セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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幼稚園・小学生編
0 高校一年春 長野清澄高校にて


 誰もいない旧校舎の廊下を一人歩く。かつて校舎として使っていただけあって部屋数だけはあるが、そのほとんどは物置として使用されていた。掃除などもされていないから埃っぽいし、歩く度に廊下は音を立てる。照明があるから辛うじて歩けているが、そうでなければ昼間でも歩くのは勇気がいる。

 

 そんな建物の最上階に、麻雀部の部室はあった。

 

 全国的に大人気であるはずの競技だが、清澄高校の麻雀部は人数不足で廃部の可能性が持ち上がるほどに人数が少ない。今の部長が入学した頃にはそれなりの数の部員がいたらしいが……まぁ、色々とあったらしい。

 

 今は三年の部長が一人、二年が一人、一年が二人。全員が女子である。団体戦のエントリーには補欠なしで挑むとしても最低五人の部員が必要になる。このままだと麻雀部は団体戦に出ることができない。

 

 

 その五人目になろうとしている女子がいる。京太郎の中学からの同級生で、宮永咲という。運動苦手の絵に描いたような鈍臭く臆病な文学少女だが、姉の影響か麻雀を得意としており、この高校でも麻雀部に入ると、中学の頃から力説していた。

 

(怖い人がいると嫌だから、京ちゃん、先に見てきてくれない?)

 

 しかし、このお願いである。臆病で人見知りな咲のことだから、先が思いやられる。偵察した結果、怖い人ばかりだったらどうするつもりなのだろうか……意地悪して聞いてみたい気もするが、そうしたら泣きそうだったので止めておいた。女子を泣かせるのは男として本意ではない。

 

 部室のドアの前に立つ。表札はしっかりと麻雀部と出ていた。自動卓の音でもするかと耳を済ませるが、中から音は聞こえない。無人だったらどうするか、と今さらに空振りに終わる可能性に思い至るが、ノブを回すとドアはあっさりと開いた。

 

「こんにちはー。入部希望なんですけどー」

 

 部室に入る。部員が四人しかいない部の部屋にしては、広々としていた。中央には自動卓。壁際には聊か型落ちのパソコン。屋外にも出られるようで、開けっ放しになっている窓からは春の暖かな風が吹きこんでいた。

 

「なんだ? 入部希望者か?」

 

 くるり、と椅子を回転して、こちらに顔を向けるのは小学生みたいなちんまい少女だった。学食で買ったらしいタコスを頬張るその姿は、制服を着ている事実があったとしても、外から遊びにきた小学生ではないか、という疑問を抱かずにはいられない。

 

 その少女の姿を見て、京太郎は軽く目を見開く。見た目があまりにもロリ過ぎたから……ではない。それもあるにはあるが、記憶の中にあるとある少女の姿に、そのタコスが酷似していたからだった。

 

「憧……タイムスリップして長野に来るとか、時を駆け過ぎだろお前」

「人違いだじぇ。私は片岡優希だじょ」

「……まぁ、解ってはいたんだけどな」

 

 そんなオカルトありえないしな、と言葉を続けて部屋を見回す。タコスの他には室内には誰もいない。一人か? とタコスに問うと、タコスはタコスを咥えたまま、んー? と首を傾げた。

 

「部長は会議だじょ。染谷先輩はクラスの仕事で遅くなるじぇ。和ちゃんは今トイレに――」

「そこはボカすのがマナーですよ、優希」

 

 ドアを開けて入ってきたのは、清澄高校一番の有名人だった。

 

 去年の全中覇者、原村和。彼女ほどの実力があれば龍門渕だろうと風越だろうと好きなところに推薦に行けたはずなのに、特に実績のないこの高校を選んだということで、一年の間では話題になっていた。麻雀部に所属しているとは聞いていたが、こうして顔をあわせるのは初めてだった。

 

 和は京太郎の姿を見ると、形の良い眉を僅かに寄せる。あまり歓迎されてはいないようだった。

 

「入部希望者ですか?」

 

 直接聞けば良いのに、和が問うたのは正面に立つ京太郎ではなく、タコスを頬張るタコスだった。巨乳美人に無視され地味にダメージを受けている京太郎を他所に、タコスは首を傾げる。

 

「そう言ってたじぇ。今昔の知り合いに似てると口説かれてたところだじょ」

「事実を捏造しないでもらえるか」

 

 タコスの言葉を額面通りに受け取った和が、京太郎に鋭い視線を向けてくる。誤解だ、という様に京太郎は手をぱたぱたと振った。優希が美少女なのは認めるが、童顔巨乳が好みの京太郎のストライクゾーンからは若干外れていた。

