最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第六十話「学びの季節」

 

 

 騎士団分遣隊が技本406に派遣されてから1週間、ゲルハルトも後任にコア培養プラントを任せて研究所に戻ってきた。騎士団のデバイスについては弟に丸投げ……と言うわけにも行くまいが、個人調整に関しては適性もあってアーベルの比ではない仕事が出来る。この状況では頼らざるを得なかった。

 

 分遣隊が教会サイドの仕事なら、付属の専科学校───正式名称は『技術本部付属技官養成校ミッドチルダ校』に決まった───は管理局の領分である。

 こちらもその要となるハリス一尉が、校舎完成後すぐに着任して来た。

 

「お久しぶりですな、マイバッハ教官、いえ閣下」

「ご無沙汰しています、ハリス主任、いえ、設立委員長。

 閣下は慣れませんので、どうぞ教官と」

「お言葉に甘えさせていただきましょう」

 

 彼はアーベルが士官学校本局校で講師をしていた頃、主任教官を務めていた教育畑一筋の内勤士官であり、付属専科学校の設立委員長───開校後には校長───を務めて貰うことになっていた。

 当初はアーベルを校長に据えるという話も進んでいたが、流石に仕事が回らないと様々な理由を並べ立てて抵抗し、これを回避している。

 

 他の教官も追々着任してくるが、いまは任地で仕事の引継の傍ら、新しく用意する教科書の執筆や教官資格の取得に手を取られている。以前よりアーベルも局に報告書を上げていたが、そのまま使おうにも技術資料にしかならず、手直しを自らに迫っていた。

 

 開校は来年だが、積み上がっている仕事は教育目標の設定から受験者の選定方法、教科と教材の準備まで、人集めの方も教官陣以外に事務官や教務官など総勢で20余名は必要と、やることは山ほどあった。

 

「マイバッハ教官、技術本部からの要求はご存じと思いますが……」

「はい。当初は古代ベルカ式コース10名、近代ベルカ式コース20名の卒業生を要求されています。

 卒業時要件は従来のミッドチルダ式B級デバイスマイスター相当、新規設計までは要求しないが、基本的な整備、修理に加えて個人調整が出来るように鍛え上げよと命じられています。

 こちらは先日の連絡会でも、変更なしとのことでした。

 近代ベルカ式コースは技術本部にも経験を積んだ技官がおりますし、教官陣もほぼ選定済みですからいいのですが、古代ベルカ式の方はこの個人調整が実は問題でして……」

 

 人数は少なく思えるが、ミッド式デバイスとの普及比率を考えればどうだろうか。……もちろん、アーベルがいくら反論を並べようとも変更はない。

 

 またその要求も、理論と実際を知っていれば出来無くはないが、アーベルでも未だ苦労する代物であり、整備適性なしでは教育に相応の時間を取られてしまうと予想がついていた。

 何とか最初の半年で基礎を終え、残りの半年は教会騎士団のデバイス整備で腕を磨いて貰う予定である。この為に受験資格はB級マイスターを必須とすることを、当初より計画書には書き記してあった。とりあえず、専門用語の半分以上は一から教えなくて済む。

 

「私は無論、デバイスには詳しくありませんが……。

 なるほど、マイバッハ教官は適性をお持ちでない?」

「はい。

 出来無くはありませんが、整備適性持ちに比べてどうにも効率が落ちます。

 場合によっては適性の判定を行った上で、授業を分けた方が良いかなと思わざるを得ません。

 特に実物に触れることが出来る実習時間と生徒達が試行錯誤に使える時間は、多めにするべきと考えています」

 

 実家の兄弟子の助力で粗方まとまった授業計画の試案を、ハリス一尉に手渡す。

 

「ふむ、考慮しておきましょう。

 基本は、適性を持たないマイバッハ教官のご経験を理論立てて効率よく整理し、教育に取り入れること、適性持ちの生徒がいた場合は……」

「適性持ちの講師にマンツーマンで指導させるか、場合によってはうちの実家……マイバッハ工房に留学または実習扱いで出向いて貰うのが、生徒のためにも良いかと思います」

 

