最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第七話「PT事件の関係者」

 

 アースラ帰還直後はアーベルもリーゼ姉妹から受けた依頼のため忙しかったが、クロノも事後処理やら何やらで追い込まれていた様子で、お互いに没交渉であった。

 

 公表されたプレシア・テスタロッサ事件───PT事件の内容は世間を大きく騒がせたし、アーベルもそりゃあクロノ達も忙しくなるかと溜息をつくに留めている。

 

 執務官はやはり大変そうだ。

 次元震があちこちで発生する中、SS級魔導師を敵に回して真っ正面から戦うような『お仕事』なのである。

 彼のS2Uはそんな状況でもよく頑張っているなと、半ば自画自賛のような感想を抱くアーベルであった。父が設計製作し、メンテナンスと改良を自分が引き受けているデバイスがそんな大事件の解決に一役立てたと思えば、感慨深い。

 

 そのクロノも忙しさに一段落ついたのか、予告無しに店を訪ねてきたのはアーベルがリーゼ姉妹の依頼を終えて数日後のことだった。

 

“マスター、クロノ・ハラオウン氏がご来店です”

「……来店?」

 

 普段は連絡を入れてくるにしても、最近は技術部で落ち合うかアースラで会うか、いっそアーベルの店ではなくレストランや本局内の喫茶室で話し込むことの方が多い。珍しいこともあるものだと、アーベルは検査槽を調整していた手を止めてカウンターへと出向いた。

 

「やあ、アーベル」

「久しぶり、クロノ。

 ちょっとは落ち着いたのかい?」

「まあな」

 

 クロノはともかく、後ろの二人につい目がいってしまう。予告無しの来店も珍しかったが、クロノがエイミィ以外の女性を連れているというのはなお珍しい。

 一人は金髪をツインテールにした小柄で内気そうな美少女、もう一人は赤毛の色っぽい美人……いや、犬耳と尻尾からして使い魔だろうか。

 

「それから……」

「ああ、アースラで預かっているフェイトとアルフだ。

 エイミィも後で来る」

「フェイト・テスタロッサ、です」

「フェイトの使い魔、アルフだよ」

 

 クララは同行者がいるとまでは発言していなかったので、アーベルは驚いていた。

 しかし『アースラで預かっている』となると、例の件で保護した少女なのではないかと想像がついたので、下手なからかいはやめておく。……よく見れば、上に羽織ったカーディガンこそ見覚えはないが、少女の服装は少し前にアーベルがブティックで購入した物だった。

 

「はい、こんにちは。

 マイバッハ工房本局支店へようこそ。

 クロノやエイミィの友達でこの店の店長、アーベル・マイバッハです。

 えーっと、簡単に言えば、デバイス屋さんかな」

「……デバイス屋さん?」

「うん。

 ああ、接客用じゃないけど、奥に休憩スペースがあるんだ。

 さ、入って入って」

「あ、ありがとうございます」

「お邪魔するよ」

 

 そういえばPT事件のTはテスタロッサだったなと思い至り、話題には出さない方がいいかと思案する。コーヒーを飲みに寄っただけだろうし、重い話題は触れないに限るだろう。

 

「クロノ、手荷物はいつものようにそっちの棚を適当に使ってくれていい」

「ああ、借りる。

 フェイトとアルフの袋も貸してくれ」

「うん」

 

 どこかで買い物……いや、彼女たちの生活用品なのだろう、アーベルにも見慣れた商業地区でも一番大きいショッピングモールの買い物袋だった。

 さも珍しそうにきょろきょろとバックヤードを見回すフェイトには、ここは修理や調整だけでなく、設計製造までするデバイス屋さんなんだと付け加える。

 

「クロノはいつものコーヒー?

 それともカリムお勧めの紅茶?」

「そうだな、今日はカリムのお勧めを貰おう」

「二人は何にする?

 コーヒーや紅茶が苦手なら、レモネードやホットミルクもあるよ」

「えーっと……」

「あたしゃホットミルクで!」

「ういー。

 カリムの紅茶にホットミルクね」

「えっと……」

“マスター、エイミィ・リミエッタ嬢がご来店です”

「了解、クララ。

 ……フェイトちゃん、決めにくかったらゆっくりでいいからね」

「フェイト、遠慮はいらない。

 お店だと思わず、僕やエイミィの友達の家だと思えばいい」

「……うん」

 

 緊張している彼女にそれは却って逆効果なんじゃないかと思いながら、店に出てエイミィを迎え入れ席に座らせる。四脚しかない椅子は全て埋まったが、元はと言えばクロノ、ヴェロッサ、エイミィ、自分───四人の駄弁り場が欲しいという理由で購入したものだったから、これは仕方ない。

 

 クロノはともかくエイミィまで制服のままで、ああ、ある意味仕事も兼ねているのかとアーベルは納得した。事件で保護された少女に、何らかの理由付けをして外の空気を吸わせにきたというところだろう。お人好し度なら、態度に現れるエイミィ以上のクロノである。

 

「あたしもカリムさんのお勧めで!」

「えっと、わたしも紅茶で……」

「はいよー、少々お待ちあれ」

 

 ミルクとお湯を湧かす間に手早く茶器を用意し、菓子皿に買い置きのクッキーなどを盛る。

 

「そう言えば、アーベルの仕事の方はどうなんだ?

