賑やかな客人たちは、ユリアの成長とリインの誕生を祝って帰っていった。
二人も楽しかったのだろうが、今は疲れて一緒のベッドに寝ている。
すずかとはほんの少ししか話せなかったが、今日のところはサプライズだったし、ユリアたちの紹介は過不足無く果たせていた。来月の末には次元間通信機と転送ポートの設置が行われると正式に決まったし、次回を楽しみにしておくことにする。
「とりあえず、はやてちゃんも今週末にはうちに帰っていいし、出向中の勤務先はここだからね。
魔法の使用もリインがBランクぐらいの出力になってきたら、大威力の魔法じゃない限りは大丈夫だと思う」
「その後はテスト漬けでしたっけ?」
「リインの魔力量Aランク到達を目処にユニゾン試験、本格的なテストはそれからかな」
リインはユリアより成長に時間が掛かりそうだと、はやてに両者の成長記録と比較図を示してこの後の予定を伝える。
「はやてちゃんが初等部に通っている時間は、ペンダント───待機状態で過ごして貰うことになるから、ユニゾン・コアや人造魔導魂の成長には影響出ないけど、駆動部の最適化や経験って意味では更に時間が必要になるかな」
「家でようさん遊ばせたらなあきませんね」
「第六特機だと、どうしても仕事優先になっちゃうからなあ」
第六特機の居心地が悪いとは言わないが、ここは職場であり休憩所ではない。くつろいでいないと言う気分はどうしても出てしまうわけで、ユリアたちにもよろしくないことはすぐ想像がついた。
故にアーベルも用がなければ泊まり込みはしないし、こまめにユリアを連れてアパートに帰っている。
彼女たちがもう少し大人になるまでは、親であるアーベルやはやてが守ってやらねばならない。
今は躾や教育よりも甘やかすことが優先になっているが、デバイスと言えどもメンタリティは生まれてすぐの子供と変わらぬ彼女たちに、大人と変わらない論理と思考を要求するのはまだ早かった。
▽▽▽
翌週になってはやては住み込みから通勤に切り替え、第六特機も次期ユニゾン・デバイス───リインフォース・アインスの設計案に取りかかり始めた。
直接手を着けるのはしばらく先になるが、クロノが既にアースラの『備品』として予算を付けたのだ。このあたり、わかっていて押し通すところが彼のやり口であり、名目と本音を使い分けた彼の勝ちであった。
ユリアと同等の魔力量Bランクの支援型ユニゾン・デバイスとして、早々に許可も下りている。少々問題が起きても単体での能力が低いなら鎮圧も容易……とは誰も口にしなかったが、本局の意図はアーベルらにも見えていた。
「早くて夏前、かなあ」
「リイン次第ですねえ」
しかし、それは決して間違いとは言えない判断である。得体の知れない新カテゴリーのデバイス、それも曰く付きの代物を復活させようと言うのだから、本局の反応は妥当かつ自然だった。
むしろ本局が許可を出しやすいように状況を誘導した、クロノやロウラン提督の交渉力が光っていただろうか。
「リイン、おやつを買いに行く時間です」
「はいです!」
最近はユリアたちにも、第四技術部内はほぼ自由に行き来させている。
ザフィーラに乗って購買部で買い物をする姿は、ある種の名物になっていた。
彼女たちは課にいた全員の注文を聞いていくが、そこはデバイスらしくモニターさえ空中に浮かべていない。
「ザフィーラ、いくですよー」
「うむ。
主、行って参ります。
ユリアも乗れ」
「ありがと、ザフィーラ。
ロード、いってきます!」
「はいよー」
「気ぃつけてなー」
リインの成長は著しく、はやての緊急時以外の魔法行使禁止───極初期は安静にしておかないと出力が上下して人造魔導魂の成長に悪影響が出る可能性があった───もあり早々に出力Bランクを突破、しかしながら第97管理外世界ではペンダント状態での生活が常態とあって駆動系の出力調整が間に合わず、単体試験は予定より少し先に延びそうだった。
「そやけど、リインフォース───リインフォース・アインスの型式はどないしますん?
なんか揉めてたんですよね?」
「こちらで決定した仮の仕様は、あとで本人に相談するとして……。
はやてちゃんとリイン、シュベルトクロイツ、夜天の書……はまだ完成していないけど、そこにヴォルケンリッターを加えた全部を統合運用する戦術統括デバイスとして加える予定だよ。
簡単に言えば、指揮官をはやてちゃんとしたスペシャル・タスクフォース、その副官兼オペレーターかな」
「スペシャル・タスクフォース……特殊任務部隊でしたっけ?」
「うん。
名前は大仰だけど、単にチームだと考えて貰っていい」
戦力評価がコストパフォーマンスに見あうかどうかはともかく、本局の───正確にはハラオウン閥の切り札的存在として、彼女たちには役に立って貰う。リインフォースの提案にクロノ達が乗った形だ。
PT事件や闇の書事件のような、次元航行部隊の巡航艦でも手に余るような大規模な事件は、近年増加していた。彼女たちは、平素は各部隊に散って通常の任務、緊急時には仮称ヤガミ・タスクフォースとして前線に出るのだ。
「……わたしでも、大丈夫ですやろか?」
「召集された場合でもクロノが直属の指揮官になると思うし、彼は他者に切り札を渡すほど馬鹿じゃないよ。何かあるまで、見せもしないんじゃないか?
