない。

 

 それを検証する術はなかったが、対面して行う麻雀よりも運の下降が少ないことは、データによって証明することができた。対面しての麻雀のトップ率は一割を漸く越えたくらいであるが、ネット麻雀のトップ率は、二割に迫る勢いである。

 

 これまでの戦績を考えると、これは驚異的なことだった。今までよりも勝てるから、何だか楽しい。顔を見ない、牌を使わない麻雀はちょっと、と最初は思っていた京太郎も、ネット麻雀の魅力にはまりつつあった。何より、自宅の部屋で一人でもできるというのが、手軽で良い。

 

 ちなみにハンドルネームは『ランペルージ』とした。本名でプレイするのはいかがなものかと、適当な言葉をネット上で探していた時、最初に目に留まったのがこれだったのだ。

 

「私はあんまりやったことないけど……楽しい?」

「経験は多く積めると思います。ただ、たまには人を相手にしないと勘が鈍りそうなので、どこか人と打てるところを探そうと思ってます」

「それなら、子供でも入れる雀荘をいくつか知ってるから、紹介する。お金もそんなにかからないから、通いやすいと思う」

「何から何までありがとうございます」

「気にしなくて良い。私が好きでやってることだから」

 

 それきり、二人の間に沈黙が下りた。

 

 照が部活を終えるのを待ってからの、二人きりの下校である。週に一回くらいは、照はこうして時間を作ってくれる。その時に牌譜のやりとりと、それについての疑問を照に聞く、というのがいつものパターンだった。京太郎の疑問に照は真剣に答えてくれた。

 

 他にも、自分の能力について、ここまで話して良いのかというところまで、照は話してくれた。対戦する学校の人間からすれば、喉から手が出るほど欲しい情報だろう。京太郎がうっかりその話を彼女らに漏らしたら、それだけで照は苦戦を強いられることになる。

 

 そんなことはないと信頼してくれているのか、それとも、対策されたところで問題はないと自信を持っているのか。いずれにしても、照を裏切る訳にはいかないと気持ちを新たにする京太郎だった。

 

「照さん、どうしました?」

 

 日が落ちた、薄暗い帰り道。先を行く照の足取りは軽く、背中だけを見ても機嫌が良さそうに見えたのだ。ん? と振り向いた照は、薄い笑顔を浮かべていた。無表情が常の照であるから、笑顔を浮かべているというだけで、機嫌が良いのが解る。

 

 何か良いことでもあったのか。京太郎の質問にはそういう意味が込められていたのだが、照はそれをきっぱりと無視すると、空を見上げた。

 

 

「京太郎。今日は月が綺麗だね」

 

 

 言われて京太郎は黙って空を見上げた。満月を過ぎた月は段々と欠けてきており、そろそろ半月になろうか、という微妙な形をしていた。加えて晴天という訳ではない。雲に隠れたり隠れなかったりとはっきりしない月の姿は、京太郎にはそれほど美しくは見えなかった。

 

「……すいません。俺にはよく分かりません」

 

 同調するべきかかなり迷った京太郎だったが、思ったとおりのことを口にすることにした。それで照の機嫌が悪くなったらどうしようと、戦々恐々としていた京太郎だったが、彼の物言いに照はおかしそうに笑うだけで、特に機嫌を悪くした様子はなかった。

 

「ほんとに、どうかしたんですか?」

「なんでもない」

 

 むしろ更に機嫌を良くした様子で、京太郎の隣に並ぶ。

 

 その日、照の機嫌はずっと良いままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2、

 

 その翌日である。

 

 朝のホームルームで担任から、これから席替えをするという発表があった。

 

 クラスメートはほとんどが沸き立ったが、京太郎はそんな彼らを無感動に眺めていた。

 

 京太郎からすると、何処に座るかというのはそれほど大事ではない。強いてあげるならば内職のしやすい後ろの方の席が良いという希望はあったが、それも絶対ではなかった。どこでも良いというのが正直な思いである。

 

 だからクラスメートほど、席替えという言葉に熱狂することはできなかった。

 

 クラスに意中の女子でもいれば別なのだろう。美人を見慣れている京太郎の目から見ても、中々可愛いと思える女子はちらほらいたが、美人を見慣れているが故に、その程度では興奮することができなかった。おかしな具合に達観した自分に軽く嫌気が差したが、そんな京太郎を他所に、席替えのくじ引きは進められていく。

