最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第六話「単能型ストレージ・デバイスと猫姉妹」

 

 アースラ帰還より数日、アーベルの店に新たな依頼者が現れた。

 とは言っても旧知の人物で、彼女はクロノの師匠に当たる。

 

「お久しぶりです、リーゼアリアさん」

「んもう、相変わらず堅苦しいなあ。

 流石はクロ助の親友だよ」

「あはは、たぶんあいつもそう思ってますよ。

 ……今日のお勧めは紅茶とコーヒーですけど、どちらにします?

 コーヒーはいつものやつですけど昨日封を開けたばかりで、紅茶はベルカ産の上物です」

「じゃあ、紅茶で」

 

 彼女は次元航行部隊の顧問官であるギル・グレアム提督の使い魔で、双子のもう一人リーゼロッテと共に幼少のクロノを鍛え上げたと聞いている。

 

 その縁で幾度か会ったこともあるし、何を気に入られたのか、模擬戦こそ勘弁して貰ったが魔法を見せろと試射場に引きずり出されるわ、人前で抱きついて撫でろと強請られるわで、クロノが『……恩はあるけど苦手なんだ』とつぶやいた一言に頷かされていた。

 しかし猫素体の奔放さは彼女たちの魅力でもあり、駄目だと断じることもできない。

 

 しかし実力は本物で、使い魔ながら魔導師ランクSの保持は伊達ではなく、近年は第一線を退いた提督の命を受けてあちこちの部隊へと教導や支援に出向いていると聞く。

 

「それにしても、珍しいですね。

 お店に来て貰えるのは嬉しいですけど……」

「いつもみたいに技術部でも良かったんだけど、私的な依頼だからね。

 これ見て」

「あ、はい。

 失礼します」

 

 仕事絡みとあれば、アーベルだけでなく彼女も態度が変わる。

 データを流し見れば、デバイスパーツの仕様書らしい。

 

「氷結特化のストレージ・デバイス、そのコンデンサー部分ですか……」

「他は大体用意できたんだけどね。……って言うかさ、お父様のデバイスの予備部品を主体に組んでるらしいけど、あたしはそこまで詳しくないのよ」

 

 わかんにゃいと呟いて、クッキーをつまんだリーゼアリアである。

 

 

 

 コンデンサーはキャパシター、エミッターと並んでインナーパーツでも魔法の発現に関わる主要な回路の一つで、コア、プロセッサ、ストレージで構成される制御部に対して駆動部と呼ばれていた。

 

 その中でもコンデンサーはキャパシターが受け取った使用者の魔力を一時的に蓄積、命令に応じて魔法発動部分であるエミッターへと受け渡す役目を担っている。容量は大きければ大きいほど魔法の行使が安定するのだが、術者の力量に見あわないほど大容量のコンデンサーは制御と安定に少なくない魔力を割かねばならずロスも大きい。使用者やデバイス全体のバランスを鑑みて、適度な容量のパーツを使用することが望ましかった。

 

 ……ところが示されたデバイスの仕様書は、単独属性対応どころかたった一種類の魔法───『エターナル・コフィン』と言う名のオーバーS級広域凍結魔法───の行使に特化することを要求している。

 

 ただ、そのこと自体はそう不思議でも不自然でもない。個人で所持しても使いものにならないだろうが、部隊単位で使用するなら前衛がつくから、オーバーS級の大魔法を詠唱行使する時間を確保することも十分可能だ。

 技術部でも時に扱っていたが、単独行動の多い執務官や捜査官が使うデバイスと、武装隊の隊長陣や火力担当が求めるそれにはかなりの差があることをアーベルは十分に学んでいた。

 

 

 

「魔力運用効率は局標準のデバイスに比べてさえ、ちょっとどころでなく落ちそうですけど、まあ、なんとか出来ると思います」

「おー、流石は第四技術部の秘蔵っ子!」

「ただですね……」

 

 当たり前だが、普段から慣れ親しんで扱っているデバイスのパーツとは言え、ここまで特殊な仕様だと改造にも時間が掛かるしその費用も並品の非ではない。

 

「ん?