 理論の学習などは同列であるにしても、デバイスや使用者に対するアプローチや回路の調整方法から違ってくるのでは、双方の生徒によろしくない。

 

「講師として呼ぶ予定のマイバッハ工房の技師にも、適性を持つ技師と持たない技師がおります。

 持たざるを前提としてカリキュラムを組むように依頼は出してありますので、ハリス主任には生徒達に負担が行きすぎないか、許された予算内時間内で卒業要件が満たせるかどうか、監督をお願いします。

 ……あー、それからですね、マイバッハ工房から講師役に呼んだ技師達には少し注意して下さい」

「……それは?」

「彼らはデバイスを弄くるのも好きですが、弟子を育てるのも好きなんです。

 それはもう馬鹿正直で、熱血で、真っ直ぐで……悪い事じゃないんですが、どちらも行きすぎてしまいそうで……」

「ああ……なるほど」

 

 こちらに来る2人の名を名簿に見つけた日、アーベルは多少重めのため息をついていただろうか。

 デバイスに対しては真剣に向き合うし、その態度に裏表はなく、教えを受けた弟弟子達にも慕われている。それは間違いない。

 ただ……少しやり過ぎてしまうのが心配なのである。

 

「そちらは何とでもなるでしょう。

 一番大事な教育への情熱をお持ちなのですから」

「ご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」

 

 当面の予定は教育内容や人事の調整等実務に必要なピースを埋めていく事が主体であるが、近隣にある訓練校への挨拶や開校式の準備など、面倒くさい仕事も着いて回る。

 

 こちらも丸投げに近いが、学校の運営など流石に片手間とは行くまい。

 ハリス一尉が来てくれて助かったと、アーベルは一息ついた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 寮に帰れば、今はもう夕食も普通に出てくる。前準備は大変だったが、寮は熟考と検討の末、所属全部隊の共用としていた。

 男女の境界はともかくセキュリティ問題は流石に一筋縄では行かなかったものの、融和というお題目が通っている。

 

 時に問題となるが、プライベートルームである寮内に局の機密を持ち込むことは、当然ながら規定で禁止されていた。それでも『事件』が後を立たないことは周知の事実で、今更表立って取り上げることもない。……まあ、本局の技術本部、ミッドの地上本部、ベルカの聖王教会と並んでいれば、お互いに『お行儀良く』するしかないだろうとは、顛末を聞いたクロノの言である。

 

「おつかれさまです、所長、ユリアちゃん」

「ただいまです、アイナさん!」

「アイナさんもお疲れさまです」

 

 アーベルに限らず、寮生活最初の数日は有志の買い出し部隊が手に入れてきたテイクアウトの総菜を食べていたが、これは厨房の改装工事が未了だったことが原因である。

 本部となる隊舎の食堂も人員増を見越して同時に改装させていたが、未だに引っ越しの予定が立たない研究部署はともかく、騎士団分遣隊の実働には間に合わせないと、顔が立たなかった。

 

「ん、ユリア」

「ありがとうございます、ロード」

 

 適当な席について、自分の皿からユリアの分を取り分ける。

 

 今夜は大振りのハンバーグステーキにセルフィーユとチーズのサラダ、キャロット・スープ、そこに自家製のパンと、スタッフの習熟と設備の充実振りを感じさせるメニューであった。

 

 アーベルはクロノからの入れ知恵で、毎日違う席で食事を摂るようにしている。

 中心人物が席を決めるとそこが『特等席』になってしまい、交流に壁が出来るぞと言われていた。

 

「お疲れさまです、所長」

「ゲイズ二尉、こんばんは」

「こんばんは、であります!」

「はいこんばんは、マイバッハ三士」

 

 最初は地上本部所属の士官と遠慮もあっただろうが、技本406は本局の青、地上本部の茶、それぞれの制服に加え、騎士服の教会騎士さえうろうろしている。マリー達が来れば白衣の者も増えるだろうか。

 

「どうぞ座って下さい。

 冷めてしまいますよ」

「ありがとうございます」

 

 彼女は今日、地上本部へと赴いていたから、顔を会わせるのは昨日振りである。そちらの報告を聞かねばならない。

 