 

 義務的にくじを引いて、その番号の席に荷物を纏めて移動する。

 

 京太郎の消極的な願いが通じたのか、京太郎の席は窓際一列目の一番後ろとなった。絶好の位置に内心でガッツポーズしながら荷物を置くと、その隣の番号を引いた女子がやってきた。女子男子と交互に列が組まれるため、隣は必ず女子になるのである。

 

 その女子は京太郎を見ると、小さく頭を下げた。

 

 いつも教室の隅で本を読んでいる、率直な言い方をすれば暗い雰囲気の女子だった。クラスでもどこかのグループに属している訳ではなく、部活に入っているという話も聞かない。おそらくではあるが、友達もいないだろう。一人でいるのを好んでいるというよりは、結果として一人になってしまったかわいそうな感じの女子である。

 

 京太郎もこの女子と話した記憶はない。雰囲気暗めでも中々美少女であることから記憶に残ってはいたが、自分から踏み込んでこない人間を相手にするほど博愛主義でも暇な訳でもない京太郎は、女子の顔を見て名前を覚えていないことに気付いた。

 

 何という名前だったろう。女子の顔を横目で見ながら、何となく誰かに似ているような気がした。元々彼女が座っていた席を考える。最初は男子も女子も出席番号順に並んでいた教室で、彼女は窓際の席に座っていた。

 

 五十音で言うと後ろの方である。少なくとも須賀よりは大分後ろだ。他の名前を覚えているクラスメートの配置から、ま行のどれかであることまでは察せられた。

 

 そこまで推理しても、思い出せない。自分はここまで薄情な人間だったかと頭を抱えながら、さらに考えた。

 

 誰かに似ているという印象。それが誰なのか解れば、答えはすぐに出るかもしれない。

 

 ホームルームを進行する担任を見るその女子は、ただ他人を見ているというだけなのに、不安そうな顔をしていた。小動物的な雰囲気である。初美のようにちょろちょろと動き回るタイプでも、春のようにちょこちょこと後ろをついてくるタイプでもなく、部屋の隅でかたかた震えているのが似合いそうな小動物だ。

 

 顔立ちは、美少女に分類しても差し支えない程度には整っていた。おっかなびっくりな雰囲気を許容できるなら、かなりの高レベルと言っても良い。もっと女慣れしている人間なら『磨けば光る』とでも表現したのだろうが、こういう消極的なタイプと付き合った経験のない京太郎には、その一歩下がった雰囲気はマイナスに思えた。

 

 ふいに、その女子と目があった。

 

 そして、そのふっと風に流れた前髪を見て、京太郎は直感的にその女子の名前を思い出した。

 

 宮永だ。下の名前は、確か咲。

 

 苗字がわかれば、誰に似てると思ったのか、答えが出るのはすぐだった。

 

 おそらく、この女子は照の妹だ。解って見てみると、似ている部分も色々と見えてくる。顔立ちもさることながら、女性的に残念な体型をしているところもそっくりだった。

 

 単純な見た目の話をするならば、京太郎の好みからは大きく離れている。性格的なところも、自分から踏み込んでこない人間を相手にした経験の少ない京太郎は、あまり咲に良い印象を持っていなかったが、照の妹というならば話は別だった。

 

 厳密に言うならばまだ照の妹と決まった訳ではないが、ここまで顔立ちが似ていて、苗字が宮永ならばハズレということはないだろう。

 

 そう結論付けた京太郎は、ホームルームが終わるのを待って、椅子を近づけた。

 

 いきなり近づいてきた男子に咲は肩を震わせて距離を取ったが、京太郎はそんな態度を気にもせずに言った。

 

「俺、須賀京太郎。これからよろしくな」

 

 何の気なしに差し出した京太郎の手を、咲は数秒ぼーっと眺めていたが、それをしないと手は引っ込められないと悟ったのか、おずおずと自分も手を差し出し、握手を交わした。

 

 これが、宮永咲との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3、

 

「ポン」

 

 東一局。最初に動いたのは咲だった。

 

 久の第三打のオタ風を一鳴き。腰の軽い動きに、隣の和が眉を顰めた。

 

