最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第五十三話「地上本部と騎士ゼスト」

 

 リインフォース復活より数日。

 はやてとリインフォースのモニタリングは『蒼天の書』を受け取ったリインが引き継いだので、アーベルは早々にユニゾン・デバイス関連から開放されていた。

 

 お陰でミッドチルダの地上本部への出張も早まったが……。

 

「ゲイズ少将、それは本局に言うべき事であって、技術部に言われても困ります」

「だが出せる範囲はこれが限界である。

 マーティン部長、これは飲んで貰わねばならぬ最低限の条件だ」

 

 地上本部からの要求はユニゾン・デバイス実用機の製造と、実にストレートなものであった。製造技術こそ現段階では秘匿されているが、報告書類の一部は通常の手続きを経て公開されている。

 何かと世話になっている第四技術部長マーティン少将───管理局のデバイス行政の総元締めでもある───とともに地上本部を訪ねたはいいが、のっけから値引き交渉が始まるとはアーベルも思っていなかった。

 こちらも最低限、製造に関わる実費だけは地上本部に負担して貰わねばならない。何もメンテナンス設備の償却分まで負担せよとまでは言っていないのだが、はやてやナカジマ一尉から僅かながらに聞いていた通り、地上部隊の懐事情は苦しい様子だ。

 

 だがアーベルも、自信を持って仮の見積もりを提出している。

 使用者が純粋な古代ベルカ式の使い手と聞いていたので、ユリアをベースにミッド式対応部分をばっさりと切り捨て、魔力ランクAとB両方の仮案をマリーとともに仕上げていた。設計に手間を取られなかったし、経験の蓄積によって試行錯誤が省かれている分試験費用が圧縮され、価格も大幅に下がっている。あとは成長中の魔力制限期間に大きな開きがあるので、都合に合わせて選んで貰えばいいと思っていたのだが……。

 

「うちはそちらと同じく、本局と丁々発止のやり取りをして予算を引っ張ってくるような部署ですからな。

 こちらでは補いようもありませんぞ」

「む……」

 

 地上本部からは、部長相手に熱弁を振るうミッドチルダ地上本部首都防衛隊レジアス・ゲイズ総参謀長の他にも、ユニゾン・デバイス使用予定者として首都防衛隊特別捜査部よりゼスト・グランガイツ一尉が同席している。目つきの鋭い大男だが、挨拶を済ませると黙して語らぬを地でいくように黙り込んでしまった。

 

「だがそちらは教会からのてこ入れとやらで、予算が潤沢だと聞く。

 ここは局全体の為と考え、そちらを……」

「あれもうちの自由になるものじゃありません。

 本局を通して聖王教会の財務監督官の承認付きで降りてくるような代物に、どうユニゾン・デバイスの予算を潜り込ませよと?

 元より自由になるなら、うちが先に使わせて貰いたいところです」

「……」

 

 議論は平行線を辿っていたが、終了間際に少しだけ進展した。マーティン部長は本局を通して教会に掛け合ってみること───正しくはアーベルを通してカリムを動かすことだろうなと想像がつく───を約束し、ゲイズ少将も予算以外での補強ならば前向きに検討すると、両者が少しづつ折れたのだ。

 

 緊張感と圧迫感の割に大した進展も無かった数時間が終わると、ゲイズ少将は職務に戻りマーティン部長も直帰したが、アーベルは別室で待ちぼうけだったグリフィスと合流してグランガイツ一尉に連れられ、特別捜査部へと向かっていた。

 

「マイスター・アーベルはマイバッハ家のご出身か。

 メルヒオル殿なら私も存じ上げている」

「騎士ゼストのお名前は私も存じていました。

 お会いできて光栄です」

 

 アーベルも直接の面識はなかったが、その名だけは知っていた。

 正確には騎士ゼストのデバイスを、である。

 

 彼の愛機『雪原の狩人』ヴァイス・イエーガーは、比較的数が多い真正の槍型アームド・デバイスでも、特に大柄な作りが特徴的だった。それに騎士団外の個人所有とあれば、自然アーベルの目を引く。

 

「レジアスがどう動いて今回のような仕儀に至ったのか、一介の騎士たる俺には経緯など想像もつかぬが、なにがどうあれ融合騎は製作されるだろう。

 貴殿には迷惑かも知れぬが、よろしく頼む」

「はい、頑張ります」

「昨今の情勢を考えれば、俺にも否はないがな。

 ……ここだ」

「失礼します」

 

 駐屯地らしき場所で車は止まり、騎士ゼストについて隊舎へと入っていけば、うちの根城だと案内された先には予想外の人物がいた。

 

「うそ、アーベル君!?

