問題の8月1日。
技術本部第406研究所はミッドチルダ西部、旧陸士287部隊駐屯地に開設された。
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……引っ越し前にリインフォースの再調査なども済ませておきたかったが、流石にそんな余裕はない。
彼女の話では、はやてとのユニゾンを見越したSS対応の魔導魂外殻を形成する時に、ユリア製造時に使用されたアーベルのデータが基本構造の根幹部分に流用されていることに気付いたのがきっかけだったという。
クララ内にあったアーベルのパーソナルデータを参照して、これは簡単な調整で行けると、効率的なユニゾンに寄与する魔導回路の物理部分を魔導魂に刻んでいったそうだ。リインに比べれば、本体出力を落としながらも同等のSS対応の魔導魂外殻を装備しているため、回路部にかなりの余裕があったと彼女は涼しい顔である。
マリーにも報せなかった……と言うより、実作業に当たっていたクララにさえ内密にしていたようで、余計な部分は複数系統ある各種環境に対応した予備回路の一つとして偽装されていた。リインフォースに曰く、『私の』切り札であり保険でもあるらしい。
妹も恐らくはユニゾン可能と言われ慌ててリインも調べてみたが、意図的な操作は行われなかったにも関わらず───ユリアの基本設計が流用されているからなとリインフォースは断言したが───、恐ろしいことにこちらも融合適性Bを記録してしまった。
『調整すれば適正値Bぐらいは出ると思っていたところがAだったのだ、未調整ながら基本設計がほぼ同じ我が妹がBを出しても不思議はなかろう。
ユリアのデータを設計の基礎にする限り、適正の度合いはともかく大概の融合騎はアーベルに適合するはずだぞ。
なに、ばれても管理に必要な調整モードだとでも言っておけばよい』
『簡単に言わないでよ……』
ユニゾン・デバイスは開発凍結命令が出ていたし、どちらにせよ表には出せない。
知らないフリを決め込むしか、選択肢は見つからなかった。
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「所長、全員揃いました」
「うん」
所内では備品が何もない倉庫の次に広い隊舎入り口ロビーに集まっている人数は、アーベルとグリフィスにユリアを加えてもわずか10名ほどで、本格的始動にはほど遠い。
人員も装備も揃っている騎士団の分遣隊は呼ぶだけなら呼べるが、隊員寮が修理改築中で食事の手配さえままならない状況では、本局の現宿舎に留まって貰うより他はなかった。
「皆さん、楽にして下さい。
所長のアーベル・マイバッハ准将です。
技術本部第406研究所───公式略称『技本406』は、本日正式に開設の運びとなりました。
えーご覧の通り……」
閑散としているロビーには、民間の建設業者が動かす重機の音と震動が響いている。
「今まさにスタートを切ったばかりですが、仕事の方は我々が準備を終えるのを待ってくれません。
ともかく、出来ることから一つ一つ、片付けて行きましょう」
他に言うべき事はない。
いや、形だけの発足ではこれしか口にしようがないと言うべきか。
今日にしたところで、内勤の数名とグラウンド・スタッフ───以前のアーベルと同じく嘱託だが専門職ではなく、職員募集に応じてきた民間人───のみがアーベルの前に並んでいた。
部隊なり基地なりが新規に発足する場合、通常ならば発足日前に設備と人員を整え隊内での連携訓練ぐらいは済ませるし、初日から実働に応える能力が要求された。当日着任してくるのは、慣例的に認められている他部隊からの出向組と、前任地で重職にあることが少なくない隊長陣、逆に入局したてで期日ぎりぎりまで教育期間中であることが多いまっさらな新人と相場が決まっている。
だが技本406は総監部より早期の発足とその喧伝が第一に求められていた上に、そもそも正式な開設命令が発令されてからも内容が二転三転し、旧第六特機とアーベルはまともに準備を調えることが出来なかった。
これは直属上位組織である技術本部だけでなく、本局も教会も、ついでに地上本部も認めており、多少の優遇措置を考慮されている。
技術本部は来年開校で5月に生徒受け入れを予定している専科学校について、拡充の方向で新たに話をねじ込んできた。
主導したマーティン部長に曰く、古代ベルカ式はともかく、近代ベルカ式デバイスは当初予定の試用試験がほぼ終了し、そろそろ本格的にマイスターの数を揃えておかないと運用に支障が出るらしい。ついでに実戦部隊と同じ建物で長期間の教育を行うのは問題があると、校舎の建設をアーベルに命じて予算を承認している。
本局は分かり易かった。