「あちらはどうでしたか?」

「はい、大筋で了承されました」

「お疲れさまでした。

 教会の方は内諾が取れていますから、あとはロウラン提督か……」

「技術本部の方はよろしいんですか?」

「好きにしろと言われています。

 正確には、教会騎士団が絡む指揮系統の問題に大きな口出しはできないし、所長が私のままなら別にいいだろう、ということらしいです」

 

 アーベルは、内勤部隊のトップにオーリスを据えてしまおうと画策していた。

 

 グリフィスはこちらの無理にもよく応えてくれているが、入局半年の三士ではまだまだ学ぶべきことの方が多かったし、その階級では指揮権までは預けられない。

 

 彼女はゲイズ少将の娘で地上本部とは大きなパイプを持っており、勤務評定を見る限り内勤士官としての評価も上々である。何を考えて彼女を……いや、技本406は警戒されているんだろうなとすぐに思いついたが、ただの連絡士官として使うにはあまりにも勿体なかった。

 

 猫の首に鈴を付けるかのように情報部上がりの胡散臭い士官でも送られて来たならこちらも身構えるが、主流派高官の娘をそんなくだらないことに使い潰すはずもない。それでも幾らか警戒感はあったので、内偵とまでは言わないがヴェロッサにそれとなく話を振って調べて貰い、ゲイズ少将が私人としてはいわゆる『親バカ』の類であると確認も取っていた。

 

 あとは派閥間の調整さえアーベルが引き受けるなら、少なくとも技本406に限っては都合がいいのである。

 

 

 

 昼は事務仕事に加えて教科書の執筆に時間を取られ、夜は忙しい……と言うわけではないが、それ以外のイベントが集中していた。

 

「そっか、落ちちゃったか……。

 残念だったね」

『うん……』

 

 画面の向こうでとほほ顔をしているのはフェイトである。

 彼女は先日受けた執務官試験にて、残念ながら不合格となってしまっていた。

 

 その報告がアーベルのところにも来るのは、もう任期満了で放免されていたが、保護観察児童更正協力者として保護者の一人に名を連ねていたからだろう。律儀なフェイトは義務教育の成績表も見せに来るので、それとなく相談やアドバイスにも乗っている。

 

「まあ、クロノも1回目は落ちてたし、実務を何年も積んでから受けるのが普通の難関資格だからなあ。僕もA級マイスターの取得には3年ぐらい掛かったっけ……。

 よし、次も頑張ろうか。

 1回じゃ、諦めないよね?」

『うん。

 ふふ、クロノも同じ事言ってくれたよ。

 次も頑張れって』

 

 だろうなあと頷く。

 過保護な『お兄ちゃん』は、そういう方面での応援は惜しまないし、ついでに妥協もしない。

 

「でも、みんな試験続きだね。

 なのはちゃんはSランクを目指して訓練を重ねてるそうだし、はやてちゃんもこっちにいるときは小隊指揮官受けるって頑張ってた」

『すずかはデバイスマイスターのお勉強、アリサも自分が取れそうなミッドの資格を探してたよ。

 アーベルは資格増やしたりしないの?』

「僕はユーノ君と同じで、資格を作る方に追われてるよ。

 来年半ばを目処に、ベルカ式デバイスマイスターの資格を制度化しないといけなくなっちゃった」

 

 近代ベルカ式魔法および同デバイスは、ミッドチルダ式のそれをベースにプログラム上でエミュレートするというシステム構成から、現行のデバイスマイスター資格の付帯項目とすることで話が決着していたが、古代ベルカ式デバイスマイスターの方はそうもいかない。養成校の古代ベルカ式コースの卒業要件にも入れられていたから、結局は技本406に丸投げされていた。

 

 ……これでユニゾン・デバイスのコースまで追加されていれば、どうなっていたことか。

 

「個人で……ってことなら、運転免許が欲しいかな。

 研究所から街までが、ちょっと遠いんだ」

『車はわたしも乗ってみたいかな』

 

 みんな試験に振り回されてるねと、アーベルは微笑んだ。

 

 


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