 なんで隊長がアーベル君を───」

「馬鹿者!

 他部隊の上官、それも一佐に対し何たる態度か!!」

 

 騎士ゼストからがつんと遠慮なく殴られて涙目を浮かべているのは、クイント・ナカジマであった。……本当に痛そうだ。

 そういえばと、旦那の方は所属を聞いていたが、彼女の配属先までは聞いていなかったことを思い出す。

 

「知り合いでも職務中は気を引き締めろ」

「……うう、ご無沙汰しています、マイバッハ一佐殿」

「お、お久しぶりです……」

 

 表情の選択に困りつつ、騎士ゼストにはクイントの娘さんたちと友達なのだとだけ、伝えておいた。間違っても、戦闘機人である娘さんが縁で知り合ったなどとは口に出来ない。

 他にも魔導師としては珍しい召喚師、メガーヌ・アルピーノ准尉を紹介される。ブースト・デバイスなど実物を見るのはアーベルも初めてで、興味の赴くまま視線を注いでしまったが、仕事を思い出して手に取ることは諦めた。

 

「では頼む、マイスター・アーベル」

「了解です。

 ロウラン三士、君も来てくれ」

「はい、課長」

 

 クイントとメガーヌを加え、ゼストは屋外の訓練場へとアーベルを案内した。

 そう広くはないが、お披露目だけなら問題はない。

 

「クララ、杖」

“コンバット・モード、タイプ・スタッフにてセットアップします”

「お待たせ、ユリア」

「はい、ロード!

 ……ユニゾン・イン!」

 

 右手中指のクララと、左手薬指から外れて待機モードを解除し肩に乗ったユリアを起動させ、ユニゾンを行う。

 

「ああっ、せっかく可愛かったのに……」

「クイント、あなた何を言ってるの?」

 

 外野から何か聞こえたような気もするが、ユリアの紹介はお披露目が終わってからでいいだろう。

 

「騎士ゼスト、私は魔力こそAAAを持ちますが、魔導師ランクはEに過ぎません。

 その点を留意の上でご評価願います」

「うむ」

「では……。

 クララ、ユリア。

 ……フォース・シューター」

“フォース・シューター”

『コントロール、行きます!』

 

 砂山に立てられた廃材らしい鉄骨を敵に見立て、16発生成した誘導弾をランダム機動で分散させてから全く同一の箇所に当てていく。威力はごくごく絞ってあるので鉄骨は音が鳴って凹んだ程度だが、もちろんユリアによる精密誘導補助がなければ、アーベルにこの数の誘導弾は扱えない。

 

「すご……」

「いい腕ね」

「……確かにな。

 素人には思えない精密な制御だ」

「現在製造可能なユニゾン・デバイスは中距離から遠距離が得意な支援型に限られますので、誘導制御や術式補助が主体になります。

 術者の変換資質を底上げするようなタイプもあるとは聞きますが、資料さえなく技術が確立しておりません」

 

 リインフォースから聞いた話だが、剣技のサポートや付与術式を得意とする近接型、大規模な儀式魔法に特化した儀式型など、ユニゾン・デバイスには幾種類も型式があったそうだ。また同じ魔導書型───連動する管制人格が本体である魔導書を行使するタイプ───にも望天の魔導書のような参謀型から夜天の魔導書のような魔導収集蓄積型まで、分類が不可能なほど用途によって分化していたと言う。

 

「ふむ……。

 マイスター・アーベル、手合わせを願おうか」

「……はい?」

「ちょっと、隊長!?」

「うわー……」

「無論、先ほどの貴殿の言は理解している」

 

 最低限、手加減だけはしてくれるらしい。

 階級は上でも、格下は間違いなくこちらだった。ベルカに於いて歴戦の騎士は尊敬の対象であるとアーベルは刷り込まれていたし、自然と頭が下がるものだ。騎士ゼストはその中でも最上級の部類にはいるだろう。

 

「……お手柔らかに願います」

「心得た」

 

 アーベルもタイプ・ランサー───長槍に切り替え、帰ったら弟に自慢してやろうなどと余計なことを考えて気を紛らわしながら合図を待つ。

 なに、闇の書の防衛プログラムに相対したときのことを思えば……。

 

「始め!」

 

 クイントの手が振り下ろされ、両者は……動かなかった。

 

 騎士ゼストは初手を譲る気でいた為に。

 アーベルは初動の遅さに加え、間髪入れぬ一撃を警戒しシールドを発動した為に。

 

 こりゃあ一筋縄では行きそうにないなと、眼光の鋭くなった騎士ゼストと視線を交わせる。

 

 訓練場の規模から言って、カートリッジは使えない。

 ……それでもあの時よりは数段ましかと気を取り直し、アーベルは長槍を握りしめた。

 

「……」

「……行きます!」

「うむ」

 

 身体強化を掛けて高速飛行、アーベルは一気に距離を詰めた。

 

『クララ、一撃離脱後僕の背後にディレイド・バインド!