実戦力として成り立つのはリインフォース……リインフォース・アインスが、リインとはやてちゃんの『扱い』に慣れてからが勝負だろうけどね」
「ちょっと気ぃ重なってきたなあ」
もちろんなのはちゃん達にも内緒ねと、アーベルは念を押した。
▽▽▽
2月に入ってすずかの家にも次元間通信機が設置され、ほぼ毎日やり取りが出来るようになっていた。第六特機に勤務中でも検閲を通せば私信も送受信できるが、仕事の邪魔はよくないと、すずかは自主的にアーベルのアパート宛───一般回線を経由してから、クララが受け取りをする───に送っている様子だ。
「今日はリインと一緒にストロベリーのパイを食べたんですよ。
はやてさんが持ってきてくれました」
『はやてちゃん、料理上手だもんね。
美味しかったでしょ?』
「はいっ!」
次元間通信機の本体価格はともかく通信料金はそれほど高くないので、アリサと併せて2人分の通信費ぐらいは気にする必要もない。渡航の方は子供の小遣いとは行かないが、こちらもアリサ社長のマイバッハ商会が軌道に乗るまではアーベルの給料で十分すぎる。……A級デバイスマイスターの手当と課長の職俸を足した二佐の給料は結構な金額で、ワンルームアパートから官舎『ではない』一戸建てに引っ越してハウスキーパーを雇っても、まだまだ余裕がありそうだった。
『アーベルさんは、来月末、お休みありますか?』
「んー、1日ぐらいなら大丈夫かな。
その頃にはユリアも連れていけると思う」
「ロード、わたしもすずかちゃんのおうちに行けるんですか?」
「うん。
フルサイズのアウターフレームも、その頃なら慣れてるだろうし……」
『楽しみにしてるからね!』
「はい、すずかちゃん!」
通信が悪いわけもないが、直に会えるというのはまた別格なのだ。
▽▽▽
3月、既にはやては出向期間を終え、今は本局の内勤───捜査本部の資料室へと配属されてそちらで仕事をする傍ら、週に2度はリインの検査と試験の為に第六特機を訪れている。
リインは無事にランクA+を越える魔力量で安定したが、現在も微妙に成長を続けているので、はやてはサポート・アミュレットと共にリミッター状態が続いていた。今月末か来月頭には開放されるだろう。
しかし同時に、3月は課の業務が予定以上に忙しくなってしまい、アーベルも状況に振り回されていた。ミッドチルダ地上本部のデバイス部署へと出向いて古代ベルカ式デバイスの取り扱いについてプレゼンテーションを行ったり、目的を半ば達成した第六特機の今後について技術本部と本局で意見の調整が行われたりと、あちこちへと顔を出す仕事も多かった。
おかげでリインフォース・ツヴァイ───リインを取り巻く日常生活環境を視察すると理由を付けて、そこに現地休暇を足した第97管理外世界への旅行を計画していたが、それは結局3月末のたった1日になってしまっている。
時間を作れただけましかなとぼやきながら、アーベルは旅支度をした。
▽▽▽
「ロード、ここが『地球』、ですか?」
「そうだよ」
アーベルがユリアと手を繋いで転移した先は、すずかの自宅である。
今はユリアも外見年齢7、8歳に見えるフルサイズ・フレームを自在に操り、短時間ならば普通の子供と変わらない運動能力を発揮していた。但し魔力消費が大きくなるため、フルサイズでは魔力ランクC相当に出力が制限されてしまうという欠点もあり、必要時以外は身長30センチのピクシー・フレームで過ごさせている。
地球には妖精種族などいないし、魔法すら表には出せない。リインもフルサイズ・フレームを装備するまでは、はやての登校中や来客時には待機状態で過ごすことを余儀なくされていた。
「いらっしゃい、アーベルさん、ユリア!」
「すずかちゃん!」
「こんにちは、すずかちゃん」
「お待ちしておりました、アーベルさま。
それからはじめまして、ユリアさま」
「こんにちはです、ユリアちゃん!」
「ノエルさん、ファリンさん、お世話になります」
ほらご挨拶とユリアを促してひとしきり談笑し、そのまま車で翠屋まで送って貰う。八神家にも訪ねるが、今夜はすずかの家に泊めて貰うことになっていた。
紹介が済んだのでユリアは指輪形態に変化、魔力消費を押さえさせる。
“この車はどこにいくんですか、すずかちゃん?”
「今日は一番にね、シュークリームを食べに行くんだよ」
“すっごく楽しみです。
ロードは意地悪で、購買部でもシュークリームは売ってるのに、地球に行くまではダメって許可くれなかったんですよ……”
「意地悪じゃないよ。
ユリアが一番最初に食べるシュークリームは、翠屋のシュークリームって決めてただけ」
「アーベルさんらしい……。
でもユリア、ほんとに美味しいからね」
“はい!”
少し離れた場所に車を止めて貰い、翠屋まですずかと手を繋いで歩くことにした。帰りは八神家まで迎えに来て貰うことになっている。
「あそこが翠屋よ」
“本局のお店より賑やかです”
「ディスプレイの様子がちょっと違うね。
ウインドウの飾りつけやメニューに、本物の天然紙とか使われてるものなあ」
アーベルとすずかは、手を繋いだまま翠屋の扉をくぐった。