 早速の咲の動きに同卓した三人に緊張が走るのが見えたが、後ろから見ている京太郎たちには、染め手にもトイトイにもまだまだ遠いことが良く解った。

 

 和にはおそらく、意味のない鳴きに見えたのだろう。とりあえず鳴く、という打ち手もいるにはいるが、それは合理的ではないと嫌う人間も大勢いた。和は後者の方なのだろう。公式戦の牌譜や昨日の打ちまわしを見る限り、和は完全なデジタル派である。感性に頼った動きを嫌っていても、不思議ではなかった。

 

 咲を知っている人間として 京太郎はこれが意味のない鳴きではないと知っているのだが、それを今解説するのも風情がないように思えた。麻雀を語るなら、結果を出した上で語らないと説得力がない。咲ならばそれができると確信していた京太郎は、不満そうな和をスルーした。決して、その憮然とした横顔が魅力的に見えたからではない。

 

 

 東一局目、八順目 ドラ『五』

 

 南家 宮永咲 

 

 二三四五④⑤⑥⑦24  西西西(ポン) ツモ『二』

 

 四筒か七筒を切ってのテンパイであるが、まだ始まったばかりなことを考えると索子を払って筒子の伸びに期待しても良い。隣の和だったらノータイムで索子に手を伸ばすのだろうが、咲は逆にノータイムで⑦を払った。

 

デジタル的にはわざわざ狭い方に取る理由がない。和の不満そうな雰囲気がますます強くなっていく。そんな和を気にもせずに咲はいつも通りに打ち回し、その二順後、当たり前のように西を引いた。

 

「カン」

 

 それを加カン。リンシャン牌に手を伸ばした咲は、特にモーパイもせずに牌をそっと置いた。

 

「ツモ」

 

 明らかにそこにアガリ牌があることを確信していたうち回しである。あまりに自然な不自然な動作に、京太郎以外の全員がぽかんとするが、咲の役の申告が終わり、点棒を払う段になると全員が色めきだった。

 

「何かすごいアガリを見た気がするじょ!」

「嶺上開花とか久しぶりに見たな」

 

 興奮する二人と対照的に、久と和は咲のアガリ形と場を食い入るように見つめていた。オタ風を一鳴きした理由と、加カンに踏み切ったこと。その二つに合理的な理由がないか、それを探しているのだ。決定的な根拠があるのだとしたら、それを見落としていることになる。

 

 今まさに戦っている久は、当然勝利のために。和は麻雀における知的好奇心から真剣にそれを探したが、一鳴きと嶺上開花に関連性は見えても、最初の一鳴きに理由を見出すことはできなかった。

 

 というより、カンでアガれるという確信でもない限り、アガリを狭めるオタ風一鳴きを敢行する理由がない。それがカン材になり、かつ、嶺上牌が自分のアガり牌であると確信が持てなければ、一連の行動にも説明がつかない。

 

 その不自然なプレイングを、咲は当たり前のようにこなして見せた。咲にとってはこれが自然なのだ。不可解な現象を使いこなす打ち手が、全国には大勢いる。牌に愛された子供、魔物など様々な呼び方があるが、咲の姉である照はその筆頭だ。

 

 その妹がそうではない理由はどこにもない。拾い物どころか当代きっての化け物と相対していることを自覚した久は、表情を引き締めた。今までだって手を抜いていた訳ではないのだろうが、明らかに雰囲気が変わる。

 

 久の変化に気付いたまこも、舐めてかかると、不味いと気を引き締めた。唯一変わっていないのは優希だったが、彼女には東場で吹くという特性がある。咲の感性でもってそれを打破できるかは微妙なところだった。

 

 京太郎の目から見ても、この三人は相当な打ち手である。いかに咲でも楽に勝てる訳ではないと、ギャラリーの癖に楽観してはいなかったが、当の咲は東パツでアガったことに気を良くしたのか、満面の笑みを浮かべて振り返った。「褒めて!」と顔に書いてある。

 

 京太郎は苦笑を浮かべながら、えらいえらい、と咲の頭を撫でた。

 

 それで気合を入れ直した咲は、卓に向き直った。

 

 

 東二局。次は咲の親番である……。




思いの他早く完成してしまったので投稿します。
もう一作と話数が揃ったので、多分これからは交互の更新になります。

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