新暦67年も半分が終わって7月に入り、アーベルも気分を切り替えた。
ずるずると騎士ゼストやクイントの一件を引きずっていても、良いことはない。方々と連絡を取りつつ、仮称の取れた『本局技術本部第406研究所』の開設に向けて動いている。
割り振られたナンバーは大きいが、決して技術本部が400幾つもの研究所を持っているわけではなかった。400番台は第四技術部───デバイス関連の研究部署に割り当てられており、末尾の6は第六特機の6をそのまま持ってきただけである。連番でないことは実状を知らない者への混乱を誘うと同時に、管理局の組織を大きく見せるというはったりの定番だ。
アーベルは実際にあちこちの部局を渡り歩くようにして訪問を重ね、人材の引き抜きを始めている。第六特機の立ち上げでさえロウラン提督やクロノ、前課長らの手を煩わせていたが、今回はその比ではない。
主任医務官にはカルマン医務官にまで口添えを頼んでシャマルを引っ張り込む手配を続けているし、教官の一部は実家に頭を下げて兄弟子を送って貰えるように話を付けた。運営に必要なグラウンド・スタッフ───隊員の日常生活を支えるのに欠かせない縁の下の力持ち───については、騎士ゼスト行方不明の今頼れそうな人物がナカジマ一尉しか思いつかず、恥を忍んで声を掛けている。……その上で地上本部の許可も必要だが、下準備と根回しには気を使う必要があった。
それでも足りなかった内勤組は、困ったときのロウラン提督やクロノ、マーティン部長のみならず、ヴォルケンリッターにさえ知り合いに誰か居ないかと泣きついている最中だ。
……すずかとは連絡を取っていたが、旅行のついでにこちらで会うのは少々難しく、泣く泣く訪問を断っている。アーベル抜きで実家に寄るのも躊躇われるので、ミッドとは別の世界に遊びに行くと聞いていた。
そんな忙しい折にマーティン部長から入った通信は、だからこそアーベルを困惑させた。
すぐに来てくれと言われて向かったマーティン部長の執務室には、本局の将官がアーベルを待っていた。
白髪頭に小柄な体躯の老人だが、レジアス・ゲイズ少将とは異なった方向での威圧感を放っている。
「第六特機課長、アーベル・マイバッハ一佐であります」
「本局総監部、ラファエル・ソミュア中将だ。
掛けたまえ、マイバッハ一佐」
「失礼します」
総監部と聞いて、アーベルも緊張を新たにする。
マーティン部長も普段より幾分硬い表情だが、それはソミュア中将がただの将官ではないからだ。
総監部は時空管理局最高評議会───管理局組織図の頂点に位置する最高意志決定機関───の提示する大方針を受けて管理局を実際に統括執行する部局であり、技術本部はおろか、次元航行部隊の総司令部よりも上位の組織である。普段は年頭に出される年次報告や白書ぐらいにしか名前が出てこないが、実質的に管理局を動かしている存在であった。
……つまり、第六特機とはほぼ縁がないわけで、本当に何用だろうかと内心で首を傾げつつ、神妙な顔を保つ。
「マイバッハ一佐、貴官は昨年来古代ベルカ式デバイスの開発に携わり、短期間に期待以上の成果を上げた。
のみならず、聖王教会との協調に於いて中心的役割を果たしていたことも、報告が上がっている。
まことに喜ばしい活躍振りだ」
「ありがとうございます」
「マーティン少将も同様、管理局デバイス行政の頂点に立つ者として過不足無き働きぶりである」
「過分なご評価、感謝いたします」
酷い前置きだなと、再び表情を引き締める。
……このような物言いをされた場合、大抵は後で落とすと相場は決まっていた。
「しかしながら改めて評価を進める内、ユニゾン・デバイスについて重要な指摘があった。
いや、報告書を検討するまで誰も想像し得なかったと言うべきか、総監部でも会議の俎上に上がった当初、意見が分かれたのだが……」
「……」
「ユニゾン・デバイスは自由意志を持つが、行使者には忠実。……そうだな、マイバッハ一佐」
「はい」
「うむ。
現在までに製造された3機については、報告書の検証並びに内部調査、何れも問題は見あたらなかった。
行使者の方も、マイバッハ一佐は急な入局要請によく応えて結果を出している。八神特別捜査官も例の事件が心理的影響を与えているのか、現在は滅私忠勤と称して良いほどだ」
ソミュア中将は、真っ直ぐにアーベルを見据えた。
「しかしながらその点が正に問題であると、最終的には判断された。
貴官や八神特別捜査官、あるいは行方不明となったグランガイツ一尉だけが使えるのならば、話はここで終えられる。
しかしだ、万が一犯罪組織がユニゾン・デバイス技術を取得した場合、これに対処するには将来に於いて重大な問題が発生してしまうと判断せざるを得なかった」
