最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第五十一話「改組命令と新人達」

 

 

 すずかが課の雰囲気にも慣れた一週間後、約束通り地球から連絡が来た。

 

『すずか、アーベルくん、こっちは無事に解決したわ。

 思ったより手間取ったけど、根こそぎぶっ潰してやったから』

『月村家どころか、海鳴に手を出してくるような連中さえ、当分は出てこないだろうね』

「お、お疲れさまです……」

 

 たった一週間で、忍は本当に犯罪組織を潰してしまったらしい。

 彼女の傍らに恭也だけでなく士郎がいることからしても、間違いないだろう。

 報告書を出さなければいけないので、そちらでお話を伺わせてくださいと締めくくる。

 

「もうちょっと、ここにいたかったかな」

「僕は嬉しいけどね」

 

 この一週間は、確実にアーベルとすずかの距離を縮めていた。

 

 彼女も慣れたもので、口調もどこかしら柔らかくなり、出会った頃とも違うたった一人だけの位置を自然に作り出している。

 マリーら課員には口から砂糖吐いていいですかとからかわれたが、まあ、その様な距離だった。

 

「C級の試験を受けられるところまでがんばりたかったけど、間に合わなくて残念。

 はやくユリアに追いつきたいな……」

 

 すずかもこの一週間の滞在で、ユリアに追いつこうとデバイスマイスターの勉強を始めていた。アーベルがC級を取得したのは初等部に入ったか入らないかの頃だが、彼女とは下地が違う。

 しかしすずかは将来工学系の勉強がしたいと口にしていた通り、理解力は悪くない。専門用語の多さは携帯端末を辞書代わりにすることで乗り越え、今はもう、ユリアと一緒にテキストを読んであれこれと意見を交わせるぐらいになっていた。

 

「C級は初等部の子たちでも受ける子が多いから、月に一度、休日にも開催されてるよ」

 

 次は予定を立てて来ればいいんだと、頭を撫でてやる。

 名残惜しいが、まさか本当に誘拐してしまうわけにもいかない。

 

 ちなみにアーベルは、未だ血を吸われていなかった。

 すずかは真っ赤な顔で俯いて話しにくそうだったが、吸血衝動に駆られるのは女の子の日が来てから───大人になってからの話ということで、それ以上問いつめるわけにも行かず何となく納得している。

 

 

 

 翌日、アーベルは約束通り、家まですずかを送り届けた。

 

 ……この時、一族の血とはまた別の『月村家の秘密』に驚かされたのだが、アーベルは今更だしまあいいかと軽く流しておいた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 アーベルも、この一週間遊んでいたわけではない。

 一佐へと昇進した代償に、課の改組拡大について本局運用部と聖王教会連名の意見書を突きつけられていた。

 減った仕事は士官学校の客員講師ぐらいだが、任務の先行きが不透明では引き続き講義を続けるわけにもいかない。

 

「これは、うん……」

「準備期間が長いのは救いですけど、ちょっと無茶ですよね……」

 

 マリーとともに頭を抱えるが、解決には自分たちが手慣れたテクノロジー以外の方法が必要だった。

 予算規模は技術本部が熱望していたカテゴリーBの課に準じており、増員も認められている。……そこはまあいい。マーティン部長や本部長から技術部の予算の少なさは幾度も聞かされていたし、恩返しにもなるだろう。

 教会が希望する、騎士団から分派された部隊のデバイス整備についても、ある意味当然と受け止められる。

 

 しかしその後ろが問題だった。

 第六特機は名前を変え、技術本部直下の独立組織に改組されるらしい。……『らしい』というのは、関係者による検討会議を立ち上げ改めて規模や設立目的を論じるべきと意見書に記されていたからであり、当面は現在与えられている第四技術部本棟5Fの一角にてこれまで通り活動せよとのことだった。

 

 しかしだ、その研究所に教会騎士団管理局分遣隊の駐屯地と古代ベルカ式デバイスに対応出来るマイスター養成の為の教育施設を併設させ、アーベルを顔役に据えたいと言われては、逃げ出したくもなってくる。

 

 だがアーベルも、哀しいことに自分の立ち位置はある程度理解できていた。

 管理局内にある教会勢力の中では、カリムに次ぐナンバー2なのである。ちなみにクロノを頂点とするハラオウン閥ではもう少し下に位置するが、既に重要人物の一人に数えられていた。

 

「クロノとカリムさんは僕を押せるところまで押したくて、本部長やマーティン部長は第六特機の拡大に大賛成、本局の偉いさんは適度な落としどころを狙ってるけど、ロウラン提督の話だと基本的には教会との融和が達成できれば否はないらしいね。

 あ、僕の味方いないのか、これ……」

「わたしもアーベルさんの出世は賛成ですよ。

 予算と権限が増えると、色々やりたいこと出来そうですから」

「……マリーにまで裏切られた」

「応援してますからねー」

 

 研究所が出来たらマリーを副所長に任じて、仕事を丸投げしよう。

 そして自分こそ、研究三昧の日々を過ごすのだ。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 もちろん、そんな夢物語が実現する気配はなく、マリーはリインフォース復活の準備に、アーベルは第六特機の将来に忙しいままだった。

 

“そうか、予定も決まったか。

 アーベル、主はいつおいでになる?”

