最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第五十九話「戦力と思惑」

 

 

 9月の半ば、騎士団分遣隊の隊舎と付属専科学校の校舎が完成し、技本406とアーベルは忙しさを増した。

 

 いや、それまでもすずか達の訪問を断らざるを得ないほどあちこち飛び回っていたのだが、その比ではない。研究などに手を着けられるはずもなく、毎日のように本局や地上本部、陸士108部隊と往復している。

 おかげで教官陣が到着するまでに、研究所『以外』の準備はほぼ間に合わせることが出来そうだ。

 

「所長、ヘリがもうすぐ到着します」

「10時過ぎだっけ?」

「はい、そうです」

 

 装備の調達が粗方終わり、ようやくグリフィスも陸士108部隊から戻されて研究所に復帰している。

 

 予算を示してこれが欲しいと言えば済むものでもなく、装備部に書類を出せば向こうから持ってきてくれるわけでもない。ジャンク品の現状渡しでも、担当者立ち会いの確認作業と書類の作成は必要だ。その上で整備や修理に必要な部品や消耗資材の手配を行うのだから、108の部隊員達の協力を得てなお面倒で複雑だったろうに、彼はとても4月入局の新人とは思えないほどよくやってくれていた。

 

 彼を伴いヘリポートまで騎士団を出迎えに行くと、手すきの整備員らはもう整列している。

 

「ロード、見えてきました」

「うん」

 

 やがて重いローター音が響いてきて、管理局ブルーの重輸送ヘリコプターが、アーベルらの前に姿を現した。

 ちなみにこのヘリも、アーベルらと並んでヘリを待つ整備員たちも、地上本部からのてこ入れである。ヘリと整備員、ついでに余っていた内勤部隊を送るだけでベルカ騎士が援助金付きでついてくるなら安いと判断したらしい。……特別捜査部のゼスト隊が壊滅した影響で、急遽戦力の補填を必要としていた側面もある。

 

「奮発したねえ」

「……ヘリが必要なほど遠いところに出撃しろってことなんじゃないでしょうか?」

「違いない」

 

 降りてきた第一陣の騎士団員は10名ほどでうち正騎士は3名、その他の騎士や事務職、通信士などのバックアップ要員はもう一度ヘリが迎えに行く予定で、こちらに来るのは総員20名ほどの一隊だった。

 

 隊長格の騎士は真正デバイスの継承者であるが、アーベルは敬礼しそうになる気持ちを押さえ、軽く会釈をすると後は大人しく待っていた。

 

「総員、整列!」

 

 こちらの気分では騎士の方が立場は上な気もするのだが、もうそのような事態ではなくなっている。

 

 ……幾度と無く辞退したのにも関わらず、分遣隊の指揮権はカリムの手からアーベルに移ることが決まっていた。カリムも騎士団本部と管理局の調整に忙しいし、現場に近い者の方がよいだろうという配慮もある。

 

「聖王教会騎士団管理局分遣隊、騎士隊長オトマール・オーレンシュタインであります」

「技術本部第406研究所所長、アーベル・マイバッハです。

 騎士オトマール、お会いするのは初めてですが、弟より幾度と無くお話を伺っております。

 先日はありがとうございました」

「お役に立てたのなら幸いです、マイスター・アーベル。

 我が弟とマイスター・ゲルハルトは同級生、兄上殿のお話はよく伺っておりましたよ」

 

 騎士オトマールは、以前ゲルハルトが手に入れてきたデバイス稼働データの提供者であった。

 彼が引き連れてきた騎士や従士、従軍司祭、おまけで先行してやってきた地上本部からの連絡士官に、ユリア、グリフィスらこちらのメンバーを紹介する。

 

「ミッドチルダ地上本部より派遣されました、オーリス・ゲイズ二尉であります。

 お久しぶりです、マイバッハ閣下」

「先日以来ですね、ゲイズ二尉。

 お世話になります」

 

 しばらく無言で視線をかわし、お互いに小さく頷いて敬礼を解く。

 

 幾らかでも話の通じそうな相手が送り込まれてきたことで、仕事は忙しくなりそうだがそれ以外の面では多少気楽になるかもしれない。

 彼女の父ゲイズ少将は自身の評判や本局との軋轢など意に介さず、地上世界の平和について真剣に考えている様子だった。地上本部から出される援助の要求はカリムに丸投げ───アーベルにそちら方面の権限はないので、元より都合のいい連絡係であることは自覚していた───すればいいし、技術協力なら技本406の本業で成果に直結するのでこちらから『営業』を仕掛けたいところである。

 

 ついでに言えば、オーリス・ゲイズ二尉を手元に置くことは、地上本部の上の方にホットラインが引けているのと同じ事になるので、少なくとも余計な横槍が入る可能性が減った。

 

「ロウラン三士、皆さんを寮にご案内して」

「了解です」

 

 隊列を組んで隊員寮へと向かう彼らを見送り、アーベルは騎士オトマールを連れて執務室へと向かった。

 これまではカリムを通して打ち合わせをしていたが、今後はアーベルに丸投げされている。

 

「本局での扱いはどうでしたか?