 ユリアは誘導弾の準備!』

『“了解です”』

『はいっ!』

 

 槍ごと吹っ飛ばされないようにとだけ考えつつ、接触する手前で直射弾を数発。

 

『ユリア!』

『はいっ!』

 

 ゼストが得物を一閃して防ぐ間に中威力の精密誘導弾を複数生成、ユリアが教科書通り顔や胸を狙い、アーベルはそのまますり抜けようとした。

 

『“ディレイド・バ───マスター!”』

「ふん!」

「うぐっ!?」

『きゃっ!!』

 

 当たり前だが、槍は長い。

 振り回すのには剣よりも時間が掛かる。

 

 しかし騎士ゼストは、首都防衛隊にその人有りと謳われる当代有数の手練れだった。

 

 その場で誘導弾を断ち切るとヴァイス・イエーガーを振り回さずに引き戻し、穂先近くを握って大きく横に突き出した。 

 

 回避はもちろん、シールドも間に合わない。

 アーベルの槍は穂先が明後日の方向を向いている。

 

 ヴァイス・イエーガーの石突きは、自然とアーベルの腹を抉った。

 

 

 

「ロード!」

「気が付かれましたか?」

「……ごめん、二人とも」

 

 ユニゾンを解いたユリアと若干焦った様子のグリフィスにのぞき込まれ、気絶していたことに気付く。

 寝かされていたのは待機室のようだ。訓練場から移送されたらしい。

 

「クイントにはわきまえろと言っておいて本局の一佐ぶっ飛ばすとか、隊長は何考えてるんですか!!

 勝つにしてもやりようがあるでしょうが!

 また本部から嫌味言われても知りませんよ!」

「模擬戦はマイスター・アーベルも納得されていた。

 ……何の問題がある?」

「あー、もう!

 そう言うことじゃありません!」

 

 怒鳴り散らしているのは大人しめに見えたアルピーノ准尉で、騎士ゼストもどこかしら居心地が悪そうである。クイントの方はまた始まったとでも言うように、ティーカップを手にしていた。

 

「あ、アーベル君が起きた」

 

「騎士ゼスト、申し訳ありませんでした」

「……何故貴殿が謝る」

 

 心底不思議そうな目で見られたが、こちらも使用予定者へのプレゼンテーションの一環という任務を完遂出来なかったとも言えた。

 勝敗はともかく、『ユリアの実力を見せる』という一点に於いては大失態である。

 

「どうも、その……」

「ふむ?」

「私が気絶しなければ、騎士ゼストがアルピーノ准尉からお小言を貰うこともなかったかな、と……」

 

 少しだけ冗談を混ぜて頭を下げたアーベルに、そんなものかとでも言う風にゼストは頷き、クイントとアルピーノ准尉はベルカの男共は常識が通じないと呆れた。

 

「ところでマイスター・アーベル」

「はい、騎士ゼスト」

「先ほどの手合わせだが、何故恐れを感じなかった?」

「恐れ、ですか?」

「加減はしたが、クイントやメガーヌでさえ開始の合図と共に我が闘気を感じ緊張を隠せなかったにも関わらず……貴殿には、彼女たちと同程度の緊張しか見受けられなかった。

 素人だから騎士の強さを知らぬのだとも思えず、冷静な目は自暴自棄にも蛮勇の持ち主にもほど遠く、正直、判断に困った」

「本物の騎士に稽古を付けて貰えるとあれば、ベルカの少年ならそれだけで心が奮い立つものです」

「ふむ……」

「それに……騎士ゼストには大変失礼ながら、闇の書事件の現場にいた時ほど絶望的ではないぞと、自分を鼓舞しました」

 

 『あの時』───闇の書事件そのものは非公開の機密情報ではないし、アーベルの出撃も記録に残されている。

 

「……記録映像なら見たが、確かにあれに相対した経験の持ち主であれば納得出来る。

 あの事件はSランク魔導師を含むエース10名近くを投入してやっとの事で勝利を得たと聞くが、マイスター・アーベルも居られたのか……」

「はい。

 固定砲台でいいからと、現場に駆り出されました」

 

 リインフォースもクロノも口にしていたが、同じメンバーを揃えて次も勝てる保証がないような戦いなど、二度とは経験したくないものだった。

 

 


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