「来週からまた泊まり込んで貰うことになる。……僕もだけど」

「クララとリインフォースがいないと、お仕事になりませんからね」

「ロード、リインも来ますか?」

「もちろん」

 

 今月中には、リインフォース───リインフォース・アインスを形に出来る予定で、アウトフレームのデータや内部の仕様もマリーが頑張ってくれたお陰で決定済みである。

 

「今は課の方でいくらでも仕事があるから、暇だけは感じないだろうけどね」

 

 設立会議の方がどれほど忙しくとも、本業を疎かに出来るはずもない。

 通信による会議参加は、協議もされずに認められた。

 

「来週と言えば、新人さんも楽しみですよね」

「人事まで他人任せでちょっと情けなくはあるけど、ロウラン提督の推薦なら問題ないと思う。

 どこの誰が来るか分からないにしても、選考や事前の調査をしなくていいだけでも相当ありがたいよ」

 

 とりあえずこちらの要求したマリーの補佐をする技官1名と、課の事務を引き受けているエレクトラとは別にアーベルの秘書役となる事務官1名の増員要求は通っていた。

 本格的に研究施設の雛形が出来上がれば、教官や運営要員も集めなくてはならないが、今は『現在』の負担が軽くなって将来の礎になればそれでいい。

 

 あとは仕事の合間合間に次の仕事を過不足無くこなせるよう、一歩一歩地歩を固めながら進んで行くしかなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「八神はやて特別捜査官、出戻ってまいりましたー」

「本日付けで第六特機課に配属されました、グリフィス・ロウラン三等空士であります!」

「同じく、シャリオ・フィニーノ三等空士です! よろしくお願いします!」

 

 はやて到着と同日に現れた新人ははやてより年下の9歳が二人、クロノと同じく初等部中退組だ。よく親が許したな……と言うか、少年はロウラン提督の息子、少女はその幼なじみだと言う。

 訓練校を卒業したばかりの新人で、一般研修───戦闘魔導師のそれに比べて極端に短いが、内勤職員は民間企業と同じく現場で覚えろ式の教育方針で、研修は基礎の基礎のみに限られている───を終えた最初の配属先が第六特機だった。

 縁故人事には違いないが、何を思って息子を第六特機へと預ける気になったのか、ロウラン提督に直接問い質してみたいところである。同じ預けるなら、管理局の花形である次元航行部隊にもクロノという信頼と実績のある人物が居るはずなのだが……。

 

「ロウラン三士が事務官で、フィニーノ三士が技官、と。

 マリー、フィニーノ三士の教育は任せたよ」

「了解です」

「さて……。

 本当なら新人歓迎会……と行きたいところなんだけど、八神特別捜査官と僕は、今日から最大240時間の予定で課内拘束となる。

 今日はほぼ見学になるけど、第六特機の特殊性について学んで貰おうかな」

 

 はやてには色々と理由をつけて初等部の授業を休んで貰っていたし、第六特機も準備を整えている。

 新人が来るからと予定を延ばすなど、あり得なかった。

 そのままメンテナンス・ルームへと移動する。

 

「すごいです!

 ユニゾン・デバイスが2機も揃ってるところが見られるなんて!」

「こらシャーリー、失礼だろ!」

「シャーリー?

 ああ、シャリオでシャーリーなのね。

 わたしもそう呼んだ方がいいのかしら?」

「ありがとうございます、嬉しいです!」

「マリエルさんのマリーと同じですね」

「リインも本当はリインフォース・ツヴァイなんですよー」

 

 賑やかな女性陣にたじろいでいるグリフィスだが、内勤に女性が多いのはここだけではない。比率で言うなら第六特機は出向中のゲルハルトまで含めれば男女比は3対4、はやてとデバイス2機を含めても3対7で、ずいぶんましな方なのだ。

 

 無限書庫の司書室など、春の増員で男女比は1対20を越えていた。そろそろ施設部から独立させて無限書庫のみで一つの部門とするべきなどと、まことしやかに話が出ているという。ユーノは相変わらずの様だが、木石ではないだけに少し心配だ。

 

「……では、課長自ら試験を?」

「予定も立てやすいし、試験のたびに戦闘魔導師を回して貰うのは、結構手間なんだ。

 第六特機は身軽が身上、って言うか、課員5名で3人しか居ない技官の一人を出向させるとそれしか選択肢がなかったからなんだけどね。

 もちろん、これからはそうも言っていられなくなる。

 グリフィス君たちは、その第一歩なんだよ。

 ロウラン提督は何か仰ってたかい?」

「母は、マイバッハ課長の言うとおりにしていれば、結果は後から着いてくると言ってました」

「……」

 

 それはまたとんでもない信用のされ方だなと、アーベルは口には出さず頭を掻いた。

 

 

 


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