地上本部訪問後に行われた第三回の設立会議、その終了後。
本局中央区画の会議室から戻ったアーベルは、多少ならぬ頭痛を感じながら課員を集めていた。
「……ゲイズ少将があそこまで切り込んでくるなんて、ほんと、予想外だった」
「まとまりそうな気配は濃厚、ということですか?」
「うん、枠組みが大筋で決まった。
ゲイズ少将の思惑は露骨だったけど、中身もまともだったから押し切られちゃったっていう感じかな。
にこやかに、とまでは行かなかったけど、本局、技術本部、聖王教会はミッドの地上本部を話に加えることに賛成した。……僕の意見は封殺されてるも同然だけど、実務レベルでの調整に入った」
先日の交渉を足がかりとして設立会議への参加権をもぎ取ったミッドの地上本部は、こちらの意見調整が終わらぬ内にぽんと札を切ってきた。
第六特機の為に空いた施設───かなり大規模な部隊も飲み込める駐屯地───を丸々提供するという、正に大盤振る舞いの一枚である。
その点だけを見れば、露骨ではあるが悪い話ではない。
本局内には余剰施設などほぼないし、各部署による使用権の奪い合いも激しかった。ミッドであれば多少僻地にある駐屯地だとしても、民間のインフラも管理局によるバックアップ体制も十分である。
そのおかげで、本局も教会も技術本部も───十分な検討の末ではあるが───大筋で地上本部の検討会議への参入を認めてしまっていた。
「はあ、なるほど……」
「ミッドならいいかって、思っちゃいますよねえ」
「部長曰く、問題のすり替えだってさ。
ユニゾン・デバイスをダシにうちと関係を持って、教会からの援助を引き出したかった、ってところらしい」
「でも課長、ミッドの地上本部って、教会とも疎遠っていうかあまり何処とも手を結びたがらなかったんじゃ……?」
「タカ派の上にミッド至上主義者の少将にしてみれば、非常に不本意ながら……ってところじゃないのかな。
『理想と志だけで平和の維持は出来ない』ってさ」
事なかれを絵に描いたような本局施設部の将官は横に置いて、地上本部から画面越しにでも野獣のような凄みを隠しきれていなかったゲイズ少将と、同じく教会本部から通信で参加して演劇に使うマスクさながらの笑顔を張り付けていたカリムのやり取りは、正直言って心臓に悪かった。
議長役として場をまとめていたロウラン提督のように、あるいは、約束は果たしたとばかりに泰然自若としていたマーティン部長のように、あの場でなお自然な表情を浮かべていられるほどの度胸でもあればもう少しはこちらの希望───アーベルはなるべく小規模な組織を望んでいた───も通せたのかも知れないが、無い物ねだりに過ぎる。
自分は技術屋であって政治家ではないと、改めて痛感させられていた。同じ畑違いでも、騎士ゼストに真剣勝負を挑む方が余程気分は晴れやかで気持ちも入るだろう。
「アーベルさん、それでうちはどうなるんです?」
「第六特機そのものは研究開発部隊に昇華、第四技術部から技術本部の直下に移管されることが正式に決まったよ。
と言うわけで、課のミッド行きがほぼ決定になった。……但し、今のところそちらに向かうのは僕とグリフィス君、それからユリアだけになるかな」
「あら?」
「わたしたちも居残りですか!?」
「セキュリティの問題も含めて、転送ポートを設置すべきかどうか、ユニゾン・デバイス関連技術は技術本部内で管理する方がいいのか……そのあたりを、技本と本局の間で再検討中なんだ。
うちもアースラ『とか』、投げ出せない担当業務があるし……」
「……あー、そうでしたねえ」
「引っ越しが決定するまではどちらにしても平常営業で、シャーリーは研鑽兼ねてマリーの補佐を継続、シルヴィアとエレクトラにも引き続きこちらで業務を続けて貰うよ。
こっちは仮の分室になるかな。