 お財布なら大丈夫。

 お金の話は聞いてないよ」

「……では、全力で見積もりを出しますね」

「はあい」

 

 既に用意されているキャパシターやエミッターから必要なコンデンサーの性能を概算で求め、クララから各種カタログを呼びだして仮の仕様を決定する。

 能力優先、予算の限度無しという注文はそうそうあるものではない。

 

 半時間ほどかけてアーベルが仕上げたのは、エース級魔導師のデバイスに使用される大容量コンデンサーを並列二系統で運用、専用の統御プロセッサを追加して魔導砲などに使用される同調器を接続と、ある意味化け物とも呼べるコンデンサーだった。

 

 それを基本に試案を四つほど作成し、一番高い見積もりに技術料や製造費用以外のマージンを見込んだ上乗せ───アーベルの直感では、試案のままでは確実に赤字が出そうだった───を行うと、正式な受注書を作成してリーゼアリアに示す。

 

「メーカーに仮発注して在庫を抑えましたから……そうですね、半月ほど作業時間を下さい」

「半月後ね。

 ん、りょーかーい」

 

 ひらひらと手を振り、紅茶ご馳走さまーと一声残してリーゼアリアは帰っていった。契約された金額に比べれば随分と軽いノリだが、彼女たちにしてみればいつも通りなのだろう。

 

 部品だけなら在庫さえあればメール一本で届くが、ここからがアーベルの腕の見せ所である。

 

「届くまでに、設計だけは済ませておくか……」

 

 早速店の営業表示を半休作業中に切り替え、クララと連動したデバイスパーツ設計システムのプログラムを立ち上げる。仮想空間内で動作のシミュレートまでできる優れ物で、技術部に置いてある同種の装置より一世代半ほど古いモデルだが、動作が遅い他は私製改造で補っていた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 それから約半月。

 アーベルは管理局出勤日以外の時間をコンデンサーの改造に当てることで、この大仕事をやり遂げて見せた。

 当初の仮案では予定していなかった魔力整流器を追加したり、正式な設計に手を着けると同調器の能力に不安が出てもう一ランク上のものに変更したりと、よくあるトラブルはいくつか発生したが、所定の能力を仕様通りに発揮して納品出来る状態になればこっちのものである。

 

 仕上がったパーツを取りに来たリーゼロッテ───リーゼアリアの双子の姉妹───から『ついでだ仕上げろ』と言われて仮組みされたデバイスを手渡されてしまったが、これはまあサービスである。

 

 アーベルがプログラムに手を入れたことで全体の運用効率は0.5%向上、安全動作域も少し広がったが、本来の設計者が誰かと言うところまでは解らなかった。むしろアーベルがその程度しか手出しできなかったということから、当初の設計段階で相当練り込まれていたと言うことが伺える。

 

 手出し出来たのはコンデンサ周りの制御を本体コアの余剰処理能力───本来ならば第一戦級のインテリジェント・デバイスに使うコアを単能型ストレージ・デバイス仕様に調整してあったので余力がある───で補助するように変更した部分のみで、情けない話だがコンデンサー部分の能力不足を別種の方法で補ったと言い換えられなくもない。

 

「ふうん、いいんじゃないの?」

「当初から動作が重くなるのはこれを設計した方もご存じ……というか、折り込み済みだったようですね。

 むしろ、重くなっても威力と封印効果の向上に魔力を割り振っている感じでしょうか?

 中隊支援用の重デバイスで、似たような物を見たことがあります」

「ああ、それに近いかもね」

「どちらにしても、このデバイス……いえ、『デュランダル』の活躍を祈ってますよ」

“Thank you, meister.”

「……うん、そうだね」

 

 若干寂しそうな顔を見せたリーゼロッテだが、ふるふると首を振ってアーベルに向き直った。

 

「ともかく、アンタはいい仕事したよ。

 あとは私たちの仕事だ」

「ええ、頑張って下さい。

 それから、ありがとうございました」

「ん?」

「これだけの大仕事、なかなか回ってこないですから。

 デバイス屋冥利に尽きます。

 グレアム提督にもよろしくお伝え下さい」

「ん。

 お父様も最近ちょっと忙しいし、本局にいないことも多いけど、ちゃあんと伝えとくよ。

 じゃあね、アンタも頑張んな!」

 

 ぺろりとアーベルの頬を舐めて、美人の猫娘は店を後にした。

 

「うん、いい仕事、か。

 ……ふふっ、クララもお疲れさま」

“はい、ありがとうございます”

 

 リーゼロッテを見送ったアーベルは珍しく彼女から褒められたことに気をよくしていたが、その年の暮れに起きたとある事件によって、この思い出は少々苦い記憶になってしまった。

 

 


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