 マリーからは最近忙しいらしいと聞いたぞ」

「大物は納品まで済んだよ。

 その間に溜まってた仕事は……まあ、なんとかなった」

「アーベルくんがそこまで忙しくなるって、結構凄いね?」

「ありがたい話だよ、ほんと。

 この調子で、営業の努力が成果に繋がってくれればいいんだけど……」

 

 リーゼ達やグレアム提督の名は出さない。

 いくら知り合い同士で彼らとクロノが師弟関係にあるとは言っても、顧客の情報を軽々しく漏らすようでは信用に関わる。守秘の義務は技術部だけでなく、店にも課せられるべきものだった。

 

「はい、お待ちどうさま」

「おー、いっただっきまーす!」

「あ、あの!」

「うん?」

 

 自分が座るために作業用の椅子を取りに行きかけたアーベルは、何やら勢い込んで立ち上がったフェイトに何事かと身構えた。

 

「あの、この服、ありがとうございましたっ!」

「……あー、うん、よかった。似合ってる。

 クロノをからかうダシに使ったようで悪かったね。

 今度はきちんとプレゼントさせて貰うよ」

「えっ……!?」

「よかったじゃん、フェイトちゃん!

 早速来週れっつらごー!」

「ゴー!」

「……」

 

 ダシに使われたクロノの溜息は、賑やかな彼女たちの歓声に隠れて聞こえなかった。

 軽くティーカップを掲げて労っておく。彼は小さく肩をすくめ、現状を受け入れることにしたようだ。

 

「今日はね、アーベルくんのお店をフェイトちゃんたちに教えておこうと思って、わざわざこっちに来たんだよ」

「お茶を飲みに寄ってくれるなら歓迎するけど……そうだ、フェイトちゃんはデバイスか個人端末は持ってる?

 僕が言うのも何だけど営業が不定期でね、連絡先を教えるよ」

「えーっと、今は、その……」

「アーベル、彼女は管理局の保護下に置かれている上にまだ裁判中なんだ」

「裁判中!?」

「そうだ。

 現状では、デバイスの所持はもちろん通信機器も持たせられないし、監督者なしに出歩くこともできない。念話を含めた魔法の行使も、許可が必要で制限されている。

 ただまあ、抜け道もあって……アーベル、これ」

「うん?」

 

 クロノが表示したウインドウには、保護観察児童更正協力者申請とある。

 アーベルは、軽く流し読みして頷いた。

 求められる仕事内容は、私的なものも含めて対象児童からの相談に乗ったり、監督者の行う更生プログラムに協力したりと云ったもので、一般的な地域相談員や初等学校の父兄互助会役員と大差ない様子だ。

 

「君も気付いているだろうが、フェイトはPT事件の関係者だ。

 そして僕は、いや、僕だけでなく母さんやエイミィ、アースラのスタッフも彼女を守ると決めて動いている。

 この裁判は、無罪に極めて近い保護観察で結審する方向に持って行くつもりだ。

 グレアム提督にも助力を願っているが、君にも一肌脱いで貰いたい」

 

 クロノの思惑に乗るのは少々癪だが、彼の真面目な頼み事を断る勇気などアーベルにはなかった。

 

 はっきり言って、覚悟が違いすぎるのである。

 

 それは得難い友人として心から尊敬できる部分でもあり、同時にアーベルには眩しすぎる光だった。

 ……それを認めるのが少し悔しくて、表情を隠すのに表示されたウインドウを読み進める内になんとなく彼の思惑に気付く。

 

「……つまり、専用端末もついでに用意しろと?」

「おー、さっすが話が早い!