もちろんゴーサインが出れば、全員ミッド行きだよ」
デバイス整備を担当しているアースラやなのは達のこともあるが、戦闘機人関連の秘匿業務があるマリーはそれこそアーベルの勝手には出来ない。彼女一人きりというのも拙いので、シャーリー達も置いていくことになりそうである。
しかし転送ポートの設置には、一つだけ問題があった。設置作業その物はそれこそすずかの家にさえ置けたように、それほど難しいことではない。
だが政治的な観点からは、故意に本局や地上本部との距離を遠ざけておくべきか否かという、複雑な判断を求められるのである。
「課長、僕たちはミッドのどこに行くんですか?」
「場所は地上本部が用意してくれた元駐屯地で、ミッドの北西部だったかな。
部隊の統廃合で空いたらしいけど、丸々一つ無償提供だって。……これはほぼ決定ね」
「おおー、太っ腹!」
「でも統廃合で空いたなら、設備とかも古いんじゃないですか?」
「だろうなあ。
仕事絡みの機材はともかく、備品は期待できないかもね」
執務室の内装から隊員寮のシャワールームまで、築何年かは知らないが、あまり期待は出来ないと見ていい。規定の最低限ぐらいを想像しておくのが丁度良いだろうか。
「そこにまず、現在本局に貸し出されている教会騎士団の分遣隊が加わる。
本部もうちに設置される予定」
「あれ?
本局は騎士団の戦力を手放しちゃうんですか?」
「うん。
微妙なんだけど、ここはミッドの地上本部に対して売れる恩の方を取ったって、ロウラン提督は仰っていたね。
カリムさんも、自治領と同じミッドだし一つ所に落ち着けるならその方が疲労も減るからって、やっぱりOKしてた」
これまではアグレッサーだの増援だのと世界間の移動も頻繁で、なかなかに忙しかったと聞いている。出動回数は増えそうだが、活動範囲が狭くなり事件規模も小さくなるので、負担は若干減ると予想されていた。
「次いで教育施設の方なんだけど、これはちょっと厄介かもしれない。
……規模は小さいけど、学校になっちゃったんだよ」
「うわあ……」
「卒業までの1年で、古代ベルカ式デバイスの基本整備と個人調整が行えるようにするのが目標なんだけど、そこに技術本部がもう一枚札を切った」
「はい?」
「近代ベルカ式コースも併設されるんだよ……」
「そう言えば、まだありませんでしたっけ?」
陸士訓練校のような基礎教育までは行わないが、生徒を預かることには変わりない。……しかも教育計画は、アーベルに丸投げされる予定だった。
「で、今のところ決まってるのはたったこれだけ。口を挟む隙もなかった。
ともかく、目先の大仕事は騎士ゼスト用ユニゾン・デバイスの完成、それが終わったら夏にはミッドに引っ越しだから、みんな、頼むね」
「はい」
流石に締めるところは締めないといけない。
アーベルも立ち上がって答礼を返した。
▽▽▽
第六特機に正式な改組命令が下ったのは約一ヶ月後、6月に入ってからのことだった。
もっとも、中身については『検討中』やら『意見調整中』などの注釈がついた計画書が大半で、その上アーベルの自由に決められないと来ていたから困りものである。
「騎士ゼストの検診ついでに、ちょっと下見に行って来るよ」
「はい、いってらっしゃい」
地上ではストライカーと呼ばれるほど手練れの騎士は、どうにも忙しいらしい。
ユニゾン・デバイスの製造許可と予算は既に降りていたが、彼の第六特機への出向期間をどこで取るかが問題だった。騎士ゼスト本人も多少申し訳なさそうだったが、彼が悪いわけでもないからこちらとしても文句は言えない。彼の職務に関係する事件を起こす犯罪組織こそが諸悪の根元と、心中で罵るしかなかった。
いつものようにグリフィスを連れて、地上本部の直通ポートに降り立つ。