 

 慌てなかったのが功を奏したのだろう。和はまだ胡散臭そうに京太郎を眺めていたが、それ以上特に追求する必要性も感じなかったのか、タコスの対面に着席して、卓を動かした。

 

 牌山がせり出してくる。サイコロに従って山を切ると、和は一人でツモり、切ってという行為を始めた。その切り出しが、異様に早い。流石に全中覇者という仕草に見惚れていると、

 

「座ったらどうですか?」

 

 牌から視線を逸らさずに、和が言った。相変わらず温度が感じられない。これは嫌われたかなと、前途多難な人間関係を思いながら着席すると、タコスが椅子を寄せてきた。こちらは和とは逆に距離が近い。全くタイプは違うが、小動物系と無理やりくくるなら、咲と同じ系統の少女である。

 

(どうして俺はこういうタイプに好かれるんだろうな……)

 

 どうせなら巨乳美少女に好かれたいと思う京太郎だった。

 

「ところでお前、私はそんなにお前の友達に似てるのか?」

「ああ。つっても小学生の時だけどな。最初に見た時は目を疑ったぞ」

 

 細部は違うが、ぱっと見た目の印象はとても似ている。世の中似ている人間は三人はいるというが、その一人が長野にいたと知れば、憧も驚くだろう。ちょっとまて、と携帯を操作して、写真を呼び出す。

 

「おお。何かお前も小さいじょ」

「小学五年生の時の写真だ。真ん中のが俺で、左のがお前のそっくりさん」

 

 奈良にいた時の写真である。当時顔を出していた麻雀教室の帰りに、教室の教師役をしていた大学生に撮ってもらった一枚である。中央に京太郎。両サイドを同級生の少女二人が固めている。

 

「おおー、確かにそっくりだじょ。でも何か、和ちゃんにも見せられたことがある気がするじぇ。和ちゃーん!」

 

 言うが早いか、タコスは京太郎の携帯を分捕り、和の前に差し出した。一人麻雀を中断させられた和は一瞬だけ迷惑そうな顔をしたが、差し出された携帯の写真を、黙って覗き込んだ。

 

 瞬間、目が見開かれる。

 

「どこでこれを……」

「いや、真ん中にいるの俺だし。奈良にいた時の写真だよ。小学五年の時、いたのは一年くらいだけどな。そっちの二人はその時の友達だ」

「……私は、原村和といいます」

「知ってる。同級生で原村のこと知らない奴はいないと思うぞ」

「まだ名前を聞いてませんでした。聞いても良いですか?」

「須賀京太郎。一年だ。よろしくな」

 

 京太郎……と、和はその名前を噛み締めるようにして呟く。目を閉じること、数秒。

 

「……シズや、麻雀教室の娘達から、何度か名前を聞いたことがあるような気がします。京ちゃん、というのは須賀くんのことですよね?」

「そうだろうな。主にそう呼んでたのはギバードだけど。あいつ元気だったか?」

「元気すぎるほどでした。そうですか、シズやアコの友達だったんですね……」

 

 ふっと、和が微笑む。男子というだけで距離を置かれていたようだが、距離が一気に縮まったような気がした。

 

「流石に遠いから、今じゃメールとかでやり取りするくらいだけどな。憧とはたまに電話するけど」

「お前、長野の生まれじゃないのか?」

「生まれは大阪だよ。親が転勤しまくってて、長野に落ち着いたのは中学に入ってからだ。それまでは一年に一回くらいの割合で転校してた」

「そんなに……」

 

 和が目を丸くしている。年相応のその顔が、妙に可愛らしい。

 

「どんなとこに住んでたんだ?」

「話しても良いけど、別に面白くねーし長いぞ」

「構わないんじゃありませんか。三人では卓が立ちませんし、先輩二人は少し遅くなりそうですし」

 

 お茶を淹れますね、と和が卓を立つ。タコスは既に聞く体勢だ。こういう時にタイミングを見計らってその先輩がきてくれないものかと耳を済ませてみるが、聞こえるのは窓から入る風の音ばかりで、足音一つ聞こえない。

 

 和がお茶を淹れて戻ってくる。今度は和も聞く体勢だ。別に面白い話でもないのだが、聞きたいというのならば仕方がない。臆病な友達のためのリサーチと思えば、面倒臭さも何でもないと思えた。

 

「じゃ、最初からな」

 

 言って、自分の人生を思い返す。転校ばかりだった幼少期。最も古い記憶は大阪から始まった。

 

 

 


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