 今はね、検察担当者どころか本局に出たクロノくんとの連絡にも、申請書出して一々アースラの通信士席通さないと駄目なんだ」

「一応、裁判も開始されたからな。

 管理局への奉仕活動による量刑の軽減を狙って嘱託魔導師の申請も行っているが、任務外でのデバイス所持や魔法行使の制限解除にはもう少し時間が掛かるだろう。

 だが民間の更正協力者として君が間に入ってくれれば、それを理由に端末だけでも持たせることが出来るんだ。

 僕やフェイトだけでなく、その他の関係者も助かる。仕事を減らすと思って頼まれてくれ」

「うん、今はちょっと面倒なんだよ」

「だ、だめだよアルフ、そんなこと言っちゃ。

 クロノやエイミィはわたしたちのために頑張ってくれてるんだから……」

「お願い、アーベルくん!」

「まあ、そういうことだ。

 ……何分かかる?」

 

 現在位置の発信と同時に、特定の関係者あるいは組織───この場合は事件担当であるリンディとクロノ、アースラ、保護監督者に内定したグレアム提督、裁判に関連する管理局内の各部署および専任者、それに加えてアーベル───との連絡のみに機能を限定した携帯通信端末を……引き受けるかどうかではなく、何分で用意できるかと聞きやがったかこの悪友めと、アーベルは内心で毒づいた。

 

 無論、既に気持ちは決まっているのだが。

 

「……2つで15分」

「早っ!?」

「こういう小物となると、相変わらず出鱈目だな、君は。

 請求書はアースラ宛で頼む。

 僕は先に書類を作っておく」

「はいよ」

 

 一度はテーブルに近付けた作業椅子を元の位置に戻し、端末作成作業の準備に入る。

 

「えーっと、フェイトちゃん」

「はいっ」

「通信端末の形なんだけど、ペンダントと指輪どっちがいい?」

 

 作業その物は単純であった。

 ワンオフデバイスの新造に比べれば待機状態と使用形態などを考慮する必要もなく、用途も通信に限定されるので魔力駆動部分も大幅に簡略化される。

 

 彼女の所持するデバイスに機能封印処置を施して代用することも出来無くはないが、クロノの申請する書類が機能を限定した端末を用意するのに比べて数倍に膨れ上がることは想像に難くない。……更に申請が通っても、その作業を行い事後に戻すのは恐らくアーベルになる。通信端末を新しく作る方が、余程気楽で手間も掛からなかった。

 

「……ペンダントで!」

「アルフもお揃いでいいかな?」

「うん」

 

 店に在庫されている待機形態パーツからデザインがシンプルで可愛いものを選び、作業台にセットして十を越える数のナノハンドを同時に操作、不用なパーツを取り除いていく。デバイスとは違ってコアさえ必要ないし、回路上で余計な魔法の行使が一切出来ないようにしておかないと、クロノの悩みが増えてしまう。

 

 数ヶ月保てば十分すぎるかと駆動部に魔力電池と一般回線を利用する通信機器、サーチャーに使う広域座標発信器を手元に揃え、それぞれ必要な調整を施してから組み込む。あとはそのへんに転がっている適当なプロセッサとメモリを用意して必要なプログラムをクララから引っぱり出して読み込ませ、動作確認を済ませれば出来上がりである。

 

「クロノ、こっちは準備が出来たから、登録する連絡先のデータをクララに送って」

「わかった。……よし」

“受信、完了しました”

 

 アーベルは実際に約15分で仕上げたが、レディメイドの外装に指定のパーツを設計通りに組み込んで作るようなストレージ・デバイスだと、新たなプログラムを組み込む必要もパーツを改造する手間もなく、B級成り立ての経験浅いデバイスマイスターでも同じ時間で三台は組み上げられる。設計図が用意されていてパーツと道具が揃っているならば、デバイスの組立はプラモデルか知育用のブロックと大して変わらない。

 

 では何故にA級B級C級とランク分けされ大人の仕事として成り立つのかと言えば、全ての魔導師が同じ部品、同じプログラムで構成された画一的なデバイスを使わないからだ。

 クロノのような執務官とアーベルのような技官、あるいは、同じ戦闘魔導師でも砲撃魔導師と近接魔導師。全てに対応するデバイスはないし、高いレベルでバランスがとれていたとしても、それは同時に相当高価な品になってしまうだろう。

 

 プログラムの調整に始まって、規定難度の組立、修理、整備、検査が出来れば取得できるC級B級までとは違い、A級では用途や使用者に合わせた新規の設計を行えることが最低条件で取得難度が極端に上がった。

 その上で、使用される魔法や術式に合わせたプログラムの調整や新規作成、設計段階では考慮されていなかった新たなパーツの組み込み改造、製作も含めた幅広い仕事を要求される。それに見事応えてこそ一流のデバイスマイスターだと、アーベルは心に刻んでいた。

 

「はい、フェイトちゃん、アルフ」

「ありがとうございます。

 ……あ、レイジング・ハートみたい」

「レイジング・ハート?」

「えっと、と……友だち! レイジング・ハートは、大事な……友だちの、デバイスです」

「ちょっと似てるかねぇ」

「ああ、同じ赤系統だし、そういえば似てるな」

「そうだね」

 

 アーベルにしてみればコアを模した貴石をヘッドにしたただのペンダントにしか思えないが、彼女たち、特にフェイトには思い入れのある形なのだろう。

 だが偶然にしても喜んで貰えた様子で、アーベルとしても嬉しい限りである。

 

 


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