本局の人工光とはどこか違う自然な陽光は、やはり気持ちがいい。
「一佐殿、自分は陸上警備部本部車輌隊、セドリック・ミルトン一等陸士であります。
本日の運転手および、旧287部隊駐屯地のご案内を命ぜられております」
「よろしく頼みます」
本部では運転手付きの公用車が用意されていて、アーベルらはそちらに乗せられた。
幌の付いた局標準の四輪駆動車だが、出してくれるだけありがたい。
だが……。
「出撃中でしたね……」
「こればっかりはなあ」
特別捜査部は大捕物でもあったのか、ゼストの部隊以外の部隊もほぼ留守だった。全力出撃など余程のことだと詳細を聞いてみたが、作戦中のことで回答も貰えず、受付にメッセージを残し研究所予定地に車を回して貰う。
「陸上警備部旧第287部隊駐屯地、か……」
旧287部隊は今年4月に解隊されていた。
先日取り寄せた資料によれば陸上警備部の隷下にあって、往事は駐屯地周辺の広大な地域───但し、山野と海が大半を占める───を管轄にしていたとある。治安維持はもちろん最重要の任務だが、山火事の消火や森林警備、救急搬送、そこに加えて他部隊への支援が大きなウェイトを占めていたらしい。
また付随する大きな演習場は後になって設けられたそうで、担当地域が広い割に管轄区域の人口が少ない事を逆手に取って、新人研修先に使われていた名残だという。
それだけの部隊が解散に至った理由だが、これは極めてわかりやすい。
予算に勝てなかったのである。
統廃合は近隣部隊に戦力と担当地域を分け与える形で行われ、訓練機能は更に田舎の部隊へと移された。
「ミルトン一士は287部隊の所属だったんですか?」
「はい、4月に部隊が解隊されるまでは、そちらの所属でした」
アーベルらを乗せた車はクラナガン市街を抜けて幹線道路から田舎道に入っていったが、幸いにして四輪駆動車がフルパフォーマンスを発揮するような荒れ道ではなく、隊舎まではゆるやかな舗装道が続いていた。
もうすぐですとミルトンに声を掛けられて窓の外を見れば、目の前に海が大きく広がっている。
「クラナガンから車で3時間と少しか。
割と奮発して貰った感じだ」
「最寄りの街まで往復するのは大変そうですね。
演習場併設ですから市街地から離れているのは納得できますけど、僕はまだ自動車免許の取得まで年齢が……」
「休日以外の買い物はPXで済ませるしかなかったよ、ロウラン三士。
見ての通り坂道が多いから、自転車はお勧めしない」
「はあ……」
「んー、私用って言うか共用できる中古車でも購入して、誰かに任せるかな」
「まあ、慣れるとどこでも変わらないもんだとは思いますが、さっきの街はリニアの駅や空港もあるんで里帰りは楽でしたよ」
旧287部隊駐屯地は閉鎖されていたが、流石に警備担当者ぐらいは常駐していた。部隊はなくなっても建造物や設備は歴とした管理局の資産であり、浮浪者に住み着かれても困るのだ。
常駐の警備員も元287部隊所属のようで、ミルトン一等陸士とは旧知らしい挨拶を交わしていた。
先ずは外観と、各施設を外から回る。
「技術本部が10個ぐらい入りそうですね」
「たしかに滅茶苦茶広いなあ……。
ミルトン一士、287部隊の規模はどのぐらいでした?」
「多いときでも150人ぐらいだったと思います。
定数はもっと多かったらしいですが、詳細は存じません」
隊舎は地方庁舎のような作りの3階建てで、余裕はありそうだった。思ったほど古びた様子はない。
そこに加えて航空棟とヘリポート、車両整備棟、倉庫、隊員寮、少し離れて船舶区画がならび、奥手に大きく訓練場が広がっている。
それぞれの機密や職掌の違いから混乱が起きては困るので、贅沢を言えば研究所、騎士団、学校は建物ごと分割したかったところだ。
しかしながら、必要ではあっても予算が通るかどうかは微妙だった。