「……犯罪者が作り出したユニゾン・デバイスは彼らに忠実と、そういうことですな?」
「その通りだ、マーティン少将。
元より一般的なデバイスとは成り得ぬ上、1機当たりの製造費用はその特殊性も相まって現在のところ非常に高価だが、性能その物は確かに悪くないと我々にも思えた。忠誠心も含めてな。
……同様に犯罪者もその技術は欲しがるだろう。
特に問題視されたのが、マイバッハ一佐の『ユリア』だ」
思わず目を見張ったアーベルに、ソミュア中将は重々しく頷いた。
「純粋なミッド式ユニゾン・デバイスへと発展する可能性を、第六特機は世に示してしまったのだよ」
「……」
「我々管理局は常に最悪のシナリオを想定し、十全に対処することが求められるのだ。
……例えば、局がその技術に基づいて多数のユニゾン・デバイスを配備したとする。
これで一時的には戦力比が優位に推移するが、当然ながら技術の拡散を助長するだろう。また、その後犯罪組織や各管理世界と敵対する叛乱者のような連中の手に渡る可能性を否定できないことも、やはり問題だ。
そして量産と配備の開始後20年以内には、現在と比較して最大4.22%も戦力比が悪化してしまうと、こちらでは予測している。
同時期にマイバッハ一佐が携わっていた古代ベルカ式デバイスについては聖王教会との融和による抑止効果も考慮に入れて、逆に一般化を推進すべきとの評価が大勢を占めたのだがな」
「……」
「付け加えるならば、過日の聖王教会に対する失点の尻拭いとしては十分に役割を果たしたが、これ以上は対価に見あうほどの成果を引き出し続けることが困難と見ている。
融和についても追加の投資が必要であれば、今後は通常の古代ベルカ式デバイスに対するものに傾注すべきだと、こちらは判断を下した」
技術者にとっては当たり前だが、技術というものは社会が存在する限り遅かれ早かれ拡散していくものと決まっている。
仮に現在の管理局の戦力を100、犯罪者の戦力を1として、量産されたユニゾン・デバイスの配備で管理局の戦力が110に増加したとしても、例えば犯罪者側が同じ技術で戦力2に増加したならば、戦力比100対1が55対1になったのだからそれは失策を意味する、というわけだ。
技術本部は管理局の持つ技術の向上を目的に掲げ日々邁進しているが、それは本局の意向に沿ったものでなくてはならなかった。でなければ予算も降りてこないし、警告や強制介入もあり得る。それ以前の段階で、いくら有用でも人倫に反する研究───例えばクローン魔導師量産化技術、例えば戦闘機人生産技術───は排除されているが、これはまあいいだろう。
つまりは、完成したユニゾン・デバイスを技術以外の面から多角的に検証した最高評議会と総監部は、テクノロジーの発展と拡散によって現状を崩すことは得策ではないと判断を下したのだ。
「こちらの決定を伝えよう。
貴官らには申し訳なく思うが、最高評議会および本局総監部はユニゾン・デバイス技術の開発中止と、製造が決定していた聖王教会騎士団用の1騎を除く今後一切のユニゾン・デバイスの製造中止を決定した。これは聖王教会側も既に承諾している。
同時にその技術は特Ⅰ級の秘匿指定とし、貴官らおよび関係者には、研究内容の口外禁止並びにデータの厳重封印と欺瞞を命ずる。
また生産されたユニゾン・デバイスについては現状維持とし、マイバッハ一佐が監督せよ。八神特別捜査官の管理下にある2機と聖王教会用の1機についても、マイバッハ一佐が責を負うものとする。
なお来月1日を以て、ハワード・マーティン少将は中将に、アーベル・マイバッハ一佐は准将に、それぞれ昇進することを伝えておく。
詳細はこちらにまとめてあるが、疑問点や問題点があれば今月中に総監部まで問い合わせるように。
以上だ」
「了解であります」
マーティンの真似をするように、アーベルは勢いよく立ち上がって敬礼をした。
ソミュア中将が退室した後も、アーベルはマーティン部長と並んでソファに座ったまま無言でしばらく過ごしていた。
部長は中将が残していったデータファイルを流し読みしている。
アーベルは一度大きく深呼吸をしてから、自分の心臓の音を聞いていた。
「……なあ、マイバッハ課長」
「……はい、部長?」
「我々は、幸運だな」
言葉とは裏腹に苦い口調の部長に、そうですねと肯定するべきか、どうでしょうと流すべきか考えがまとまらず、アーベルは曖昧な表情を向けた。
この一件については、部長に迷惑を掛けたという気分も大きい。
「そう、なんですか?」
「もちろんだとも。
少なくとも研究は評価され、中止に至るだけの理由も提示された。