関係した各組織の顔を潰さぬよう書類上の研究所発足日が条件を満たすなら問題ないと、総監部の意図を正確に見抜いた運用部のロウラン提督が頷いてそれでしまいだ。
教会は騎士団分遣隊が僅かに難色を示したが、力技で解決している。
間借りでは落ち着けぬので新しく専用の隊舎を建てると言いだし、それには予算がついていた。敷地内の邪魔にならぬ場所ならアーベルも問題にはしないし、ありがたいが先に来る。
地上本部はそれら状況には口を挟まなかったが、恩を売れば援助の呼び水にでもなるとでも思ったのか、運営に必要な内勤部隊と輸送部隊を、装備付きで寄越すと言ってきていた。……こちらは後でナカジマ一尉に聞いて分かったのだが、旧287部隊の解隊で他部隊に吸収された主要装備や武装隊と違い、本部預かりとなって浮いていたものを押しつけただけらしい。
ここにシャマルやグリフィスなど、『身内』を加える形で研究所の運用がようやく出来ることになるのだが、自分もマリーも本来は技術屋であり、可能なら内勤部隊のまとめ役が欲しいところであった。
「では、解散!」
「敬礼!」
この規模の部署が全員で自己紹介を交わすのは異例の事態だが、初日に集まったのがこの人数ではお互い支え合うしかなかった。
来週には第一陣として警務隊が着任するし、騎士団の隊舎と専科学校の校舎は来月完成で、それまでには隊員寮も含めた生活環境を整えなくてはならない。
本局直通の転送ポートも設置が決まり、開通後にマリーら現分室のメンバーやシャマルらも異動となる予定だ。
合間には、業務計画の立案から教本の作成までが控えている。
この忙しない状況に対してはアーベルも小言の一つでも言いたいところだが、その様な贅沢は許されなかった。
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無論、中身も調っていないからと、外回りを後回しにすることもできない。
アーベルは研究所開設初日より数日をかけ、民間のハイヤーを借りて近隣部隊への挨拶に赴いた。公用車の準備さえ出来ておらず、一時的措置としてレンタカー会社から小型トラックとワゴン車を借りて業務に使っている。
いっそヘリの方がよかったかなと思うほど遠かった駐屯地もあったが、ミッドに近い方向にある部隊は一日で二つ三つ回れるほどの近距離にそれぞれが位置していた。人口密集地には、地域警邏隊の本部とともに、陸士部隊が置かれていることが多くて助かる。
閲兵式まがいの出迎えを受けることもあれば、受付でしばらく待たされると言ったこともあり、陸士部隊と言っても一括りには出来ないようである。本局の若造が何をしに来たという目で見られることも多く、本局と技術本部は、本局と地上本部ほどに組織間の温度差があるのだと小さく主張せざるを得ない場面もあった。
だからこそ、一番近い陸士108部隊を最初に訪問し、最後にもう一度挨拶に向かったアーベルである。
「よう、どうだった?」
「なんとか無事に。
103部隊は事前情報を貰っていて助かりましたよ、ナカジマ三佐。
本局と地上本部の方は形式的なもので済みましたから、それほど気を使わなくても良かったんですけどね」
「俺にしてみりゃ、そっちを気を使わないお前さんの方がおかしいがな。
103のノースブルック二佐はガチガチのミッド至上主義者、おまけに教会嫌いで有名だ。
ま、乗り越えたんならそれでいいさ」
ゲンヤ・ナカジマ一尉改めゲンヤ・ナカジマ三佐の陸士108部隊長就任には、必然の他にもちょっとした偶然が含まれている。
ゲンヤの昇進と転属は、勤務状況や本人の希望から翌年春以降と見られていた。
しかし先月、前108部隊長が強制捜査の指揮中、密輸入された質量兵器で狙撃され、長期入院を余儀なくされてしまったことが変化を与えている。地上本部の人事部は幾人かの士官を玉突き式に転属あるいは昇進させようとしたが、その中にゲンヤの名前も混じっていたらしい。
そこに技本406の新設という話が舞い込んで、話を無駄に大きくしてしまった。本局の肝いりで設立され、聖王教会どころか総監部さえ関わっているなどという『黒い噂』がある研究機関など、詳細を知らなければ迷惑千万甚だしい。
地上本部の人事担当者は、新任所長マイバッハ准将の情報収集を命じて趣味嗜好から交友関係までを調べ上げたが、さんざん苦悩したあげくに丁度適任の人物が転属予定者名簿に載っていたことを知って頭を抱えたという。
くれぐれも問題を『起こさせないように』と念押しされたと笑うゲンヤ───ユリア、ギンガ、スバルに起因するちょっとしたきっかけもあって、その頃には年と階級の離れた同僚のような関係になっていた───に、アーベルも融和が目的ですからこちらこそ気を使いますよと笑みを浮かべた。
