最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第五十二話「復活」

 

 リインフォース・アインス製造開始の翌日。

 仕事の合間に、新人教育が始まった。

 

 マリーの預かったシャーリーの方は技官希望で、当面はひたすらデバイスマイスター、あるいは技術屋として純粋に鍛えてやればいいが、グリフィスの場合はそうもいかない。本人の志望とその後まで考慮しておかなくては、ロウラン提督に顔向け出来なくなる。

 

 おかげでメンテナンスルームは時ならぬ混雑中だ。

 魔力波の転送エラーを減らす意味でも中継器を通さないこの場所は都合が良く、魔力提供者のはやては机を持ち出して引き続き小隊指揮官資格の勉強を継続、マリーはモニタリングの傍らシャーリーにマイスター試験の問題を出題している。

 アーベルはクララが仕事中で動けず、グリフィスを呼んで面談中だった。

 

「そうか、グリフィス君は叩き上げでの出世を狙っているのか」

「母からは、『お前は四角四面な性格だから、現場を知っておかないと将来必ず酷い軋轢を起こす。ついでに言うなら、失敗してはいけない場面で失敗するタイプだ』と、きつく言われました。

 初等部の中途退学と入局は、すぐに認めて貰えたんですが……」

 

 身内にも容赦ない評価だなと、アーベルはロウラン提督の顔を思い浮かべた。

 

 

 

 アーベルのような技術者やはやて達に代表される高ランク魔導師の一本釣り、あるいはカリムなどの政治的綱引きによる登用でもない限り、入局したての新人は当初三士か各種候補生と相場が決まっている。

 その候補生も卒業後尉官に任命される士官候補生と、三士スタートの訓練校修了者では出世にも仕事にも差がつく。

 また一般採用でも、初等科中退と大学卒ではその後の扱いの差───学士号は高等教育修了を証明する資格で昇進にも影響し、更には各種試験に免除項目が設けられていることもある───からやはり後者の有利は否めず、入局後自主的にスキルアップと言う名の勉学に励む者も多い。

 

 そこに魔導師ランクの高低、前線士官か後方勤務か、キャリア試験の合格者か否かといった大筋に加え、派閥の羽振りや功績の評価が複雑に絡み合って、管理局の昇進システムは成り立っている。年功はそのまた後ろだが、家族手当を含めた厚生面の充実で補われていたから、階級が低いからと給与まで低いわけではなかった。

 決して正しいかどうか、ではない。その様にして成熟してきたのである。

 

 グリフィスなどはスタートこそ三士だが、将来は比較的明るい。親が現役将官でもあり、アーベルの見たところ、当人も理解力に優れていて前向きだ。

 翻ってアーベルなど、政治的な理由でも働かない限り今後退役するまでまともな昇進はほぼあり得なかった。技術畑とは言っても、上層部へと食い込むには技術力よりも政治力の方が優先される。……そもそも技術者の階級と当人の持つ技術力はイコールで結ばれるものではなく、出した結果の評価が階級を押し上げているのであって、その逆ではない。

 

 技術部も、第六特機に理解のある本部長でさえ生え抜きではなく、部長級も半数は本局キャリア組であり、そこで必要とされる能力は官僚機構での立ち回り───如何に予算を引っ張ってくるかという部分が大きな割合を占めていた。

 反対に純粋な技術屋が殆どの部下にしてみれば、都合良く予算を引っ張ってくる上司など神にも等しい。提出された開発計画書の出来がどれほど良くても、予算が通らなければ無意味なのだ。

 

 

 

「ん、了解。

 とりあえず、近日中にデバイスマイスターのC級と、事務系の……そうだな、総合とまでは言わないから、何か資格を取って貰おうか。

 デバイスマイスターの方はここで仕事をするのに必要な専門用語を覚えるついでだと思って貰えればいいから、B級の受験までは考慮しなくていいよ。

 ユリア」

「はい、ロード?」

「グリフィス君もデバイスマイスターの勉強をするから、手伝ってあげてね」

「了解です!」

「事務の方はどこに行っても役に立つからね。

 あとは……そうだなあ、第六特機でのグリフィス君の立ち位置なんだけど、実質的には僕の副官みたいな立場になるから、そのつもりでいて欲しい」

「えっ!?

 入局半月の僕が、一佐の副官って……」

「もちろん、何も教えていないのに、最初からきちんとやれなんて言わないから」

 

 正式な補佐役や副官なら最低でも尉官であるべきとされているが、鞄持ちなり研修中なりの名目を立てておけば誰も文句を言うまい。

 グリフィスは頭を抱えているが、自分は入局初日から二佐だった。さてさて気分はどちらが楽だろうかと、彼の復活を待つ。

 それに人の余裕がないことも確かで、信用という意味では最初から特上のグリフィスは適任であった。

 

「予定だと二、三ヶ月後に第六特機は大きく衣替えをして独立の研究機関、それも実戦部隊まで持つ大きな組織に改組される。……僕らが出撃するわけじゃないけどね。

 そこまでは決まっているけど詳細はこれから詰めて行くところで、先行きは僕にも不透明だ。

 自信を持って言うべきじゃないけど、混乱することだけは間違いない」

「はい」

「それから……」

「……はい?」

「間違っても、上役が仕事をしているからと無理に仕事を作らないこと。

 最初は戸惑うかも知れないけど……例えば、夜の内に巡航艦が入港して技官は緊急召集、朝方デバイスの整備を終えてそのまま仕事なんてこともたまにある。一々気にしていたら、体が保たないよ。