 騎士カリムからは、アグレッサーや各所への火消しで忙しかったと伺っています」

「無理な要請はありませんでしたが、補給や整備の面で問題がありました。

 剣や槍が破損などすれば、団員ごと送り返すのが常でしたよ。

 騎士カリムからは、その点だけは随分ましになるだろうと聞いております」

「もうすぐ弟もこちらに呼び戻せそうですから、デバイスの整備や補修については改善されるかと思います。

 ただ今度は逆に、出撃や出張で忙しくなるかもしれません。

 少し、ご説明いたします」

 

 

 

 管理局が地上本部を置く管理世界では、事件規模に合わせて出動する部隊には大きく分けて四段階のレベルがあった。

 

 軽犯罪や一般的な治安維持には、各都市どころか街区ごとに派出所を持つ地域警邏隊がまず出動する。武装も貧弱だが地域に密着した対応を得意とする、いわゆる一般的な『おまわりさん』だ。

 

 彼らの手に負えない重犯罪や規模の大きい事件───例えば密輸や人質を伴う立てこもり、質量兵器を使用した犯罪、大規模災害、テロリズムといった特殊な案件───には管轄区域の陸士部隊に出動要請が出され、そちらが対処する。準軍隊とも言える陸士部隊は地上本部の主戦力であり、捜査から治安出動までを部隊単位で行える指揮および補給系統を持たされていた。

 

 その陸士部隊が連携してさえ持て余すような事件には、地上本部から虎の子とも言えるストライカー級の魔導師を擁した本部直属の首都防衛隊や航空隊と言ったエリート部隊が出撃し、事態を鎮圧する。

 

 それでも駄目なら今度こそ本局や他の地上本部から武装隊や次元航行艦船が呼ばれることになるが、縄張り意識からくる反目や遺恨もあり、紆余曲折の末に発令、あるいは本局側の判断で強制発動されることが殆どだった。

 

 そこで騎士団分遣隊の扱いだが、これまでの本局の要請による出動からミッドチルダ地上本部のそれに切り替わることで、事件規模は小さくなるが出動回数が増加するのではないかと思われていた。

 

 また、要請があった場合の命令系統も問題だ。

 基本的には地上本部の要請をアーベルが受諾し、騎士団分遣隊を派遣することになっている。

 だが近隣の陸士部隊から応援要請があった場合は、優先順位はともかく、そちらにも応えなくてはならないだろう。

 その為に連絡士官と言う名の調整役がいるので、そちらに押しつける関係を早々に作ってしまえとは、ゲンヤらしいアドバイスであった。

 

 

 

「なるほど。

 小分けして回す方が良いかも知れませんね」

「そこは騎士オトマールにお任せします。

 それから分遣隊の指揮も、当然ですが騎士オトマールにお願いすることになります。

 お聞き及びとは思いますが、私は戦闘魔導師でも騎士でもなくただのマイスターで、部隊運営や戦術面の教育は一切受けていません」

「はい。

 しかしながら騎士カリムに曰く、マイスター・アーベルは武門の出ではないが、管理局とベルカの両方を知り、却って騎士の見えぬものまでよく見える。その方針の示す先にある意味を理解し、適切な運営を心がけよ……と命ぜられております」

「カリムさんは何を言ってるんだ……」

 

 頭を抱えたアーベルに対し、騎士オトマールはくすくすと笑った。

 年上かと思っていたが、意外に若いのかも知れない。

 

「そう言えば、騎士カリムとはSt.ヒルデの同級生でいらしたとか?」

「卒業してからの方がつきあいはありますけどね。

 局に出入りするようになってから、彼女の義弟、ヴェロッサ・アコースと親しくなったんです」

「ああ、彼ですか。

 一度、分遣隊に差し入れを持ってきてくれましたよ」

 

 まあそれはともかくと、ゲンヤから聞いた地上部隊の現状や最近の動向に加えて、技術本部を去り際に仕入れた本局の思惑なども披露する。

 

「地上はとにかく高ランクの魔導師が不足しがちで、本局の武装隊と地上の陸士部隊とでは、比較にならないほどの差があります。

 では適度に入れ替えてバランスを取ればいい……というわけでもなくて、陸が10の戦力で常に15の働きをさせられていてへとへとなら、海は100の戦力で有事の200に当たるのが本領。それ故にどちらも戦力を調えようと努力し、それがかえって相互の不理解や軋轢を拡大してきた、と言えるかもしれません」

「難しい問題ですな。

 騎士団も……時に問題は起きますが、まだしも上手く行っている方かと思えてきました」

 

 アーベルは陸の10と海の100、その間で上手く動き回ることが求められていた。ハラオウン閥は完全に海だが、教会しかり技術部しかり、管理局内部の派閥争いからは距離がある。地上も含めて等しく利益を分配しなくては、反対にこちらが火種の元になってしまうだろう。常道を進みつつ発言力を蓄えていくことこそが、最も軋轢の少ない道と言えた。

 

「ともかく、何かあれば私か、私が居なければロウラン三士に言付けて下さい」

「了解であります」

 

 何はともあれ、近日中には分遣隊も本格的に始動する。

 面倒が起きなければいいがと、アーベルは退室する騎士オトマールを見送った。

 


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