「しっかし……本局肝いりの新設部隊と言っても、懐事情はこっちと似たようなアレなんだな。
ちょいと認識を改めたわ」
「学校の方は技術本部、騎士団は教会がそれぞれ予算を出しています。
研究所の方にもちょっとはおこぼれがあるんですが、割と貧乏なんですよ。……本部も教会も奮発してくれたんですが、厳しいところです」
「ふむ……」
「まあ、次元航行部隊並の予算と一緒に、同じ様な任務を与えられても困りますけどね」
「違いない」
こちらは元より技術部署だし、闇の書と同級の重大案件に対処せよ、その為の予算は与えてあるだろうと言われても困るのである。
陸士部隊としては標準的な戦力を有する陸士108にしても戦闘部隊の魔導師は最高で陸戦型A+、一定以上の事件には地上本部が采配を振るうし、予算規模はそれこそ技本406と比べるまでもないほど小さかった。
「特機扱いのデバイスにしても、基本的には依頼側の部隊から予算出して貰って整備します。
うちが予算から何から用意して、モニターを頼む代わりに押しつけることもありますが……」
「おかげでこっちは助かるがな」
「うちも助かってますよ」
技本406は、陸士108と業務提携を結んでいた。
こちらから108を支援するのは本格的に始動してからとなるので、今は前借りの形だ。
陸士108は運営の準備さえ整っていない技本406に対し、有形無形様々な協力を行っている。ナカジマ三佐のみならず所属隊員の個人的なコネクションまで総動員して、予算に余裕のない技本406に抜け道を案内していた。
例えば、基本的に管理局の部隊が使用する装備は、規定の条件を満たした申請を通して装備部、施設部などから受け取るのが通例である。デバイス1個と時空航行艦船1隻はこの点に於いては同列で、必要と認められさえすれば幾らでも支給・交換されたし、規定の耐用年限がくれば返納して新品に交換する、あるいは延命改修して寿命を延ばすなどの措置が取られた。
同時に返納された装備は予備品となるのだが、この扱いが色々と複雑なのである。
再整備が施されて予備役となるものもあれば、ジャンクとして民間に払い下げられたり、共食い整備の対象になって部品取り用に倉庫でそのまま眠るものもあった。艦船などは使える装備やパーツを回収された後、実艦的として訓練に使われてから廃棄処分になることも多い。
しかし複雑ということは抜け道もあるということで、アーベルはグリフィスを自分の代理人にして陸士108に机を一つ間借りさせて貰い、装備の調達を丸投げしていた。
警務隊の運用するアーベルの公用車───広い演習場でも走り回りやすいように四輪駆動車を選ぼうとしてゲンヤから呆れられた───は地上本部の整備部で眠っていた廃車扱いの大型セダン3台から部品を融通して108の整備員が組み上げた再生品だし、小さなものでは執務机からその上の隊内用通信設備まで、ほぼ全てを世話になっている。
本局や地上本部のバックヤードだけでなく、民間に人手を送って放出品さえ漁っているが、管理局が放出した物を管理局が再び買い入れているわけで、どうにもちぐはぐだ。だが多少型遅れでも、その方が手っ取り早い上に装備部担当者の顔色を気にせずに済むなら、アーベルには正解だった。
「騎士団の分遣隊が来るのは来月だったか?」
「ええ、隊舎の完成後になります」
「ちとうちの若い連中に稽古付けて貰えるよう、頼んでみちゃくれないか?
高ランク魔導師なんて、こんなコネでもないとそうそう呼べるもんじゃなくてな……」
「アグレッサーの要請はこれまでもあったそうですから、たぶん大丈夫だと思いますよ。
顔合わせもまだなんですが、カリムさん……っと、理事官からは、分遣隊には騎士団も結構な手練れを送り込んでいると聞いています。
棒立ちで砲撃するだけなら、僕でもお手伝いできますけど……」
あー、それでも随分助かると、ゲンヤは頭を掻いてにやりと笑った。
さいどめにゅー
《本局技術本部第406技術研究所》
本局技術本部がミッドチルダ地上本部より旧陸士287部隊駐屯地施設の提供を受け、第1世界ミッドチルダに新設した研究所
設立目的は古代ベルカ式デバイスの研究および普及
本局、技術本部、ミッドチルダ地上本部、聖王教会と複数組織が設立と運営に関わっており、融和のテストケースとしても期待されている
隷下組織
研究開発室(旧第四技術部第六特殊機材研究開発課)
機材管理室
本局技術本部付属技官養成校ミッドチルダ校
聖王教会騎士団 管理局分遣隊
ミッドチルダ地上本部陸上警備部 第2871業務隊
ミッドチルダ地上本部陸上警備部 第2872通信管制隊
ミッドチルダ地上本部陸上警備部 第2873警務隊
ミッドチルダ地上本部北部航空輸送隊 第6001輸送隊