 ついでにもう一つ、不明瞭な理由で公休や出張を命令することもあるけど、その場合は素直に従って欲しい。

 ユニゾン・デバイスなんかは珍しいだろうし製造技術も外に出せないけど、時々それ以上のモノを扱ったりもする。

 これは第六特機だけじゃなくて、技術部の誰に対しても同じ事、そう言うものだと思って貰うしかない……って僕も言われてる」

 

 神妙な表情で頷くグリフィスに、僕なんか査閲部から護送車が迎えに来たことがあるよと付け加え、アーベルは肩をすくめた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 人数が増えて賑やかになった第六特機だが、時は進んで4月の下旬。

 予定の枠内にぎりぎり収まった8日後、リインフォース・アインス───リインフォースは目を覚ました。

 

 

 

 リインフォースが自らの器となるユニゾン・コアにどのような細工を施したのかはアーベルも書類上で確かめていたが、他者に応用は出来ないなとわかっただけで今ひとつ活用出来そうになかった。

 

 人造魔導魂など、はやてからの魔力を調整槽内のコアと連動したクララが一旦受け取り、リインフォース・ツヴァイの製造時に得られたデータと自身の経験を元に出力はB級ながら非融合時でもSS級の魔導行使に耐える魔導魂外殻を形成、リインフォースの指示でクララが注意深く仕上げていったという。粗方出来上がったところでリインフォースはクララ側のストレージに広げていた自分自身をユニゾン・コアに転写して元データを消去、リインフォース・アインスとして彼女は無事に復活していた。

 

 独立したユニゾン・デバイスとしては出力Bクラスの支援型、単体融合時にはユリアに準拠した能力を期待される。

 はやてに対してアインスとツヴァイのダブル・ユニゾンを行った場合には、ヤガミ・タスクフォースの参謀兼副官として全体指揮も担う予定とされていた。

 

 ……結局、当初アーベルの企図した『夜天の魔導書』としての復活ではなくなってしまったが、周囲のみならず当人からの反対もあって断念せざるを得なかったのは心残りである。

 ちなみに外見年齢はツヴァイの8歳前後に対してアインスのそれは12歳頃としてあり、夜天の書ともリインとも区別が付くよう自主的に設定した様子だった。

 

 

 

「……リインフォース、お待たせやったな」

「いえ、大変ご迷惑をお掛けしました。

 アーベル、マリエル、それにクラーラマリア、随分と世話になった」

「10年掛からなかったなあ。

 流石は『祝福の風』だよ」

「おめでとう、リインフォース」

“あなたが復活したことは同じデバイスとして実に喜ばしく思いますが、あなたと一緒に過ごせなくなるのは寂しいですね。

 ……少し複雑な気分です”

「私もだ。

 別れを惜しんでくれる気持ちはありがたいが、そうもいかぬ。

 だがクラーラマリアと共にあった時間は、私にも貴重な経験と心の平穏を与えてくれた。

 改めて感謝する」

 

 もうしばらく、人造魔導魂が第一次安定期を迎えるまでははやてと共に第六特機で預かるが、魔力が弱く不安定なこと以外は今も問題ないらしい。

 彼女は少しだけ背の低い他はそっくりな妹に抱きつかれながら、ユリアと握手を交わした。

 

「ああっ、混ざりたい……」

「シャーリーまでデバイスになると、わたしの仕事が増えるから駄目よ」

 

 人間をデバイスに移植する方法は、幸いにしてアーベルも知らない。

 ……ただ、絶対に無理かと言えば、知りたくもなかった知識───プロジェクトFに於けるクローン体への記憶転写や戦闘機人製造技術───が邪魔をしてはっきりとした解答を出せなかった。

 

「でもアーベルさん、これでクララの大容量ストレージが無事空きましたから、後は『望天の書』『夜天の書』『蒼天の書』に移植するだけですね」

「最初の目標だけは、なんとか改組前に終えられそうでよかったよ」

 

 リインフォースが去ったクララのストレージ部分は取り外され、パーツ本体に本格的なベルカ式対応の改造を済ませた上で、書籍型ストレージ・デバイスに組み込まれる。

 ハイブリッド・フォーマットと名付けられたミッド・ベルカ両対応の術式記録能力を備え、クララの支援を受けたリインフォース自らが最終調整を行う予定の3機は、『望天の書』がユリアに、『夜天の書』はリインフォースに、『蒼天の書』はリインに、それぞれ与えられる予定だった。

 ちなみにこれでもまだまだ余るので、余剰分はクララに戻して使うことをアーベルは考えていた。

 

 これでしばらくは、設立会議に集中できるかと考えていたのだが……。

 

「……まさか教会騎士団よりも先に声を掛けてくるなんて、思いもしませんでした」

「流石に予想外だったね。

 ともかく、準備しておかないと……」

 

 ミッドチルダの地上本部からユニゾン・デバイス製造についての問い合わせが舞い込んだのはその翌週、はやてが出向を終えてリインフォース姉妹とともに第六特機を去った翌日だった。

 

 




さいどめにゅー

《リインフォース・アインス》

 技術本部第六特機製古代ベルカ式ユニゾン・デバイス増加試作機SRD6-UDX-03、愛称はリインフォース
 ミッドチルダ式・古代ベルカ式両対応の中~遠距離支援型で人造魔導魂出力はB+、魔力提供者は八神はやて

 基本構造は量産原型機として中程度の能力を持たせつつ、ダブル・ユニゾン時に高ランク魔導師の大魔力を分割制御して効率的な運用を行えるよう設計された

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