新たに研究所となる旧287部隊の駐屯地の見学を終えたアーベルは、再び地上本部へと戻っていた。
「ミルトン一士を借りていられる内に、もう一度連絡だけ入れておこうか。
まだ作戦中の可能性もあるけど……」
「グランガイツ一尉殿ですか?」
「うん。
クララ、特別捜査部につないで」
“了解です。
……どうぞ”
内勤らしい局員相手に要件を告げてしばらく。
さんざん待たされた末に帰ってきた回答は、アーベルを驚かせるに十分だった。
▽▽▽
『行方不明……!?
えっ!?
グランガイツ一尉が?』
「……うん。
ユニゾン・デバイスの件どころか、研究所のことまで問題が出るかも知れない」
しばし悩んでからマリーに連絡を入れたアーベルは、予定の白紙化までありうると溜息をついた。
そのまま本局へと戻り、ロウラン提督にも同じ事を告げて善後策の協議に入る。
「こちらにはまだ連絡がないけれど、確かにミッド地上本部の上の方は緊張しているようね……。
ああ、これかしら?」
アーベルに、ロウラン提督の手元をのぞき込む権限はない。
無言で彼女が情報を読み終えるのを待つ。
「……ふうん、部隊が一つ全滅したのに、それほど大事件になってない……いいえ、公にはされてないみたいね。
特別捜査部の名簿から本日付けで転属の上殉職している局員は14名。そのうち死者は12名、行方不明者2名。
グランガイツ一尉指揮の機動捜査隊は、全滅と見るべきかしらね。
士気の低下や影響力を考えると、地上本部の判断は順当と言えなくもないけど───」
「ロウラン提督!?
全滅って……え!?」
「きゅ、急にどうしたの、アーベル君!?」
「部隊が、全滅……ですか?」
「そのようよ。
転属者……いいえ、殉職者はグランガイツ一尉の隊に集中している。内勤の通信士や事務官以外に、隊の生存者はないわ。
……知り合いでもいたの?」
ロウラン提督も痛ましそうな様子だが、アーベルの顔色はますます青くなった。
騎士ゼストの部隊には、先日知り合ったアルピーヌ准尉の他にも、ナカジマ一尉の妻でギンガとスバルの母親、クイント・ナカジマもいたのだ。
一度課に戻ってマリーにクイントの死を告げ、ナカジマ一尉に連絡を取って貰う。
ギンガとスバルは、憔悴した様子のナカジマ一尉の後ろで毛布にくるまったまま眠っていた。泣き疲れてしまったのだろうと、想像が付く。
『マイバッハ一佐、アテンザ技官、ありがとうございます。
検死が優先されるとかで、まだ妻は戻っておりません』
「……」
『妻は本部の、それも普通の陸士部隊じゃ太刀打ちできねえようなのを相手にする部隊にいたんで、覚悟は……半分ぐらい出来てました。
ちょっと早すぎるんじゃねえかって気は、せんでもありませんがね……』
忙しいだろうと葬儀の日だけ聞き取って通信を切ったマリーは、アーベルへと赤い目を向けた。
「……アーベルさん、3日ほどお休み貰ってもいいですか?
ギンガとスバルのことが心配で……」
「いいよ。第六特機も開店休業になってしまったからね。
……葬儀には僕も出る。
それと、人手が必要なら声掛けて」
「ありがとうございます」
地上部隊の関係者も多いだろうし、制服に喪章はやめて葬礼服の方がいいだろう。
この際だし新調しておこうと、アーベルはその日何度目か分からない溜息をついた。
▽▽▽
2日ほどして、アーベルは再び地上に降りた。
騎士ゼストのことも気に掛かるが、彼はまだ生存の可能性が完全にうち消されてはいない。行方不明の2名は彼と、もう一人はアルピーノ准尉だった。
クイントの葬儀は滞り無く行われた。ナカジマ一尉は余程慕われているのか、彼の部下達が率先して葬儀を取り仕切り、ギンガとスバルの面倒をマリーが見ている様子である。
クイントの友人も数多く弔問に訪れていたが、管理局員───同僚はほぼ見かけていない。
連絡こそナカジマ家に届いているものの、多数が彼女と同じく鬼籍に入っているし、秘匿任務の多かった職場という側面もある。……死出の旅路は寂しくないだろうが、それは何の慰めにもならなかった。
「マイバッハ一佐」
「……ナカジマ一尉」
お互い静かに敬礼を交わし、溜息をつく。
「ご迷惑をお掛けしましたな。
アテンザ技官を寄越して貰えたお陰で、娘達も早くに落ち着いたようです」
「いえ、それぐらいしかできませんでしたから……。
こちらも仕事絡みと言うか……あの日は、騎士ゼスト───グランガイツ一尉をお訪ねする予定でミッドに降りていました。