普通は頭ごなしに命令が届いて、それでしまいだよ。
おまけに口封じのつもりか昇進までついてくるとなれば、幸運だとしか言い様がない。まあ、君の分には教会への詫びも入っているだろうが……。
それに、ユリアが無事で良かったじゃないか」
「はい、それはもう。
……でも、あれだけの命令を与えておいてユリア達がそのままというのは、少し整合性が取れていない気もします」
内容から言えば、ユリアに加えてリインフォース姉妹の封印を同時に命ぜられても、まったく不思議ではなかった。……マーティン部長の言うように、幸運だったのか。
「そこは抜かりない様子だよ。
こちらに詳細が書かれている」
「……失礼します」
部長の指差した部分を読めば、ユニゾン・デバイスの開発中止には表向きの理由がしっかり用意されていた。
昨年度に遡って開発費の欺瞞を行い、費用対効果の劣悪さを表看板に掲げる。1機当たりの価格や整備費用は数倍に水増しされ、技術の再現には成功したが研究の継続と発展には疑問が残ったと世間に印象づけたいらしい。その為の見せ札として、彼女たちはそのまま運用させるそうだ。
「地上本部へのフォローもあちら任せでいいようだし、我らも日常に戻ろうではないか。
なあ、マイバッハ『准将』?」
なんとも酷い気分だが、宮仕えとはこんなものらしい。
アーベルには部長の表情を真似て、苦笑いを返すしかなかった。
▽▽▽
「───と言うわけでね、将来を見越すなら戦力比の悪化はまずいってことらしい」
「滑り込みやったんですねえ……」
「ほんとにね」
これは話をしておく必要があるなと、リインフォースのユニゾン試験も終わりに近づいた頃、別室にはやてを呼んで少し時間を取り、アーベルは口に出来る範囲で事情の説明を行った。リインはユリアに連れられ、席を外している。
「でも、理由はわかりますけど、ちょっと納得いかへんかなあ」
「ですが主、融合騎完成後に行われた再検討の結果ということであれば、確かに筋は通っております。
政治的理由も……当然あるでしょうが、それは元より抗し得ぬもの、今回は勝ち逃げでよろしいかと思います」
当のリインフォースはほっとした様子も憮然とした様子も見せず、ピクシーフレームに合わせたカップで優雅にカフェオレを楽しんでいた。
彼女たちの使う生活用品の殆どは、アーベルらの手製だ。……ユリアに必要な小物を作るとき、最近はとりあえず3つ用意するようにしていた。
「そやアーベルさん、話変わるんですけど……」
「うん?」
「こないだちょっと出張行った先で、カリムさんっちゅう人のお世話になったんですよ。
アーベルさんの同級生やてことで、名前だけはすずかちゃんアリサちゃんから聞いてたんですけど」
「……ああ、なんか高ランク魔導師を派遣して欲しいって言ってたっけ?」
「たぶんそれですー。
言うても、メモ渡されて順番に観光地やない場所を回ってたら『お疲れさまでした、無事終了です』て連絡来て、それでしまいやったんですけどね」
教会幹部と地元犯罪組織の癒着がどこかの世界で問題になっていたなと、ロウラン提督とカリムが話していたことを思い出す。
「それで今度、教会の本部に招待して貰えることになったんですよ」
「へえ?」
「リインフォースの昔話聞かせて欲しいて言うたはりました」
「ああ、戦争で喪われた歴史の一部、その生き証人だもんなあ……」
「代わりにアーベルの昔話が聞けるそうだ」
「……等価には思えないんだけど?」
まあ、宜しく言っておいてと、アーベルは肩をすくめた。
古代ベルカの『夜天の王』の名を継ぐはやてと、ベルカの末裔が拠り所とする聖王教会。
好を結ぶのが遅すぎたぐらいだが、『闇の書』に絡む事情もある。
橋渡しの一助になれただけでも幾分気楽だった。
「そうだ、アーベル」
「なに?」
「私も話しそびれていたことが一つあってな」
「ん?」
カップをソーサーに置いたリインフォースは浮かび上がり、アーベルの肩に座り込んで人の悪そうな笑顔を向けてきた。
「どないしたん?」
「えーっと、リインフォース……?」
「クララ、いけるな?」
“貴方の提案に基づいてこちらでも精査しましたが、問題は見受けられませんでした。
適正値A、ユニゾン可能です”
「うむ。
……ユニゾン・イン」
止める間もなかった。
ラベンダーの魔力光が部屋に満ち、アーベルの髪が水色に染まる。
「ちょ!?」
「へ!?」
『フフフ、驚いたか?
人造魔導魂の形成にも制御系の雛形にも、アーベルとユリアのデータが使われているからな。
出来ることは解っていたのだ。
……適正値がAに達したのは私にも予想外だったが、まあよかろう』
脳裏へと直接響くリインフォースの得意げな声に、アーベルは頭を抱えた。