実はグランガイツ一尉が行方不明になってしまったことで、その後の予定までが完全に宙に浮いて、うちの課は開店休業も同然なんですよ」
「……本局の技術部が、地上の部隊と行動を?」
不可解だという表情のナカジマ一尉に、騎士ゼストとはデバイス開発の件で時々連絡を取り合っていたことを話す。
「夏からは僕もミッド勤務になる予定だったんですが、グランガイツ一尉の行方不明が響いて、先行きがわからなくなりました」
「そうでしたか……。
妻は……仕事のことは、家ではほとんど話しませんでしたからな。
……妻のいた部隊は、グランガイツ隊長も含めて全滅だったそうです。
表向きは事故による殉職ですがね」
「はい、存じています。
治安上の混乱と士気の低下を避けるため、と聞きました」
「まあ、そんなところでしょうな」
寂しげに笑って、ナカジマ一尉は空を見上げた。
▽▽▽
クイントの葬儀から更に数日、騎士ゼスト用ユニゾン・デバイスの製造準備は凍結していたが、ロウラン提督を通じて地上本部へと確認を取ったところ、代わりの候補者を選定中との回答があった。
……ユニゾン・デバイスが間に合っていれば、騎士ゼストは行方不明にならずにいただろうか。
いや、時期を考えれば魔力供給の必要な成長期間中で、現状よりも酷い被害になっていたかもしれない。答えの出ない問いかけだった。
しかし……地上部隊ではSランク魔導師などただでさえ珍しいのに、古代ベルカ式となるともう探しようがないに等しい。そこでアーベルと同様なミッド式の高ランク魔導師から、ベルカ式の魔力出力にある程度資質がある者を選抜するというのだが、実際は計画の無期延期に近かった。
ただ、地上本部もせっかくつかめそうな金ヅルと戦力───教会からの支援をみすみす手放すのは惜しいという気持ちがあるようで、研究所開設に関してはそのままとわざわざ回答が来ている。
「……とまあ、こちらはこんな感じです」
『そうですか……』
それら報告と管理局内部での利害調整がようやくにしてまとまり、ロウラン提督の執務室から教会本部に連絡を入れた頃には、事件より1週間が経過していた。
『ロウラン提督、わざわざありがとうございます。アーベル君もご苦労様。
こちらもユニゾン・デバイスを使う騎士の選定は進めていますが、少し先送りになりそうなのです』
「了解です。
アーベル君、そちらは任せていいわね?」
「はい、提督。
カリムさん、うちの現状は勿論知っているだろうけど、出来れば引っ越しが終わってからだと助かる。
理由になるかどうかは解らないけど……」
製造は分室となる現第六特機をそのままつかえばいいだろうが、アーベルも立ち会いが必要だろう。
『お言葉に甘えさせて貰うわね。
……それから通信を借りてしまうようで申し訳ないのですが、ロウラン提督、少しお願いがございます』
「何でしょう、グラシア理事官?」
『第12管理世界───フェディキアに、急遽高ランク魔導師を派遣していただきたいのです。
身内の恥を話すようで恐縮ですが……』
カリムが語ったところによれば、フェディキアにある聖王教会中央教堂所属のとある幹部が大きな不正を働いているようで、内偵を進めているらしい。
ところが上手く尻尾をつかめないので、管理局が何かを嗅ぎつけたという筋書きで、外部からの圧力が欲しいのだという。
『地元の企業や犯罪組織とも良くない繋がり方をしている様子で、大きなお金が動いていると、こちらは見ています』
「役どころとしては……管理局から凄腕の魔導師がやって来た、何か探っているぞ、と思わせればいいのかしら?」
『はい、正に』
ぽんと手のひらを合わせて、カリムは笑顔で頷いた。
彼女はアーベルと同い年とは思えないほど、ここぞと言うときの度胸が座っている。
『数日後には私も現地に向かいますので、よろしくお願いいたします』
「地元企業や犯罪組織にも関連するとなれば、管理局の職分にもなります。
理事官のご配慮に感謝しますわ」
ああ、そういうことかとようやくアーベルも得心した。
管理世界各地に於ける治安維持の一目標───犯罪組織の捜査と撲滅は、決して教会の仕事ではない。
教会側は失態である不信心者の排除行うと同時に自浄作用の発露を世に示し、管理局は犯罪組織の摘発によって得点が得られる。
カリムは管理局の面子を立てて見せ、ロウラン提督はそれに乗ったのだ。